第1135話 片道切符の輸送任務
敵の男子生徒が操る特殊ユニット三体。相対するはアイリの操るゾッくん。
そのマスコットキャラクターのような愛くるしい表情に戦意を喪失しそうになるが、なんとか持ち直し臨戦態勢に構える三人。
もとい、うち一人は背中に雑にくくり付けられているせいで、ゾッくんの姿を捉えることができていないようだ。
「ゆけゆけゾッくん! 飛行して突撃! からのビームで敵を、抹殺です!」
「《うわビーム撃ってきた!》」
「《避けてくださいよ! 私のユニットがダメージを受けてしまっています!》」
「《お前が重くて避けられないんだよ! あと、責任はボクじゃなくてバリア担当にある!》」
「《見えてもいないのにどうしろと!? バリアのタイミング指示出さない方が悪いだろ!》」
がやがやと騒がしく、互いに責任をなすりつけ合う情けない男三人。最初は相性が悪いのかと思ったが、こうなると一周回って相性が良いのかも知れない。
ゾッくんのつぶらな瞳から放たれたビーム砲は、近未来な見た目の装甲に焦げ目を付けていた。
どうやら、物理攻撃には強いがビームは弾けないようだ。ハルたちの使う無敵板、物理反射のアルミ板と近い性質を持つようなユニットだろうか。
そんなビームに対処するのは、不憫な背中の人型ユニット。
彼の生み出すバリアはビームを防ぎ、狙い撃つアイリによる破滅の視線から、自分を含む内側の三人を守り切っていた。
「むっ! やりますね! 小癪なのです!」
敵三人はゾッくんから距離を取り、一時後退の構えを見せる。それでいて旋回するように油断なく、彼らは世界樹を見据えている。
だが回り込むように先回りするゾッくんのが牽制し、なかなかそうはさせてくれない。
そうして徐々に、来た道を後退していく怪鳥一行であった。
「《どんどん大樹から距離が離れて行きますよ? このままでは、狙撃銃のあったポイントに逆戻りです》」
「《ガルーダとか大層な名前付けてたのに臆病だな。反撃しろよ!》」
「《いやいや、まあ見てなって。アイツ、ケーブル刺してたろ? きっとあれが無いと動けないんだよ》」
「《動けてただろ?》」
「《動いてここまで来ていましたね》」
「《だーもう! そうじゃなくてね!? 分かるだろ? 電源がないと戦闘行動取れないんだよきっと!》」
「どうなんだいアイリ?」
「実際は、内部電源で少しは持ちますが。やはりケーブルが無いと厳しいです!」
つまりは、彼の予想は当たっているということだ。まあ、一目見れば分かると言えばそれまでだが。
電気文明の全盛期は過ぎ、『電源』や『コンセント』、『充電ケーブル』といった物を生まれてこのかた目にした事がなくてもおかしくない世代だが、この程度は一目で推察できるだろう。
「《そしてケーブルである以上、長さには限度があるんだよねぇ! つまりこれは後退ではなく、奴をおちょくってやろうって準備なんだよ!》」
「《……それにしては、ケーブルが途切れる様子がないですが?》」
「《おい銃座がそろそろ見えて来るぞ! これ以上下がるとまた狙い撃ちにされる!》」
……彼らの推測は正しい。正しいのだが、後退を続けてもアイリのケーブルは限界を迎えピンと張る様子を見せない。
地面から無造作に抜き取っただけに見えるあのケーブル。どこにそんな長さが格納されていたというのか。
「……ねえ、アイリちゃん? 私にも、ちょっと解せないのだけれど」
「およ? あのケーブル、ルナちーが用意したんじゃないの?」
「用意したわよ? あくまで地面に出すまでね? だけれど私は、あんなに長く伸びるほどの余裕をもって提供した記憶はないわ?」
「なにそれホラーじゃん」
そう、実に奇妙な話なのである。まあ、そんな怪奇現象、蓋を開けてみればどうということはない。ルナが知らないのであれば、アイリがやっているに決まっているのだから。
「ゾッくんに差し込まれた充電さんは、既にゾッくんの一部なのです。わたくしの意思で、伸ばせます!」
もちろん限界はあるのだが、敵が思っているようにすぐつっぱる代物ではない。
たっぷりのびのびの延長コード。その長さを見誤った愉快な三人組は、前方のゾッくん後方の高射砲に、挟み撃ちにされ身動きが取れなくなっていた。
「《くそっ、ボクが追い詰められるなんて!》」
「《いえ、まだ焦る必要はありません。つまりはケーブルを切れば良いのでしょう?》」
「《そーだろ? あの伸びてるの攻撃すりゃいいんじゃん》」
「《だよね! 今、やろうと思ってた!》」
「そうしてくるのも、お見通しなのです!」
彼らにガルーダと呼ばれた敵の怪鳥から、高出力の光線が放たれる。奇しくもビーム対決だ。
口から炎を吐くようにして、それは一直線にゾッくんの背から伸びるケーブルを断ち切らんと直進する。
しかし、既にその位置にケーブルは無く、光線は虚しく空を切るのみだった。
「《よく狙ってください。落ち着いて》」
「《分かってる、分かってるぜー。でも細くて意外とよく動くから狙いにくくてさぁ……》」
「《だから見えねえって》」
二度、三度、続けて何度も、ガルーダの口から光線が発射されるも、それはただの一度としてケーブルには当たらない。
鞭のように自在にしなるケーブルが、その攻撃のことごとくを嘲笑うかのように回避し続けてしまっていた。
