第114話 空中に現れる魔王城
ハルは続けて、アイリと共に地面を削り取りにかかった。
ハルが<飛行>し、アイリが粉砕する。螺旋階段を降りるように、はたまたリンゴの皮を剥くように。地層を削り取ってゆく。
最も時間とMPを使う外周は終わった。一周が終わるたびに、加速度をつけて土地の減りが早くなって行っている。
「つちー、がりがりー、けずるー、ハルさんとー、がりがりー、ががががー」
「ごきげんだねアイリ」
「はい! 現実じゃこんなに大胆に土地を削れませんから!」
アイリの即興の歌声は、破砕音に阻まれて外に届く事は無い。耳に出来るのは、アイリを腕の中に抱えるハルだけの特権だった。
「がりがりー」
「ががががー」
ふたり、陽気に歌いながら自陣というリンゴの皮を剥き取り続ける。地表には時たま採取ポイントがあり、そこを破壊してしまっては今後の試合に影響する。
だが削り取る。大胆に削り取る。今回はあまり採取に頼らない試合運びをする予定だ。
中心部に近づくと採取ポイントは密集しているので、その辺りだけは浮き島のように空中に残しておく。
この神界の土地は、物理法則に縛られないゲーム的な地面だ。支える下の地面が無くなっても、平気でその場所にあり続ける。つまり浮くのだ。
前回の対抗戦の時、地下に資材置き場を掘っている時に気づいた事だった。
そして、前回気づいた事はもう一つ。
「大分貯まってきたね、レア鉱石。一国まるまる掘り返せばいかに希少でも十分な量になる」
「はい! たくさん出ましたね!」
アイリもごきげんだ。前回、発見したものの少なすぎて使い道が無かったレア鉱石。今回はそれを大量に集め、それによる建築をハルは試みるつもりだ。
そのため、今回は採取ポイントには頼らない。地面が繋がっていない関係上、残しておいても管理がしにくい。
そうしてチームの土地を根こそぎ粉砕し終わった二人は、仲間達が待機する中心地、最後の浮き島へと戻って来た。
◇
「ただいま。終わったよ」
「ただいま戻りました!」
「おかえりなさい、ハル、アイリちゃん」
「おかえりー、終わったのは見れば分かるよ」
島から見える風景は圧巻であった。巨大な空洞がぽっかりと穴を空けて、いや、ぽっかりでは済まない。
もはや大地として横たわっている。他チームとの境界は断崖絶壁となっており、飛び降りるか、<飛行>して来るかしか選択肢が無い。
実質、<飛行>持ち以外には侵攻不可能だろう。
「確か侵略行為にはその土地に留まる必要があったんだよな? これでボクらのチームは、少なくとも侵略されなくなった訳だ」
「そうだね。一応、底まで降りれば侵略できそうだけど」
「メリットが少なすぎる。それなら自国に戻って『侵食力』を上げる選択をするだろ」
「そして世界の敵が消えた今、現実的な敵は隣り合う二国になった」
「悪党だなぁ……、前回は心理的に、今回は物理的に不可侵にしたんだな」
呆れ混じりにマツバが感心する。彼も、ファンの女の子達に大挙して押し寄せられる事が無くなって、ホッとしているようだ。
「ハルさんハルさん」
「ぽてとちゃんどうしたの?」
「他のチームの土地もぜんぶ崩しちゃえば? そしたら勝ちかくていー」
「そうだね。でもそれはやらないんだ」
「どうして~?」
「無邪気そうに見えてこの子もハル寄りの思考なんかよ……」
理由は主に二つ。まず実行そのものが難しい。
流石に魔力が足りなくなりそうだ。黄色チームの土地は中心部、つまり面積は最も小さい。ここを切り崩すだけでもかなりの魔力を消費した。
更に、そんな侵攻をかければ他の全てのプレイヤーと戦争になる。魔力の消費は更に加速。
「そしてこれが本題なんだけど、僕はこのゲームを終わらせるつもりは無い」
「あらそえ、あらそえー」
「……争わなくてもいいんだけどね?」
「時間一杯やる事に何か意味でもあんのか?」
