第1134話 彼女の、合体の話
敵の数は、見えている限り三人。怪鳥の身を守り覆っている鎧も、特殊ユニットに含めればであるが。
その相性のいいコンビの背中には、ついでのようにもう一人、おもちゃのようなシンプルな外見をした人型のユニットが、雑に“くくりつけられて”いた。
「音声、拾えました。スピーカーに繋ぎます」
「ああ、頼むよアルベルト」
そんな彼らのユニットにも会話機能が付いているらしく、こちらの領内に入ったことでその内容が漏れ聞こえてきたようだ。
「《くっそ、重いなぁ。スピードが売りなのになぁボクのユニット。本当ならもうとっくに敵の基地を攻撃しているはずなのに》」
「《文句ばかり言うんじゃありません。その重い私のユニットが居なければ、銃弾に撃ちぬかれて今ごろ焼き鳥にでもなっていましたよ》」
「《いーや、ボクが本来のスピードを発揮できれば、あんな狙撃なんか余裕で回避してたね》」
「《そんな上手くいくはずがないでしょう。見たでしょうに、あの狙いの正確さ。最後には装甲の隙間を狙って来ていましたよ。生身では無理です》」
「《いーや避けてみせる》」
「《……どーでもいーけど。いちばん不憫なの俺だよね?》」
……訂正しよう。彼らの相性は、さほど良くなかったようである。
しかし、互いの欠点を補いあうその合体は厄介だ。大連合が歩調を合わせると、こういった事態も起こりえるのか。
「《しかし、なんか変な世界だな。お前んとこみたいな世界かと思ったら》」
「《ええ、そうですね。銃の世界なのかと思いましたよ。しかしこれは、のどかな草原が続くだけで、まるで平和な観光地にでも来た気分です》」
「《お前休暇はそんなとこ行ってんの?》」
「《悪いですか? たまにです。家族の行事で行くんです》」
「《どーでもいいから俺にも見せてくれー》」
「……まあ、気持ちは分かる。アンバランスな世界だ」
「銃の世界だったら良かったのですが。そうしたら彼らは、今ごろあんなに暢気に移動できておりますまい」
「やめろアルベルト。プレイ中僕の気が荒む……」
「これは失礼を」
まあ確かに、銃の世界ではないために、要所以外ではこうして一切の障害もなく、彼らは遊覧飛行と決め込めるのだ。
同様に今激戦区となっている前線も、防衛ラインを突破されればその後ろは非常にぬるい。
だから一歩たりとも通さないことが肝要なのだった。この相手も、早急に処理しなくてはならない。
「敵の能力は未知数だが、こうして来た以上攻撃手段を備えていると見ていい。世界樹に、いや工場地帯に到達させる訳にはいかないね」
「どーする? 六本腕呼びもどそっか」
「いや、ユキは予定通りシルフィーの援護を。あっちはあっちで大変だ」
「らーじゃ。六本腕は空中戦に不向きだしね」
「工場の防衛設備を稼働させましょうか。他国攻撃用の電磁砲ならば、いかに強力な装甲とて貫けましょう」
「電力不足なんだろ? 大型兵器はしまっときな」
とはいえ、ハルたちの世界に自由に飛び回る怪鳥に有効な備えはあまりない。
飛行船はあるが、大きすぎて小回りが利かず、それに出来れば前線の支援に回すべきだ。
リコに頼みヘリコプターを出してもらうのも気が引ける。彼女も彼女で、自分の国を守るために戦っている。
「船の国にでも応援を要請するか? でも嬉々として『誤射』してきそうだからなあ……」
さて、どうしたものかとハルが手をこまねいていると、そこで高らかにあがるかわいらしい声があった。アイリである。
「お困りですね! ハルさん! ここはわたくしと、わたくしのゾッくんの出番なのです!」
「しかしねアイリ。アイリは今、その世界樹の設計作業で忙しいでしょ? それは誇張抜きにこの戦争の要。僕の作戦以外にも、電力なんてあればあるほどいい」
「大丈夫です! 設計しながら、戦えばいいのです。わたくしに、秘策があります」
その小さな胸に手を当てて、自信たっぷりにアイリは宣言する。その内容は、この場の面々を驚愕させるに十分なものだった。
「わたくしたちも、合体すればいいのです!」
◇
「……アイリちゃん? アイリちゃんが大胆になるのは良いことだとは思うけどここではさすがにどうかと思うわ?」
「おやー。珍しいですねールナさんー。いつもは大勢が見ている中でもお構いなしなルナさんなのにー」
「……カナリーもやめましょう? ヨイヤミちゃんが居るのよ?」
「《へーきへーき。私、大人の人達の大胆なトコなんてこー見えて見慣れてるんだから! あっ、でも、ナマで見るのは初めてかも……、それにアイリお姉ちゃんはちっちゃいし、新鮮かも……》」
「いや、どう考えても精神的なことっしょルナちー。ヤミ子も、あんま覗きばっかせんように」
「《はーいっ》」
「迂闊だったわ。この場で始めるものかと」
「うん。冷静なように見えて狂ってるよね?」
まあ、それに関してはハルも悪い。色々と悪い。違和感をまるで抱かなかったことが、問題といえば問題か。
ヨイヤミの教育への影響を気にしてくれただけ、ルナが一番の常識人ではあるのだろう。たぶん。きっと。
「そうではなく、ハルさんの力を借りるのです! わたくし、あたまよくなる練習を続けてきました。今こそ、それを活かす時なのです……!」
