第1144話 目に見えぬ動力源
広がるエーテルの波は、それに飲まれる生徒たちを一方的に巻き込んでいく。
その波間に揺蕩う魚の視点となって、彼ら彼女らの行動を覗き見られるが、そのスパイ行為が今回の目的ではなかった。
見るのはもっと根本的な所、彼らがこの世界に存在するだけで、周囲にどのような影響を与えているかだ。
「または、周囲からどのような影響を“与えられて”いるか。まあここは、僕らの『健康診断』で一切の影響がないから、望み薄ではあるんだけどね」
「わかりませんよー? 運営から、ハルさんだけのけ者にされてる可能性はありますしー」
「それは確かに」
「《関係なくても見たいみたーい! 雑魚どもが滑稽におろおろ慌てふためく様をみたいなぁ~?》」
「こーらっ。実に素直でよろしいけど、そんなお口の悪い子には見せてあげないよ?」
「《はーいっ》」
少し、口の悪いハルたちと共に過ごしすぎただろうか? ヨイヤミの教育によくないが、彼女のつつがない生活の為にはまだまだハルたちの存在は必要だ。
そんなヨイヤミを甘やかすことにもなるが、ハルはネットに接続してしまったことで得られた、哀れな被害者たちの姿をこの場に生中継していくのであった。当然、無断で。
「《ありえないです。私が嵌められた? いったい何時から? しかもこのタイミングであの忌々しいソウシ連合が動くなんて! 見過ごしてやった恩を忘れたのですか!?》」
「この子は僕らが最初に狙った派閥に属する女の子。こんな感じで、プライドが高いけどちょっと打たれ弱いところがある。そこを狙わせてもらった」
「詳しいのね? 狙ってたのかしら?」
「そういう狙うじゃないからルナ……」
「まあそうね? 彼女のデータを渡したのも私だし」
「分かってるなら言わないで?」
ハルが最初に狙い撃ちにした派閥、そのうちの一名をモニターに表示する。
その気の強そうな女の子は、この戦争そのものがもう自分たちを罠に嵌める為だけに引き起こされた壮大な計画であると半ば思ってしまっている。
そこまでいくともう陰謀論なのだが、そういう疑惑を植え付けたのはハル自身なのであまり強く言えなかった。
彼女ほどではないにせよ、他の派閥の面々も、既に自分たち以外の派閥を信じられなくなっている。
これはハルの思考誘導の功績というよりも、元々そこまで信頼関係が築けていなかったことが要因の多くを占めるだろう。
「《……なあ、その毛玉って、どこの勢力の差し金なんだ?》」
「《冷静に見れば、どう考えても自演だろう。ここで僕達を裏切って、多少の領土拡大を達成しても得られるメリットは少ない》」
「《だな。正直、後の学校生活にも響くしな。それが分からない奴は居ない》」
「《しかしなぁ。そのタイミングで、こっちにもバケモンみたいなあの特殊ユニットが来てるんだよなぁ》」
「《それなんだよなぁ……》」
「ユキの操る六本腕が功を奏してるね」
「でもハル君一人でも同時操作はできるじゃん?」
「まあ、そうなんだけど。今は他の処理が忙しかったから」
シルフィードの森方面で、六本腕に苦戦していた者達がこの混乱の報告を受け、その真偽について語り合っている。
彼らは彼らで、その異常な機動力を見せる怪物ユニットを直で見ているため、『ハルの自演だ』と見抜きつつも、『じゃあこっちの奴は何?』と思考のループに陥っているようだ。
「《あれ知ってます。私、別のゲームで見ましたよ。あれ『ゾッくん』って言うんです。ぬいぐるみも持ってます》」
「《そうなのね。じゃあ、あれはハルさんの国の子ってことでいいのね?》」
「《はい、お姉さま。ハルさんが私たちを混乱させるために、わざとやってるんですよ。これを伝えてあげればいいんじゃないですか?》」
「《でもねぇ。今は何を言っても、聞く耳を持たない状況でしょうから。それに、背後にも対処しないといけないし》」
「《流石はハルさんですね。お見通しみたいです……》」
「《ところであなた? そんなにゲームばっかりやっていて、お勉強は大丈夫なのかしら?》」
「こっちは落ち着いてんね? ハル君のファンの子みたいだ」
「お嬢様、って感じよね? 落ち着いている場合ではないと思うのだけど……」
「ルナちーもお嬢様じゃろーがーいっ」
「しかし、こうして見ると人間関係への影響は大きいようですね! 大丈夫でしょうか!」
「ゲームを現実に持ち込むなよなー」
「まあ、彼らとこのゲームは特殊ですからねー。もともと、現実の派閥を持ち込むように設計されているゲームですからー」
「まあ、その辺のフォローはあとで何か考えるか……」
ハルも、自分の策略で学生たちの人間関係に亀裂が入ったのを遠くから眺めて、高笑いするような趣味はもっていない。
このゲームが終わっても、彼らが無事に元の日常に戻れるように何か手は打っておいた方が良いかも知れない。考えておくとしよう。
さて、そんな生徒たちの慌てふためく様を観察しつつ、彼らの身体的なデータも同時に探っていくハル。
