第1147話 遠征軍の末路
カナリーの解析により、このゲームの物理的エネルギーはゲームの外からやってきていることが判明する。
どうやら、物理的な衝撃を伴わない現象はほぼ全てがゲーム的な演算で行われて、運動エネルギーが必要になった時のみ、その為の力を引っ張ってきているようだ。
「そのエネルギーの内容って何だか分かる?」
「詳細不明ですー。まあー、観測出来ている時点でそのうち判明するでしょー」
「……不明ねえ。いよいよヨイヤミちゃんの言ってた、『別次元からのエネルギー』ってのが怪しくなってくるけど」
「《大丈夫っすかね? わたしのアレやコレやと関係してるなら、宇宙放射線が産地直送でお届けされてるとか、そーゆー心配も出てきますけど。でもとりあえず、そこは現地に入ってるハル様たちのお体が平気そうっすし……》」
「ああ。健康上の問題はないよエメ。そうだな、専門家として、君もデータを洗っておいてくれ」
「《うげっ! こ、これが世間話的なノリで首を突っ込んだら、『君ヒマなのかい? じゃあこれやっといて』って仕事渡されるやつ!》」
「いや元々やらせるつもりだったから、どうあがいても結果は変わらないよ?」
「《ひーん! いいのかわるいのかー!》」
かつてエメの切り札であった強大な力。それも、別次元への接続だ。
これが同じ意味で使われているか否かは定かではないが、彼女のやっていたのはまさに別の宇宙から莫大なエネルギーを取り出すという大掛かりな技だった。
あれは魔法のある世界で、しかも宇宙空間で行ったからいいものの、地上にそのまま扉を開いたら放射線やら何やらで大変なことになるかも知れない。
「しかし、意味が分からないですねー。こんな力が使えるのに、わざわざゲーム仕立てにして生徒さんを集める必要はー?」
「さてね。そこは、アメジストも何か都合があったんだろうさ」
「カナちゃんみたいに?」
「まあー、確かに人のことは言えませんかー」
「それに、まだこのゲームそれ自体が盛大な実験場って説も否定されていない」
あくまで、物理的な干渉によって生徒に影響を与えていないというだけで、アメジストがこのゲームを使って超能力の実験をしている疑惑は晴れていない。
それどころか、雷都征十郎もそのデータを取っていたように、現実での超能力に関わる数値は明確に上昇傾向にある。
これを、超能力研究の第一人者アメジストと無関係と考えるのは、いささか楽観視が過ぎるというものだ。
「そっちのデータも取っておくか。ライト氏に対する手土産代わりにもね」
「そういえば、そちらの会談の時も近づいていますね! デッキの準備は、ばっちりでしょうか!」
「もう少しパーツを揃えたいねアイリ。その準備もあって、この戦いをどうするかは正直悩む」
「おっ? データ取りの為に長引かせる介入すんの?」
「……やっぱりフィクサーねぇ。もうやっていることが、武器商人そのものね?」
「《知ってる知ってる! 『まぁいいでしょう。データは十分に集まりました』、っていうやつ! あっ、でもこれは負け惜しみのやつか。主人公に負けて、人知れずフェードアウトするやつ》」
「あくの! かがくしゃなのです!」
なんだか最後には自分自身に薬でも打って巨大化しそうだ。
そんな悪の科学者の話はいいとして、確かに良い機会なので、生徒たちの超能力に関するデータを取っておくのもいいかも知れない。
ハルは戦場を神の視点から俯瞰するように見渡しつつ、超能力系のスキルが発動している地点をピックアップしていった。
「居るね、いくらか。連合を組む際に情報共有が行われたからか、思ったより数も多い」
「確かにそうね? しかし、となると雷都の語っていた説は的外れな、ただの願望になりそうね?」
「ん? ライト君の? どんなだっけルナちー」
「超能力を使うにはエーテルは邪魔だっていう話よ。もし本当にそうなら、こうして今ハルがエーテルを散布した状況で、使えなくなりそうじゃない?」
「《確かにそうだよねー。本人なにも気付いてないのに、『いきなりスキルが使えなくなった!』ってなりそう。悪ガキどもが急に自分たちの強みを潰されて、わたわたしてるのも見てみたいけどねー》」
悪ガキども、病棟の五人衆もハルに削られた領土を取り戻そうと、後方から急襲をかけた勢力の一つ。
彼らは自らの肉体で超能力を使い活用することで、数字以上の兵力運用や、ハルに比肩する戦力を生み出すことを可能としていた。
もし雷都氏の言うようにエーテル環境下では能力を発揮できないのならば、接続した今、スキルが使えなくなるという悲劇も考えられる。今のところ、それはないようだ。
「《あれ? でも今ってオフラインだよね? なら、オンラインにしたらどーなるかは分からないんだ?》」
「そうだね。そうだけど、それに関しても奥様の存在が否定してる。あの方はオンライン環境でも元気に、<透視>が使い放題だし」
「《おお! 月乃お母さんすごーい! そういえば私も、特に問題ないや》」
「君の力はそもそも超能力なのか、正直そこから疑問だけどね……」
何にしてもルナの言う通り、雷都氏の説はエーテル嫌いが高じての願望が混じっている、結論ありきの説だと言わざるを得ない穴だらけのものだ。
