第116話 再びの神獣戦
マーズキャノンによる地下資源の独占計画は順調に進んで行った。
砲台を一基作れる量のマーズライトが採掘されたら、次の砲台を等間隔に設置して行く。
羽の生えた毛玉、もこもこ生物のゾッくんも二匹に増やし、二方向から掘り進む。
真ん中が空き、誰かが言っていたようにパイナップルの輪切りのようになったフィールドを、少しずつ食べ進むのだ。
ぐるりと一周が終われば、今度は上方向へ砲撃を始める。
今後手に入ったマーズライトは、城へと増設する事になる。用途は攻撃ではなく、専らエネルギーの生成用だ。
「どの程度取れるのかしら? マーズライトは」
「残りの地面の体積から、大雑把に数は出せるね。……このくらいだね。余ったら地下に設置すればいいよ」
「これを全部は流石に多いわ。ハリネズミになってしまうもの」
「かわいいお城だね。ぽてと、ハリネズミさんも好きだなー」
「ぽてとちゃん、残念だけどこの例えのハリネズミは可愛くないんだ」
「ぜつぼう」
あまり絶望を感じていない顔で、ぽてとが大げさに手を広げて天を仰ぐポーズをする。
何時も無表情、というよりは眠そうな顔のぽてとだが、感情表現は多彩だ。
「あ、そうだ。ぽてともね、また採取してきたんだよ」
「ありがとう、ぽてとちゃん? 折角だから、銀も使いましょうか。前回同様、バリアは有効だわ」
「でも銀は神聖なイメージが強いし、魔王城には合わないよ?」
「なら、魔王城に突き立った剣、という形にしてしまいましょうか」
神との激しい争いの爪あと、という感じだろうか。巨大な銀の剣が城へ突き刺さった構図が、設計図に足されて行く。
剣は半ばから折れており、また魔王城が健在だということは負けたのだろう、神は。
更に、次々と運ばれてくる素材を使った増築案が書き足されて行く。
上方への違法建築だけでは限界があるようで、何と下側に逆さまの城をもう一個作り足すようだ。
「こっちはいくらでも違法建築出来る設計にしましょう。素材が届き次第、下に付け足せば良いわ」
「地面まで伸びたら面白いね」
「そうね。……登ってこれるように作りましょうか」
「ソフィーちゃんが真っ先に来そうだなあ。<次元斬撃>はきっと防げないから壊れちゃいそうだ」
「壊れてこその魔王城よ。そうして初めて完成するわ?」
なるほど、とハルは感心する。この城には歴史が無い。プレイヤー達を招き入れ、歴史を作り上げる事で城としての箔を付けるのだ。
マツバが聞けば、どうか地表まで届きませんように、と無言で祈るだろう。
ファンの女の子達が押し寄せてくるのが目に浮かぶ。
そうして次々に回収されてくる素材を使い、城は禍々しくも成長して行った。
最初の小さいながらも纏まった姿とどちらが良いかは、好みが分かれる所だろう。
◇
そうして建築は進み、侵食力にもだいぶ余裕が生まれて来た。
今は他チームの領土に二割ほど食い込み、更にじわじわと侵攻を続けている。侵食成功により得られたポイントで、更に強化されて行く好循環が生まれている。
そんなようやく状況も落ち着いた中、ハルはアイリを伴って、いったん屋敷に戻り休憩を取っていた。
既にハルのやる事はほとんど無い。戦況は前回の終盤、黄色に世界が侵食されていくのを眺める状況へと早くも変わっていた。
前回カナリーに言われたように、屋敷に居ながらも<魔力操作>で自力の侵食も出来る。
二人でお風呂に入ったりと、しばらくゆっくりと過ごして戻って来た。
「お、おかえりハルさん。ゆっくりだったな。こっちはちょっと面白い事があったぜ?」
「ただいま。見てたよ。また儀式魔法が飛んで来たんでしょ」
「ああ。……見てたって、休憩してたんだろ? ちゃんと休めよなー」
