第1130話 またしても地中を往く者
戦場となった自国、いや自家の廊下や庭や室内にて繰り広げられる戦いを、総大将として見守るソフィー。
しかし、そんな激しい戦いを目の当たりにして大人しくしていられるソフィーではない。
玉座の間にあたる和室ですっくと立ち上がると、戦場の方角に向けてその狙いを定めた。
「《そもそも何故この家がこう入り組んでいるかといえば、侵入してきた敵をひとまとめにして倒しやすくするためだよね!》」
「まあ、そうだね。そして、その役目は今まさに十分に果たしている」
「《そしてそれを最も効率的に活用できるのは、唯一、家の中を自在にワープ出来るこの私!》」
「まあ、そうなるよねー……」
そもそも、最初からそれを想定して作られた疑惑のあるこの家だ。
家人である侍兵たちは防衛装置にあらず。その真の役割はただの警報器。真の防衛装置であるソフィーに、敵の居る現場をその命をもって知らせる役目なのだった。
「《よーし! ジャンプ!》」
自世界内ならば自在に移動できるワープ機能にて、ソフィーは主の間から戦場となっている廊下へと一歩で踏み込み、その距離をゼロにする。
ソフィーは風景が圧縮され色相変異の流れるようなワープ空間から飛び出ると、切り替わった景色に酔う素振りも見せずに流れるように敵兵に切りかかった。
ルール上防ぎようのない、完全なる奇襲。
丸腰のまま飛び込んだソフィーだが、この家には至る所に刀が配置されている。それもまた、彼女が何処に飛んでもそのまま戦えるようにと考えて作られているようだった。
「《うーんまだまだ甘いよ! 狭い廊下で槍を持ってるんだから、もっと上手く立ち回らなきゃ!》」
突然の国主の出現に対応し切れていない敵兵をばっさばっさと斬り倒しながら、ソフィーは彼ら、いや彼女らの戦術の不備を指摘する。
敵兵は美しい女性兵士で、皆揃って槍を装備して攻めて来ている。鎧は軽装の部類で、兜と胸当て、腰当て程度に留まっていた。
だがその作りはとても美しく、戦の為というよりも儀礼用を思わせる。背には翼を模した装飾もあるので、神の遣いか何かなのかも知れない。
「《使徒ってやつか! 知ってる! 私も使徒だったことある! よーし、どっちが強い使徒か勝負だー》」
「いやもう勝負にならんからそれ……」
喋りながらも、ソフィーは殺戮の手を止めない。敵軍の川を逆流するかのように、ざぶざぶ、と血のしぶきを上げながら駆け抜ける。
彼女らは、退くこともままならない。物量で圧倒するべく一気に押し寄せたため、廊下の後方にも味方が壁として退路を塞いでしまっているからだ。
「……ふむ? そもそも、退く気は無いか。退けないことを理解しているのか、最初から犠牲は覚悟で乗り込んできているか」
「《その意気やよし! 天晴れだね! 私の方が強いけど、これだけ数が居たら大変だもん!》」
「そうだね。しかも三方向だ」
「《あっ! そうだった!》」
夢中で完全に頭から抜けていたかのように、はっ、と目を見開くと、ソフィーは再び家の中をワープし戦場を移す。
荒らすだけ荒らして一瞬で取り残された敵兵は、しばらくその場でフリーズしてしまっていた。少々不憫である。
そんなソフィーの飛んだ先は、家の反対側。本来決して対応できないはずの距離を、ソフィーだけは一瞬で詰めて駆けつけられる。
そこに待ち構えていたのもやはり女性兵。今度は褐色肌の、豪華な装飾の民族衣装の兵士であった。
「《おへそがせくしー! でも、おなかにも防具付けた方がいいかもね?》」
「付けててもソフィーちゃんの前ではあまり関係ないのでは?」
「《そんなことない! たぶん! 剣の消耗具合、とか?》」
そんなお腹を横一文字に切り裂きながら、ソフィーは剣を投げ捨て近くに備え付けられた新品の物を新たに手にする。
投げ捨てる際に、投擲武器としてしっかり一人を葬るのは忘れない。
今度の相手は閉所でも取り回しやすい短めの剣を手にしているが、何を持とうがソフィーを相手にすれば大差はない。
先ほどの焼き直しのように、ざぶざぶと血の川を楽しそうに逆流する彼女が見られるだけだ。
「《うーん、これは忙しいね! ハルさんが、二正面作戦は忙しいって言ってた意味が分かったよ!》」
「それはねソフィーちゃん。兵力を振り分ける指揮の手間が増えるって話であって、自分で対処するから忙しい訳じゃないんだよ?」
「《でもこの家の兵力は私だけだから! ちゃんと振り分けてるよ、私を!》」
「もう少し兵を信頼してあげなさい……」
部下を信頼できない優秀すぎるワンマン社長、と言い切ることも出来ないのが難しいところだ。
実際に、それだけソフィーと雑兵の間には圧倒的な戦力差がある。
ならばその戦力差を埋める為に、ソフィーも兵を集めて集団戦で押し返せばいいのではないか? と思うが、それもまた違うらしい。
ソフィーより弱いとはいえ精鋭だ。それをやれば確実に押し返せるだろうが、彼らにはもっと別の役目があるとのことだった。
その役目が、今ここでまさに果たされたようである。
「《むっ! 警報だ!》」
からん、がらんと、武家屋敷中に鳴子の警報音が鳴り響く。鳴らしたのはこの戦場よりもずっと奥、まだまだ安全地帯のはずの中央付近の警備兵。
家中に均等に配置され警備する彼らは、付近で異常を見つけるとすぐさまそれを主へ知らせる。
それを聞きつけたソフィーは虐殺を、もとい快進撃の手を止めて、その場へワープで急行したのであった。
◇
「《ん? なにかね君? 黙ってないで正確に報告したまえ!》」
「こーら。威圧上司ごっこしてないで自分で原因究明する」
「《はーいっ!》」
異常を知らせた侍は主人の登場に深く頭を下げて位置を示すが、兵隊は言葉を話さない。
何がどう異常なのかは、ソフィー本人が確認しなければならないのだ。
「この為に均等配置を?」
「《うん! 言ったよね、彼らは戦力というより、警報器だって!》」
「戦力にもなると思うけどねえ」
「《でも私が出た方が強いもん!》」
戦いはソフィーに任せ、自らは持ち場を守護することに終始する。これもまた、一つの信頼の形なのだろう。
そんな忠実な家臣が異常を知らせてきたその地点には、果たして何があるのか?