「《ん? どゆことー? えっちなことじゃなければ結局なにするの?》」
「ああ、なんて言えばいいんだろうね。僕の処理能力は知ってるねヨイヤミちゃん」
「《うん! 神だねあれは。私の侵入を防いでみせちゃうし、外でも私の通信量を簡単に捌いちゃうんだもん!》」
「……さほど簡単ではないけどね」
涼しい顔で国レベルのデータを常時捌き続けているセフィの能力には遠く及ばない。今度、彼に仕分けのコツでも聞きに行ってみようか。
と、そんなことはともかく、つまり今重要なのは、そのハルの得意とする並列処理の力である。
「ヨイヤミちゃんの脳内侵入と、ちょうど逆のイメージだ。その僕の力の中に、アイリを呼び込む。だから合体だね。精神的な」
「わたくしが、ハルさんのように『しゅばばばっ!』って出来るようになるのです!」
「《へー! すごいすごい! 私もそれ出来るようになる!?》」
「……嫌な予感がするから駄目。ヨイヤミちゃんが僕の力を得て、いったい何をする気だというのか」
「色々と危険ね?」
「《危なくないよ~~》」
世界でも支配できてしまいそうだ。冗談抜きに。
それに、この『合体』はハルとの精神の融合を果たしているアイリだからこそ。二人の、絆の証でもあった。
「では、失礼して!」
「《……わ~っ。そこそこ大胆~》」
ハルの胸の中に飛び込んでくるアイリの体を、受け止めハルは抱き上げる。
ぴったりと密着する体を通すように、その心の境界も少しずつ溶けあってゆく。
以前から、この力を使い数々の窮地を乗り越えてきたハルたちだ。最近は必要な場面がなかったが、そんな中でもアイリは練習を欠かさなかった。
その甲斐もあって、発動は実にスムーズだ。すぐに、ハルの異常に高い処理能力をアイリも使用可能となる。彼女の言う『あたまよくなる』状態だ。
「……ってそこの覗き見少女。どさくさに紛れて入ってこようとしないように。冗談ではなく危険だよ?」
「《あっ、やっぱブロックされちゃった。ざんねーん。何か新たな発想が閃くとおもったのにー》」
「ルナじゃないけど、もうちょっとヨイヤミちゃんの教育にも気を配った方がよさそうだね……」
「本当よ?」
当人たちは慣れたものだが、ハルたちの扱う案件は劇物ばかりだ。いつか重大な事故を引き起こしかねない。
しかし、今はまず目の前のことに集中だ。こうしている間にも世界樹へと精鋭飛行部隊が迫っている。
アイリはその世界樹の増築作業を止めることなく、自らのユニットである『ゾッくん』を起動。ふわふわで愛くるしい顔をした、天使の翼の生えたマスコットが、迎撃のために飛行して行った。
「ゆくのですゾッくん! 平和の敵を粉砕です! あっ、ルナさん! 接敵予想ポイントに、ケーブルを引いてほしいです! ここです!」
「わかったわ? ……しかし、本当にハルを見ているようねぇ」
「ルナさんも、成れるのです!」
「私はどうも、慣れないのよね……」
「《ルナお姉さんもここでハルお兄さんにひっつくの?》」
まるで期待しているかのようなヨイヤミの顔を、ルナが優しく引っ張っておしおきしていた。
そんなルナの特殊ユニットによる特殊工作。大地の下を泳ぐように、どんな場所であっても潜航し、地下ケーブルを通すことができる。
ゾッくんに先行して配置を終えたポイントに、アイリも遅れて合流。
そしてその時間ちょうどぴったりに、敵の三体合体ユニットもその地点にさしかかり、目視で互いの姿を認めたのであった。
「どんぴしゃって奴ですねー。いいですよーアイリちゃんー。上手に扱えてますー」
「やりました! このまま、やっつけちゃうのです!」
「《ゾッくん、こんなに可愛いのに凶悪なんだ……》」
「ゾッくんですから!」
答えになっていないが、『ゾッくんだから』としか言いようがない。元はといえばハルの偵察機。凶悪でないはずがないのであった。
そのゾッくんの姿を警戒し、敵もその場で動きを止める。どうやら可愛いからといって、油断する相手ではないようだ。
「《……何かいますね。ご注意を》」
「《なんだあの毛玉……、ハルって男だよな……》」
「《人の趣味を笑うなど、礼に反します。それに、見た目で判断してはいけません。翼がありますし、きっと飛びますよ》」
「《いや笑ってねーけど……、あとお前が見た目で判断してるじゃん……》」
「《その見た目が見えないんだがー。どーにかしてー》」
「《……まーお前はそこでバリア張っててくれ。ずっと》」
「《ひどくね!?》」
なんだか楽しそうにしつつも、ゾッくんの能力を警戒し動かない。彼らの言う通り、特殊ユニットはその見た目からは能力が推察しにくい存在だ。
そんな隙を利用して、アイリはしれっと戦闘準備を始めた。ゾッくんの体から触手のような糸が伸びると、ルナの用意した地下ケーブルを巻き取ってその背中に接続したのである。
「ゾッくんは、電池を入れないと動かないのです!」
「おもちゃかな? つまり、そのデメリットによって能力の出力確保をした訳だ。この世界にも合ってるね」
「その通りなのです!」
電源供給を得たゾッくんは、それまでののんびりした飛行とは一転、一気に動きが変わる。
ふわふわな見た目にそぐわぬスピードで、目からビームを出しながら敵機を撃墜せんと空を舞ったのだった。