その中にきっと、このゲームをこのゲームたらしめている何かが、存在するはずなのだった。
◇
「今のところ、脳波に不審な点は見られない。平常値からは離れているが、これはゲームプレイによる興奮と、緊急事態による緊張からだろう」
「このゲームを動かすためにー、こっそり妙な処理が行われているという事もなさそうですねー。健全すぎて、逆に怪しいですー」
「ふなーご……」
ハルと、そしてカナリーが中心となり、接続した生徒の身体情報を探って行くハルたち。
アルベルトとメタも解析に加わってくれているが、今のところ有力な手掛かりは得られていない。
「つまり……、どーゆーことなん……?」
「私もさっぱりよ? この手の事は、ハルに任せきりだしね。お母さまなら、もう少し何か分かるのでしょうけど」
「前提からまず門外漢なのです!」
「《私は少し分かるよー。生身で遊園地に来た時の状態とほぼ合致するってところかなー。まあ、今はそんな楽しい状況じゃないけど、これもテーマパークで迷子になって、『どーしよどーしよ!』って言ってる状態ー》」
「流石だねヨイヤミちゃん。でも、彼らの歳になって友達とはぐれた程度で狼狽えはしないと思うけど……」
「《えー! 多少体は成長してもガキはガキだよー!》」
「体もおこちゃまが何を言うか……」
精神年齢の話は置いておいて、確かにヨイヤミの言っている内容はもっともだ。
彼らの身体的データは、生身で外の遊戯施設、それこそ遊園地にでも行っている時のものに近い。
非日常の興奮と、緊張。飲食などが制限されていることからくる疲労など。そうしたデータが似通っている。
つまりそれは、普通ではないが、飛び切り異常ではない状況だということを裏付けていた。
「《でも当然じゃない? ここって、『ちょっと変わった遊び場』なんだし。ハルお兄さんは、どんなデータが取れると思った?》」
「うん。僕の欲しいデータはね。このゲームを成立させているエネルギーをどうやって得ているかなんだ」
「《ほ~ん?》」
「現実でも、遊園地を運営するにはエネルギーをたくさん使うでしょ? このゲームだって同じさ。ほとんど幻のような物とはいえ、発生しているエネルギーは膨大であることを僕ら自身が証明してしまっている」
「実際のエネルギーが存在しないのならば、こうしてエーテルの増殖など出来はしませんからね」
アルベルトの言葉に、皆で今も外では活発に飛び交う紫の雷を目で追っていく。
こうして物質であるエーテルが次々と生成されていくからには、相応のエネルギーが何処からか供給されているはずだ。
そしてその量は、この参加者の生徒たちで賄うには少々多すぎるように思う。
「……仮説では、彼らを秘密裏に妖精郷に類する何処かの空間にログインさせ、そのまま一回りして肉体に意識を戻しているのかと思ったが」
「そのログイン形跡も見当たらないですねー」
「《ネットにフルダイブしたまま、一周して自分の体に戻るの? 意味なくない?》」
「説明は省くけど、そうすることである種のエネルギー生産装置に出来るんだよ。これ、ナイショだよ?」
「《わーお。企業秘密聞いちゃった……、これを知った私は、このままお兄さんお姉さんに監禁脅迫されちゃうんだぁ……》」
「妙な風評をまき散らさないの。そっちの方が危ない……」
「むしろヨイヤミちゃんは、もっとお出かけしましょうね?」
「《うっ、努力しまーす……》」
これは、ヨイヤミが特殊な願望があるというより、束縛してでも責任をもって保護してほしいという意識の表れだろう。
そんな冷静な分析は今はいいとして、もしそうした小細工が行われていたとしても、それはそれで腑に落ちない点があった。
「……ただその方法では、どう考えても収支が釣り合わない」
「ですねー。最初に想定していた、幻の風景を見せる程度ならその程度でも賄えるでしょうがー、ここまで物理的な影響力を持つとなるとー」
魔力が足りない。ヨイヤミの手前口には出さないが、カナリーはそう結論付ける。
最初はハルもカナリーも、その手の裏技で魔力を確保し、なんとかハリボテの世界で節約してやりくりしているのだと思っていた。
いや、節約しているのは事実なのだろうが、こうしてやろうと思えば相当のエネルギーが取り出せてしまっている。
……やっておいてなんだが、これはどこまで無駄遣いしていいものだろうか?
ハルの電気の使い過ぎで、突然この世界そのものが耐えられなくなって電源が落ちたりはしないだろうか?
「いや、そんなことはいい。となると、モノちゃんの戦艦の『神力砲』みたいに、神力を呼び水にして真空エネルギーを? いやそんな反応はないし、危険すぎる……」
「《私知ってるよー。そういう新しいエネルギーの研究ー》」
一切の手がかりが得られないことが、逆にどこかに何かがあることを告げているこの状況。
そんな中ヨイヤミから、助け舟を出すかのようにハルたちの知らぬ情報の提供があるのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