「仕方ないよマッツー、ハル君なんだから。『体は動かしてないから実質休憩』、とか言い出すよ」
「かなわないねぇ」
見ていた、というのは言葉通りだ。<神眼>で意識の一部をこちらに飛ばして実際に見ていた。
また今回も紫の国から、儀式用魔方陣による大魔法が飛んできていた。
しかし、今回はあまり建築力にポイントを振っておらず、焦りにより魔方陣に配置した宝石もまだ半端だ。前回ほどの威力は見られ無かった。
「流石にバリアは抜かれちゃったねぇ。今回こっちも銀が少ないし、ハル君も現地に居なかったし」
「ぽてと、もっと取ってくるよ!」
「大丈夫だよ、ぽてとちゃん。建築力が上がればバリアも強くなるから、無理しないで」
「んーん。ぽてと、剣をもっと伸ばすんだ!」
「そっか、楽しみだね?」
「たのしみー」
今回の銀素材の使い方は、城に突き刺さった銀の剣として表現されている。その剣は半ばでぽっきり折れた形で、全体像は見えない。
その刀身を、どこまで伸ばして行けるかという遊びのようだ。
最終的にものすごい細長い剣になってしまいそうである。
「バリアで減衰されたとは言え、城壁で完全に防ぎ切ったんだ。もう勝負付いただろ」
「いえ、今回は各チームとも、それぞれの戦略を持っているはずです。まだ油断は出来ませんよ」
「王女さん、しんちょう!」
「旦那様の薫陶のたまものですよ」
「らぶらぶだね」
アイリが屋敷から持ってきたお菓子をぽてとに与えつつ、慎重論を語る。二人とも甘い物に顔を輝かせながらなので緊張感がまるで無いのだが、言っている事はその通りだ。
「しはし、もうかなりふぉしてるぞ。んっ……、押してるぞ? このまま飲み込んで終わりじゃね。まだ抵抗してる所もいくつかあるけど」
「食べながら喋るなと。あと、前みたいに大量に食べるの禁止だからね?」
「ちぇー」
「……で、各自の戦略の話に戻ると、たぶん今押されてる所ほど要注意だよ。ああ、儀式魔法で消費した紫チームは除いてね」
「紫はいつも損な役回りだな。焦りすぎってーか」
「押されているチームは、侵食力にはあまりポイントを使っていない事になります。つまり」
「そのポイントを使って何か企んでるって事だね」
「……ハルさんみたいに企んでる奴なんてきっと居ないぞ? 一応言っとくけど」
マツバが警戒のしすぎをやんわりと伝えてくる。確かに、ハルのように大規模な作戦を持っている者は居ないだろう。
「敵は人数が多くて、意思の統一もままならないからね」
「そうそう。結局資源の奪い合いは、味方同士でも起こるんだ」
「ままならないー」
しかし、それぞれが胸に抱いている道筋はあるだろう。それが重なり大きな流れとなると、加速度的に展開が動く。
つまりは、ハルが懸念しているのは神の強化、それにより生み出される神獣の存在だ。
侵食力にポイントを振っていない。要は消去法で、神の強化にポイントを使っている事になる。今回はどこも建築力は強化していないためだ。
一応、個人のキャラクター強化もあるにはあるが、それでハルに勝とうと考える者は居ないだろう。もし居たら是非受けたいと思うハルである。
ソフィーくらいだろうか、居るとするなら。
「確かに前回も、儀式魔法の次は神獣だったよね。ハル君、勝算はどうよ?」
「まあ、なんだかんだ言って楽勝だと思うよ? マーズキャノンの威力、ぶっちゃけ儀式魔法より強いし……」
加えて、この城へと到達するには空を飛ばなければならない。そこへ力を注げば、どうしても他が疎かになる。
前回のような特化型には出来ない。お手並み拝見、と少し楽しくなってくるハルであった。
◇
「来たよハル君! ドラゴンだ! 結構凄いスピードだね!」
