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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1140話 花吹雪の舞い上がる空

「……と意気込んだはいいものの、そう一筋縄ひとすじなわでは行く話じゃない。そもそも、何でこの世界では外のようにエーテルネットが広がらないか分かるかい?」

「ええと……、それは、確かナノさんであるエーテルが、増えることが出来ないのでしたか……」

「そう、その通り。ナノマシンであるエーテルは、特定のエサが無ければ増殖が出来ないんだ」


 そして、外部からの持ち込みに不自由するここでは、潤沢じゅんたくな餌は望めない。

 よって自動的に、“こちら側”でエーテルネットを使うことは事実上不可能になるのだ。


「以前もちょっとだけ話したけど、もちろんそんな不便にしているのには理由があってね。世界中に普及させるんだから、それこそ空気でも材料に増えるべきだと思うだろう?」

「確かに。普及が必要なのに材料が限定的というのは、たいへん厄介です!」

「では、あえて制限をつけるのは何故かなアイリ君?」

「はい! 無秩序に普及しすぎるのは、危険だからです!」


 王女として、その才覚をもってかつては国の発展にも寄与きよしてきたであろうアイリだ。このあたりは理解が早い。

 異世界においても、お酒の規制やら何やらで経験があったりするのかも知れない。


「そう、まさにそこが問題でね。何でも好き嫌いなく食べて、勝手に増えてくれれば便利だが、暴走したときに手が付けられなくなる」

「それこそ、世界中の空気を食べつくしてしまいかねないのですね……」

「そう。これは開発段階のずっと以前から、冗談抜きに『世界終焉せかいしゅうえん』を引き起こす可能性として、まことしやかに語られてきたくらいだ」


 古くからSFの世界では『グレイ・グー』という言葉で定着していたりする。そしてそんなSFの世界が実現したような現代でもそれは、当然のように危惧しなければならない事象じしょうだという訳だ。


「さて、では今日は、そんな世界終焉に繋がる空気からのエーテル生成をやっていこうと思う」

「《うわぁ。お兄さん、今日は三割増しで言ってることやばいよぉ。本気で世界を滅ぼす魔王になっちゃうの?》」

「大丈夫。これは民間企業でも実際に行われていることだから。現代では魔王も、民衆に業務委託ぎょうむいたくする時代だね」

「実際に行われている。つまり、アルベルトのように工場で作っているということですね!」

「正解。実際には材料は空気じゃないんだけど、本来エサにならない物を人の手でエサにしてあげるという点では、同じことさ」


 誰かが用意してやらねば、エーテルは増殖できないのは当然の話だ。また当然、その工場が暴走してしまえば無限の増殖の危機が訪れかねないが、その際は材料の投入を止めればいいだけだ。

 数々の安全装置を経て、厳重な許可制のもと、今日もエーテルの餌は日本の空へとお届けされているのである。

 なお、当然ハルは無許可である。


「話をゲームに戻そう。このゲームではかなり自由に物質が生成出来ているけど、それらは結局、神力で作られたヴァーチャルな物だ」

「《こっちで電気を作っても、私の体みたいに外から持ち込んだ機械を動かせないんだよね。ややこしい……》」

「ゲーム内のヴァーチャル電気だからね。ただし、そんな世界においても唯一、外とまったく同じ物質が存在する」

「《空気ね?》」

「その通り」


 だからこそ、『空気を材料にして』増殖させるのだ。というかそもそも、それしか方法がない。苦肉の策なのだ。

 出来るならハルだって、現実と同じように工場で餌の生産を行いたいものである。


「《生身で生徒をプレイヤーにしている以上、呼吸する為の空気は絶対に必要、ついでに水分やら何やらもね? それこそ、『空気のように』誰も意識していないでしょうけど》」

「上手いことを言うねルナ」


 そう、参加者の生徒にとっては、結局このゲームはフルダイブのゲームと同じ『非現実』。

 自らの肉体でゲーム体験が出来るというAR的楽しさはあれど、完全に現実から切り離されている時点で、どこからが現実でどこからがヴァーチャルなのか、という疑問を無意識に押し込めている。


「でも、現実と同様の要素が存在することは事実だ。そして、その現実にヴァーチャルが作用できることも」

「《どゆことーハルお兄さんー? ゲーム物理は、そっちの間だけで完結してるんじゃないの? だって私たちの体に、ダメージないじゃない?》」

「でも、ヨイヤミちゃんの髪の毛が風に吹かれたらサラサラと揺れるでしょ?」

「《おおー》」

「そこで、さりげなくヨイヤミちゃんの髪の毛を優しく撫でるのです! それが、出来る男の仕草ですよハルさん!」

「……いや、アイリじゃないんだから、嫌がるかも知れないでしょ?」

「《嫌じゃないよ~? 優しくさわさわして欲しいかも~?》」


 むしろハルが嫌だ。嫌がるタイプではなさそうだが、そんなことをすればヨイヤミには絶対にからかわれる。


「……そんなことよりも、間接的であれど、物理的影響力を及ぼすことは出来るんだ。ならば後は、それを変換してやればいい」

「そこで、先ほどのユキ様のスーツの話に繋がるのですよ」

「《おお。例の電力発電!》」


 そう、電力Bを現実の電力Aに変換する新素材。これを用いて、空気を材料に物質を好きに作り出すのである。





「ふみゃっふ!」


 ここで、そのスーツにも使われている素材のサンプルをくわえて、猫のメタがやって来る。自信たっぷりな、堂々とした足取りである。

 紫色に輝くゴムボール状の素材を咥えるその小さな頭上には、ヘルメットの代わりに大学の偉い教授が付けているようなイメージの帽子が乗せられていた。なお、ハルは実際にこの帽子を被っている人を見たことはない。


