第1137話 大樹の通信網
アイリの作り出した『世界樹システム』。それは無線送電構想『世界システム』から着想を得たもので、その名の通りケーブルレスでの送電を可能とする。
だが、それは大型基地局が一基、つまり世界樹単体で全土に完璧な電力供給が出来る訳ではない。さすがにそこまでは、万能とはいかなかった。
「世界樹システムは、空中ではなく大地の根を通し、国中の木々に導電するシステムなのです!」
「ほえー、なーる。つまり、木が生えてればどこでもコンセント代わりになるわけだ! 縛りゆるいじゃん!」
「……コンセント? いえそれより、ということは世界樹は、地下で国中に根を張り巡らせているのかしら?」
「いえ。特にそうした事実はありません。ゲーム的な、都合なのです……!」
とっておきの、魔法の言葉である。これを言っておけば、大抵のことは解決するのである。
世界樹単体で電力を自由に出来る範囲は、せいぜいその幹のたもと、その身の影が落ちる範囲くらいだろうか。
しかし樹木さえあれば、その世界樹とまったく同じ機能を国の何処にでも自由に配置できる。縛りとはいえ、これはかなり緩い部類であると言って良いだろう。
「やるじゃないか、アイリ。僕らの世界には自然が多い。これはかなり使いやすい機能だよ」
「えへへへへ。褒められちゃいました……。しかし、基本は草原です。これから、植林せねば!」
「森エリアとかあるけどね。あとはちょこちょこ木が単体で生えてる程度か」
「でも、その木の周囲ならどこでもさっきのような不意打ちが出来る訳でしょう? 十分に脅威だわ?」
さっきの不意打ちというのは、空から侵入してきた特殊合体ユニット、その残りの二名を葬った最後の一撃である。
彼らの視界の外に生えてきた一本の木から強力な雷撃が飛び、バリアを張る間もなく殺傷した。
さすがに世界樹と同じ範囲の放電は出来ないが、それでも数十メートル単位で可能。戦力としては十分すぎる。
「これでもう私のユニットはお払い箱ね? 悲しいわ?」
「いや、ルナちーはもともと国外に補給線を構築するのがお仕事っしょ。まだまだ現役。むしろこれからだぜぃ?」
「……せっかく楽できると思ったのに。悲しいわ? なぐさめてハル?」
「どっちにしろ悲しめるんかーいっ」
すり寄って来るルナを適当にあやしつつ、ハルはこの世界樹システムによって広がった戦略を構想する。
アルベルトによる、かつての電気文明の再来した世界。それは既に全盛期に近づき、いや分野によっては全盛期を超え未来技術の域に至っている。
そんな方向性に合わせて作られた『世界樹システム』は、当然この世界との相性も最高。課題の多くを一気に解決する潜在能力を持っていた。
「……ただ、やはりネックになるのは基本は草原の世界ってところか。それと、焦土と化しがちな最前線では、子機となる木が維持しにくいか」
「そんなら増やせばいいんじゃん? よっし! ちょっくりゃ行くべーさ!」
「ちょっくりゃ! 出陣するのですねユキさん!」
「《ちょっくりゃ~。べーさ~》」
「植林に行くのユキ? あなた、今もシルフィードの所で六本腕を操っているのでしょう? あとこの子たちに変な言葉遣いを流行らせないの。すぐ真似するんだから」
「へーきへーき。私は、元よりそのくらいの並行操作は出来る。なんならもう一個の戦車も出しちゃおう」
「……戦車は僕がやろう。流石のユキも三体同時はきついでしょ」
「お見通しされちゃってるー。まあ、六本腕がね、あれだからね」
ついでに今のユキの体、ロボットボディも通常の人体よりも操作に神経を使うだろう。それに加えて更にユニットを追加となると、ケアレスミスの心配が出てくる。
ハルはそんなユキから戦車ユニットの操作権を預かると、それは自分が動かすことにした。
「なら、私はその戦車に乗り込む係かしらね?」
「そうしてくれると助かる。それで各地に赴いて、どんなものでもいいから木を生み出して欲しい」
「わかったわ? 乗っているだけでいいなら、私もペットを動かしながらやれそうよ?」
「わたくしは、整備を終えたら引き続きゾッくんで出撃なのです! アルベルト、補給の準備を!」
「はっ! お任せください!」
にわかに慌ただしくなってきた、今は世界樹の中にある総司令部。
ここからは、ハルたちによる反撃の番だ。包囲され押しつぶされようとしているこの国を、一気に逆転し解放する。
その為の仕込みに、皆がそれぞれ動き始めた。
◇
「さて、ユキ様。出撃の際はこれを装備しご出陣ください」
「およ? パワードスーツ? いらんのでは? だって私いま、全身パワードスーツみたいなもんでしょ?」
「ええ、その通りです。しかし、充電機能となるとまた別。これは言うなれば『全身充電スーツ』! 世界樹システムの放電を直接受けて、何処においてもエネルギーチャージできる優れものなのです!」
「……なーんで前もってこんなん用意してあるんかねー?」
言外に『まーた無駄遣いしてたなコイツ』といった白い目でアルベルトを見るユキだが、そのおかげで今必要な物が用意されているので強く言うことも出来ない。
「でもさベルベル? このゲームの電気と、私の体に使う電気って正確には別物なんでしょ? リアル電流と、ヴァーチャル電流みたいな感じで」
「しかし、エネルギーには変わりありません。このスーツはその変換器とお考えを」
