第1136話 世界樹の起動
ゾッくんの目から放たれるビームが敵を襲うも、全てバリアにて阻まれてしまう。
無茶な運搬から解放され、ようやく戦況がその目で認識できるようになった人形のユニット。その防御力は非常に高い。
更には元々の防御が非常に硬いアーマーユニットと合体することで、歩く不落要塞と化していた。
怪鳥による高速移動と遠距離攻撃の手段を失うも、安定性はより増した。
彼らはこのまま誰の干渉も受けることなく、敵地で悠々と破壊活動に勤しめるのだ。欠点といえば足の遅さくらいか。
「ガルーダの人は、十分にその役割を全うしたという訳か。ただ、彼が居ないとつまらないね」
「二人だけじゃ漫才もぱっとしなさそうですねー」
「漫才じゃないと思うのだけれど……」
つまらなかろうとも、堅実だ。てくてくと敵の重要施設まで徒歩で向かい、素手で地道に破壊する。その間、一切の攻撃を受け付けない。
いや、ミサイルなど出してきた所を見るに、アーマーの彼の方にはまだ隠された攻撃手段がありそうだ。
きっと彼は自分では移動が出来ない制約を負うことで、その特殊ユニットとしてのコスト制限を緩和し、その強大な力を得たのだろう。
「《もう、この毛玉は無視してもいいんじゃないか?》」
「《……そうですね。このケーブルがどれだけ長くても、無限ではないでしょう。攻撃を受け流しつつ、あの木を目指すのも良いかも知れません》」
「おお、判断すらつまらん。観客が居たら盛り下がること請け合い。視聴者ポイント稼げんぞー」
「それは前回だからユキ……」
「今回のゲームは、戦争ですから。面白さは必要ありませんし、これが正解なのかもですね! つまらないですけど!」
やはり堅実。だが、つまらない。とはいえ飛行手段も高速移動手段も失った彼らには、ゾッくんを倒す手段はないのかも知れない。
ゾッくんの攻撃は通らないが、逆にゾッくんへ攻撃を通す手段も失われた。危なくなったら飛んで逃げてしまうと思われているだろう。
「《幸い、俺達が迷うことはない。迂回しつつ、大樹を目指すか》」
「《自然破壊は気が引けますけどね。ですが本拠地を破壊すれば全ての戦いは終わりますから》」
「……本気で無視する気なのですね。ですが、そうはいきません!」
完全に眼中にないとばかりに視線を切って、ケーブルの始点とは別方向に歩き出そうとする二人。
その舐めた対応が、アイリのやる気に火をつけたようだ。
「ゾッくんを無視しているとどうなってしまうのか、見せてやるのです! ゴー! ゾッくん! ハイパーキャノンモード!」
アイリが叫ぶと、それをトリガーとしてゾッくんの体内から多種多様な兵器が飛び出してくる。
白くてもこもこの体から、ごついガンメタルの銃身が次々と生えてくるアンバランスさはある種の恐怖を感じるものである。
その兵器はどれも、通常の携行型の銃器ではない。拠点防衛用の、大砲じみた大型の物だ。
それこそSFロボットが装備しているような非現実的な兵器の数々を、これでもかと取り出して二人に、いや合体した一人へと向けた。
どう見ても一人に向ける戦力ではない。明らかに過剰戦力である。
「《なんだあれー! あきらかに顔と合ってないだろー!》」
「《問題はそこですか! ……やはりここは、銃の世界だったのでは!? はっ! 大自然はそれをカモフラージュする為のもの!?》」
「《問題はそこじゃないだろ!》」
「いいリアクションなのです。もっとツッコミをするのです!」
「いやツッコミでやってるんじゃないと思うけどね。しかし凄いね。これ全部、吸収してたのかいアイリ?」
「はい! ゾッくんは、なんでも食べちゃうのです!」
「……ゾッくんってそんなだっけ」
一応、ゾッくんの開発者であるはずのハルであるが、最近ゾッくんがよく分からなくなってきた。
まあ、デザイン担当のアイリがそう言うのであれば、きっとそれが真実なのだろう。
「しかしアイリちゃん? 特殊ユニットって、あんなに何でも吸収できたっけ? リコちん先生が言うには、オブジェクトの吸収にもキャパシティを食うから、取り込む物は慎重に、って話だったけど」
「そこに、ゾッくんの秘密が隠されているのです……!」
「なるほどなるほど。それこそがゾッくんの特殊能力って訳だ」
「はい! ゾッくんの能力は『半吸収』。完全に融合し己の力にする訳ではなく、言ってしまえば取り込んだ物は使い捨てです」
つまりリコがしたように、ユニットに取り込むことによってガトリングガンの弾薬を無限にするような便利なことは出来ない。弾薬も自前で、事前に取り込んでおかねばならないのだ。
その制限によって逆に、取り込む量を莫大に増やした。既に今、無数の銃口、いや砲口が飛び出しているが、まだまだこれもほんの一部である。
ちなみにケーブルもそうやって伸ばした。
「わたくしを無視していると、空からこの砲撃が貴方がたを襲うのです!」
「《シャレにならんだろー!》」
「《防御してください、防御! バリアを早く!》」
穏やかな笑顔のままのゾッくんから放たれる、悪夢のような砲撃の嵐。彼らはとっさにバリアを張り身を守るが、その嵐が止む様子は一切見えない。