「この素材は、ねこさんが開発したのですね!」

「みゃ~ごっ♪」

「《えっ? えっ? どゆことぉ? なんで猫ちゃんが開発? うちのペットでしょ、大人しくしてなさいメタちゃん!》」

「これには、深いふかーい事情があるのです……!」

「《うんつまりは、いつものことだね! 私も、人のこと言えないし!》」


 理解が早くて助かる。いや、理解を諦めてくれて助かる。そこを今、いちから説明するのは大変だ。説明してやる訳にもいかない。

 いつかは、ヨイヤミにも全てを包み隠さず話さねばならない日が来るだろうが、それは、彼女もまたハルたちを信頼し全てを打ち明けてくれる気になったらにしよう。


「みゃおうん!」

「メタの作り出したこの新素材は、ここのヴァーチャル電気を受けると、それを物理的なエネルギーへ変換します。ちなみに電気である理由は、今この世界で用意できる最大規模のエネルギーが電力であるからですね」

「みゃみゃっ……」

「正直、変換効率は良いとは言えませんが、そこは出力と範囲でカバーです。ルナ様とユキ様の『植林』の成果もあって、国土の広範囲で放電現象を覆うことが可能になりました」

「にゃんにゃん♪」


 そこに、この新素材をばら撒いていく。空気から強引に配列変換することは労力がかかるが、それを補う大電力は皮肉にもこのゲームが用意してくれた。

 派手な戦争をも可能にする都合上、発生させなければならないエネルギーも莫大。その仕様の隙、うまく使わせてもらうとしよう。


 ……節約家のシャルトが聞いたら目を回しそうだが、まあ、ハルたちの魔力ではないということで。


「《ところで、エネルギーがあってもその複雑な変換処理はどうするのかしら? その為の機械も作ったの?》」

「それはー、エーテルそのものにやらせるんですよー。自分の食い扶持ぶちは、自分で稼げってやつですねー?」

「《それは、大丈夫なのかしらね……?》」

「まあー、止めようがないですしー」


 特別な素材が無くては増殖できないとしても、その素材自体を材料から合成できてしまって大丈夫なのだろうか? ルナはそう危惧きぐしている。

 心配は分かるが、元々そうした微細な合成作業は得意とするエーテル技術だ。やろうとすれば出来てしまうのは仕方ない。


「ある意味ー、“あっち”で今セレステたちがやってるテラフォと同じですねー。あっちは海水を材料にしてますがー」

「だね。あれもいったい、どうなることやら」

「こちらも負けていられませんね。さて、ハル様、準備が整いました。ここからは、ハル様にお任せすることになってしまいます」

「にゃうにゃう! みゃおん!」

「ああ、任せて。この為に、今日は皆に任せてサボってたんだから」

「ファイトですよー」

「……カナリーちゃんはちゃんと手伝うように」

「《お兄さんお兄さん! 私は私は!? 私は手伝っていーいっ!? お役に立てると思うんだけどなー、だけどなーっ!? ほら、私ネットつよいし? きっとハルお兄さんのやってるの見れば同じように出来ると思うんだけどなーっ!》」

「……ヨイヤミちゃんは逆にやりすぎないように。リミッターは掛けるからね?」


 そんな三人を中心として、ハルたちは本拠地のコントロールルームから外に出る。

 今外は、工場地帯を飲み込んだ巨大な世界樹のふもと。地を埋め尽くすような広大な根がのたうつ上に、ハルたちは躍り出た。


 見上げれば雄大なそのの枝葉が、空を覆いつくしている。

 その葉からハルへと雷が落ちるようにして、エネルギー源となる電力が放出された。


「世界樹の機能は、この国の電力を全て集めて自由に使えるのです! 各地の発電所のパワーが、今ここに全て集まっていますよ!」

「いや、そこまでされても焼け焦げてお終いになるだけなんだけどね?」

「《アイリお姉ちゃん、焦らない焦らない! こーゆーのは、徐々に徐々にだよ》」

「むむむ、難しいですね……」


 ハルはまず手始めに、いつもの栄養スティックを頬張ると、体内でエーテルを増殖させる。

 このスティックの成分と同一のものを、唯一の材料である空気から強引に生成するのだ。


 体内で増殖を果たしたナノマシン群は、やがてその身を飛び出し周囲の空気中へと広がって行く。

 ここで初めて、世界樹から落ちる放電と、それを受け取るメタの新素材が活躍を始めるのだ。


「……みゃっ! みゃうみゃう!!」

「うん。きちんと機能してるねメタちゃん。上出来だ」

「みゃーごっ♪」

「《おお、すごぉい。増殖と一緒に、これも散布範囲を広げて行くんだね!》」


 メタの素材は、構造自体は単純なものだ。今は目に見えてハルが手に取れるサイズだが、これも風に乗るほど細分化が可能。エーテルの増殖に合わせ、その影響範囲を広げて行く。


 まるで紫の紙吹雪が舞い上がるように、世界樹の花びらが飛び散るように、ハルの手から素材の紙片が風に乗る。

 その花弁に世界樹の葉から雷光が落ち、花と花の間を連鎖していく。

 花から力を受け取ったエーテルは、周囲の空気を変質させ増殖。更に更にと活動範囲を広げていった。


 最初はごくゆっくりだったその花吹雪の広がりは、範囲を増すごとに加速度的に勢力を伸ばしていく。

 世界樹の周囲一帯を覆いつくす程に広がると、その後は早かった。

 すぐに、ハルの世界の空一面を、紫の花びらと、そこに閃く紫電しでんが埋め尽くして行ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 元エーテル管理者なのでエーテル供給量の管理は業務内、つまり合法ですねー。極微細感応機械管理法に規定されていない、ですかー? 法律が古くなっているので見直しが必要ですねー。そもそも法律で規定…
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