第1146話 敵とその敵の戦いを解析せよ
データ集めのついでに観光気分で、ハルたちは生徒たちの世界の空を泳いで回る。
それぞれ特色のある素敵な世界ばかりで、こうして一覧していると見ていて飽きない。
そんな中で今は、ハルの世界と同じような草木を生い茂らせた、自然が中心の世界での戦いを鑑賞する。
陽光に照らされた爽やかな草原、といった空気のハルたちの世界と比較すると、こちらは落ち着いた濃い緑。
空も太陽が昇ってはいるが、夜のように薄暗いその様は幻想的な雰囲気を感じる。オーロラの舞う様は、北国だろうか?
そんな極光の七色が池や川に映り込んで、景色として非常に見ごたえがあった。
「へえー。僕らの国の自然も悪くないけど、こういう空想世界全開なのもいいね」
「お望みでしたら、今からでもご希望に沿うべく、死力を尽くしましょう」
「……やめておこう。アルベルトにやらせると、工業廃水で川を七色にしそうだし」
「そもそもうちの国って今、世界樹があって国中の木がバチバチ電気発して、国境は謎の霧で覆われてる状況なのだが?」
「そうね? 十分に幻想的? よね?」
「ルナさん! 疑問に思ってはいけません!」
しかも国の中心部は自然を切り開き工場や発電所が立ち並び、そこに更に覆いかぶさる形で世界樹がそびえる混沌っぷりだ。
この上さらに川の色まで影響されて変えてしまったら、もはや幻想的というよりも前衛的だろう。
「……なんでもゴチャゴチャと派手にすればいいってもんじゃない」
「ですがそんな幻想の国にも、今や侵略の魔の手が伸びているようですねー?」
ここはハルの世界と直接国境を接していない、包囲網の外側。そのため直接の反撃はないと気を抜いていたところ後方から襲撃を受け、大打撃を被っているようだ。
エルフだろうか、弓で戦う緑の服の女性たちが、機械の兵隊、いやロボ兵士達に苦戦を強いられている。
「相手は、リコの派閥の仲間みたいだね。彼女も機械の国のようだけど、比べてみると印象はだいぶ違う」
「あなたの人形兵になんとなく似ているわ? 貌がなく、全体的につるりとしている所とか」
「サイバーちっくってやつだ」
近未来風の見た目、ということ。実際、そう言われ出したのは過去の話で、今がその近い未来になるのだろうが、こうしたデザインが全盛にはなっていない。
まあ、当時の機械技術、電気技術がそのまま続きはしなかったので、当然といえば当然か。
そんな、ある種断絶した技術を、今に受け継ぎなおも発展の研究をしているのがリコたちだ。
彼女らは多かれ少なかれ、機械のイメージを含んだ世界と兵士になっているようである。
機械側の特殊ユニットは多脚戦車。ちょうどハルの六本腕のような、車輪ではなく八本の足で進む全地形対応のマシンである。ちなみに上半身は付いていない。
そんな歩兵と戦車が、平和なエルフの森を焼き尽くし、その地を侵略せんとしていた。
「のどかなエルフの村が焼かれていくー。物悲しいねぇ」
「《ユキお姉さんはエルフ好きなの?》」
「いんや? ふつー。ただシチュエーション的に、そんなイメージだなーって」
「のどかな顔して、私たちの国を滅ぼそうとした蛮族よ? 同情は不要だわ?」
「それじゃあ、その蛮族の顔でも拝んでみるとしようか。もしかしたら、脅されて参加した可哀そうなエルフかも知れない」
「モニターに出しますよー」
「《わくわくしちゃうね!》」
ここのところヨイヤミの教育に悪いというか、彼女の身体ハッキングを肯定してしまうような行動ばかりしかとっていないハルたちだが、まあ仕方ない。
これを抜いては、ハルを語れないとも言える。そう自分に言い訳しつつ、ハルは幻想の国の中心に照準を合わせ、その国の主の姿をモニターに表示していった。
「《ああっ! 僕の可愛い精霊たちがっ! くそっ! この環境破壊の権化どもめっ! 誰の許可を受けて精霊ちゃんに触ってるんだ!》」
「……うーん。これは、同情しなくてもいいかもね」
「あら? ハルも見習った方がいいのではなくって? ああして堂々と、周囲を女の子の群れで固められるように」
「……どんな見習い方だって。もちろん、君たちのことは大事にするけどさ」
「自然を愛してるのは確かかもねー」
「甘いのです! ああしたタイプほど、いざ自然の中に放り出すと何も出来ないのです! 貴族にもそうした口だけの者は多くいました!」
「なるほど。流石、大自然の中の一軒家で生活していたアイリが語ると説得力がある」
「まあー、安全圏から綺麗ごと言うのは簡単ですからねー」
なんだか、本人の知らぬところで言いたい放題にされてしまった彼にハルは少し同情する。その口火を切ったのが自分であるだけに、申し訳ない気分だ。同じ男として。
ただ、情けないのは失礼ながら事実。彼はこのゲームを、どちらかといえば環境ソフトのような鑑賞用として、美しい自然と美しい少女たちの庭として作っていたように見える。
もちろん、そういう楽しみ方だって肯定されるべきだろう。世界の良い使い方だとハルも思う。
しかし悲しいかな、武力を持たない者は武力を持つ者と出会ってしまえばこうなる。
その理想の世界を守る為の力は、しっかりと備えておかねばならないのだと、ハルも改めて認識するのであった。
「さて、守備側だけ見るのもフェアじゃない。今度は、攻撃側も見てみようか」
「《あはは、ハルお兄さん、ナチュラルに『フェア』の認識が傲慢~。公平を語るなら、ここで晒すのは対戦相手じゃなくて、一方的に見ているお兄さんの方でしょー?》」
