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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第4章 マゼンタ編

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第113話 整地

「今回は建築力に全振りします」

「お~」

「ハル君は人と逆の事をしなきゃ気が済まないのかな?」

「他は今回、誰も振らなさそうよ?」


 日付は少し進み、第二回対抗戦の当日。ゲーム外調査は少しお休み。ハル達は開始前のフィールドで、揃って掲示板を見ていた。

 ハル達に関係ありそうな所をピックアップして見てみたが、色々と面白そうな事が分かった。

 まずハルの結婚の事が知れていた、のは良いとしよう。どうせ時間の問題だ。


「気になるのはやっぱり、花屋のバイトのクレアちゃんの事だよね」

「そっちかーい! 紫のお姫様のコトじゃないん?」

「まあ、それはその内、あっちから絡んでくるでしょ……」

「うわハル君、嫌そうな顔だー」


 今はユキの突っ込みが心地良い。出来れば忘れてしまいたいハルだ。

 ハルと似た境遇で、王子と婚姻するらしく、そしてライバル視されているらしい。正直、ハルの苦手なタイプだ。どう接すれば良いのだろうか。叩き潰せば良いのだろうか?


「クレアは、あのクレアだという可能性ですか? よくある名前なので別人では……」

市井しせいに紛れてスパイしてたら面白そうだなってね」

「からかいに行くのですね!」

「その通りだよアイリ」

「二人は仲良しさんだね~」


 今回のチームメイト、ネコミミフードに身を包んだぽてとがのんびりと相槌を打ってくる。宣言通り、今回は黄色チームに参加してきた。代わりに、ソフィーは他チームへ。

 そして今回はもう一人、外部からの参加者が居る。その人物が到着したようだ。


「よぉ、ハルさん。今回はサンキューな……、って部外者ー!?」

「こんにちは、ぽてとだよ? はじめまして~」

「こんにちはー。ボクはマツバって言うんだ、よろしくね、ぽてとさん!」

「猫被るの遅いわマヌケ」

「うっさいわ。今の録画したからな? 『口汚いハルさん』として流すぞ」

「録画の数なら負けてないが? 『マツバきゅんの本性』がカウンターで流れるぞ」

「きゅん言うな!」

「なかよしなんだね」


 ゲームの紹介を中心に、アイドル的な人気を誇るマツバ少年。今回このゲームの取材として、彼もハルのチームへ参加するのだった。

 早速ぽてとの前で本性、というよりオフの姿を晒してしまっていた。気を抜きすぎである。


「ぽてとちゃん、ナイショにしといてね?」

「んーー」


 手で口を閉じるポーズをするぽてと。うっかりの多いぽてとだが、口止めした事は漏らさない。マツバには彼女は信頼出来ると伝えて安心させる。


「ぽてとと同じくらいの歳なのに有名だもん。大変だよね」

「いやー、君はきっと勘違いをしてるなー」


 見かけはどちらも小学生程度だが、マツバは十八歳だ。同じ歳ではない。

 いや、案外勘の良いぽてとだ。それも見抜いているという事も考えられる。つまりその場合、ぽてとも十八歳だ。このゲームの登場人物は、全て十八歳以上です。


 ハルがくだらない事を考えている間に、マツバが他の女性陣にも挨拶して行く。人妻の三メートル以内には近づかない、という謎の信条の下、微妙に距離を取っているようだ。

 ハルへの配慮、というより自衛のため、という感情が彼の態度から察せられる。過去に何かあったのかもしれない。深く突っ込むのは止めておこう。


「全く、マツバ君が参加しなければ、増えた枠にソフィーちゃんを入れられたモノを」

「ボク悪くないよな! ソフィーさんに枠増えたの知らせなかったハルさんが悪いよな!」

「それで、今回はどうしてウチなのさ?」

「それがさ、ボクが出るって言ったら、ファンの子達も大勢参加する事になっちゃってね。安全なのここしか無いんだ」

「敵に回れば国家間パワーバランスが崩れ、味方だとキミが大変な事になると」

「ボクだけなら良いけど、……良くないけど、内戦になりかねない」


 なので少人数の身内だけで構成され、掲示板に噂が広がり難い黄色チームに来たらしい。

 バレたら大変なのは黄色も同じなのだが、まあいいだろう。どうせ最初から全部敵なのだ。マツバが居たせいで負けた、なんて悪評を他の国から出さずに済む。


「ハルん所は良いなぁ、嫁が皆仲よさそうで……」

「しみじみ語るなよ……」

「あ、ボクのファンの子達は赤チームらしいよ?」

「あ、はい。趣味が分かりますね……」


 珍しい男友達との会話に気を利かせたのか、アイリ達は少し離れた場所で会話を再開させた。

 先ほどの掲示板をまた見ているようだ。試合についての情報収集でもするのだろう。


「ぽてとさん! この乳酸菌がどうこうと言うのは何なのですか?」

「それはね。例えばレベルが一億とか上げられても、普通の人は途中で飽きちゃうんだ。だから上限だけ遠くても、良いゲームにはならないんだよ?」

「段階ごとに達成感が要るよねー」

「難しい問題よね? いつも悩ませられるわ?」

「いえ! その飲み物は美味しいのでしょうか!」

「そっちかー。おいしいよー?」


 どうやら、試合の情報収集はしないようだった。





 そうして開始時間の直前。ハルはアイリと共に、国土となっている国の外周、魔力の境界線ぎりぎりの場所まで来ていた。

 隣り合う国境は紫色。今回は開幕からどのチームも、ハルの居る黄色に向けて兵力を送ってくるだろう。その中でも例の姫が居る紫チームは、統率が取れて攻撃も激しいと予想される。


