第1160話 親身になった忠告をする者は誰?
また少々短く、ご迷惑をおかけします。今後に大きく関わってくる展開のため、少し慎重に進めさせてください。よろしくお願いします。
ハルを混乱させるため、御兜翁が畳みかけるように開示してきた情報。それにより浮き彫りとなった彼の背景についてハルは慎重に考えを進める。
恐らくこの家は、何処かには居るかも知れないと薄々は思っていた、研究所の情報を現代まで伝えてきた者達。
それも、管理ユニットの存在を知っているとなると、かつての研究所の創設に関わった者の末裔である可能性が高い。
そこに関しては、当事者であるハルすらも知らぬことだ。ハルが知っているのはあくまで直接研究にあたっていた者たちであり、それを指示した者、言ってしまえば『お金を出した人』とは関りがなかった。
あの研究所は極秘の施設であったが、別に、謎の秘密結社が運営していた訳ではない。れっきとした、当時の政府の承認を受け、国家主導で勧められていたプロジェクトである。
そのプロジェクトに、当時から政財界に強い影響力を持つ御兜の家が、関わっていたとしても驚きはなかった。
「……なるほど。なかなかに荒唐無稽なお話に聞こえますが、貴方が言うのであれば真実なのでしょう」
「ええっ!? 信じるのかい少年!」
「ええまあ。疑っていても話は進みませんし」
信じるも信じないも、ハルは真実だと『知っている』。ここで押し問答をしていても時間の無駄だ。
それに、ハルが容易く肯定してみせることで、御兜翁もまた、ハルがそれなりに情報を持っていると勝手に察してくれる。
いわば、これは情報を持つ者同士の、直接の断言を介さずに行う確認の儀式のようなものだった。
「とはいえ、僕が“そう”だと言われてもいまいちピンと来ませんし、かりに“そう”だったとしても、奥様が作ったとは限りませんよ」
「へえ。じゃあ、仮に“そう”だった場合、君は、どこから来たって言うんだい?」
「さて? その情報を持つ誰かが、天智さんの言うように凄い存在を作ろうとして、そうして生まれたんじゃないですかね? そこを、奥様に助けられた」
「おやおや。これはまた随分と、彼女を妄信しているのだね」
「少年。私には、藤宮がそんな女には見えないのだけどねぇ?」
まあ、その気持ちは分かる。月乃は素晴らしい女性だが、それはハルにとってだけだ。外部の人間にとっては、情け容赦のない冷血な女帝であるのも、紛れもない真実なのだから。
しかし、ハルは別にそこで月乃の擁護をしたい訳ではない。
月乃に洗脳された哀れな少年を演じることで、彼から更なる追加の情報を引き出す為だ。
可哀そうなハルの洗脳を解く為に、更なる秘密を開示してくれる可能性が残っている。どうやら、理由は分からぬが、御兜翁はハルを手なずけたいようなのだから。
「……そもそも、初対面の僕に対して、なぜそうも親身になった態度を? 僕を奥様から解放して、天智さんにどんな得があるんです?」
「そりゃあ少年。藤宮の力を殺ぐことが出来れば、間接的に多くの勢力が得するってものさ」
「いいや。そういった、損得からの理由ではないさ。私はただ、前途ある若者を、自由に羽ばたかせてやりたいだけだよ」
「これは失礼……」
「十分に自由ですけどねえ……」
……これ以上、ハルが自由に羽ばたいたら大惨事になりそうだが、目の前の老人はそれを分かっているのだろうか?
