第1141話 戦場に広がる管理者の手
まるで風に紫の桜が散る春の世界。というには少々、飛び交う雷光が物騒なこのハルの世界。
平地ほぼ全てを使っての一大プロジェクト。世界そのものを生産工場と化すこの桜吹雪は、電気を動力源として、空気そのものを材料として、世界樹を中心に木々を通じて国中へと広がって行った。
「まるで花咲か爺さんにでもなった気分だ」
「枯れ木に花をさかせましょー。まあー、枯れてないんですけどねー」
「《でもすっごくきれい! イルミネーションの点灯屋さんみたいだねぇハルお兄さん》」
「あるのかなそんなお仕事。でも素敵なお仕事だ」
「転職しますかー?」
「にゃうにゃう♪」
メタも前足で、『げしげし♪』と枯れ木に花を咲かせる灰、ではなく自らの開発した紫の紙片を巻き上げてゆく。
それは風に乗り、あらたな木々の元へと降り注ぐのだ。
「《それにしても、思ったよりスピードでないね? もっと一瞬で、『ぶわぁーっ!』って広がると思ったのに》」
「そうなのですか? わたくしには、『ぶわぁーっ!』って広がったように見えましたが」
「《見た目はね。でもねアイリお姉ちゃん、エーテルは全然増えていかないの。ちっとも元気ないんだよー》」
「まあ、かなり強引なことしてるからね。本来は、あらかじめ専用に調合された材料を用意して行うものだ」
「空気から物を作るといえば万能に思えますがー、無駄が多いですからー」
「《うーん夢がない。もっとこう、神の所業じみたというか、魔法じみた万物の創造の力をイメージしてたのにー。まあいいや。これはこれで勉強になるし》」
確かに、それに関してはハルも同意見だ。次世代の夢の技術、エーテル。それが普及すればもっと、魔法の世界のような世が来ると思っていたが、実際の世は見ての通り地道でどこまでも現実的だ。
もしここで魔法が使えるなら、こんな手間をかけずとも<物質化>で大量にエーテルそのもの、または餌を生み出して終わりである。
「……そういえば、僕はいつからそんな魔法に憧れをもったんだっけ?」
「《どーしたの? ノスタルジーな気分に浸っちゃった、お兄さん? わかるわかるよー。私も、ときおり過去を振り返るなー。特にこんな派手な光景を目の当たりにすると思うとこあるよねー》」
「やかましい、その歳でなにを言ってるか……」
「《こどもにだって過去はあるもーん。花咲かハルお爺さーん》」
「誰がお爺さんだ……」
まあ、実年齢はお爺さんではきかない歳のハルだ。とはいえここ最近、ルナと出会う以前の自己の認識は曖昧で、己のそうした憧れのようなものがどこから来たのかも、また定かではない。
もしかしたら、研究所時代になにかそうした自己を決定づけるようなイベントでもあったのかも知れないが、今のところ知る術はないのであった。
「まあいいや。そんなことより、いくら非効率といっても、ここまで規模が広がれば増殖効率もそこそこ上がる」
「あとは加速度的に充満していって、溢れたぶんが他国へ流れ出しますよー」
「すごいですー!」
「《すごいすごい! そうしたらお兄さんがプレイヤー全員を拘束して、ゲームエンドだね!》」
「やりません。まあ、作戦やらなにやらの情報は、副次的に得てしまうのは仕方ないけど」
「《ハルお兄さんもなんだかんだ言って、私と同じ覗き屋さんだもんねー》」
「……それは否定できない。叶うなら、イルミネーションの点灯屋がいいけどね」
だがここまで派手なことをしておきながら、この行動の目的はゲーム攻略に一切関係ない。
いや、ゲームそのものの仕様を解析するためといえば、ギリギリ関係はあるかも知れないが。
同様にこの電力消費も戦局にとってはマイナスでしかなく、派手さの割に戦術的には何も有利にはなっていない。
今はその派手さが目くらましとなって誰も近寄って来ないが、脅威ではないと知れればそこまでだ。
それがバレないのは、そもそも戦局が非常に混乱しているのが大きい。彼らは正直、今はハルたちどころではないのだから。
「身内に対する疑念で及び腰になっていたところに、背後からの敵襲だ。士気はもう最低だろう」
「しばらくは、このまま混乱していて欲しいですね!」
「そうだねアイリ。だが、ずっとこのままって訳にはいかないだろう」
もし破れかぶれになって、犠牲を覚悟でこちらに全力で攻め込んで来たら、それがハルたちにとって一番嫌な事だ。
特に今は攻撃のための電力を全て生産に回しているため、あっという間に陥落してしまう。
そうならないためにも、ぜひ外部からの援軍には頑張って欲しいところだった。
◇
「子供たちの国、並びにリコさんのお仲間が『大陸』に接続しました! ソウシさんは、今のところ動きはありませんね?」
「《ビビっちゃってるのかなぁ? 偉そうにしてたくせに、なっさけないの~》」
「まあまあ。そう言ってやるなって。彼は指揮官として、己の配下の国々への指示もある。それに、彼はもともと僕の国内に囚われていたのもあって、立ち位置が最前線のすぐ傍だ」
「《だからやられるのを怖がっちゃってるんじゃないのー?》」
「まあ、そうとも言う……」
いや別に、怖がってもいいというか、安全策を取ることに何も問題もないはずだが、ヨイヤミの容赦のない駄目出しが飛んでいた。