ゾッくんの能力ではない以上、砲身は次第に加熱し連射が効かなくなるが、その都度それを体内に取り込み、別の砲身を取り出して構える。
「これが、現代の三段撃ちという奴なのです!」
「アイリ、現代ですらここまでしないよ。たぶん未来でもしない」
「とにかくすごい三段撃ちなのです!」
信長もびっくりだ。そんなアイリの三段撃ちに狙われ続け、流石のパペットバリア君も悲鳴を上げる。
バリアだってノーコストで張り放題ではない。だからこそ、タイミングを計って的確に張る必要があったのだ。
そんなバリアが息切れするように尽きて、守りはSFアーマー君へと引き継がれた。
「《しばらく任せる! CT明けまで持ちこたえてくれ!》」
「《CTって何です!? クールトリートメント!? 夏の外出の際には欠かせませんね!》」
「《アホかー! クールタイムだよクールまで出てて何故わからない!》」
ちなみに彼が言っているのは、あらかじめ機能を限定したナノマシンをパッケージした整髪剤のこと。
髪を中心に体表に含ませておくことで、自動で冷房機能を発揮できる製品だ。空気中のエーテルを制御し周囲の空間を冷やすより安価で便利。
バリアの彼はそんなトリートメントの真っ最中。もといバリアのクールタイム中。砲身と同じく、加熱して使えなくなった所を冷ますイメージだ。
そんな状態でも、アーマーそのものも流石の防御力。アイリの飽和攻撃にも腕を組んで顔を守り耐えきっているが、ここで忘れてはいけない基本攻撃が飛んでくる。
「ここでゾッくんビーム!」
「《まずい! 溶ける、溶けます! バリアを早く!》」
「《落ち着けそんな簡単に溶けねぇって! たぶん! ……もうちょっと根性で耐えてて?》」
「《根性で防御力が上る訳がないでしょう!》」
「《上るんだよ! 古今東西のゲームをナメてるな!?》」
「確かに! 根性で上るはずです!」
「……アイリちゃん? もう少し現実的になりましょうね?」
残念だが、根性で防御力は上がらない。アーマーユニットの外装は融解し、中の人形が露出しはじめた。
そこでようやくバリアが復活し、なんとか内部を焼かれる前に立ち直ったようである。
「《仕方ない! ケーブルの根元まで走る! ビームは俺が止めるから、他は気合で耐えてくれ!》」
「《今度は気合ですか!》」
ここでようやく、彼らも当初の目的に舞い戻る。ゾッくんをこのまま自由にさせておいてはまずい。
幸い、弱点は既に割れている。ゾッくんの戦闘行動には電力が必要で、そのためのケーブルを挿していなくてはならない制限がある。
ケーブルそのものを狙っても華麗に避けられてしまうが、その起点は動くことはない。そこまで走ってたどり着いてさえしまえば、あとはそれを引っこ抜いて終わりだ。
ここにきて彼らは、一切の漫才なしのコンビネーションを発揮し、ビームだけを的確にバリアで防御し続ける。
時にはあえてアーマーでビームを受けることで、バリアの持続時間の足しにした。流石に優秀な学園生といったところか、効率の計算はお手の物であった。
「《よし! あれだ!》」
「《背中のアーマーはまだ残っています! 構わず引っこ抜くことに集中して!》」
「《よっしゃあ! って、あれ……?》」
そしてついに目当てのケーブルの根元に彼らはたどり着くが、引き抜くその手ごたえはあまりに軽い。
まるで、ただ先端を適当に地面に突き刺しただけのように。そんなもので、戦闘行動を維持できるレベルの電力が確保できるのだろうか。
「《まさか、フェイク!?》」
「その通りなのです!」
そう、彼らが必死に追いかけていたケーブルは、途中でアイリが爆風に紛れて伸ばした偽物。本物は、まるで別の方向で今も健在だった。
「なかなかいい漫才だったのです!」
「それは漫才というより、道化と言うのよアイリちゃん?」
「なるほど! そして、本物のケーブルを改めて追う時間は、もう残念ながらないのです……」
残念だが、ここで彼らの時間切れだ。これから本物のケーブルをどうにかしたところで、彼らに希望の目はなくなった。
「今、本拠地がようやく完成しました。見せてあげましょう。『世界樹システム』を」
見上げる先で、いっそう巨大な大樹となったハルたちの本拠地である世界樹。それがまばゆく金色に輝く姿が、彼ら二人の見た最後の光景であった。
◇
「ふう! なんとかなりました!」
「お疲れ様アイリ。よくできました」
「はい! なんとかあたまよくして、頑張れました!」
「《本当に並行作業で本拠地も完成させちゃった! しかも器用に戦闘中にトリックまでかましてさー。アイリお姉ちゃんやっるー》」
「えへへへ、ぜんぶ、ハルさんのおかげなのですが……」
「しかしアイリちゃん、最後なにしたん? 世界樹システムって、本拠地がなにか必殺技でも撃つん?」
「あっ、それはですね。アルベルトから教わった『世界システム』のもじりでして……」
世界システム。かつて提唱された、ケーブルレスの送電システムのことだろう。ニコラ・テスラ贔屓のアルベルトらしい。
つまりは、もうゾッくんに電力ケーブルは必要ないという、敵にとって夢も希望もないシステムなのだが、そこにも色々と必要な条件がある。
これからアイリが、皆にそれを説明してくれるようであった。