このタイミングだ、敵による何らかの作戦の結果なのは間違いない。ソフィーはそれを、慎重に探っていく。
「《派手な強襲で意識をそっちに向けてー、本拠地を何らかの方法で奇襲、ってことだね! すごい! 考えてる!》」
「恐らく、何らかの特殊ユニットによる効果だろう。警戒するんだ」
「《うん! よーし、神経を研ぎ澄ますぞー!》」
どう見ても神経を研ぎ澄ますポーズではないが、ソフィーは胸の前で力強く握りこぶしを作ると、前かがみになって注意深く周囲を探索する。
地面に不審な物が落ちていないか、足跡など残っていないか。もしかしたら、透明になる能力を持ったユニットかも知れない。
そんなソフィーが何かに気付いたように、指を口に当てて『しーっ』と周囲に注意を促す。
まあ、そんな事をせずとも彼女以外に喋る者は居ないが、ハルも空気を読んで余計な口出しをすることは控えるのだった。
「《むっ! やはり地面か! 聞こえる聞こえる!》」
そんなソフィーがついに床板にぴったりと耳を付けて何かの音を探知すると、すぐに少し離れた部屋の中へとワープし移動する。
今度は畳に耳を付けると、その異音に明らかな確信を持ったようで、ソフィーは通信機を床にくっつけてハルにもその音を聞かせてくれるのだった。
「……なるほど。地面を掘り進む音か」
「《うん! これが世に聞く、土遁の術!》」
「まあ、現実的な土遁の術って穴掘り工事だっただろうけどさ……」
ずいぶんと夢の無い術だ。しかし、そんな夢の無い術でも人外の力で掘り進むとなれば戦略に組み込める奇襲となる。
ハルはここで通信を一度切りルナに目をやるが、彼女は黙って首を振りハルの考えを否定する。
「私のペットは音を出さないわ? こうしてバレるようなヘマはしない。しかし、逆に言えば、それだけキャパシティを残しているということでしょうね?」
「ですね! スキルスロットいっぱいに潜行能力で埋めてしまっていたら、戦闘面では特に脅威ではありません!」
「逆にそれを温存しているとすればー、戦闘能力に割り振る分も十分に残ってますねー」
そういうことだ。つまりこの地中をゆく隠密は工作員ではなく暗殺者の類。というよりもエリート特殊部隊か。
少数精鋭で敵本陣を急襲し、圧倒的な練度にて制圧する。しかし、その侵入が事前にバレてしまっていては、急襲効果は激減だ。
「《こらー! でてこーいっ! そこに居るのは分かってるぞー! 床板ひっぺがして、串刺しにしちゃうぞー!》」
言いつつソフィーはもう、器用に畳返しし床板を割る準備をしている。
敵は今は動かずに身を潜めているようだが、その現在地はソフィーに完全に把握されてしまっていた。
焦らす間もなく、せっかちなソフィーは自分の家の床を切り刻みにかかる。普通なら刀一本で砕けるものではないが、そこはソフィーであり、ソフィーの世界だ。問題ないのだろう。
そんな彼女の凶行を地中で察したか、ついに侵入者はあぶり出され、串刺しにされる前にその身を晒すことを決心したようだった。
「《おわっ! おおっと!》」
あちらから床を突き破り、室内にその姿を露にする敵の特殊ユニット。その姿は、女性の上半身を持つ巨大な蛇の姿をしていた。
鎌首をもたげるように上体を起こし、天井付近からの目線でソフィーを見下ろす。
「《ラミアってやつだ!》」
「《そうよ、部外者のお嬢さん? 良く気づいたわね、私達の奇襲作戦に》」
「《うわしゃべった!》」
「《喋るわよ! 別にいいでしょ! 喋らないとめっちゃ怪物っぽくて怖いって言われたの!》」
どうやら操作しているのは女生徒らしい。美しくも威圧感のある大人の女性の体から、まだあどけなさを残す少女の声が聞こえてくる。
この見た目と、地面を泳がず物理的に掘り進むことを選んだことから、奇襲を選びつつも戦闘力の高いタイプであることが推察された。
ソフィーもまた、それは直感で理解している。先ほどまでのように勢いで切り込むことはなく、油断なく構えを取り刀を向けた。
「《君、とっても強いんだね。リアル達人ってゆーの? でも、いくら強くても生身でこのユニットと戦おうなんて無謀よ?》」
「《そうなんだ!》」
「《そうでしょ常識的に! そんな刀なんて、この鱗には効かないんだから!》」
「《大丈夫! もし折れてもいっぱいあるから!》」
どうやら会話の主導権はソフィーがペースを握ったようだ。
しかし、実際は彼女の言葉の通り。いかにソフィーが強かろうと、攻撃力に、決定打に欠ける。
しかしそれを補うための秘策が、ソフィーにもまた存在したのであった。




