第1139話 参戦してくる伏兵たち
「リコ、じゃあ手筈通りよろしく」
「《はいはぁーい。じゃあウチの仲間を呼び込んじゃうねー》」
敵の連携が乱れたこの隙をついて、ハルはあらかじめ用意していた伏兵を行動に移させる。
まずは、一人は既に同盟国でもあるリコの派閥の者たち。リコと合流するため、すでに国をこの周囲の空間に寄せて来ていた。
それを伏兵として使わせてもらうのだが、あるいは彼女らもリコを救うという名目で『打倒ハル』を掲げて集まっていたのかも知れない。
まあ、今この瞬間に敵に回らなければよしとしよう。
「さて次は……。やあ、君たちも準備はいいかな? そろそろ良い感じに戦場が混乱してきたよ」
「《うるせー。ボクらがお前に協力してやる理由なんてないって言っただろ。勝手にやってろよな》」
「おやおや。そうか、惜しいなー。今なら削れちゃった領土を、回復させるチャンスなのになー」
「《削ったのお前じゃん!?》」
「なんにせよ、君たちは君たちの良いように動けばいいさ。じゃあね」
「《ちょ、待てよ!》」
有無を言わさず、ハルは通信を切る。彼らのような子供には、言葉を重ねるよりこの方が良いだろう。
まあ、意地を張って本当に動かないなんてこともあるかも知れないが、その時はその時だ。だが、きっとしびれを切らして動き始めるとハルは確信していた。
「《今のってあいつら? いつの間に通信機なんか渡してたのお兄さん?》」
「この前だね。ライトさんの情報を聞いた時。協力のお礼として、遊び道具として渡しておいたよ」
「《物でつられちゃって、情けないやーつらっ。それで、実はその通信機はこうして必要な時に奴らを動かす為のものだったんだ? まんまとハルお兄さんの計略に乗せられちゃったってことだね。タダより高い物はないねー》」
「まあ、そうかもね」
そう、通信の相手はかつて戦った子供たち。彼らとの交渉の際の帰り際に、人数分の通信機を渡しておいたのだ。
秘密の遊び道具として楽しんでくれたようだが、真の目的はこうして有事の際にハルから指示を飛ばせるように。大人のやり方は汚いのである。
そして、最後に通信を送る相手がもう一件。こちらは、まだ通信機を渡すことに成功していない。
「アルベルト、準備はいい?」
「はっ! 当然にございます。しかしハル様。緊急時とはいえ、このやりかたでよろしいので? 攻撃と見なされてもおかしくありますまい」
「いいよ。ちょっとくらいインパクトがあったほうが。丁寧に手渡しになんて行けば、逆に色々と理由を付けてふっかけられる」
「なるほど。そういうものですね」
「貴族相手には、まず余裕を奪ってやることが大切なのです!」
冷静にさせれば、必ずその狡い頭をフル回転させて要求をふっかけてくる。いや、彼もハルに狡いなんて言われたくはないだろうけれど。
まあつまりここは、四の五の言わせる余裕を与えず、強制的に受け取らせるのがベストなのだ。
「《いいかなー、執事ロボットのお姉さん。中身はお兄さんだっけ? 方角はねー、あっち! 距離とかはよくわかんないケド……》」
「十分にございます、ヨイヤミ様。方角さえ分かれば国の形状から、おおよその待機地点は割り出せます」
「《すごいすごーいっ》」
「では、カプセル弾、発射!」
本拠地に設置された他国攻撃用の超大型レールキャノン。その砲身が火を吹いた。
ただし、その狙いはまさに戦争中の国々ではない。もっと近場、ほぼ国内を、破壊を生じさせない優しい威力で狙撃する。
落下の途中で弾丸となったカプセルからパラシュートが開いたのを望遠で確認すると、それが着地しただろうタイミングでハルはチャンネルを合わせ、再び通信機のスイッチを入れた。
「あー、あーっ。聞こえるかなソウシ君? こちらはハルだよ。そこに居るのは分かっている。聞こえたら、落ちてきた機械にむけて返答をよこすように」
「《…………っ》」
「おや? 聞こえていないのかな? ポイントを見誤ったか。まあいい、ならばこの通信機は自爆させて、次の予想ポイントに撃ち込むとするか」
「《くそっ! ああ、くそっ! 聞こえているぞ! なんだっ!?》」
「ああ、すまないね、応答ありがとう。ちなみに自爆機能なんて付いていないから安心してそのまま持っていて欲しい」
「《この野郎が……》」
そう、通信の相手はかつて死闘を繰り広げた相手、ソウシだ。
彼の国はハルの国と接触し戦争状態となり、そこで使った必殺の効果の反動で数日間行動不能に陥った。
その隙にハルの嫌がらせのような領土拡張で、国の周囲をぐるりと囲んで移動できなくされてしまったのだ。
ハルとしても本気で封じ込める気はなく、囲みの幅もせいぜい道一本程度。出ようと思えば、強引に引きちぎるようにして脱出できただろう。
