第1151話 地球の黒い石
「《んぁー。モノリスって言った~?》」
「《おや。コスモスが起きたっすね。言ったっすよー。ハル様が見つけたみたいっすよー》」
「《むぅ、ぶっこわすべき……》」
「いきなり過激だねコスモス……、他人の持ち物だからね、ぶっ壊しはしないよ……」
「《むぅ……》」
自身の活動理由の根幹に、『モノリスへの復讐』をかかげるコスモスだ。モノリスがあったと聞いては黙っていられないだろう。
具体的にそれが何を指すか、ハルも正確には理解しきれていないのだが、この物体の重要性に関する認識は彼女らと同じだ。
一年ほど前、エメを中心とした騒動が本格化するきっかけとなった『黒い石』。あれは、石板状の物体の破片であるとの推測が、神々の中では定説だった。
魔力を帯び、神々が次元を超えるきっかけとなったその物体の謎は、今の段階でもまだ解き明かされてはいない。
ハルも気にはなっていたが、他にも優先的に処理すべき事は山積みなので、研究は後回しにしていた物体である。
……正直、不吉すぎて触れたくないというのが素直な気持ちだったのも否定できない。
「こっちは、完品だね。異世界の方みたいに砕けていない」
台座の上に横たえられた黒い板は、異世界のような破片にはなっていない。これを小さく砕いたらきっと、あの黒い石と同じような感じになるのだろう。
「ハル君驚いてないね。いや、ハル君はいっつも冷静だけどさ? これがあること知ってたん?」
「まさか。ただ、地球にもコレがあっても、おかしくはないと思ってただけだよ。そもそもの異世界の人たちは、元地球人だろうってのが僕の仮説だからね」
「そいえば、そんなこと言ってたよーな、言ってなかったよーな……」
「まあ、今はそれは別にいいんだ。今考えるべきは、このモノリスの持ち主のこと」
あまりに都合よく地球人と似通った異世界の人々。そのルーツは、地球産と考えれば辻褄が合うという話を、エメとの戦いの後していたハルたちだ。
その中心として関わっているのは、この謎の石である可能性が高いという、半ば空想じみた話である。
今はそんな話よりも、そんな曰く付きの黒い石がなぜ、こんな学園の地下に安置されているのか、それを考える方が重要だ。
「誰かが隠してたん? この石持ってることが、エーテルネット経由でバレないように」
「そうとしか考えられないね」
「なぜに。固定資産税がそんなに高いのかこの石?」
「それは大変だね。少なくとも、この学園の運営維持費よりずっと高いのは間違いない」
「ふみゃ~~」
固定資産税はともかく、莫大な費用を払ってまでこの石をここに隠しておきたいのはほぼ確実。
こんな意味深な物がある以上、学園がエーテルの流入を防いでいるのは、この物体を隠す為と考えるのが自然だからだ。
「……恐らく、コレがエーテル、というよりエーテルネットワークに触れることを恐れたんだろう。そう考えると合点がいく。こんな、突拍子もない学園を作った理由にもね」
「いやぜんぜんガテンせんが。どーして触れさせちゃまずいん? 何かあったん……、って、あったねそういや!」
「うん。そもそもカナリーたちが、異世界に渡る原因になったのはコイツの親戚の黒い石。それを、開発段階のエーテルネットで解析しようとしたことだからね」
「そんであの病院の地下に、密閉して封印した!」
「そうそれ。あの地下室だよユキ」
最近はよく話題にあがる、アンチエーテル。その黒い塗料で密閉された地下室、それと初めて対面したのが、あの元研究所の廃病院だ。
カナリーたちの前身であった特殊AIのほぼ全てと、職員一人の意識を飲み込んで帰さなかった石を恐れ、研究所は二度とエーテルに触れぬよう封印した。
それと同等の処置を、この石板にも施しているということだろう。
「……じゃあつまり、これの持ち主はハル君の関係者!」
「いや僕に関係はないでしょ。たぶんね。直接僕を知ってる人なんてもう生きちゃいない」
「研究所職員さんの、お孫さんとか?」
「どうかな。少なくとも僕はこんな物、影も形も見たことないから、もっと上のお役人とかかねえ……?」
まあ、ハル自身も当時は自意識が希薄で、あまり詳細なデータを持っている訳ではないので何とも言えないが。
ただ、その当時の研究所の状況を知る者が、今日までこうして機密を引き継いできていたのは、ほぼ確定だろう。