「うん。この試合やると、ゲーム本編の魔力の総量が増えるんだ。……内緒だよこれ」
「しーーー」
「そんな裏設定が……」
ぽてとが口に指を当てて、秘密のポーズを作る。思えば彼女には前回も含め色々と秘密を話してしまっている。話しやすい気質なのだろう。人徳だろうか。
「そして最終的に勢力図に塗った色の割合に応じて、それは支払われるんだ。つまり、僕の報酬のため、この戦争は終わらせない!」
「やっぱ魔王じゃねーかアンタ!」
「ハルさん、あくやく!」
ハルのイメージ的に魔王というのは、こういった暗躍は似合わない。
ぽてとの言うように、世界全てを破壊して回るのがハルの思う魔王だ。世界の人間全てと戦う事になろうとも、恐れず、揺るがず。……美化しすぎだろうか。
「しかしハル? 今回は『建築力』にポイントを振るのではなくって? 侵食力では負けてしまうわ?」
「そうそう。敵の撃破ポイントはもう振っちゃったよ? あ、飛んで行ってひと暴れしてこよっか!」
「ユキ! ステイ! ハウス!」
「わんわん! ……ハウス無いじゃん!」
「それを今から建築するから待機しててね」
ルナの語ったように、今回のキモは建築強化だ。
この大量に得られたレア鉱石を使って、強力な建築物を作り出す。それを建築力強化で更に強くする。前回出来なかった事をやってみたい意味もあった。
「神の強化は?」
「……カナリーちゃん、強化しなくても十分強いし」
「つよいですよー?」
マツバに最もな疑問を投げかけられ、答えに詰まる。現在も<降臨>している事を言っていいものかどうか。
強化するとどう変化があるのか興味もあるが、カナリーは他の神と違い、一人だけ本体が降臨している。この時点で圧倒的な力を持っている。
相変わらず、強化するとどうなるかは教えてくれない。前回同様に、試合の間はあまり口を開かないようだ。あくまでユーザーの祭典なのだろう。
「分かった。つまりハルさんが取ってきた材料の中に、侵食力を上げるやつが含まれてるんだな? 前回のどっかの国みたいに」
「そうなんハル君?」
「その通りだよ」
「へー、凄いじゃんマツバ君。ぜんぜんやってないじゃなかったの?」
「ボクだって伊達にゲーム紹介で稼いでない。リサーチはするさ」
「前回の緑だよ? 緑はね、最後まで抵抗してたんだ」
ぽてとの語る通り、緑チームは建築効果により黄色の侵食に抵抗していた。
ハルが今回やろうとしているのはそれの特化型だ。もちろん、侵食力に直接ポイントを入れるより効率は落ちるが、本拠地の防御も固められる一石二鳥の効果がある。
「じゃあ、作っていこっか」
◇
「ムー鉱にアトラ鉱、オリハルコン。マーズライトなんて物もあるね。これ、新顔だ」
「うわー、本編に持って帰りたい。全然出ないんだよねー、特にアトラ鉱」
「ユキさんほどの人でも持ってないのか……」
マツバが意外そうにする。ユキの趣味はもっぱら戦闘だ。採掘が関わるアイテムはあまり手に入らない。
そして、そういうアイテムに限って『幽体研究所』のステータスアップでは要求してくる。
炭鉱夫、などと呼ばれる、戦闘をせず日がな一日採取だけをやるようなスタイルでなければ、集められない。
ある意味で矛盾だ。鍛えた力で何をするのか。
「ルナ、今回もデザインはお願い」
「任せなさい? 食べ合わせは気にしなくて良いのかしら?」
「レア素材は他の全てと相性いいから平気。レアだからね、取り回し悪いと困るでしょ」
「そう。なら遠慮無く出来るわね」
とはいえ、全て鉱物なのでやはり見た目は偏るだろう。作れるものは限られてくる。
よって、今回もやはり城を作る事になった。
「せっかくよ、魔王城にするわ?」
「いいねルナちー! ハル君にぴったりだ」
「ぴったりだ、ではない。この<魔皇>の称号いつまでも外れなくなるじゃないか」
