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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1132話 武家屋敷に出る怪異

 赤黒い大剣を携えてソフィーは走る。いや、走りだしたように見えた。

 一瞬後にはもう敵の眼前に到達しており、既に攻撃モーションに入っている。敵が防御反応を取れただけでも賞賛に値する。


 だがソフィーの剣はその敵の防御をも貫いて、硬いうろこを自動発動させるスキルの上から腕を斬り飛ばしてしまったのだった。


「《わ、私の腕がっ! 剣で切られるようなヤワな作りではないというのにっ!》」

「《こっちだって、鱗に防がれるような柔な作りじゃないんだよ! 余ったスキルスロットに、攻撃性能もりもりだ!》」

「特殊ユニットらしい能力なんて、『ソフィーちゃんの居る所に引き寄せられる』くらいしかないからね。その分キャパシティも大量に残った」

「《普通はそこに自立制御とか付けるんですよ!》」


 だがソフィーは、特殊ユニットが手足を持って自分で行動できるようになることを『無駄』とした。


 どうせ自分は遠隔操作で特殊ユニットを操ることはない。その身で自ら戦った方が早いのだから。

 どうせ自立行動で共に戦うこともない。自分の戦いに付いてこれる力など発揮できないのだから。

 ならばいっそ攻撃力だけを追い求め、自らがその攻撃力のかたまりを振り回せばいい。ワープに付いてこれる機能だけを付け、移動できないデメリットはカバーだ。


「《この子の力は、あらゆる物を焼き切る業火! 腕、溶けちゃったね。ごめんね! でも加減とか出来ないんだ!》」

「《……なんて恐ろしい。ですが、舐めないでいただけますか!? 私のユニットも、この程度でやられませんのよ!》」

「《おおっ!》」


 少女の操る蛇女ラミアは、その切断された、いや溶解した腕を前方に掲げ力を込めると、すぐに元あった手の形に鱗が覆いつくす。

 そしてその鱗が砕け散るように飛散すると、その内部には元通りの腕がきれいに再生しているのであった。


「《鱗ってそういう風に生えるものだっけ!》」

「《細かいことを気にするものではありません!》」


 生え方はともかく、敵はその鉄壁の防御を抜いても再生能力があるという万全の備え。生存性に関しては、非常に高い物を備えている。

 だがしかし、ソフィーの『加具土命カグツチ』もまた攻撃力に関しては異常なまでに特化した存在。

 しかも敵の手の内が割れた今、次は再生のいとまも与えず容赦なく連撃が繰り出され彼女の身を切り刻むだろう。


「《でっかい体がここでは不利だね! 廊下にぎっちぎちに詰まってるその体じゃ、逃げ場はないよ!》」

「《蛇の器用さをあなどらないことですね。そちらこそ、この狭さで大剣を振り回すのは億劫おっくうなのではないかしら!》」

「《大丈夫! 壁ごと斬ればいいんだもん!》」

「《ハルさん!? この子に『物は大切にしよう』と教えてくださいな!》」

「……まあ、自分で作った世界だし」


 それに、正直ハルでも同じ状況になればそうする気がする。なので人の事をあまり強くは言えないハルであった。


 そんなやんちゃなソフィーは宣言通り、廊下の壁を燃やしながら叩き切り、ラミア少女の胴体を両断しようと強引に迫る。

 今度は、例え腕を盾代わりに防御しようとも関係なく真っ二つにされることが容易に感じられる勢いだ。


 しかし、彼女の指摘したようにこの狭い空間で振り回すには不向きな武器であるのもまた事実。その大ぶりが一瞬壁に阻まれた隙に、彼女はその蛇の身を後退させ、ギリギリ難を逃れるのだった。


「《おおっ! 本当に器用だ!》」


 廊下に方向転換の猶予ゆうよもなく詰まるように、逃げ場のない蛇の下半身。しかしその下半身を、しるしる、と上手にうごめかせると、意外なほどのスピードを出し、後方へと離脱してみせた。


 そのまま曲がり角へと差し掛かると、一切のつっかかりも感じさせずに方向転換。巨大蛇は薄暗い廊下の奥へと姿を消した。

 まるでホラーのワンシーンのようなその状況にも一切臆する様子を見せず、ソフィーは元気に追撃する。逃げるということは、追いつかれたら不味いと言っているも同じだ、とでも言うように。

 その直感は正しいだろう。防御に偏った彼女のユニットには、恐らく有用な攻撃機能がない。しかし。


「気を付けてソフィーちゃん。曲がり角では警戒を怠らないように」

「《うん!!》」


 元気なお返事だが、本当に分かっているのだろうか?

