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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1131話 間違った最強の遊び方

 会話が途切れ、両者睨み合う無言の時間。その時間は、数秒にも満たなかったか。先に動いたのはソフィーであった。

 緊張に張り詰める場の空気に蛇女ラミア型ユニットを操る敵の女子生徒が身をすくませ、対処に困っている隙を、見逃す彼女ではない。

 可哀そうだが、踏んで来た場数が違いすぎた。ソフィーにとってこんなものは日常だ。


「《おりょっ? 取ったと思ったのに》」

「《……っ!! 一瞬で、首をっ!》」


 その速度まさに神速。敵から見れば、ソフィーが消えて突然目の前に現れ、その瞬間にはもう首筋にやいばが添えられていたようにしか見えなかっただろう。

 意識の弛緩しかんしたその一瞬、またたきの、それこそまばたきのあいだでも狙うかのように、容易に敵の領域を浸食してみせた。


「《ふんぬっ! かたいっ!》」


 だが、それだけの絶技ぜつぎをもってしても、勝負が決まることはなかった。むしろ、まるでダメージが入った様子すらない。

 蛇の体の先にある人型の胴体。その首元をよく見れば、うろこのような肌がソフィーの刀を受け止めているのであった。


「《こんなの強引にぃ! って無理か!》」

「《甘いですね。鱗というのは厄介なもの。そこらの魚の鱗であっても、熟練の職人さんの包丁ですら防ぎます》」

「《いやその程度なら切れるよ? あなたのそれってゲーム的な防御力だよね!》」

「《なに怖いこといってるんですか! 切ったことあるんですか!?》」


 力任せに断ち切ろうとするが、しかし失敗しソフィーは刀を捨て飛びのく。

 空中で反転すると廊下に走り、設置されていた次の刀を手に取った。


 こうして家中に至る所そこかしこ、彼女の刀は配備されている。

 これにより、耐久度を考えぬ強引な攻撃を行ったところで、彼女が武器喪失に悩むことはないのであった。


「《多少びっくりしまたが、所詮は人の身。やはり私に傷など付けられないようですね。さあ、ここからは反撃です!》」


 廊下に出たソフィーを追い、落ち着きを取り戻したラミア生徒がその巨体を滑り込ませる。

 急所への不意の一撃も効果がなかったことから、強者としての余裕を実感したようだ。

 強いとはいえ、結局はプレイヤー本体。ゲーム的に強化された特殊ユニットの自分に、敵う道理などないと自信を見せつける。


「《さあ逃げ回りなさい? この狭い廊下があだとなったわね! 私の攻撃から、身をかわす隙間、が……?》」


 勢い勇んで廊下に蛇の身を押し込んだラミアの彼女だが、その口上こうじょうの途中でソフィーを見失う。

 自分の巨体から、逃げ場のないはずの狭い廊下。しかしその逃げ場のないはずの場所には、既にどこにも姿がなかった。


 また別の部屋にでも逃げ込んだのか? 隠れられたら厄介だと、きょろきょろと注意深く周囲を探る彼女だが、その答えはすぐにそちらの方からやって来た。


「《あいたぁい!》」

「《ありゃりゃ。これもダメか脳筋ならぬ脳鱗だ》」

「《ななな何で上から!? いつの間に!? というか今も見えませんけれど!?》」

「《だって背中に居るもん!》」


 言いながら今度は背中を、至近距離から両断する。それも鱗で防がれてはしまったが、精神的衝撃は、どんどん蓄積していっているようだ。


「《このっ、離れなさいっ!》」

「《おっと》」


 のたうつように身をよじる蛇の体に、たまらずソフィーはその身を投げ出される。

 しかし壁に叩きつけられることなどなく、まるで反射するゴムボールのように身軽に壁を蹴り、距離を取って着地してみせた。


 そして新たな剣を取り、構えなおして息を整える。ノーダメージ。その身も武器も、耐久度はマックスだ。


「《……生身、ですよね? プレイヤーですよね? なんですかその動きは。人間ですか!》」

「《うん! 練習すれば、これくらい出来るようになるよ!》」

「《ゲームなら分かりますが、人間の体ですよ!? しかも貴女のような可憐な女の子が! 人体の限界を超えていませんか!?》」

「《うわ可憐だって! 褒められちゃった!》」

「《都合の良いところだけ聞くんじゃありませんよ!》」

「《怒られちゃった!》」


 まるでゲームキャラさながら。どこかのゲームで見たように、忍者のように壁や天井を蹴って立体的に跳ね回る。

 それを本体でやってのけたソフィーに、ラミア生徒は混乱が隠せないようだ。


 サイボーグの体を捨て、ハルにより生身を再生されたソフィーの体。それは別に、細胞的に超人的な筋力を持つ特別性という訳ではない。

 しかし今のソフィーはハルによる英才教育により、エーテル技術を使った身体強化法を身に着けており、サイボーグ時代の手足に負けぬ出力が発揮可能だ。


「《お爺ちゃんにも自慢しないと! やっぱり、ハルさんが正しかったんだって!》」

「《……そう、あの方が何かしたということですね。理解しました》」

「《おお! やっぱ学園の人はあたまいいんだ!》」


 ……いやこれは、恐らくは、理解を諦めたという意味だろう。なんだかここでも、『ハルのすることなら仕方ない』という空気が蔓延まんえんしているようである。

 それも仕方がないか。最近は、少し派手に動きすぎているハルである。


「《ですがいかに跳び回り不意を突こうと、私の<蛇鱗防御じゃりんぼうぎょ>を抜くことは出来ない。この力は、オートで攻撃個所に鱗の防御を発生させます》」

「《むっ! カッコいいスキル名だ! でも分かんないよ! 私も勉強したもんね。特殊ユニットは、強い力ほどノーコストで運用できない! その防御も、無限じゃない!》」


