第1150話 現代怪盗たちの見た物は?
ハルたちが行きついたのは、何の変哲もない廊下の行き止まり。周囲には貸し出し用の研究室なども無く、施設管理用の小部屋が存在するのみの曲がり角の奥。
窓もなく、薄暗い。だがこの立地こそが逆に、こっそりと、誰にも見られず、秘密の部屋に進むのには最適だった。
「ハル君この部屋?」
「いや、この部屋じゃない。部屋はきっと、この何もない角の奥に誰かが入って行っても不自然じゃなく思わせる為のダミーだろう」
「えー。なんでそんな面倒なことを……」
「構造上の都合かね?」
ハルがこの学園の見取り図、ホログラフ状の立体マップを取り出して見せると、この廊下の奥は大きな柱となっていた。
今居る位置は二階だが、一階も同様に直下は侵入不可であり、見取り図を見た者が居てもそこは『支柱だろう』と自然に思われそうな構造となっていた。
「なーメタ助? 本当にただの柱だったら? セキュリティが通ってないのも、当然じゃないん?」
「みゃっ、みゃっ、みゃっ……」
「考えが浅い? これだから素人は? 言うようになったなーメタ助」
「ふにゃっ!? にゃうにゃうにゃう!」
「……言ってないってさ」
「だがそんなニュアンスは感じた」
「ごろにゃーん……」
「ごめんにゃーん? よし許す」
じゃれ合っている機械の体二人組を放っておきながら、ハルは注意深く行き止まりの壁を観察する。
メタの言うように(言っていないが)、柱だからセキュリティが通っていないというのは考えが浅い。
セキュリティ範囲をマップと重ね合わせてみると、ここ以外は柱のような侵入不可地形であっても、きっちりとセキュリティ網が通っているためだ。ここと、その地下だけが明らかに不自然。
ならば考えられることは一つ。ここに扉があり、この柱を通じて地下へと下りて行くのだろう。
「ユキ、スキャン」
「あいさー! スキャンビーム、照射!」
「みゃうみゃう!」
別にビームが目に見える訳ではないが、ユキの体から透過スキャン用の走査線が照射される。『びーっ』、と口で言っているのが可愛らしい。
そんなビームによって、この奥の構造体と、それを守るセキュリティが丸裸になっていった。
「よし見えた! こいつは……、エレベーターじゃな……?」
「なう!」
「そのようだね」
壁の奥にあるのは、中空になった柱と、その中にすっぽりと収まる箱、エレベータだ。
現代でもエレベータは現役であるが、その動力は当然エーテルエネルギーによって賄われており、駆動も人工筋肉だ。
しかしここのエレベータは、前時代の古き良き電気式だった。モーターでケーブルを巻き取るあれである。
「ここの扉、シャッターの開閉は、どうやら生体認証みたいだね。タッチパネルが壁の向こうに埋め込んであるよ。ハル君、触ってみなよ」
「そんな不用意な……」
「でも触らんと分からん」
「……まあ、それもそうだね。どのみち後で、痕跡は消させてもらうんだし」
この中で唯一生身のハルが、パネルの埋め込まれた壁の位置へと手を付ける。
付ける、が、特に何かが起こる訳ではない。認証エラーのブザーが鳴る訳でもなく、警報が鳴る訳でもない。
ただ、不正解として扉が開かない、それのみ。扉は静かにただの壁として、知らぬ存ぜぬと沈黙を守っていた。
「当たり前といえば当たり前のことだね。本当に偶然、職員や研究者がこの壁に手を突いちゃって、そこで警報でも鳴ったら隠してる意味がない」
「だよねー。『ここになんかありますよ』って自白しちゃってるようなもんだ」
「にゃっ!」
「……しかし、まてよ? どんな状況? わざわざこんな場所来て、正面向いて手を突くとか、想定する必要ある? えっちな状況か!?」
「知らんわ……」
「ふなーお……」
壁際に女の子を追い詰めて、手をついて覆いかぶさる感じだろうか?