「ネット上には研究所のデータはまるで残っていなかったのに、対面するときはまあ急なことで……」
「データ残さないノウハウとかも語り継いだんだろーねー」
「にゃーう」
メタを抱きかかえながら、ユキもしみじみと受け継がれた歴史の重さに感じ入っている。
ユキの今の体に搭載されたセンサーが感じている強力な磁気のデータを見ても、この板があの黒い石の親戚のような物体であるのは間違いなさそうだ。
「エメっちょ! 説明! 専門家でしょー?」
「《いやー、わたしは単に便利だから使ってただけで、特に何か秘密を掴んでいる訳じゃないんすよねえ。そんな姉妹機が地球側にあるのだって、今はじめて知りましたし。だから説明と言われましても、なんも語れないっす!》」
「なにおう。役にたたぬ奴め! そんじゃ、君がこの学校に石を送りつけたのも偶然なのかな?」
「《……んー、なんらかの誘導というか、引力があった可能性は否定できないっすけど》」
かつて、異世界側の黒い石を独占して自由に使える立場にいたエメだ。
しかしそのエメも、今回の発見は寝耳に水。元々彼女は、ハルたちやコスモスとは違い、この石には大して思い入れを持っていない。ただの道具だ。
要するに、ハルたちにとってこのモノリス、何も分かっていないに等しい。
さて、後手に回りすぎているこの状況、どうにか逆転の一手を差し込むことは出来るのだろうか?
*
「……まあ、とりあえず、ヨイヤミちゃんの話の裏付けは取れたかな」
「そーなん?」
「ああ。この黒い石に次元を超える力があるとすれば、その機能を利用して、別次元から力を取り出すなんてことも不可能ではないだろうね」
「ほうほうほう。んー? でもさ? それってここの人らが、黒い石の性質に気付いちゃってるってことだよね」
「そうなんだよね。幸いと言っていいか、自由に使えるほどの理解は得ていないんだろうけど……」
その力を研究すると言っている時点で、まだ実用段階に至っていないと確定しているようなものだ。
そこについては、既に実用段階に至っているアメジストの方が、先に進んでいるくらいである。
まあ、そちらもそちらで問題があるといえば、問題はあるのだが。
「にゃっ! ふにゃあっ!」
「どうしたメタちゃん。興奮してるね。なにかマズそうなことでもあった?」
「ふなーごっ!」
「《メタはねー? そのまま、そのクソ板を地球の人の好きに使わせてたら、こっちの世界の二の舞になるぞーって警告してるんだよー》」
「にゃうにゃう!」
「……確かに。別世界のエネルギーを求めて手を出して、星の環境ごと巻き込んで自滅しちゃったってのが、大災害の裏にあった経緯だからね」
「うなぁーご……」
その激変した環境をなんとか元に戻そうと、今も奮闘しているのがメタを含む神様たちだ。
アルベルトのゲーム内工場にも勝るメタの巨大プラントは、今この瞬間も星の環境を再生するための物質生成を繰り返している。
もしこの日本でも、欲に目がくらんだ人間が扱いきれないエネルギーを暴走させたら?
せっかくエーテル技術により立ち直った日本人が、再びどん底まで落とされるかも知れない。
「《そうなればきっと、今度はエーテル技術も役に立たなくなるでしょうね。その黒い石を活用するとなれば、自動的にエーテル排除の流れになるでしょうし》」
「そしたら今度は、裏からこっそり手伝ってくれた優しいエーテル様も助けてくれられないね」
「《ぎゃー! やめてくださいっすよー、そーゆーこと言うのー! なんすかー、急にー……》」
「まあ、たまには功績を正当に評価もしてやらないと」
「みゅ♪ みゃうみゃう♪」
「《猫にも笑われたー……》」
大災害の引き金となった責任を感じてのことだが、エメもまた、たった一人で日本の再興、特にエーテルネットワークの普及に尽力してくれた。
だが、この石をエネルギー利用するということは、非エーテル空間が拡大することを意味しそうだ。そうなればもう、そうした神の手も届かない。
下手をすれば本当に再起不能になるまで、徹底的な崩壊を招く可能性もある。
無茶なことをしようとしているのなら、断固阻止せねばならないだろう。現状の危うさに、ハルも改めて気を引き締める。
「《んー。そんで、結局どーするー? ぶっ壊さないなら、奪い取ってくるー?》」
「ふむ? 実際、どうするかは悩ましいね」
そんな気を引き締めたところに、緊張感のないコスモスのゆったりとした語りが流れてくる。