「王道だね。前回といい、姿や能力って結構自由に作れるのかな? カナリーちゃん、そこのとこどうなの?」
「ポイントを入れてご自身の目で確かめましょうねー」
「相変わらずカナリーちゃんは意地悪だね」
「今回はれっきとしたルールですよー。意地悪するのはハルさんですー、もー」
興味が無いこともないハルだが、戦略的には神の強化に振る事が難しい。
全土を侵食し切って魔力を手に入れるのが目的なので、どうしても戦闘力に繋がりそうな神の強化へは舵を切れないのだ。
「実は侵食力も建築力も神の加護で上がる万能強化って事は無いよね……?」
「カナリー様ならありえますね!」
「違った時に悲しいことになるから、手が出せないんだよねぇ。それよりハル君、ドラゴン来るよ」
「そうだね、とりあえず牽制で、主砲発射」
「主砲で牽制……」
「主砲しか無いし」
迫るドラゴンの正面の砲門を開き、エネルギー弾を撃ち込む。
ドラゴンは体を少し傾けるだけで回避すると、砲弾はフィールドの彼方へ消えて行った。
「射角には注意しないとね。流れ弾で国が滅ぶ」
「うわぁ……」
「しかし思わぬハンデですね……」
どうしても“攻撃できない角度”が出てきてしまう。死角となるそこを突かれると厳しい。
「名前は『レッサー・ウィンド・ドラグーン』か。わざわざ劣竜にしなくて良いのに」
「ドラグーンとドラゴンは、違うものなのでしょうか?」
「名前なんてカッコよければ良いんだ。気にしない方がいいぜ、二人とも」
マツバの言うことは最もだ。今は名づけの由来よりもドラゴンの性能の方を気にしなければ。
二度三度、砲撃を加えるが、どれもドラゴンには当たらない。寸前で回避されてしまっていた。
どうやら、最初のテスト砲撃で威力の測定を行っていたのはハルだけでは無いようだ。動画などに撮られたのだろう。
砲弾を避けられる速度を出せるように、ドラゴンは設計されている。
「あれ、人が入ってるね……」
「なかのひとー」
「中に人が居るのですか!?」
「そうじゃないよ王女さん。きっとね、遠くで操作してるんだ」
ハルがやるように、遠隔操作機能を付けたのだろう。動きの端々に人間、それもゲーマー特有の動きが感じられる。
砲の発射までは大きく動かず、発射を“見てから避ける”事に終始している。
ミスさえしなければ、速度的に絶対に当たらない。当たらないならば、何時かは攻撃の隙が生まれ、攻撃出来るならば何時かは勝てる。そういうコンセプトだ。
「それかエネルギー切れ狙いだね」
「儀式魔法は国土削るもんな。マーズキャノンも同じだと考えるのは当然だ。……削らないんだけどさ。何だよこのチートは」
「諦めるんだマッツー。きっと本来、ひとつ作れれば大成功くらいの代物なんだ」
ドラゴンはこちらの隙を見て口からビームのような魔法を撃って来るが、それもバリアに阻まれダメージは通らない。
お互いに決め手に欠ける、千日手の睨み合いの形となる。
「どうされますか、ハルさん。巧みな思考誘導で撃墜なさいますか!」
「いいなそれ! 画的にも盛り上がるしやってよハルさん」
「マツバ君の撮れ高のためにやる義理とか無いんだけど。……攻撃通らないし、放置しようかな」
「駄目よハル? ぽてとちゃんが遊びに行けないわ?」
「ぽてと、お菓子食べてるから大丈夫だよ?」
まあ、単純にうっとおしくもある。マツバではないが、千日手は見栄えが悪い。観客も動きが無ければ次第に飽きるだろう。
そして更に、この機に乗じよとばかりに別の国も神獣を投入してきた。やはり今回は神の強化にポイントを入れているチームは多いようだ。