 ソフィーの読みはきっと正しい。生来の身体的防御力ではないのであれば、その発動には何らかのコストを消費しているはずだ。

 そしてコストが必要ということは、攻撃を続けていけばいずれは尽きる。


「《ですがその前に貴女の体力も無限……、じゃないですよね……? その、私のコストが尽きる前に貴女の体力が尽き……、ますよね……?》」

「《わかんない!》」

「《……ですよね。それはそうです。貴女もまた、私のコストの総量を知りませんもの》」


 なかなか柔軟な思考力だ。ソフィーの体力が、人間のそれではないことに早くも感づいたか。

 ……いや多分これは思考停止しているだけなのだろうけど。


「《では根競べといきましょう。せいぜい、逃げ回ってくださいね。私の攻撃、きっと当たれば痛いですよ?》」

「《まけないぞー!》」


 敵にとっても、ソフィーは厄介な無敵の相手だ。生身ではあるが、ゲームルールによって守られたその身は攻撃を当てても直接のダメージは通らない。

 ダメージは国土を削ることで反映され、ソフィー本人は何時までも元気に飛び跳ね続けるのだ。


 そんな、互いに根競べの持久戦が幕を開けようとしているのだった。





「だがちょっと待った」

「《あっ、ハルさん》」


 そんな彼女たちの女の意地のぶつかり合いに、待ったをかける無粋ぶすいな男がここに一人。

 通信機を通したハルの声に、戦場の二人がぴたりと止まる。

 ラミア少女の方はそんな中でも、またソフィーが前触れなく一足飛びに詰めて来ないかと警戒が見て取れた。トラウマになっているようである。おいたわしい。


「《……貴方がハルさんですね。ご挨拶が遅れました、いつもお世話になっております。直接の恨みはございませんが、派閥の方針にて侵攻させていただいております》」

「むっ? ああ、いいよ、気にしないで。ゲームなんだしさ」


 どうやら女生徒の方は、ハルの事を知っているようだ。声から察するに友人関係の者ではなさそうだが、ハルの手掛けた何らかのコンテンツの利用者だろう。


 とはいえ今は、そんな彼女に用があるわけではない。久々のソフィーのプロデューサー役として、天の声で彼女をサポートする為に声をかけたのだった。


「ソフィーちゃん。楽しそうなところ悪いけど。勝負を急ぎなさい。このままだと、彼女の思うつぼだよ?」

「《えーっ! そうなの!?》」

「《…………》」

「そうだよ。敵はこの子だけじゃないんだから」


 歯ごたえのある難敵との、熱い戦い。それについ夢中になるソフィーだが、後ろでは今も一般兵が絶賛進軍中だ。

 時間が経てば経つほど進軍は進み、彼女の国は窮地に陥っていくことだろう。


「《うーん仕方ない。あれを出すか!》」

「《貴女の特殊ユニットですね。……普通最初から出すでしょう》」


 残念ながら普通ではないのである。そんなソフィーも、ハルたち同様に特殊ユニットの生産を進めていた。

 いったいどんなユニットが現れるのか、ここにきてラミアの彼女も最大限の緊張に身をこわばらせる。

 今度は自分と同等の相手だ。しかも場所は相手のホーム、状況は圧倒的に不利と言えよう。


 このソフィーの世界の構造を見れば、予想されるのは小型のユニットだ。傾向からして人型の武者むしゃのようなものを想像する。

 ラミア少女もそう考えているようで、その蛇の身を縮めて小型の相手への警戒態勢を強めていった。


「《来い! 『加具土命カグツチ』!》」


 天に向け手を振り上げ、神の名を冠するその者の名を叫ぶ。強力なユニット降臨か、と敵の緊張感も最大級に高まるが、しばらくしても、特に何かが起こる様子はなかった。


「《…………》」

「…………」

「《あっ、ちょっと待ってね。時間がかかる!》」

「《いえ、いいですけど……、大丈夫ですか……?》」


 あまりの間の抜けた状況に、敵にまで心配されてしまうソフィー。もしや不発だろうか、何か不具合だろうか、と見守られる中でも、ソフィーは相変わらず自信満々だ。

 本当にしばらくしても何も起こらないので、また攻撃を再開すべきか、とラミア少女がその身を乗り出したその瞬間。何の前触れもなく屋敷の天井が崩れ落ち、そして吹き飛んだ。


「《またですか! 本当に不意を突くのがお好きなようですね!》」

「《あっ、ごめんごめん。ごめんね! いまのは偶然だから! ほんとほんと!》」


 その爆撃のように天井を吹き飛ばして、明るくなった廊下の床に突き刺さるのは一本の剣。

 燃えるような赤の刀身は脈打つように熱を感じる赤黒い輝きで明滅し、その大きさはソフィーの身長を上回るほど長い。


 刀というよりも太刀たち。太刀というよりもグレートソードといった見た目のその剣は、明らかに『攻撃力があります!』と主張していた。

 その剣を軽々と、ソフィーは抜き去り装備する。


「《お待たせ! これが私の特殊ユニット! 能力は、呼べば何処にでも飛んでくる!》」「《やっぱり生身で戦うこと前提じゃないですか! おかしいでしょう! それに戦闘機能をつけなさい!》」


 敵にさえツッコまれてしまうソフィーの明らかな遊び方の異常。だがそれによる効果も、また異常であることを彼女はこれから知ることになる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ユニット……ユニット? ソフィーちゃん自身は転移できるけど、武器はそうもいかないから極限まで耐久と切れ味を高めつつ最低限手元に呼び寄せる機能を付けました、という感じでしょうかー。折れるなり…
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