本人の耳に届いていないことだけが幸いである。勝手に通信内容を聞かせてしまい申しわけなく思うハルだ。まあ、『偉そう』という点については同意してしまうのだが。
「これで、攻め込まれた国は急いで後方を固めに戻るだろう。これで前線は大きく楽になる」
「ですが、お帰りにならない方もいるのです! どうやら、銃撃が止んだことに気付かれました!」
「弾幕をずっと捌いてた部隊か。そりゃ、それまであった弾丸の雨がピタリと止めばチャンスだとも思うよね……」
電気さえあれば、極論そのへんの小石を詰めて撃っても弾になる電磁銃部隊だが、逆に電気がないとただの一発も撃てない。
そこを好機と思わないわけがなく、後ろではなくひたすら前に向かって突き進んでくる者だって中にはいた。
「仕方ない。人形兵部隊を後退させる」
「よろしいのですかー? 前線を下げれば、それを隙と見た他の人も突っ込んでくるかもですよー?」
「まあ、そこはここからのやり方次第さ」
「応援してますー。がんばれーハルさんー」
「君も手伝おうねカナリーちゃん……」
銃装備の人形兵たちは、迅速にその場を片付けて撤収すると、紫電舞い散る国内へと踵を返す。
敗走、と見るにはどうにも侵攻方向が物騒すぎるが、その不安を押し殺して敵の部隊もいくつか続く。
人形兵が構わず電撃の中へと駆けこんで行く様を見て、問題ないという思いは確信に変わったようだ。だがしかし。
「まあ当然、敵も同じようにお通しする訳はないよね」
「放電! 狙いは侵入者です!」
植林されたばかりの木々の葉から放たれる雷撃は、味方を素通りするが敵には容赦しない。
まるで落雷が直撃するように、駆けこんで来た多種多様な敵兵を、平等に感電死させていった。
「《あっ。あいつら今度は雷の範囲外から木を狙ってるよ! なまいきー!》」
「任せてくださいヨイヤミちゃん! わたくしの華麗な雷さばきで、銃弾なんか撃ち落としてしまうのです!」
「《アイリお姉ちゃん、それは流石に、無理じゃないかなー……》」
「そんな! ゲームでは出来ていましたのに!」
まあ、ゲームではないので仕方ない。いや、この世界も一応ゲームだが。
とはいえ疑似的な物理法則が支配するこの空間、雷電を敵の銃弾にピンポイントで当てて防御する、などという芸当は至難の業であった。
「むむむむむ……、木が一本、ダメになってしまいました……」
「大した損害じゃないですよー。しかし、このまま遠距離伐採を決められてはー、生産効率にも影響が出ますねー」
「《ならここは、私にお任せだよカナリーお姉さん!》」
「任せましたー」
「任せるな任せるな。君もフォローに回ってカナリーちゃん……」
この場においては、ただのお客さんに等しいヨイヤミが何をするというのか? その疑問も、もう過去の話。
既にエーテルが増殖し満ちつつあるこの世界は、加速度的に彼女の世界になりつつある。
「《空気から好きに物質を合成するほどのエネルギー。それを自由に使っていいのなら、銃弾なんて敵じゃないよ。さあ、食らえ!》」
雷の範囲外から遠距離攻撃し、木が切り倒されればそのスペースに潜り込む。そうして前線を伸ばしてきた敵兵。その安心しきった侵攻の隙を、ヨイヤミは咎めるように狩り取って行く。
彼女が発射したのは今世界中に舞い散る紫の紙吹雪。電光を受けて幻想的に輝くそれは、エネルギーを発し続ける変換器だ。
そのエネルギーは本来エーテルを増殖させる餌を合成する為のものであるが、だからといってその為にしか使えないものではない。
「《力そのものは無色だもんねー。平和利用だけじゃなくて、戦争利用だって出来るのだ!》」
「……普通逆じゃない? 言うこと?」
「どのみち最初から平和利用って感じじゃなかったのでー、セーフでー」
「それを言われると弱い」
そう、力そのものは無色。プログラムを変更してやれば、合成以外にもなんでも使える。
ヨイヤミはその才覚をもって、この短期間でそれを純粋な攻撃力として射出する力として組みなおしてしまったのだった。
ハルと同等の力を持つカナリーによるサポートがあったとはいえ、この結果は驚嘆すべきだ。
「ヨイヤミちゃんー、攻めばかりに夢中になってちゃいけませんよー。木のことも守らないと、どんどん効率が落ちちゃいますからねー」
「《そうだった!》」
「アイリちゃんー、ちょっとこっちに、電気を集中させてくださいー。生産をがんばるのは邪魔者を処理したあとにしましょー」
「はい! お任せください!」
ヨイヤミの攻撃を受けつつもなお、必死に木を狩り取ろうと彼らは攻撃を続ける。それさえ無ければ自分たちの勝ちだと言わんばかりに。
しかし、いつまでもそうさせているハルたちではない。カナリーが今度はそのエネルギーをそのまま防御力場として張り巡らせ、木々への攻撃を的確に防御していった。
そんな攻防の中でも、順調にエーテルは増殖をし続ける。
ついにはハルの国の中で飽和し、この目の前の戦場にも、じわじわと漏れ出て行ったのであった。
それはヨイヤミの、ハルたちの手が、直接戦場にまで伸びて行くことをも意味しているのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




