第1155話 魔王の黒い誘い
病棟の応接間で、陰気にこちらを見据える雷都征十郎。本来の性質を解放した彼は覇気に欠けるが、それでも何故だか、普段ハルが接する者達とは存在感の違いのようなものを感じられた。
人生経験の豊富さか。それとも普段彼が抑え込んで生きているものの量だろうか。
これは、ハルだからこそ感じる圧力かも知れない。相手の無意識に発するサインを感じ取り、その心の中を読むハルだからこそ。
彼の持っているある種の『選択肢』の量は、常人の比ではないように感じられた。
《訓練の差、ってところかね。言うなれば彼は、普段から決して外れぬ重りを全身に付けて、絶えず筋力トレーニングに励んでいるようなものだ》
《精神力を鍛えてるってこと?》
《うん。まあ、我慢強いだけが精神力じゃないけどね》
《だよねー。いくら強かろうと、どえっちの変態さんじゃねぇ? しょーもないよねぇ?》
《……男の子なんだ。そこは勘弁してあげて?》
《おじさんでしょーがー!》
男なんて何年たってもそんなものなのである。なのでその話は、自分に飛び火する前に止めて欲しいハルなのである。
「……さて。君がここに居るということは、私を待ち構えていたということだな」
「まあね。そう思ってくれて構わない」
「……非公式のスケジュールまで把握されているとは。本当、嫌になるよ」
「そこは、そう気にしないことをお勧めするよ」
それが出来れば苦労はないだろう。この雷都という男は、そうした秘密の漏洩を病的に嫌うがゆえに、自宅の地下にあのようなシェルターを作り、この学園に通い詰めているのだから。
呼吸をするように他人の秘密を覗き見るハルは、彼にとって天敵のような存在だった。
だが、そんな絶望の化身と相対しているというのに、彼の身からはさほどの動揺も感じ取れてこない。
精神が強い、といった単純な話ではない。これはきっと、普段からこうした事態を想定しているのだろう。
秘密を隠して安心するのではなく、隠すのだからむしろ暴く者が当然存在すると常に想定する。難儀な性格だ。
「……確かに、君のゲーム展開を不利にすべく動いたのは私だ。だが、その事で根に持っているという訳ではないだろう」
「うん。ゲームなんだ、勝とうとするのは当然だからね。いちいちそんなこと気にしないよ。どうせ貴方だけじゃないし」
「……ならばどうした? 何が君の気に障った」
「興味を引いた、というのが正しいかも知れない」
《ある意味、怒らせるよりおっかないよねー。お兄さんに目を付けられちゃったってことだもん》
《いや怒らせる方が恐いでしょ? こんな問答なんてしないで叩き潰すよその時は》
《でも! ある意味潰されて終わりじゃない? 残念! 次がんばろう! ……でも興味もたれちゃったら、骨の髄までしゃぶられちゃう。そんな感じ》
《よく見ていることで……》
実際、そうした気質はあると自分でも思うハルだ。普段から冷静に自分を俯瞰し客観視しようとはしているが、やはり他人からの方が見えやすいのか。言われて改めて実感した。
とはいえ、今はそんなことを気にしている場合ではない。自覚したところで、止める訳にはいかないのだから。
「……私の何に興味を? 情けない話だが、私の事業など君の役には立たないだろう。旧来の医療など、エーテル医療の専門家であろう君にとって何の価値もない」
「いや、そんなことはないけど……。まあ今は、回りくどい化かし合いは抜きでいこう。貴方の行っている超能力研究、そのことについて詳しく知りたい」
「……残念だが、君に教えてやる義理などないよ」
「じゃあ、貴方の家で行われている秘密の社交界メンバーでも詰めるとしようか。どんな接待を行っていたか、洗いざらい吐いてくれることだろうね」
「……もう少し駆け引きとかする気はないのかね」
ため息を吐きつつ瞑目する彼には申し訳ないが、あまり話が長いとヨイヤミが焦れてしまう。それにハルも、分かり切ったことを丁寧に包み込んで隠し話す貴族的なやりかたは好みではない。
結局、秘密を一方的に握っている方が圧倒的に有利なのだ。ハルにとって、駆け引きなど特にメリットは存在しなかった。
探り合いではない。一方的にハルが探る立場なのだから。
「……では、逆に聞こう。超能力について、どこまで知っている」
「形質は才能として遺伝すること。外部刺激により、スイッチが入るように目覚めること。逆に、その発現も短期間で失われる事」