多少、翼をはためかせただけの余波で、多くの者が巻き込まれかねない。うぬぼれではなく、月乃以上に厄介な存在が誕生しそうなものだが。
確かに、雷都の言うようにこの老人もまた月乃と良好な関係とは言い難い。
しかしだからといって、こうした引き抜きじみたやり方により、露骨に事を構えるタイプにも見えなかった。隣の雷都ならともかくだ。
焦って敵対すれば、月乃から直接目を付けられる結果となる。彼女の勢力を削るよりも、自身が受ける損害の方が膨大となろう。彼はそれを理解している。
ならば、本当にハルを思っての忠告、お節介なのだろうか。信じがたいが、その可能性も十分にあると感じてきているハルだった。
論理的な帰結でも、直接こうして彼を観察して得られたその態度の分析からも。単純にハルを案じているという言葉が嘘ではないと伝わって来る。
《……なんだ? 申しわけないが、少々気味が悪いぞ? まるで、僕の親や家族のような動機じゃないか》
《どーなんですー。そこんところー? ハルさんのご兄弟の方々は、もう一人も居ないのですよねー?》
《そーいえば、雰囲気がなんとなくハル様に似てますよねこの方も。はっ! まさかっ! 他の管理者の皆さまのご子孫とかそーゆー!? ……いやないっすよね。この方は代々、しっかりとした家系図を持ってるんすから》
《そうだね。彼は普通の人間だ。僕と同じじゃない》
《そもそも遺伝子を解析して彼にたどり着いたんですものねー?》
《うん。それで、他の管理ユニットだけどね。僕以外は、もう亡くなっているよ。それは間違いない。ああ、セフィ以外だけどね》
彼が聞いていたら、『僕だって既に死んでいるよ』、などと自虐ネタでも言い放ちそうだ。
そんなことを思いつつ、ハルはその可能性を却下する。彼がハルと同様の存在だから、ハルの身を案じているという可能性はない。
ならば、かつて研究所に関わった者としての責任感、あるいは罪滅ぼしか。その負の遺産が、哀れな新たな子供を誕生させたとあっては、そう感じるのもありえる話だ。
……やはり、考えていても埒があかないようだ。
ここは、更に探りを入れつつ、ここへ来た本来の目的も果たしていくとしよう。そう、意識を改めるハルだった。
◇
「……やっぱりどうにも、信じがたい話ですね」
「すぐに、信じる必要はないさ。君にもそのうち、分かってくるよ」
「どうでしょうか……」
「なにか、証拠になるような物はないのですか? 一目見て分かる何かがあれば、彼もまた納得するでしょう」
《雷都くん、グッジョブだ。よく言った》
《たまには役に立つ奴ですねー。まあー、自分が見たかっただけなんでしょうけどー》
《見たら消されそうなものなんすけど、分かってるんすかね?》
ハルの助け舟を出すかのように、雷都が『証拠はあるのか』と素直に尋ねてくれる。
まあ、無理もない。ハルでなければ、『突然なに言ってんだこの爺さん』となるのが素直な気持ちというものだろう。
ハルは既に研究所に関する情報を持っており、御兜翁もそれを察していたからこそ、その情報が武器となると予想し先制攻撃に出た。
実際、先にそれ以上の衝撃である地下のモノリスを見ていなければ、その攻撃によりハルの受けた衝撃は今以上のものだったはずだ。
あれを見た後では、『まあ、知っていてもおかしくはないか』、程度に落ち着くというものである。
「……見たいのかい?」
「い、いえ。その、出過ぎたことを言いましたね」
《……雷都。そこで日和るな》
《使えない男ですねー》
《無理もないっすね》
まあ、確かに無理もない。エメの言うように、見たら消されるのは事実だろう。
この話を聞いている時点で、無関係な雷都の立場は非常に危うい。退室を促し、受け入れなかった時に発した御兜翁の哀れみの感情はそれゆえと思われる。
「秘密の地下室にでも、そうした研究データなんかをしまってあるんですかね。しかし、この家にはそうした物は無かったように思いましたが」
「……なるほど? 君は、あの学園の地下の存在を知った。そういう訳だね?」
「中身は知りませんけどね」
嘘である。大嘘である。中もきっちり、チェック済みだ。
しかし、流石は年の功と言うべきか、ハルがジャブ程度の様子見のパンチで、地下室の話題を口に出しただけで、彼はハルがここへ来た背景に察しをつけた。
頭の回転が速い、というよりも、相手が何を望んで自分と接しているかを見極めるのが上手いのだろう。
あの黒い石が研究所と繋がるとなれば、ハルとしては腹落ちのいく話、というものだ。
出どころも、封印理由も謎だったが、研究所と結び付ければ納得がいく。管理ユニットの一人、つまりセフィが、あの石の同類である謎の破片の解析実験の際に意識不明となった。
そして、続けざまに補助AIの消失。それらの事件を鑑みて、アレをエーテルネットへ接続させてはならないと考えるのは自然な話だ。
もう、この二つの線が結びついた時点で、この場を去ってしまっても構わないくらいだが、どうせならもう少し彼には聞きたいことがある。
それに、当初の目的を無視しては、何の為にここへ来たか分からないというものだ。
「ご存じだとは思いますが、今、あの学園では少々奇妙なことが起きています。僕はその原因が、あの謎の地下施設にあるのではないかと疑って来ました。良ければ、お話しくださいませんか?」
そうしてハルは、その本題へと切り込むことにしたのであった。いつまでも、彼のペースに乗せられたままでは、いられない。