とはいえ、口調に反して彼女は本気だ。自分たちを異世界に送った存在の謎を解明するチャンス、決して逃したくないだろう。
「僕としても調べたいところだけど、焦りは禁物だ。下手に触って、機能が暴走するようなことがあってはならない」
「《むぅ……》」
「そんな爆発するようなもんなん? あっちの石は結構雑に扱っても平気だったっしょ?」
「完全に同一の物という保証もないしね。それに調べるといっても、その方法が少々問題だし……」
「あー、確かに」
ハルは先ほどのように、ナノマシンを指先から放出し、その群体を雲のように纏めて、鞭のようにしならせる。
しかし決して、空気中に拡散はしない。その鞭を自らの体の一部と定義し、離れぬように完全に自分の身に固定していた。
「僕が調べるといったらエーテルによる解析なんだけど、これが触れたらどうなるのか、正直分からない」
「絶対に触らないよに、こうやって隠してあんだもんね。今、体にエーテル詰めたハル君がここに居ること知ったら、持ち主の人卒倒しちゃうかも」
「かもね」
「みゃうみゃう♪」
魔法に関しても同様だ。例のトラップを抜きにしても、下手に魔力で包んで解析するのも憚られる。やはり、何が起こるか分からないからだ。
「《でもー。放置はだめだよー。エネルギーを取り出せるって分かってるってことは、そいつら、そこそこ手がかりは得てるってことだもん》」
「《そっすね。加えて学園内のこの状況、持ち主が知らないとは考えられません。現状に慌てて、どう動くか分かったもんじゃないっす。やはり一度、ハル様がそいつを確保してみては?》」
「それこそ何をし出すか分からないって。むしろ隠したり隠れたりするんじゃなくて、直接接触してみるのが一番なんじゃないかな」
「そだね。何か調べて知ってるんなら、直接問い詰めて吐かせちゃる!」
「ふみゃっ!」
ユキが拳を、ぱちり、と打ち鳴らして気合を入れる。まあそんな脅迫じみたことはしないが、ハルもまた同意見だ。
この石について、独自に調べを進めている存在が居るのならば、その者に直接話を聞いてしまえばそれが早い。
ハルにしては積極的というか、慎重さに欠けるのも確かだが、状況が状況だ。事は急いだほうがいいだろう。アメジストの件もある。
「よっしゃ、そんなら、誰が持ち主か調べんとね! 周辺調査はゲームの基本!」
「だね。とはいえユキ。その辺を所かまわず『調べる』コマンド連発しないように」
「えー。なんでさー? 調べなきゃ分からないじゃーん。研究書や重要なメモ書きなんかのフレーバーを見逃しちゃうぞー。まあ、私あんま読まないんだけど」
「なんでさはこっちのセリフだ、落ち着け。あまり痕跡を残さないように」
「《入ったのを気付かれずー、隠密行動~》」
「《スパイアクションっすよユキ様!》」
「おお!」
「にゃうにゃう♪」
「そうだなメタ助! お前が調べれば、『猫に荒らされた』と言い訳できる! ゆけ!」
「にゃっふー……!」
「……いや、それもダメだからね? 僕がやるよ、じっとしててね?」
釘を刺すとハルは、周囲に完全制御したエーテルを散布、いや這い廻らせてゆく。
空気に混じって空間全体に広げるのではなく、細い糸のようにハルの身体に接続を保ったままエーテルを伸ばすと、感知センサーには触れぬように慎重に地面を探って行った。
「その触手、なにしてんの?」
「触手言うな。前に、現代の事件捜査の話をしたよね。現場の痕跡を完全に消し去ることは不可能だから、科学捜査をしてしまえば、現代では探偵は不要だって」
「聞いた気がする。残留物とか粒子レベルで見つけちゃうから、隠しようがないんだよね。つまらん」
「……つまるかつまらないかは置いておいて、そういうことさ。こんな部屋があるってことは、ここに誰かが入ってるってことだ」
「落ちてる髪の毛とか見つければ、一発だねぇ」
そう。誰がここに出入りしているのか、それを隠すことは事実上不可能。
そんなハルのチートじみた調査能力によって、この黒い石の持ち主が、急速に特定されようとしていた。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。「全身」→「前身」。相変わらずよく間違います。
また、「助けてくれられない」は指摘されるとおかしいのはその通りなのですが、くだけた会話の中なのでこのままで通させてください。




