第1162話 現代における神域と祭壇
今回のメンテによって、作者によるレイアウトが無効となるようです。大きく影響はないと思いますが、もしそれにより読みにくくなってしまったりしたら申し訳ありません。
学園の裏側、通用口側からハルたちはひっそりと内部に乗り入れていく。
出資者としての自由通行か、自動運転の車は一度も止まることはなく、公用車エリアへと駐車する。
誰も他には使っていないあたりが、時代を感じさせる光景だ。
「やれやれ。中まで、直接乗り入れられれば、いいんだけどね」
「仕方ないでしょう。内部では車も、動力を失いますし。専用口とか作らなかったんですか?」
「怪しまれるからね。そんなものを作れば」
「多少の特権は許されると思いますけどね……」
大口出資者ではあるが、あくまで封印の厳重さを重視し、その露呈が万一にもないことを第一に考えているようだ。
察するに、あまり頻繁にこの場に訪れたりはしないのだろう。本当に、単に封印しているだけ、といった雰囲気だ。何かに活用し、暗躍している様子は見られない。
ハルたちは誰にも会うことなく(ハルがそう誘導した)例の研究棟の通路へと入り、御兜の持つ小さな鍵によって、秘密のエレベータを起動する。
前回は、この鍵穴を回すのに随分と苦労させられたハルだ。電子制御なら割とどうとでもなるが、やはり物理的ギミックはエーテルの苦手分野だ。あっけなく開く様に、少々複雑な気分を覚えるハルだった。
「良かったよ。きちんと動いて」
「これ、壊れてたらどうするつもりだったんです?」
「さて。どうしようかね。まさか、修理の業者を呼ぶわけにも、いかないからね」
「考えてなかったんですか……」
存在が秘密なのだから、修理だって一苦労だ。まあ、頑丈に作ってあるのだろうし、本当に無計画ではないだろう。
そうした秘密の工作活動をするための、子飼いの部隊が存在するだろうことは、ほとんど確実なことだった。
まさか、この老人が一人で地道に工具片手に、こっそり修理に励むわけもなかろう。
それはそれで見てみたいし、本当に完璧に秘密を保つのならば、そうするべきではあるのだが。実際、ハルならばそうするだろう。
そんなエレベータは二人を乗せて、故障もなく地下空間へと降下を終えた。
薄暗い中に、仰々しい赤い光が照らす空洞に、ハルは再び踏み入れる。
「ここが?」
「ああ。そうだよ。何もなくてびっくりしたかな?」
「まあ、そうですね。もっとこう、チューブがのたうったり、歯車が天球儀のように三次元的に回り続けていたり、そんなどデカい機械でも置かれているかと」
「ふふ。なんだい、それは。そんな大きな機械なんかあったんじゃ、メンテナンスが大変だろう」
「古代の超技術で、メンテフリーなんですよ」
「愉快な子だ。しかも、どこまで本気で言っているのか、まるで読めない」
彼もまた、ハル同様に対峙した相手の表情を読み、対戦を有利に進めるタイプらしい。
逆に自分は、本心をその穏やかな態度の中へ隠し、容易に読み取らせてくれはしない。
いや、本質的にはなにも隠していないが故に、読み取ることが困難なのか。全てを隠しているが故に読みやすい雷都とは、まるで真逆。
「さて、と。そんな楽しそうな装置ではないが、君の予想はある意味で、当たりだよ」
「というと、『古代の超技術』、ってことですか?」
「実際には、年代は分からない。しかし我々は、いつの日からか“これ”を代々継承していた」
御兜翁がそう語ると共に、空洞内を進むハルたちの視線の先、一段高い台座に異変が起こる。
重苦しい軋みと駆動音を上げながら、台座に横たわっていた黒い石板が立ち上がっていった。
別に、ただ姿勢を変えただけだ。しかしその前触れもない突然の装置稼働に、ハルは驚愕を隠せなかった。
「!! ……あの、今、何を?」
「ん? どうしたんだい? ああ、あの台座を操作したのは私だよ。床に、生体認証のパネルがあってね。さっきの、壁の隠し扉と同じさ」
「なるほど……」
いや、“そんなものはない”。この地の床は先日、ハルが新技の糸状エーテルによって調査したばかり。
その時に、そんな生体認証の装置など存在しなかったのだ。もし彼の言葉の通りにエレベータの隠し扉と同じパネルが仕込まれているならば、ハルが見逃すはずはない。
……いったい、これはどういうことだろうか?