「なるほど、確かに」
「小さな子に諭されてしまったわね? でもそんな傲慢なあなたが好きよ?」
「世界は俺様のもとに平等! なのです!」
「僕ってそんなキャラクターが求められているの?」
キャラはともかく、無意識に上から目線で語っていたのは事実その通り。管理者として、『平等』を語る時も自分は決してその勘定に含まれない。
これは時に自己犠牲じみた下から目線にもなるのだが、今はそこにも気を付けた方が良いだろう。文字通り、今はハルだけの体ではないのだ。
それはさておき、今度は侵略者側の指揮官に照準を合わせるハルたち。
そこには幻想世界の彼とは対照的に、顔半分を覆う目隠しを装着した、大柄で横柄な態度の女性が腰かけている姿が見えた。
なんとなく、部屋の造りがハルたちのコントロールルームと似通っているように見える。
「《はっはぁーっ! 燃えろ燃えろ! 女侍らせてばかりのヘタレ野郎に、このアタシの軍団が止められるかっての! 全部焼き尽くしてやるよ!》」
「……こっちもこっちで、アクが強い人だね。ああ、この人はユウナさんっていうんだって。リコの仲間だよ」
「なんだかどっちも、応援したくないわねぇ……」
「そーなん? あっ、ルナちーはお口の悪い子は苦手か」
「いえそうではなくて、女侍らせるのは悪いことではないじゃない? そりが合わないわ?」
「ああ、そっちかー」
「ここはわたくしたちが、全力で侍る姿を見せつけて認識を正してあげないといけませんね!」
「《あははー、どんな姿じゃーいっ》」
そんな気の強そうな彼女が操る巨大な移動砲台が、その戦車砲から火を吹いた。
近未来的な見た目にそぐわず、砲口から放たれるのはビームではなく実弾。その大質量がもたらす効率的な破壊が、幻想の森を吹き飛ばし焦土と化していく。
「《見たか! 結局、自然がどーたら言ってても、科学には勝てねぇんだよ! 環境なんてのは、人類が自ら作り出すもんだ》」
「《この時代遅れが! エーテル全盛の今、人は自然と共存できる、いやすべきだ! そんなことも分からない、古臭く頭の固い鉄クズめ!》」
「あれ? この人ら、通信機でも持ってるん? 互いの主張を熱くぶつけあっとるけど」
「いいや? まあ、戦いを通じて、偶然なにか通じ合っちゃった瞬間なんだろう、きっと。知り合いだったのかもね」
「《だったら面白いのにねー。知り合い同士が、ゲームの中でお互いの趣味を大公開~。はっずかしい~》」
「ヤミ子よ、おぬし良い趣味しとるなー」
まあ、そうした自分の内面がさらけ出されてしまう危険のあるゲームなのも確かだ。
それはさておき、ハルたちが見守るのはこの戦争の行く末ではない。
大地を焼き、森を吹き飛ばす、この圧倒的破壊のエネルギー。その力が、どこから発生しているのか、それをカナリーと共に調べていくハルだった。
◇
「《行け、精霊たち! 母なる森と僕を守れ!》」
「《女の陰にコソコソ隠れんな、この芋野郎が! 特殊ユニットで出てきやがれ!》」
「……相変わらず、何故か会話しているように見える」
本来は、戦争でテンションが上ってしまった二人が、双方の本拠地で独り言を言っているだけである。
自室で盛り上がっているだけのようなものであり、二人ともそれがまさか誰かに聞かれているとは思わない。
そんな内容がここで一つに組み合わされて、会話のようになっているのはなんとも面白いことだった。
二人のその戦いは機械軍優勢だったが、いつまでもやられてばかりのエルフ達ではない。
彼女らは地の利を生かし木々を登って頭上に上がると、そこから雨のように矢を射掛けていった。
「普通なら、メカの体に弓矢なんか効かないでしょうけど、まあ、これはゲームですので!」
「《ダメージ通るんだねー。実は、あの矢は砲弾並みの威力があったりして?》」
「いや、ないね。ただアイリの言う通り、ゲームルール的なダメージは与えられているようだ」
「しかしこれは、物理的な影響度は皆無ですー。私たちの見るべき場所じゃありませんー」
「そうだね。注視すべきは、やはりこの多脚戦車の主砲か」
エルフが足場とする木々を、一挙に吹き飛ばさんと戦車は砲口を地面に向ける。
その足を深く地面へと突き刺すと、自軍を巻き込むのも構わずその木の根元をまとめて一気に薙ぎ払っていった。
「ここですよー!」
「だね。……といっても、見た目よりずっとエネルギーの発生は抑えめだ。省エネだね」
「シャルトが好きそうな手口ですねー。実際の爆風を起こすのではなく、地面のオブジェクトを自分で吹っ飛ばさせて移動することによって、爆発が起こったように見せかけてますー」
「《手が込んでるんだねー。むつかしそー》」
「でも、一度その難しい設定をしてしまえば、運用費を安く抑えられる。楽する為の苦労ってやつだね」
「ですがー、爆発で実物の空気を吹き飛ばす必要がある以上ー、衝撃ゼロとはいきませんー。そこが付け入る隙ですよー。見つけましたよー」
そんな、ここを含めた各地の戦争の混乱状態。それらのデータをハルたちは嬉々として収集する。
その大規模な争いで生じるエネルギー。それはやはり、どこかここではない空間から、つまりはゲームの入り口である学園内から、供給されているだろうことが証明されたのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。(2024/2/29)