「ほーん。つまり『電気発電』だ」
何を言っているのか分からない言葉だが、つまりそういうことである。『直流を交流にするようなものです』、とアルベルトは例えたが、ユキにはよく分かっていないようだ。
なお、ゲームによっては実際にその『電気発電』が可能なゲームがあり、ユキの口から出たのはもちろんそれである。
発電した電気を元に発電する、夢の動力機関。『電気発電』を動かすだけの初動電力さえ確保してしまえば、あとは半永久的に回路の中を電流が巡り続けるのだ。
当たり前のように永久機関であり、当たり前のようにバグである。当たり前に許されない。
余談であった。今回のスーツはむしろエネルギー喪失が大きく、当然、永久機関とは似ても似つかない。
しかし、このスーツの機構こそが、戦争を攻略することとはまた別に重要な役目を果たすのだった。
「なんにしろ、さんきゅーベルベル! これで、木を植えながら体力回復が出来るって訳だ!」
「その通りでございます」
「それに、正体を隠すこともできるわ? もしあなたが殿方の前に姿をさらせば、彼らはユキのおっぱいに釘付けでしょう。そんなことになれば、ハルと私が嫉妬で死んでしまうもの」
「死なん死なん……」
とはいえ、その姿を晒す可能性は低い方が良いのは事実。少々飾り気のない姿ではあるが、ユキには我慢してもらうとしよう。
「では、わたくしも出陣します! 正直足りるか心配ですが、ここで準備ばかりもしていられません……」
「大丈夫だよアイリ。足りなくなったら戻って来ればいいさ」
「はい! お言葉に、甘えちゃいますね! ではゾッくん、出撃します!」
その可愛らしい顔をこころなしかキリっとさせて、ゾッくんは飛び立つ。目指す場所は最前線。一人だけ植林でなく、戦闘行動を継続だ。
アイリの赴く戦場は、開けた平地にて両軍が激しくぶつかるエリア。戦闘により大地は焼け焦げ、世界樹の子機となる樹木などもちろん無い。
そんな戦地に到着し、ゾッくんはどうするのか。再び、先ほどのように地面からケーブルを伸ばして後ろに差し込むのだろうか?
否。世界樹システムのある今、そんな行動に制限のかかる事をする必要はない。今の状態のアイリなら器用にケーブルへの攻撃を回避できるが、そこに処理を割かない方が強いのは明白だった。
「弱点など、無い方がいいのです! まあ、“これ”が新たな弱点になるのは、変わらないのですが……」
そう言いながら、アイリはゾッくんの内部から吐き出すように、ある物を取り出していく。
それはさっきのように武器ではなく、小ぶりな背丈をした一本の樹木。
地面に下ろすと、周囲の人形兵が駆け寄ってきて迅速に地面に植えてゆく。
「持ち運び用、“むせんすぽっと”と言うやつなのです! これがあれば、敵地でも通信が可能です!」
「スパイゲームか何かに出てきたのかな……」
前時代の技術について、所々ルナやユキより詳しそうなアイリなのだった。
しかしその発想を応用することで、ゾッくんの機能とかけ合わせてこのような戦術も可能。
何でもその体内に取り込んで好きな時に取り出すゾッくんの能力。それは木々であれ例外ではなく、おおよそ自国の物質なら何であろうと吸収できる。
なにせ植えるまではただの木なのだ。しかし植えた瞬間、それは世界樹の加護を受けて本拠地の電力をそのままこの戦場へと提供する。
「では戦闘開始です! ゴー! ゾッくん! フルファイア! 撃ち放題です、狙う必要などなさそうですね!」
「ちょっとまったアイリ」
「なんとー!!」
「……ごめんね? ただ、今回は出来れば正確に狙ってほしい」
「了解です! ハルさんからお借りしたこの処理能力、正確無比なロックオンとしてお返しするのです! ……それで、わたくしは何を狙うのですか?」
「敵は多国籍軍が入り混じってるけど、その中で単一の国の者だけを狙い撃ちにしてほしい」
「なるほど。同盟に不和を齎すのですね?」
流石は元王女様だ、戦略について察しが良い。
ゾッくんの制圧能力なら、強引な乱射でこの戦線を押し返すことも可能だろう。しかし、闇雲にそうしていてもこの包囲網だ。キリがない。
敵の全てを粉砕しつくすには時間がかかり、時間を掛けていては他の戦場がジリ貧となる。
ならば迅速に効率的に、敵戦力の漸減をはかることが重要だ。幸い、もう一対一の国力では負けはしない。
「協定を結んだとはいえ、元々が相争っていた派閥同士だ。そんな中で、何故か自分だけが狙われる。そんな事態になればどうなるか?」
「《やる気なくなるよねー。そして、疑心暗鬼になっちゃうよねー? 『こっ、この戦争はもしかしたら仕組まれたもので、秘密裏にボクらを抹殺する為の陰謀だったんじゃ!?』、ってねー》」
「そこまではいかずとも、自分の派閥だけ一人負けとあれば、“なえおち”しちゃうのです!」
そして、その派閥の見分け方だが、それも当然きちんと準備してきた。
どの生徒がどの派閥に属しており、どんな性格なのか、これまでの経緯でリスト化してある。
そして、あえて平原を選んだのもどの国からどの兵が来るのかが一目で分かるため。
「《そして私が居るから~? どのお兄さんお姉さんが、どの方向に居るのか、一発でバレバレになっちゃうんだよねぇ~》」
「実に助かってるよヨイヤミちゃん」
そんな、非常に悪辣なこちらの連合。それにより、敵連合勢力の切り取り作戦が始まってしまったのだった。