「見えて来たね。あれこそが、我々が代々受け継いできた、遺産にして、危険な爆弾。モノリスだよ」
だが、その疑問をハルが深く整理する時間は与えられなかった。黒い石は垂直に起き上がり、見上げる位置へと存在感を主張していく。
ハルは、否応なくそれと、向き合わねばならないのだった。
*
台座の目の前まで二人は進むと、部屋の不気味な赤い光に照らされた石板を見上げて並ぶ。
御兜がどうやってこの台座を操作したかは不明だが、今はこのハルを見下ろす黒い石をハルは睨みつけずにはいられない。
当然、無機物である石は何かを語ったりはしないが、こうして君臨し見下ろしてくる姿からは、何らかの意思を持っている錯覚を感じずにはいられない。
あるいは、見る者にそう感じさせるための、この部屋のデザインであり御兜翁の狙いであろうか。
「……これは? なんなのですか?」
「不明だ。いや、隠しているのではないよ。本当に、ほとんど何も、わからないんだ」
「でも、こうして仰々しく封印してあるということは、単に昔の人が綺麗にカットした石、って訳でもないんですよね」
「もちろん。解析不能だということが、解析されている」
それはつまり、解析不能だということだ。いや、冗談を言って遊んでいる訳ではない。
エーテル技術とは種類は違うが、前時代の解析技術もまた相当に高いレベルにあった。その前では、手作業で平面化されただけの石であれば一発で分かる。
人間の見た目では完全な平面に見えたとしても、小さな世界ではザラザラのでこぼこだ。加工跡なども一発で判定可能。
そうした当時の技術で調べた結果、『良く分からなかった』という時点で、これが特別な存在だという理屈には十分な根拠だろう。
「正直に言うとね。これが危険なのか、危険ではないのか、我々にも分からないんだよ」
「でも、封印はしていると?」
「危険だったら、困るからね」
これは、少々疑わしい。ハルには彼が、ここで珍しく嘘を言ったと感じ取れた。
だが、それに関してはこれ以上、彼は語る気はないようだ。お喋りではない相手というのは厄介だ。言葉で誤魔化そうとする相手なら、その言葉の裏の態度でいくらでも推察できるものなのだが。
とはいえ、これだけで怪しさを決めつけられはしない。ハルもまた、研究所での事故を知っている。
あの事故を根拠に危険だと判断したというのが、これまでの推測。今はまだ、その推測とも矛盾しない。
そこについて、さらに突っ込んで聞こうとしたところに、逆に御兜からの問いがハルへと飛んできてしまった。
「さて。私の秘密は、これで明かしたよ? 今度は、君の情報を開示してくれると、嬉しいのだけどね」
「……そうですね。そういう約束でした」
御兜翁からの『根拠となるデータを見せろ』という要求を、『お前が先に秘密を見せろ』と突っぱねていたハルだ。
彼が約束通り秘密を見せてくれた以上、ハルもそれに背く不義理はさらせないだろう。
「では、これを。画面が小さくて、申しわけない」
「ああ、拝見しよう。確かに年寄りには、少々きついね」
そう言いつつ、彼はハルの提示した小型コンピュータのモニターへと、素早くその目を走らせる。
言葉とは裏腹に老眼とは無縁であるようで、穏やかでいながら鋭い視線は正確にモニター上のデータを追っていた。
「……なるほど、つまり、仮想世界での物理的衝撃を引き起こす為の、そのエネルギーが、この場から供給されていると。そういうことだね」
「ご理解が早く助かりますよ」
「君のデータが、よく纏められていたからね。とはいえ、この場所の特定に関しては、少々根拠が薄いようだけど」
「どうしても、画面が小さいですから。エーテルを介してデータを送れればいいんですけどね」
「それはやめておこう。危険だよ」
やはり、この部屋の情報。黒い石による情報をエーテルネット上に流すことはしたくないようだ。ハルにとっても、都合が良い。
集めたデータを、ハルはさほど改竄せずに彼へと素直に開示した。そこに、欺瞞情報はあまり含まれていない。
ゲーム内の衝撃を発生させるエネルギーを、アメジストは何処からか調達している。その真実を伝えることで、御兜はハルの話から真実味を受け取ったはずだ。
一方で、この地下室の位置を特定した方法に関しては完全に後付けだ。先に地下室の存在を知って、そこから逆算し経路をでっちあげた。
その杜撰さに多少の説得力不足を感じた御兜だったが、しかし全ての整合性が取れているために、それ以上の追及をする理由もまたないと判断したようだ。
「確かにね。このデータを総合すれば、我々が黒幕だと、そう疑うのも無理のないこと」
「貴方とこうして顔を合わせて、その疑いも揺らいできていますけどね。どうにも、そうとは思えない」
「それは、買いかぶりかも、知れないね」
大噓である。何度目か分からない。そもそも、最初から彼に疑いなど抱いていないハルだ。
黒幕はあくまでアメジスト。彼からは、それに至る手がかりだけ頂きたい。
しかし、ここにきてどうにも、御兜本人からも言いようのない奇妙さを感じずにはいられないハルだった。
その懸念は、彼の次の行動によってまた更に強くなる。
「……うん。やはり、眠ったままだ。君の、そのデータを疑う訳ではないけどね。こちらのデータでは、石の状態は安定している。そんなに、エネルギーが出ているようには、思えないのだがね」
「……そうなんですか?」
そう、これだ。彼は今、何をしてそう言い切ったのだろうか?
この部屋にはエーテルはない。機械装置があるだけだ。外のように、指先一つ動かさぬまま、そのデータを参照することなど出来ないはずだ。
どこかに、ハルには見ることの出来ないモニターでもあるというのか? なんとなく、そんな不気味さを感じずにはいられない状況なのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2024/3/14)