「諦めろよハルさん。今回もアンタ魔王ムーブだ」
「王女さんは、王妃さんだね」
「ぽてとさんには後でお菓子をあげましょうね!」
「やったー」
残念ながら決定の流れのようだ。ハル以外に反対者は居ないようだった。
「……じゃあ、せっかくだし天空城にしない? オリハルコンとか浮遊効果もあるみたいだし」
「良いわね。砲台も付けましょうか、全周囲に。禍々しく。マーズライトを使ったレシピにあるわ」
「ラスボスの城だねー」
「くっ、天空城なら多少は神聖なイメージになると思ったのに……」
「諦めなさい?」
ルナにより次々と図面が起こされ、各人に材料が配布されてゆく。
本拠地のあるこの浮き島は、玉座の間になり、そこを基準に上下に伸ばして行くようだ。
全てアトラ鉱という贅沢な部屋が完成すると、最後に残った浮き島も粉砕され、完全に空中建築となった。
このアトラ鉱が、侵食力の強化の作用をもたらす今回の屋台骨だ。自陣のプレイヤーの強化も同時に出来る優れもの。
その上にムー鉱の装飾を乗せる。ムー鉱は組み合わせた建材の効果をアップさせる作用があり、アトラ鉱の力を増幅する。
この二つを使い、皆で城を作り上げてゆく。今回は敵が来る心配も無いので談笑ムードは尽きない。
「上下に伸ばして行くってあたりが空中の特権だよな。……でもどうやって行くんだ? 足場無しに。地面から要らない建材伸ばしてくるのか?」
「嫌だなマツバ君。そんな面倒な事するはず無いでしょ。<飛行>して行くに決まってるじゃん」
「さらっと言うなよ……、ボク持ってないよ<飛行>」
「ご愁傷様。役立たず確定だ。有り余る資金力で今から取れば?」
「……いや、お金はあるけどさ。流石にあの金額設定はボクも引く。何でここの運営あんなに強気なんだ?」
「売れなくても良いと思ってるから、逆にだろうね」
「??」
身内は飛べる者ばかりなので麻痺しそうになるが、<飛行>はレアスキル。持っている者は少数だった。
しかもMP消費が激しく、ハルでもなければ長時間の飛行は厳しい。最低でももう一つのレアスキル、<MP回復>は欲しい所だ。
故にこの天空城は難攻不落であるのだ。……次回は、このあたりも修正されそうなのだ。
「役立たずが嫌なら、ハルさんがボクを建築現場まで連れて行くんだな」
「女の子いっぱい居るのに僕にやらせようとする辺り、マツバ君だよね」
「当たり前だろ! 観客席から女の子に抱えられてる写真取られたらどうするんだ!」
「お、おう……、何か大変だね。男同士の場合は問題ないと考えてるあたり職業病が重症だし」
「楽しそうな所悪いけれど、内装をやって貰えば良いのではなくって?」
「ぽてともね、飛べるんだよ」
なんと、ぽてとも<飛行>を持っているらしかった。一人だけ飛べないマツバ少年に合掌。
少女達が空へと出て行き、城の下部を作るようだ。城の基礎部分となる場所だが、今回は土地が存在しない。
その代わりとして、通常の石材を使い、逆三角形をした土地の残骸を新たに作り上げた。地下の土地ごと引き抜いて、空へと飛び上がった城。そんなイメージだ。
ルナの設計図の大きさまで基礎部分が広がったら、外周にオリハルコンの城壁を作って行く。
これはどうやら飛行能力がある素材のようで、全て使えばこの天空城を実際に飛ばす事も出来そうだった。
「天空城で他国の本拠地にそのまま乗りつけるのも面白そうね? 今回の戦略では無いのでしょうけれど」
「マーズライトの大砲は内部でエネルギーを生成して、チームの魔力はあまり使わないらしいよ! オリハルコンとマーズライト、本編にもあるのかな?」
「ユキが見たこと無いなら知らないね。僕はあまり冒険してないし」
「ぽてともしらなーい」
ここに来て予想外の新展開だった。飛行や攻撃を、魔力無しで実行するという。新システムの実験をしているのだろうか?