しかしソウシはこの場から動くことなく、ひたすらじっとハルの世界の中で機をうかがっていたのであった。
「君が今日まで雌伏の時を過ごしていたのはこの時の為だろう? なら今がまさに『その時』だ。存分に暴れてくれたまえ」
「《ふんっ。そうやって、俺がお前の都合の良いように動いてやるとでも思ったか。断る! なんなら逆に、このままお前の領土に攻め入ってやろうか》」
「えっ。それならタイミングを完全に見誤ってるでしょ。包囲網と同調して、彼らと一緒に僕を攻めなきゃ」
「《…………》」
ソウシの世界を囲っている傍にも、もちろん包囲網を形作る国々は接触している。
その気になれば彼らと共に、再びハルに戦いを挑むことは出来たはずだ。だがソウシはこの場に居ながらじっとしているだけで、その行動を起こすことは終ぞ行わなかった。
「維持だけでこの明らかすぎるメリットを見過ごす君じゃあないだろう。何の為に今日まで待っていたんだい?」
「《……うるさいぞ。……まあいい。少々癪だが、お前の口車に乗ってやるとしよう。だが勘違いするなよ? これはお前に協力する訳ではない。いずれお前を倒すためであり、周囲の連中に『ハルに捕まったマヌケ』と思われっぱなしではいないためだ!》」
「けっこう悔しかったんだね……」
「《もういいか! 切るぞ!》」
まさに『顔を真っ赤にして』という情景が伝わって来る勢いで、ソウシは通話を終了する。なかなか素直ではないにせよ、彼も反撃の一団に加わってくれるようだ。
ハルはソウシの国を取り囲んでいた“柵”を全て、彼の国へと譲渡し拘束を解いた。
「これでソウシ君と、彼の配下の国々も『漁夫』として参戦するだろう。誰が味方で誰が敵かあやふやになった今、そうして自分が攻められることには非常に脆い」
「《業悪だねぇハルお兄さん。こういうゲーム得意なのは知ってたけど、いっつもこんなに極悪なプレイしてるの?》」
「まあ割と。……ではなくて、逆に彼らがこの手のゲームを勘違いしすぎなんだよ。仲良く手をつないでの大連合なんてそうそう維持できない。突然、隣の奴が裏切ることを前提に動いていないと」
「修羅の世界、なのです!」
プレイヤーが三人居たら、自分にとって一人は敵で、もう一人は漁夫の利を狙っている敵だ。本質的な味方など居ないと考えた方が良い。
ハルのやったことは、それをちょっとだけ気付かせてやったのみ。それだけで統制をとった動きはしにくくなり、そこに第三勢力など現れてしまえばもう一切冷静な判断など取れなくなる。
戦場は混迷に混迷を極め、ハルを攻める余裕などなくなる。大連合も、ただの小国の群れになり下がるのだ。
「さあて、そんな世界で、僕はどうしようかな。手始めに、この平原に隣接した国を一つ一つ併呑して回るか。それとも自分では手を下さず、彼らを互いに相争わせてみるか」
「《きゃーっ、お兄さん輝いてるぅ》」
「ノリノリになってきたところ申しわけないのですが、輝いている場合ではないのです! ハルさんには、やることがあるのです!」
「そうだった。すまないねアイリ。つい興が乗ってしまった」
「《えーっ。ざーんねん》」
そう、ハルにはこの戦争以外にも、やらねばならないことがある。
エネルギーを戦争以外にも使用できる余裕の出た今、その目的を果たす絶好のチャンス。無駄にする訳にはいかないのだった。
◇
「ルナ、ユキ。『植林』の方は進んでる?」
「《おうさー。でも、この先はこっちから攻め込むターンなんしょハル君? 国内の整備はそんなに必要?》」
「《そうね? これが必要になるのは、内地で迎え撃つ段階だわ? もちろん、それでも構わないのだけれど。でも今は新勢力が続々参戦して、彼らの目も外へと向くのでしょう?》」
「うん。だからその隙に、僕らも内政をこなす余裕が出る訳だ」
「《お忙しいこと?》」
まったくだ。戦時中にやることではない。しかし、大戦争で国が大規模に接続し、大陸のようになった今だからこそ、可能になったことがあるのだった。
「ここで必要になるのは、『世界樹システム』によってその木々が持つようになる放電能力だ。もちろん、世界樹そのものの放電だけでもいいんだけど、広範囲に分布していることが重要になってくるんだよね」
「《確か、エーテルを他国へもばら撒くのよね?》」
「《その為のハブの役割ってことかな?》」
「そうだね。放電の触れている空気の体積、それを増やすために広範囲に植林してもらった」
もちろん、敵が攻め込んで来た時はそれらの木々のふもとに陣取って兵を戦わせれば、補給を気にせず敵軍を迎え撃てる。
しかし、今は幸いその必要がなくなった。その機会は後に取っておこう。
「……さて、それじゃあ、このネットの無い不毛な世界に、文明の利器を普及させてやろうじゃないか!」