 まあ、ソフィーは戦闘面に関しては本当に天才である。ハルがわざわざ注意をしなくても、この程度はまるで問題ないだろう。


廊下の角を曲がり、ソフィーが追撃に移ろうとするが、彼女はその対象の姿を見失う。

もう既に次の角の奥へと消えたのだろうか。それともどこかの部屋に隠れ潜んだか。いな、その姿は、ソフィーのすぐ傍に存在したのだった。


「《上だねっ!!》」

「《良い勘してらっしゃいますね!!》」


 位置は至近、方向は直上。蛇はまるで天井に吸いつくように待ち構え、その重量に任せソフィーへ垂直落下してきた。

 その勢いと、鋭く長い爪による攻撃がソフィーを襲う。大剣での攻撃は、この戦闘距離レンジでは圧倒的に不利だった。


「《ふんっ!!》」


 ……不利である、そのはずだったが、それは常人であればの話。ソフィーにそんな常識的な事情は関係ない。

 彼女は下段に構え床に引きずるようにして持ってきた大剣を、腰をねじるようにして切り上げる。

 床を焼き切り、床板を飛び散らせながら三日月の弧を描くその軌跡きせきは、落下してくるラミア少女の爪と真っ向から衝突した。


「《きゃあああぁっ!!》」

「《あっ。大丈夫? 痛みはない、んだよねこのゲーム?》」

「《……ええ、ないですけど。ないですけど!》」


 だが自分が遠隔操作している人型のボディが無残に切り裂かれれば、悲鳴の一つもあげたくなるもの。

 ハルやソフィーのように、『腕がもげても死ななきゃ問題ない』などと言い切る方が異常なのだ。


「《ちゃんと再生できる? ……できたみたいだね! よかった!》」

「《このぉ、馬鹿にしてぇ……》」

「……許してやって欲しい。今のは本気で君を心配してただけだから」

「《は、はぁ……》」


 まるで『再生するまで待ってやろう』とでも言うような余裕ぶりであるが、それもこのゲームの異常性を知ってしまったソフィーであるがゆえ

 異常な環境が、普通の人間の精神に与えるかも知れない影響をソフィーは決して馬鹿にしていない。


 しかし、問題ないと知れた今、彼女の命運も尽きかけている。次は手を止めることのない連続攻撃で、その身を焼き切られて終わりだろう。


「《平気みたいだね! じゃあ、改めてぶつ切りにしてあげる!》」

「《させません!》」


 ラミアの体は再び器用に壁をい上ると、完全に床から離れてソフィーを翻弄ほんろうしようとする。

 しかし、タネが割れた今その程度ではソフィーになんら動揺など引き起こせない。

 それどころか、自身もまた壁を蹴ると、天井すれすれを飛ぶようにして一気にラミアに迫ったのだった。


「《壁を這うよりも、蹴って飛んでった方が速いに決まってるよね!》」

「《普通の人は蹴って飛べません!!》」


 大剣の重さなど物ともせず、壁に天井に反射するように飛び交い迫るソフィー。その猛攻を、壁に天井に吸いつくように這いまわるラミアが必死にかわす。

 振りかぶられる炎の剣はソフィーの通った後をボロボロに焼いて崩壊させ、家が悲鳴のようなきしみを上げた。


 その強引すぎる乱撃に、既に防御に差し出した両腕は切り落とされ、体も直撃こそ避けているものの決して浅くない切り傷にまみれている。

 再生もまるで追いついておらず、このままでは本当に蛇のぶつ切り焼きになるのは時間の問題。

 自分がホラーの怪物役かと思ったら、よほど恐ろしい怪物がこの屋敷には棲んでいたようである。悲劇である。


「《ですが、ここでおめおめと、このままやられたりはしません! 見つけました、そこです!》」

「《むっ!》」


 そんな絶体絶命の彼女が、一筋の光明こうみょうを見出したようだ。

 進む先はなんと後退ではなく前進。ソフィーの炎剣をその身に食らい切り裂かれながらも、突撃してくる彼女と交差するようにボロボロになった廊下を逆走する。


 当然ソフィーも、反転しその後姿を追おうとするが、そこであることに気付いたようだ。


「《追ってこれないでしょう? 足場となる柱や天井は、ご自身でボロボロにしてしまいましたもの。それに燃えていますね。……熱いですね》」

「《確かに! このまま蹴ったら、踏みぬいちゃうね! あと鱗焦げてるね!》」


 そんな崩壊した廊下でも、蛇の身は吸いつくようにして踏破が可能であったようだ。そしてソフィーが足を止めた隙に、悠々と再生を始める。

 決してソフィーに攻撃が届くことはこの先ないが、これを繰り返せば撃破されることなく時間稼ぎが可能。まるでアクションゲームの、高難度耐久ステージだ。


 そんな綱渡りの耐久を続ける決心を決めたらしい彼女。緊張に顔を引きつらせながらも、なんとか余裕の笑みを浮かべようとする。

 だが、ソフィーの裏をかいてやったことで安堵あんどと達成感に浸る彼女には、忘れていることがあった。

 ここがソフィーの世界であり、彼女はどうやってこの場に現れたかを。


 ソフィーが一歩踏み出す姿に警戒し、じりじりと身を退く彼女の目から、一瞬でソフィーはその姿を消した。


「《!? 何処に!? だって壁も天井も崩れて!》」


 再び高速で立体的に跳び回り、視界からその姿を消したと反射的に思い込む彼女だが、ソフィーは今回は視線を外したのではない。

 実際に、完全に視界から消え、彼女の背後へと転移していた。


「《せいっ! ありゃ、やっぱ完全な不意打ちでも普通の刀じゃ通らないかー》」

「《後ろっ!?》」

「《うん! だってここ私のうちだもん! 好きなところにワープ出来るの当たり前だよね!》」

「《……うかつっ! でも、あの剣がなければ攻撃も通らない! 形勢逆転ですね!》」

「それもまた迂闊うかつだねラミアちゃん」

「《……しまった!》」


 転移前の位置に置き去りにされた『加具土命カグツチ』。その特殊能力は、引き寄せ。そしてその位置は、完全な背後。

 剣を失ったソフィーに反撃しようと向き直ったラミア少女には、再び振り向く余裕がない。


「《おいで、カグツチ!》」


 ソフィーに呼ばれ高速で飛来するその炎のつるぎが、彼女に体を深々と貫いた。勝負あり、である。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「自立制御はおいてきたよ! 私の戦いについてこれそうにないからね!」 悲しきかな、戦力外通知ですかぁ。ユキ操作の六本腕ぐらいには動けないと戦力カウントはされなさそうですなぁ。そしてそこに至…
[一言] 全ての作品と更新に感謝を込めて、この話数分を既読しました、ご縁がありましたらまた会いましょう。
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