魔力を使わない、というのはこのゲーム、いやこの世界では大きい。革新的ですらある。魔力と言う名の統一資源をいかに使うかの世界だったのだ。それは古代文明でも同じである。
そうして今後の展開に思いを巡らせながら、城はどんどん出来上がってゆく。今回は人数も居る上に戦闘も無いので、やはり早い。
そうして半ばまで建築した辺りで、マツバが休憩を申し出た。
「皆タフだね。ボクはアラートが出ちゃったから、一死して休憩するよ」
「ああ、そうだね。悪い、つい何時もの感覚で」
「いつも廃プレイなのかよ……」
前回のチームメンバーはソフィーだった。彼女も滅多にログアウトしない廃人プレイだったので、つい今回もその感覚でやってしまった。
「マツバ君は廃人じゃないんだね。俳人なのに」
「……まあ、徹夜とかけっこうするけどな。ああ、名前の由来は俳人で合ってるよ」
そうして彼は強制ログアウトして行く。死亡扱いだが、九回まで復活出来るので問題ない。今回は、激戦にはなりえない。
ちょうど良いので、他のチームメンバーもこの辺りで休憩する事にした。
◇
皆が休憩している中、ハルが作業を続けていると、やはり休む必要の無いユキが手伝いながら話しかけてくる。
「ハル君がお屋敷に戻らないのは珍しいね。アイリちゃんも居るのに」
「やっぱり、最初が肝心でね。アイリには少し無理してもらってる」
「全く無理ではありません! これも妻の務めですもの!」
「意気込むのも良いけど、アイリちゃんは生身なんだから、ほどほどにねー」
「今はナノさんが頑張ってくれるので、体調は万全なのです!」
「ちょっと過剰増殖させてる。今の僕らはポッドに入ってるのと似た状態」
ナノマシンに体内で大量に仕事をしてもらい、ハル達は生理的な事情から一時、解放されている。
二人して栄養スティックをもくもく頬張り、建築を進める。
「ちょっと押されてたけど、侵食も落ち着いたね。これがお城の効果?」
「いいや、ユキ。まだ城だけじゃ足りない。これは僕がマニュアルでやってる」
「ハルさんもやるようになりましたねー」
「カナリーちゃん、褒めてくれるのは嬉しいけど、コツとかもっと教えてよ……」
部外者が居なくなったからか、カナリーが控えめにじゃれて来る。
今ハルはカナリーを真似て、<魔力操作>により自力で侵食力を強化していた。今回は侵食力へポイントを振らないのは、このためだ。
「最初の整地作業と、建築の遅れで二割ほど国土が減ったね」
「物理的な国土は十割減ってるけどねー」
「違いない」
ユキと二人で笑う。
最初こそハルの奇行に驚いていた他チームだが、順調に侵食力で国境を押しつぶして行けると分かると掲示板は落ち着いた。
しかしその中で突然、空中に建築され始めた魔王城。そして押し返される国境に、またしても阿鼻叫喚の様相を呈してきている。
「またハル君の手の上だね」
「言うほど楽じゃないよ」
今は自力で押し返している部分が大きい。やはり侵食は、カナリーのようには簡単にいかない。
魔王城の建築が終わり、侵食成功で得られたポイントを建築力につぎ込んで、ようやく安心して休めるだろう。
そこまでは脳の領域を全てフル回転させて乗り切ろうと、決意を固めるハルだった。




