第1156話 この国に巣食う者達の深淵へ
ゲームへの新しいログインルーム、その設置権を与えることには、二種類の不安点がある。
まずは当然、その権利をハルが行使出来なくなる事からくる不利益。そこは、特に問題はない。どの道そこまでして、入れ込んでいるゲームではないからだ。
しかし二つ目、権利を他人に、しかもこの雷都征十郎に使われてしまうことには、いささかの問題があると言わざるを得なかった。
だがそれを知りつつハルは、何でもないかのように雷都へとこの提案を続けていく。
「欲しくはないかな? 君にとって、非常に興味深い世界だろう?」
「……私だけではなく、誰にとっても興味深いさ。超能力の存在など知らずとも、いくらでも活用法を思いつく」
「単純にゲームしたいからって理由でログイン権を欲しがる人は居ないのかねえ」
「……居ると思うか? 犯罪利用、武力転用、新技術の独占。奴らの考えているのは、そんなことばかりだろうよ」
「だろうね。でも、貴方はそんな中でも純粋にゲーム目的でもある。だからというのも大きい」
「何を馬鹿な……」
というのも語弊があるか。ゲーム目的というよりも、陰謀目的ではない、と言った方が良いかも知れない。
もちろん陰謀には使うのだろうが、彼が心の奥底で欲しているものは、それとは少々無関係なところがあった。
「貴方は、真剣にあの世界に憧れを抱いているだろう? 超能力のことだけじゃあない。この世から隔絶された、エーテルネットの無い世界に」
「……くだらん。知った風なことを」
「知っているとも。そうでなければ、高い金を払ってアンチエーテルの地下室なんて作らないだろうさ」
「……本当に、趣味の悪い」
「趣味が悪いのはお互い様さ」
心底嫌そうな、まさに苦虫を嚙み潰したような顔をする雷都。彼にとってハルは、まさに想定していた最悪の存在だ。
神の視点からでも見るようにエーテルネットを使いこなし、その存在する場所ならば何処であろうと秘密をつまびらかにする。
その鍛え上げた精神力で平静を装ってはいるが、それでも彼の身から動揺と不安がにじみ出ているのが分かるようだ。
「……はぁ。まあいい。くれるというなら貰ってやるさ。確かに私には、必要なものかも知れないよ。多少なりとも、君の影を気にせずに済む世界があるならね」
「別に、今後は特に気にしなくってもいいのに。何もしないならね」
「ならば今すぐにでも異世界にでも消えてくれ……」
彼は皮肉で言ったのだろうが、その気になれば今すぐにでも異世界に消えることの出来るハルだ。とはいえ別にそのことを知っている訳ではなさそうである。
実際、ハルがこの世に存在する限り、彼はこれからも常にハルの影におびえて生活せねばならないだろう。
今まで以上にエーテルのある場所では心休まらず、常にハルに見られている不安感を抱えることとなりそうだ。
脳内にゲームの警告文のように、『ハルに見られています』とでも表示されている気持ち悪さだろうか。なかなかに笑えない。
……別に、ハルもそんな常時他人を監視して生きるほど暇ではないのだが。まあそんな事情は分かるまい。
「とはいえまあ、それは全てことが済んだ後の話さ。後払いの報酬だけで動いてもらおうとも思わない報酬の要求があれば聞こうじゃないか」
「……そうだな。君も、もしかしたらその権利とやらを勝ち取れないかも知れないからね」
「……なかなか、言うじゃないか」
挑発に乗る訳ではないが、なかなか敵のことをよく観察している男だ。言われて腹の立つところを突いてくる。
確かに、連合を退けたとはいえゲームはまだ終わった訳ではない。
停戦中の子供たちは力を取り戻したし、連合に加わらなかった生徒もまだ居るだろう。
何より、ソウシとその率いている彼の属国。それらの一大勢力は、後ろから撃つ形だったとはいえ、あの連合の大半を蹴散らすほどの強力な軍勢となっていた。
「勝算はあるのかな? 空手形じゃ、私も安心できなくってね」
「人を煽る時だけハキハキするなよ……」
「気分が良くもなるとも。これだけ、知らぬ間に追い込まれている相手に一矢報いたとなれば」
「いや全然報いてないから。それに、僕がどれだけの優位に居るかは、貴方も情報を得ているんでしょ?」
「……残念ながらね」
子供たちや、医療関係の派閥を中心にしてゲーム内の情報を得ていた彼だ。ハルの世界の国力も、十分に知っていることだろう。
油断は出来ないが、今最も覇権を取るに近いと言って差し支えない。空手形であっても、十分に実現可能性のある内容だと自負しているハルだ。
「……ならば、その分け前にあずかるために私も少々協力するか。私が生徒らにアドバイスを与えた、あのゲームにおいての超能力の行使、そして世界の融合とやらの情報を渡しておこう。なんでも、知れば活用可能になるんだろ?」
「へえ……、それは、ありがたいけど……」
また随分意外な展開である。彼がハルの勝利を支援してくれるとは。
それだけ、この『報酬』に乗り気になっているということか。手ごたえがあってなによりなことだ。
大物を気取りつつも、やはり本質的には一人の世界に旅立ちたい願望があるのかも知れない。
そんな彼に望む世界をプレゼントする為にも、アドバイスはしっかり聞いておくとしよう。そんな風に、内心ほくそ笑むハルだった。
◇
