第1149話 謎解き学園を突破せよ!
ユキの体に搭載された高性能センサーを頼りに、ハルたちは学園の研究棟に潜入していく。
この学園は、日本中どこに行っても存在する大気中のナノマシン、『エーテル』の存在しないほとんど唯一の大型施設。
その特異な環境から、研究用にスペースを置かせてほしいと依頼する企業や研究機関も多くある。
今や、地上でエーテルの混入しない環境を探すのは、無重力環境で実験をするくらい大変なことなのだった。
以前、ルナと共に探索したサーバールームもその一つ。ただあれは実験の為というよりは、また何かあった時に、大切なデータが巻き込まれて消えないようにとの思惑からであるが。
「あれと同様に、何かあるとしたら地下じゃないかと思うんだけどね」
「悪いやつの住みかは大抵地下だよねー。こないだの、ライト君の時みたいに」
「ふにゃー?」
「そうだぞーメタ助。地上にお城を構え出したら、その時はもう世界征服の一歩前よ」
「うみゃう!」
「まあ、現代ではそれとは関係なく、どうしても地下の方がエーテルが浸透しにくいって理由が大きいけど」
空気に乗って風に運ばれる性質上、屋外に面しているとそれだけで浸食を受けやすい。
この学園は病的な空調で対処はしているが、それでも微弱なレベルでは粒子侵入を防げていなかった。
「完全に防ぎたいならば、やっぱりアンチエーテルの黒い塗料で塗り固めるのが一番なんだけど、学園だからねここ」
「そんなんしたらイメージ悪いもんねー。あはは。真っ黒な立方体がいきなり『ドン!』とあって、『これが学校です』って言われてもね」
「近隣住民、大混乱だね。それこそ、何かヤバい施設にしか見えやしない」
特に、性質上窓が作れないというのが痛い。その開放感の無さは、怪しさを更に加速する。外から見せたくない何かがあると思われてしまう。
そんな学園に、子供を通わせたいと思う親はあまり居ないだろう。
……いや、現代の貴族と揶揄される良家の親たちならば、むしろ歓迎なのだろうか?
「まあ、あと根本的な問題として、高いんだよね。アンチエーテルは」
「それって、エーテル技術で生産できないから?」
「基本的にはそういうこと」
「みゃー?」
「メタちゃんなら余裕じゃない? たくさん作って大儲けするかい?」
「ふみゃっふっふ……」
「ハル君は? ハル君でも無理なん?」
「いや、無理じゃないけど、特にやる理由がないかな」
「自分の敵を増やすだけだから?」
「それもあるけど、僕は出そうと思えば<物質化>で出せるし……」
「うわ出た。チート中のチート!」
ハルは手のひらの上に、<物質化>で黒い塗料を生み出してみせると、すぐに<魔力化>で魔力へ還元し消し去っていく。
製造工程をまるきり無視したその力は、ユキのいう通り反則級の便利さだった。
「にゃうっ!」
「ああ、ごめんねメタちゃん。つい魔法使っちゃった。ここでは我慢しないとね」
「みゃおん♪」
「どこでトラップに引っかかるか分からんもんねぇ」
「まあ、あるとしても、ちゃんとした部屋の中だとは思うけど……」
この学園は今、魔力を感知するとその使用者を強制的にゲーム空間に飛ばすある種のトラップが設置されている。
実際は、ログインの為の重要設備であって罠などではないのだろうが、ハルからしてみれば罠が張ってあるのと大差ない。
これがあるから、学園を覆うようにハルの魔力で包み込み、<神眼>で強引に調査するという手も使えないのだ。
「今にして思えば、アメジストが学園にこんなシステムを撒いていったのも、僕から学園の秘密を守る為だったりしてね」
「確かに。ハル君がその気になれば、いくらナノマシンの方のエーテルから隠れてても、魔力の方のエーテルで筒抜けなんだね」
秘密裏にゲームを開催でき、エネルギー源をハルから隠せる、一石二鳥の策である。
その二つの、どちらが果たして主目的だったのか。それは、これから直接ハル自身の目で確かめるとしよう。
罠その物がどうやって探知から逃れているかも気になるが、それはまた追い追いだ。欲張らず、一つずつ処理していこう。
「うーん、しかし拍子抜けだ。誰とも出会わない。イージーモードかな?」
「まあ、出会わない道を選んでるし。元々そんなに、賑わってる場所ではないみたいだからね」
そんな、どこに罠があるか分からない研究棟を、二人と一匹は仲良く進む。
多くの研究室が入っているとはいえ、ここはあくまで学園であり、研究棟はおまけ程度のもの。本館のように生徒で溢れるようなことはない。
さて、そんな普段立ち入らぬ場所へと入ってみたはいいがノーヒントだ。いったい何処を、どのように調べればいいのだろうか?