「……正しい。藤宮の家も、ずいぶんと調べていたらしいな。それとも君独自の調査かな?」
「そこまで答える義理はないよ」
実際には、ハルは超能力に関してはほぼ伝聞だ。調べを進めていたのは月乃であり、ハルはそれを盗み見たのみ。
あとは、神様たちの地道な調査の賜物だった。
「……では、なぜそうして普遍的に広まっているはずの超能力が、一向に成長しないのか。私はそれを。エネルギー不足だと結論付けた」
「あらら。今度はずいぶんと素直に話すんだ」
「話せと脅したのは君だろう……」
その結論も、またハルと同様だ。何を原動力としてエネルギーを生み出しているのか不明なのが超能力。
いや、恐らくは魔力を燃料とした地球産の魔法が超能力だと推測している。だが、魔力は異世界に流れてしまうので、地球で消費されることなく、能力は常に不発に終わるのだ。
「そこに出てきたのが、この学園で行われている妙なゲームだ。だからこそ私は、それを調べている」
「ゲームの主催者に心当たりは?」
「……さてね? この伏魔殿、何が潜んでいてもおかしくない。研究で先を行かれたのは、少々悔しいがね」
「先を行かれたというか、もう実用化されてしまっているようなものじゃない? もう、貴方の出る幕はないのでは?」
「いいや? きっとそうではない。そうではないのだ。あのゲームは内部でのみ力の行使を可能とする。逆に言えば、外部に持ってくる術がないのだよ……!」
少しずつ、会話に熱が入り出しているのをハルは感じる。きっと彼も、誰かに語りたくて仕方なかったのだろう。
地下でやっている『オカルトサークル』の集会もあるが、あの発表会はどちらかと言えば業務報告のそれに近かった。
彼はハルという敵を得て初めて、皮肉にも己の趣味を共有できる存在に出会ったということかも知れなかった。
「なんと勿体ないのだろうね。どれだけ強い力を振るえようとも、結局は夢の中での出来事と同じ。それではなにも意味がなかろう」
「現実に被害が出なくていいんじゃないの?」
「被害は出ないが、恩恵も受けられない。君も惜しいとは思わないかね。世に革命を起こす力だというのに!」
「急激な変化は、危なくてちょっとねえ」
「怖れる必要はない。エーテルの時と同じだ。人は適応する。いや、エーテルなどという外部要因とは違い、元々人の中にあったものだ。きっと、ずっと親和性は高いだろうよ!」
「落ち着け落ち着け……」
まあ、その辺の事情は分かっている。彼は超能力社会に変革を成すことで、憎きエーテルを撲滅したいのだ。
だが、今はそんな彼の妄想には興味はない。そもそもその社会では、ハルは無能力者の落ちこぼれではないか。断固阻止せねばならぬ。相容れぬのである。
「……失礼。だが、それだけの可能性を秘めた事象なのだ。断じて、子供の遊びで終わらせていい類の物ではない」
「まあ、そこは同意見かな。僕としては、『遊び感覚でやっていていい物じゃない』って意味だけどね」
ここに、ハルと雷都の利害は一致する。ように、見せかける。実際は一致どころか、百害あって一利なしなのだが。
その協調の気配を感じたのか彼も、ハルが何を言いたいのか慎重に探りを入れる顔になる。
自身を断罪する敵だと思っていた相手が、実は協力者を探していた。脅しはその協力関係で優位に立つ為の打算か、などと、考えていることだろう。
「……だが、結局そのエネルギーが何なのかは分かっていないのだよ。内部調査も難航している。これ以上のことを聞かれても、ない袖は振れぬよ」
「そこなんだけどね。実は、動力源がある場所には目星がついている」
「……なに?」
雷都の目つきが鋭くなった。食いついた証だ。でたらめの罠か真実か、なんとしても見極めようという目だ。
「この学園の研究棟。そこの地下施設に、巧妙に隠された空間があった。恐らくはそこに何かがある。僕はそれを知りたい」
「……私に協力しろと? 代わりに暴けと脅すのかね?」
「貴方にとっても、悪い話じゃあないだろう?」
「…………」
何としても知りたい、いや彼は知らねばならぬのだ。このハルの誘いに、雷都征十郎は断れない。
だが、まだ葛藤は当然振り切れるものではない。相手はきっと学園の有力者。しくじれば、ただではすまぬ。
よって、ハルは鞭だけではなく、飴も与えることにした。駄目押しというやつだ。
「その調査が成功したら、僕が得るであろう、ゲームの新たなログインルーム設置権。それを貴方に、譲ろうじゃないか」