《ねーねーハルお兄さんー》
《どうしたのヨイヤミちゃん。退屈?》
《大丈夫だよー。誰に向かって行ってるのかなぁ? こんな程度の時間で退屈を感じていたら、このクッソ退屈しまくる白い牢獄の中で何年も生活していける訳ないんだよねーっ!》
《ごもっともで……》
非常に勢いのある自虐ネタで押し流されてしまったハルであった。
《そーじゃなくってさ。良かったのお兄さん? あんな約束しちゃってさ》
《ログインルームのこと?》
《それそれー。ぜーったい、ロクなことにならないってー》
《だろうね。でも大丈夫。彼に引き渡す頃には、そのチケットの権利は失効してるだろうからね》
《……わお。それってつまり、あのゲームぶっ潰しちゃうんだ》
そういうことだ。元から危険性は感じていたハルだったが、あの黒い石の存在を見てその気持ちは完全に固まった。
放置するには、あまりに危険。アメジストには悪いが、超能力うんぬんではなく、その部分からの理由において、あのゲームは解体させてもらう。
《それにもし》
《もし?》
《もしもゲームが存続したとしても、あの世界、もうエーテルが蔓延しちゃってるんだよね》
《おー。そーだった! とゆーか、病気みたいに……》
《性質としてはウイルスに近いんだよ?》
《やめろー! そんなこと言うなー! エーテルを悪く言うんじゃありません! ライトにあてられたかお兄さんー!》
《照明だけにね》
別に、目の前のエーテル嫌いの男に感化された訳ではない。危険な側面もあると、元管理者としては正しく認識しておかねばならないのだ。
そんな、エーテル嫌いの男にハルは意識を戻す。価値のなくなる予定の報酬を支払う為には、まず彼に仕事をこなしてもらわねばならない。
「さて。じゃあこっちからも、仕事の情報を出さないとね。貴方に調べてもらいたいのは、この三人のことだ」
「……君は、私になど頼らずとも何でも好きに探りを入れられるんじゃないのかな?」
「そんなに万能じゃないさ。もちろん、僕の方でも調べは進めるけど」
「そうだろう。大なり小なり、権力者という者はエーテルを信用していないからね」
「何割かは奥様のせいかなあ……」
悪いことをするときは、エーテルネットワークには決して情報が載らないように徹底する。そんな連中ばかりなのだろう。
よもやこの学園、そうした姑息な技術を育むために建てられた学び舎なのではないだろうか。妙な不安が持ち上がって来るハルであった。
「まあいいや。三人は、この人たちね」
「ほう……」
彼が感心を向けたのは、提示した情報そのものというよりは、ハルがそれを映し出す為に取り出した小型のコンピュータであった。
彼もまた機械いじりを趣味とする者。その出来栄えに、興味をひかれているようだ。
「なかなか良い物を作る。君、こっちの趣味もあるのかな?」
「……貴方が言うと変な趣味に聞こえるね。これもエーテル外の情報を探る為さ」
「反吐が出る勤勉さだ……」
「そりゃどうも」
実際は、ハルの趣味による部分も多分に混じっているのだが、雷都に同好の士と思われてもかなわない。手早くモニターの内容へと移っていこう。
「それで、知っているかい?」
「……ああ。知っている。学園開設当初からの、大口出資者だ。彼らの根は深く広く、医療の方にも伸びてきている。よって、一応ツテはあるとも言えよう」
「よし。じゃあ任せたよ」
「……簡単に言ってくれる。私に接触してきたからには、派閥が違うのはもう調べがついているのだろう。そう易々といくものか」
「下手に嗅ぎまわると消されちゃうのかな?」
「……別に、私が格下だとは言っていない」
「ではやるんだ。さもなければ僕が消す」
「本当に厄介な奴だな君は!」
まあ、消したりはしないし、わざわざ悪事を暴いて断罪する気力にも欠けるのだが、ここで渋られても仕方ない。
彼らが何者であり、何故あの黒い石を地下に保管しているのか。それを速やかに調査しなければならなかった。
もちろんハルもネット上で調べられることはきちんと漁っているが、いまいち要領を得られていない。
黒い噂はいくらでも出てくるが、そのいずれも、ハルが対処すべき案件ではないようだった。
「難度の高いのは分かっているさ。だから、これを見た上で報酬の上乗せを提示してくれてもいいし、必要な協力は惜しまないよ」
「……ならあらゆる事が必要なので、全て君がやってくれないだろうかね?」
「泣き言を言うなって……」
やれるならやるが、ハルはハルで調べる事は山積みだ。あのゲームは、なにも黒い石だけによって構成されている訳ではない。そちらの調査も急がねばならない。
いかに分身し自分を増やせるハルだといっても、限界があるのである。
よく『自分がもう一人居れば』と忙しさを例えることはあるが、もう一人居たら居たで、もっと欲しくなるものだ。猫の手も借りたい。
「……ならば、私が渡りをつけてやるので、あとは君が直接その彼らと渡り合ってはどうだ? やはり、君の方が適任だろう」
「また責任逃れを……、と言いたいが、まあ秘密を聞き出すのは得意ではある……」
「……忌々しいな」
「やかましいぞこのムッツリ」
ともあれ、嫌々ながらも動いてはくれるようだ。ハルも必要な物は用意してやろうと思う。
そうして、『敵の敵は利用価値のある敵』作戦は、ここにスタートしたのであった。