「《見えないけど当たってなさそうだな》」
「《……ここまでくると妙ですね。いかに貴方がへっぽこだといえど。光線の熱で気流でも起きているのでは?》」
「《へっぽこ余計だよな!? 一言余計だよな!? ……そんな余波で気流が起こる程の熱量ならかすっただけで蒸発してるっての》」
「《返答が意外と真面目かよ》」
ならばあとは考えられることは一つ。それを証明する為、冷静な口調の鎧のユニットはある提案を持ち掛けた。
「《ではこうしましょう。薙ぎ払うように、横切りに光線を吐けばいいのです》」
「《……簡単に言ってくれるな。さっきから、ボクばっか消費させられてんじゃん。でもそれしかないか》」
「《さっきから一番酷いのは俺だが?》」
そう、結局は地面と繋がっているケーブルなのだ。ならばゾッくんと地表の間の空間を薙ぐように両断すれば、どれだけ器用に避けようとどうしようもないはず。
その決断は多少の逡巡をもって承認され、恐らくは大きなコストを支払って放たれた。
「《ってこれも避けられたよーっ!》」
「《まるで縄跳びですね。器用なものです》」
「《おちょくりやがってー!》」
「《お前が『おちょくってやる』とか言ってたからやり返されたんじゃねーの? 醜態を見れなくて残念だよ》」
薙ぎ払うために長く射出し続けるのは、ピンポイント射撃の何倍もコストがかかる。そして生まれる隙も何倍も多い。
そんな必死の一撃を、大縄跳びでもするようにしならせて回避しているのは、もちろんアイリの操作である。
そして、そんな大胆で精密な操作が可能になっている今のアイリは、この隙を見逃すはずもなかった。
「ゾッくんビームっ!!」
大技に失敗し苦しむように大きく開かれたその口の中。そこにビームを放り込むように、もはや和やかな表情が怖いゾッくんから、ビームが撃ち込まれてしまったのである。
◇
「よし! まずは足を潰したのです!」
「素晴らしい戦果よアイリちゃん? これで彼らの作戦は、頓挫したも同然ね?」
「安心するのは早いぜルナちー。あいつら、文字通りの『ただのお荷物』って訳じゃない。むしろ、ガルーダ君の仕事は完了したまである」
「ですねー。荷運び完了、ですよー?」
頭を撃ちぬかれ、ユニットとしての形を保てなくなり神力に還元されるガルーダ。しかしそれ以外の二名は無事のまま。
ある意味で、この国内への兵器輸送が完了した状態だ。依然脅威である。
「とはいえ、高速移動の術は失った。今すぐ世界樹がどうこうって心配はなくなったけどね」
「いえ! わたくし、ここで残りのお二人も倒します! 仕事を、完遂するのです!」
作戦の要であろう飛行役は失った。だが、放置もしておけない。いずれは徒歩で、世界樹のある工場地帯へと迫るだろう。
彼らにとっても、もう進むしかない。帰り道を保証してくれる神鳥の翼はもう無いのだから。
その決意を示すように、地上に墜落した二人のユニットはすぐさま形態を変形しはじめた。
「《ふう。ようやく風景を楽しめる訳だが。中身が真っ先にやられてんじゃないっての》」
「《ですが最低限の仕事は果たしてくれました。あとは我々だけで問題ないでしょう》」
「《なんも見えないのも嫌だけど、時間がかかるのも嫌だなぁー》」
顔のない大型の操り人形のような体で器用に感情を表現しつつ、二体目の『中身』となるべく彼は身を起こす。
防御担当の二人だ、墜落の衝撃など何ともないようで、ダメージがあるようには見られない。
ガルーダの鎧となっていたアーマーは、今度は起き上がった人形に取りついていく。
すぐに、シンプルな人形のおもちゃはSF風デザインの騎士の鎧を纏ったおもちゃへとクラスチェンジを果たしたのだった。
「……厄介ですね」
「そうだね。防御力の強い二人だ。それも系統の違う二種類がバランスよくそろっている」
「はい。まるで、アルベルトの鉄板ミルフィーユのようです」
実体弾は外側の鎧が、ビームは内側の人形が、それぞれ防御する。運搬役のガルーダを守る必要がなくなった以上、その堅牢さは更に増した。
「さて、どうするアイリ?」
「やることは先ほどと変わりません! 隙を見て、中身を撃ちぬきます!」
「《さて、どうしますか? 飛行するコレは彼抜きでは対処がきつそうですが》」
「《いや、俺たちでやろう。弱点は変わらないんだ》」
「《そうですね。私たちにも、攻撃能力は備わっていることですし》」
彼らは空中のゾッくんではなく、そこから地面へ伸びるケーブルへと視線を落とす。
この『充電ケーブル』がある以上、自由に飛行しようともゾッくんはある意味では地上ユニットなのだ。
彼らはそれに向け、鎧の肩部分から小型のミサイルを大量に発射する。流石はSFアーマーである、やることが未来的だ。
しかしそんな隙間などあるように見えぬ弾幕の間を、ハルの処理能力を得たアイリは苦も無くケーブルをすり抜けさせてみせた。
「わたくし、弾幕ゲーで鍛えているのです! この程度、通常攻撃にも劣ります!」
「《うわキッショ……》」
「《蛇のように動きますね。ですが、問題はありません。目標地点は動かないのですから。徒歩で向かいましょう。手で引き抜くのです》」
「《分かってたけど地味だなぁ》」
その歩みを、止める者はいない。彼らは防御力に任せて、強引にケーブルの始点へと進行しようとしていたのだった。