そちらは体の大半が巨大な口で構成された、歪なワニのような造形。常にこちらへ大きく開けた口を向けて来ている。
「あれもね、ビーム出すとおもうよ?」
「ボクもそう思う」
ハルも同感だ。とりあえず砲撃を撃ちこんでみると、やはり口から強力な魔法が発射され、砲弾と相殺してきた。
こちらは、同じ威力の砲撃を行えば負けは無いというコンセプトだった。やはり、消耗狙いなのだろう。
ただし、ドラゴンと比べ設計が甘い。魔王城の砲台の位置が、あまり動かない事を前提としている。
「残念だけど設計ミスだね。この城、飛べるんだよねえ」
「いまあかされる、しょうげきのしんじじつ!」
「ぽてとちゃん、揺れるかもよ。注意してね」
「ん」
大量のオリハルコンによって得られた飛行機能は、この巨体にあってもかなりの速度を誇った。急速に城は浮上して行く。
そして高度から仰角を付け、無防備なワニを上から撃ち抜いた。
ワニの頭は、あまり角度が上がらない様だった。今更ながら確認できた名前は、『砲撃獣Δ』であった。良いとこナシである。
急に動き出した城に、ドラゴンの方も、ぎょっ、と動きを硬くする。この機に乗じて葬ってしまうことにしよう。
ハルは城を大きく動かし、時にコマのように回転させながら砲撃を浴びせる。城壁に並ぶ砲台が、次々とドラゴンに照準を合わせて火を噴いてゆく。
動く対象からの、息つく暇も無い攻撃に、ドラゴンの操縦者も余裕が無くなって来たようだ。仕掛け時だろう。
「こっちもこっちで、砲台の位置が今ある物だけだと思い込みすぎなんだよね。狙われたら、それを避ければいいとしか考えてない」
「でも動きながらの連射を避ける腕前は大した物じゃない?」
「そうだね。でもそれが不幸だ。城からの砲撃を避ける事に意識が行き過ぎてる」
「いや、そりゃ意識するってば」
ある意味、避けるゲームに夢中になっている。一旦逃げるという選択もあったはずだ。その意識が抜け落ちてしまっていた。
「そして砲台は新しく建築が可能だ、という意識も抜けている」
「……そっちは普通、誰であっても考えないと思うわ?」
ルナの最もな突っ込みはスルーさせてもらうハルだった。せっかく格好よく決めたのだ。ここは読み合いで競り勝ったという事にしてほしい。
今、削られていない大地部分も内径は黄色チームの領土になっている。つまり、そこにも建築が可能なのだ。
ハルはゾッくんを送り込み、ドラゴンの背後に新たなマーズキャノンを設置すると、完全に意識の外から狙撃を行う。
当然、回避は出来ない。仮に避けられたとしても、そちらに意識が行ってしまえば今度は城側に背を向ける事になる。どちらにせよ詰みであったのだ。
振り向く暇すらなく着弾し、ドラゴンも光の粒子となって消滅して行くのだった。
「命中。……よし、撃破したね。どっちも攻撃や速度に寄りすぎてたし、防御は脆かったね」
「大砲がつよいんだよー。じめん、ふき飛んでる!」
ワニ型の砲撃獣に向けて上空から撃ち下ろした跡地には、巨大なクレーターが広がっていた。最初に撃った時よりも、建築力強化で更に強力になっている。
今更だが、次第に上がる建築力により、じわじわと押し勝つやり方も面白かったかも知れない。
「良いのよこれで。あまり無駄遣いさせるのは、ハルの戦略的に沿わないのでしょう?」
「あ、そっか。うちらは使わなくても、神獣側は魔力使うかも知れないんだよね」
「消耗戦を仕掛けたと思ったら、消耗するのは自分だけとか、キッツイなぁ。やっぱりやり方が魔王だよハルさん」
「……何でもそれに繋げるなよ。消耗戦を僕が提案した訳じゃないって」
何にせよ、これで大勢は決しただろうか? 後は前回のように、じわじわと侵食で押し込んで行けば勝利だと思われた。