それをきちんと否定する為にも、ここで彼らの超能力について、詳細にデータを取って行くのもありといえばアリ。
「……んー。別にー、この空間だから現象の行使が格段にレベルアップするとか、そーゆーことはないみたいですねー」
「リアルで取ったデータと、出力は変わらない?」
「はいー。活発に動いてるからか、若干どの数値も高めですが、これも体調に連動した誤差と言える程度ですー」
「ふむ……、あの派手なエネルギー行使は、あくまでゲームのバックアップか……」
そんな無駄遣いを許している以上、やはりこのゲームが超能力の為に作られた裏付けとなりそうだが、それも言ってしまえばハルの願望によるこじつけだ。
雷都氏の説を否定するなら、自説も同じように『データ不足』と否定されねばならない。
「んでんで、どーすん? それをハッキリさせるためにも、もっとこの戦争でデータ取るん?」
「と言ってもねユキ。この戦い、連合の敗北で遠からず終わると思うよ?」
「ですね! 今や連合というよりも、彼らは各派閥ごとに分断されています。それらを各個撃破していくと思えば、戦力差は逆転、いえ、圧倒的です!」
「そうならないように、ハルが介入し戦場を操るのかしら?」
「そうそれ。それだルナちー。エーテルの蔓延した今なら、ハル君は好きな位置に衝撃波とか飛ばせんでしょ?」
「蔓延言うな。まあ、非効率だけど、飛ばせるね?」
「じゃあさじゃあさ? 偶然を装って、見えない神の手の介入を負けてる方にし続ければ、戦争を泥沼化させれん?」
「《わぁ。戦場の支配者だ》」
漁夫の利連合が勢いに乗って進撃するも、“不思議なことが起こり”その攻撃が何故かことごとく不発に終わる。
降り下ろした剣はジャストガードで弾かれ、狙いばっちりで放ったと思った銃弾はギリギリで敵を逸れて行く。
そんな不運な偶然が何故か続き、戦局は徐々に盛り返されるのだ。まあ不運ではあるが、たまたまサイコロの出目が悪かったと諦められる範囲だ。
多少イライラは募るが、時間をかければ結局のところ勝利は揺るがない。敵も必死だ、クリティカルくらい出すだろう。
しかしその実態は、全てハルの手のひらの上。
剣は直撃の瞬間に、空間そのものが衝撃波を出して跳ね返し、銃弾は空間そのものが強力な抵抗となって軌道を逸らす。
あらゆる地点に自由に力場を発生させられる今の環境ならば、そうした介入も可能になるのであった。
「《面白そうじゃない!? ねぇねぇハルお兄さん、私、やってみたいなぁ~》」
「妙な事に興味を持つんだねヨイヤミちゃん……」
「大変ですよー? あたまこんがらがりますよー?」
「そうだぞヤミ子。お前にはまだ早い。そーゆーのは、私を倒してからにするんだな!」
「《ぶー。それじゃ、いつまで経ってもできないじゃーん。ユキお姉さん強すぎて無理だよー》」
「まあ、どのみち今回はやらないよ。ここで長引かせた所で、有用なデータが取れるとは限らないしね」
それよりも露骨な介入を続けることで、不信感を覚える生徒が出て来る危険性の方が上だ。
ゲーム慣れはしていなくとも、聡い生徒が多い学園だ。何名かは見えざる介入に気づくだろう。
特にソウシなどは、自身も不可視の刃を操る関係上、そのやり口に察しがついてもおかしくない。
「だから、ここは成り行きに任せて終わりにしよう。僕らのやることは、戦争終結までに取れるだけデータをかき集めることだ」
「がんばりますよー? とはいえー、もう終わってるようなものですけどねー」
「まあね。こうして無事に全土にエーテルの粒子が行きわたった時点で、この地の環境情報と彼らのパーソナルは全て走査出来てしまう」
「《流石は神のお兄さんだよね。エーテルネットのマスターだもん!》」
「神ではないが……」
相変わらず心臓に悪い少女である。ヨイヤミは何も知らないまま『凄い』の意味で言っているだけなのだろうが、どうも真実を指摘されているようで動揺を隠せない。
そんなヨイヤミの言っていたこと、そして過去に聞いた話も気になるところだ。今は、戦場の泥沼化よりもそこの調査も進めたところ。
そんな結論に至り、介入を行わないことを決めた争いの趨勢が傾くのは早かった。
機械の軍隊に焼かれ、哀れ追い詰められて行くエルフの森に始まり、連携を失ったハル包囲網は、その更に包囲網に対抗できず次々と土地を失っていく。
彼らのうちの一国が、たまらず国にバリアを張り戦闘放棄してからはもう、更に一気に状況が進んだ。
それを見て士気を殺がれた国が一つ、また一つと、次々に戦闘を放棄する。
バリアを張り相互不可侵となるか、国ごと移動し戦場から逃げ出すか。いずれにせよ、戦力総数は次々と減って行く。
後はただの追撃戦だ。逆に攻撃側は士気を上げて更に勢いを増し、残った土地をどんどん食い荒らすように進む。
そこからはもう早かった。瞬く間に連合は総崩れとなり、完璧にハルの世界を取り囲んでいた包囲網も、今や見る影もない虫食い状態。
終いには、ほとんど元の点在する浮島の群れへと戻って行き、ここにハル討伐戦は失敗に終わってしまったのであった。