ユキが『再現しよう!』と誘ってきたが、残念ながらユキの体の大きさと、背筋を伸ばして堂々と待ち構える態度の前では、あまり体の大きくないハルではどうにも迫力不足であった。
「遊んでないで次いくよ……」
「ほーい。こゆのはやっぱ、アイリちゃんがいいね。あとでやってあげなよ。絶対“ふおる”よ」
「確かに、ふおる様子が目に浮かぶ」
壁際に押し付けられて、甘い言葉を囁かれるシチュエーションもまた『伝説』だろう。『ふおおおおお!』と興奮する様が容易に想像できる。
それはさておき、どうにかこのセキュリティを突破し、エレベータへと乗り込まねばならない。
しかし、ここだけが完全に校内のセキュリティから切り離されており、今までのように侵入は不可能。
「しかもスキャン結果を見るに、ここだけ雷都邸もかくやという程の力の入れようだ」
「本気って訳だね!」
「最初から本気を出せ。いや、それだと僕が過去に苦労してただろうから、このままでいいけど」
恐らくは、設計段階でここに何かを隠した者は、そうした費用対効果を度外視にしても、この秘密を守りたかったのだろう。
学園の運営でそこまでやったら、費用の無駄だと突き上げを食らってしまうのかも知れない。
「……スキャンした構造を見るに、扉は生体認証ではあるけど、内部には物理的な、手動操作専用のギミックも多い」
「電子的なハッキングだけじゃ動かんってことか!」
「そういうこと」
「みゃーご……」
そうなると、猫の身のメタにはお手上げだ。もちろん、メタの庭である異世界ならば、こんな程度の仕掛けなど物の数ではないのだろうが、今はお互いに制限が多い。
ハルも普段ならば、電子的だろうが力学的だろうが、どんな手段で封じていようと無いも同じの無法を極めている身だが、今はその根幹たる二種のエーテルを封じられている。
「まいったね、どうも。古典的な怪盗の手口は修めていないんだ」
「今から勉強して道具揃えてくる?」
「いや、遊んでる暇はない。この場で縛りを解禁するよ」
「禁じられた力を、解き放つ!」
「にゃにゃう!」
「……のはいいけど、大丈夫なん? それこそセキュリティに、引っかかるんじゃない?」
「確かに、この学園はナノマシンを検出すると病的な換気で排出しようとするし、魔力を検出すると強制転移させる部屋がいくつもある」
だが、その検知も万能ではない。魔力を検知するとはいっても、それは音楽室に代表される特別な『ログインルーム』のみ。
この突き当たりの辺鄙な廊下で使っても、ワープさせられる危険性は低かった。ユキもそう考えたようだ。
「分かったぜハル君! ここには『ワープ床』は無いと踏んで、魔力放射してのサーチに踏み切るんだね?」
「いや違う」
「違うんかーいっ!」
「なっふー! んなーおっ!」
確かに、この廊下とエレベータがログインルーム化している可能性は極めて低いだろう。しかし、その先の空間は分からない。
地下には広い空間が部屋として広がっており、そこもまたメタのハッキングは届かない。
そこにたどり着いた後のことを考えれば、ここだけ魔力で突破しても解決にはほど遠いだろう。ハルたちは、エレベータを動かしに来たわけではないのだから。
「使うのはナノマシンの方のエーテルだ。確かに、この学園のエーテル感知は病的にしっかりしてるが、それでも感知は全域とは言い難い」
「んー? 全域と言ってもいいんじゃないのん? 私のスキャンで見ても、どの壁にも病的にエーテルセンサーが貼っ付けてあるよ?」
「そうだね。でも逆に言えば、そのセンサーにさえ触れなければいい」
「……正気か?」
「もちろん正気だ。僕を誰だと思ってるんだい?」
「ふみゃ~?」
本体が異世界にあるメタが不思議がる一方、生まれも育ちも地球人なユキがハルの言いたいことを察する。
エーテルは、基本的に空気に混じり、その流れと共に拡散する。それは非常に利点でもあるが、欠点でもある。
何処であろうと文字通り『空気のように』お構いなしに入り込んでくるので、この学園や雷都氏のようなエーテル嫌いは難儀している。
「しかし逆に言えば、拡散さえさせなければ感知されることもないって訳だ。このように」
ハルは模範演技をするように、指先から蒸気のようにナノマシンを放出する。
ユキを真似て『びーっ』、と言ってみたりするが、それを目視することはかなわない。
だがハルはあえてエーテルのある位置に色を付け、見守る二人に存在位置を教えてみせる。
鞭のようにぐねぐねと動くそれは、空気に混じって拡散することなくハルの指先に留まり続けた。
「うわキモっ。どーゆー頭してるん相変わらず」
「うなー?」
「こいつはねメタちゃん。この鞭みたいなエーテルの集合体を全部、この空気ごと『自分の身体だ』って定義して制御してるんだよ。キモいでしょ?」
「ふみゃっ!?」
「キモい言うな」
そう、粒子一つ一つを、完全に自分の体のように制御してしまえば、空気に混じって逃げていくこともない。
ハルはそんな気持ち悪いほどに自在に動くピッキングキーを、装置の隙間に流し込んで強引に制御を乗っ取った。
その名の通りナノレベルの細い鍵を、妨げることは不可能なのだった。
*
ハッキングしたエレベータに乗り、ハルたちは無事に地下へと踏み込むことに成功する。
物々しい警備がお出迎えしてくれるかと思いきや、下りた先は実に静かな、拍子抜けするほど無防備なものだった。
無人ではあるが、常に赤みがかった照明に照らされているようで、視界には苦労しない。
通路を進むと、すぐに開けた空間に出て、その間には行く手を阻む扉のようなセキュリティは存在しなかった。
「なーんか拍子抜け。何重にもガチガチに固められてると思ったのに」
「まあ、普通はあの隠し扉を見つけられないだろうからね」
「……そんで、これだけ? こんだけ広い空間用意して、もっと金銀財宝詰め込んでないの?」
「いや、僕ら泥棒じゃないんだから。しかし、なんなんだろうね、ここは」
ユキではないが、確かに拍子抜けだ。赤い光に照らされた広間は、中央が盛り上がっており何だか台座になっているように見える。
そんな、近代的セキュリティに守られている事実に似つかわしくない祭壇のような空間。その上へと、ハルたちは登って行く。
そこに安置されていたのものは、やはり宝物とは程遠い、面白味の無い存在だった。
……だが、この存在をハルたちは知っている。非常によく、知っていた。
「《ありゃ。モノリスじゃないっすか。こっちにもあったんすね。コレ》」
絶句するハルたちの間に、のんきなエメの声だけが、ただ白々しく響いていったのであった。