*
「警報とか鳴ったりせんの?」
「ふなん♪」
「お? どーしたメタ助。なんかやってるんかー?」
「警備のセキュリティはないこともないけど、かなりのザルだからね。メタちゃんにかかれば、無いのと同じだ。雷都氏の家の方が、まだ厄介なくらいだよ」
「そいえば、そんなだっけか」
この学園はエーテルから隔離されているという部分で安心し、中に入ってしまえば案外警備は大したことはない。
雷都氏が見れば、『実に無防備だ』と嘆くかも知れなかった。
機械技術担当のメタにとって、この程度のセキュリティなど物の数にも入らない。ハルたちは人間だけでなく、機械の警備の目からも完全に逃れて調査を続行するのであった。
「しかし、見つからんのはいいけど、何処探そっか? RPGじゃないんだし、手当たり次第に部屋に入って資料を漁るわけにもいかんし」
「何一つ分からないに等しいから、そうして地道に情報収集してもいいんだけどね。流石に非効率すぎるかな」
「だよね」
「みゃーお……」
ここで行われている研究は表には出ないので、端から資料を漁って行けば、目的の物以外にも様々な情報が手にできるだろう。
中には、持って帰れば月乃が喜びそうな大企業の後ろ暗い秘密などもあるだろうが、それはまた別の機会でいいだろう。
「となると、目指すはライバルを出し抜いての初見クリアだ! 的確にゴールに目星をつけての、一直線での突破だね」
「だね。ゴールっぽい道に当たりをつけていこうか」
「そうそれ。迷宮踏破イベントだ!」
「みゃっ!」
たまにオンラインゲームのイベントであったりする、ダンジョン早解きゲーム。
再利用が効かない関係上、運営からは避けられがちだが、うまくやれば臨場感は大きく演出できる。
レースのようにプレイヤー全員が、競うようにゴールを目指すのだ。もちろん、一位になれば大きな利益を手にすることができる。
もちろんこの学園はそんな設計思想で作られてはいないが、考え方は応用できる。
隠したい物を『ゴール』になぞらえれば、そこへと至る道を逆算するための思考は似通ったものと言えるかも知れない。
「……まず、対象は地下であると考えられる」
「だね。それっぽい!」
「にゃん!」
人の頻繁な立ち入りを避けると同時に、先ほど語ったエーテルの侵入を防ぐという理由から、その可能性が強い。
直感的にも、イベントの主催としてはゴールを平凡な二階などには設定しないだろう。これはゲームではないが、そのあたりの機微は案外共通だ。
「あとは、この辺みたいに貸し出し用の研究室が並んでるエリアは除外かな? そんな気がする」
ユキは指でなぞるように、廊下の壁に下げられた研究室の利用者を示すプレートを示しながらそう語る。
様々な企業や団体、時に個人がこの場を利用しているが、逆に言えばそれは不特定多数の目に触れる機会が多い場所。隠し場所には適さない。ユキはそう推理する。
「それに、敵は学園そのものなんしょ? なら、外部の誰かが後から持ち込んだ何か、って可能性は低いんじゃないかなー?」
「それは僕の推測でしかないけどね。あと、敵と決まった訳じゃないってば……」
「味方じゃないなら、敵と思っておいた方が吉!」
「にゃうん!」
まあ、警戒は必要だろう、実際。そして警戒は敵もまた同じこと。
今回の話が、噂の段階でも外部に、エーテルネットワーク上の情報として漏れてはいないことから考えて、これを知る者の数はきっと非常に少ない。
一般の研究者の間では常識のように話題にされているレベルであれば、何らかの噂話として世に広まるだろうからだ。人の口に戸は立てられない。
「……となると、設計段階から用意されていた隠し場所があると考えるべき」
「地下室の増設とか、その為の業者から足が付くかも知れんからねー」
「だね。ねえメタちゃん、セキュリティの特別強くなってるエリアとか、探知できるかい?」
「にゃうにゃう♪」
任せろとばかりに、メタがすぐさま検索にかかる。
統括管理する関係上、セキュリティというものは基本的に一つながりだ。それを辿って行けば、おのずと全体像が把握できる。雷都邸の時と同じだ。
その中でも重要度に分けて、高レベルのセキュリティは、そのまま高レベルの機密のある位置と考えられる。そうして逆算すればいい。
「僕も、外から少し探ってみるか」
「外からって? この学校、ネットを遮断してるんしょ?」
「中身が分からなくても、シルエットは分かるよユキ」
「あー、なーる。隠し部屋の位置が、外観から分かるってことね」
そう、中には入り込めないとしても、その外壁まではびっしりとエーテルが取り囲んでいるのが今の世の中。
水に沈めたゴムボールのように、空白の形を探ることは可能になるのだ。
「……とはいえこれは、半ば公開情報に近い。そこから何か企てがバレるようにはしてないだろうけど、っと」
「なんか見つけたん?」
「ああ、結構大規模な地下構造がある。特に、この離れた位置のなんか、どうだい?」
「うむ。怪しみが強い!」
「にゃ! みゃみゃう! ふみゃん!」
「お? どーしたメタ助? お前も怪しいと思うかー?」
ハルの示した立体マップを見て、メタもまた興奮ぎみに鳴き声を上げる。その前足でモニターを、てしてし、と叩いたと思うと、ハルのマップに重なるように、メタの調べたセキュリティマップが表示された。
そこには、ハルたちが怪しんだ地下室だけが、セキュリティの範囲外となっていることが示された空白となっている。
実際に、『セキュリティ無し』という訳ではないだろう。きっとそこだけは、特別に切り分けられた警備で守られているに違いなかった。