「この薄い壁の向こうに、沢山の使徒の方々が集結しているのですね!」

「今は見えないけど、きっとね」


 試合開始までは、互いの戦術を読まれないように国境の外は見通しが効かない。敵がすぐ隣に控えているかも知れない。そうドキドキして過ごす時間だ。


「どの魔法が適切か、わたくしに判断できるか緊張しますね……!」


 ただ、アイリのドキドキは少し種類が違うようだった。


 そんなやる気十分の妻と並ぶハルの耳に、開始を告げるアナウンスが届く。

 間を空けずに国境上の薄壁が解除されると、予想通りそこには数十人からなるプレイヤーが間合いを開けて待機していた。


「眼前かと思いましたが、拍子抜けですね。天撃で一層しちゃいます!」

「散開範囲が広い。無理に全員を射程に収めなくてもいいよ」

「はい!」

「ハルだ……!」

「アイリちゃんも居る!」

「どうする? ……交渉を!」

「んな暇あるか! ハルだけ狙え!」

「天撃ってなんの魔法だ!?」

「ひとまず距離を、うわぷっ! 風が!」


 いきなり国境ギリギリに出てくるとは思っていなかったのだろう。総大将なのだからそう思うのは当然だ。

 だが慌て過ぎである。以前の、セレステと契約した者達のように近距離戦には慣れていないのだろう。紫は魔法の国、お国柄だろう。


 だが得意の魔法を使わせはしない。ハルは出の早い、基本の風魔法、殺傷力の無い吹き飛ばすだけの魔法に<魔力操作>で過剰に魔力を注ぎ、突風に変える。

 風に煽られたプレイヤー達は、メニューから手を離し、また顔を覆い視認出来なくなる。

 思考操作のみで発動できる熟練したプレイヤーの何人かが魔法を飛ばして来るが、弱い。魔力の塊である風威に押され、簡単な障壁で防ぎ切れる。


「天撃! 消し去ってあげます!」


 その間にも、アイリの大規模魔法が式の構築を終え、プレイヤー達の頭上に姿を現す。

 天撃、とは正式名称ではない。いくつかのパターンとして決めておいた登録名称コードネームだ。

 現れた気炎オーラをゆらめかせる光球は、その下のプレイヤー達に放射状に光の矢を雨のごとく降り注がせ、HPを削り取って行った。

 風に足を取られ、また攻撃魔法の準備をしていた彼らは、防御が間に合わず次々に消滅してゆく。復活リスポーンするのは本拠地、再び来るまでには時間を要するだろう。


「結構残ってしまいました!」

「優秀だね。残りはユキに任せよう。おいでアイリ」

「はい!」


 ハルが手を広げて誘うと、嬉しそうにぴょーんと抱きついてくる。そのままハルはアイリをしっかりと抱え、地面スレスレに、そして国境線に沿うように<飛行>して戦場を離脱する。

 巨大な円を描く軌跡だ。高速で周回を始め、すぐに次の色の国境が見えてくる。


「始めようかアイリ、魔力は随時ずいじ補充するけど、息継ぎ無しだから、休みたくなったら言ってね?」

「はい! 魔力さえあれば何時までもいけます!」


 抱きしめたアイリの、その高い最大MPまで<魔力操作>で供給する。アイリが魔法を紡ぎ出し、それに魔力を込めると、<飛行>するハルの周囲に破壊の嵐が吹き乱れた。

 それはガリガリと直下の土を削り取りながら、巨大な円周を描いてゆく。


「うわハルだ!」

「魔法撃ちながら突っ込んで来るぞ!」

「狙え……、ない! 早すぎる!」

「速度は一定だ! 挟叉きょうさで狙うんだよ! ……防がれた!」

「だめじゃん!」


 今のハルとアイリは魔法をまといながら突進している状態だ。狙いやすいが弱い魔法なら弾き返し、たまに逃げ遅れたプレイヤーをき潰しながら突き進む。

 だが潰せそうなプレイヤーが居ても進路は変えない。綺麗な円を描く事がハルとアイリの最優先だった。


「やってるねハル君! こっちは私に任せて!」

「苦労かける! しばらく持ちこたえて!」

「おうさっ!」


 すれ違いざまにユキと言葉を交わす。声はほとんど伝わっていないが、互いに思いは通じ合った。

 この作業を終えるまで、ユキには全ての陣営の相手をして貰わないとならない。辛い役回りだ。


「ハル君ヘルプ! ソフィーちゃん押さえ切れない!」

「周りが邪魔ですね……、ここはいっそ味方ごと切れば! って、だぎゃあ!」

「ナイスだハル君!」


 “二人目のユキ”が国境沿いで多数のプレイヤーと、<次元斬>のソフィーに囲まれていた。

 何人が束になろうと相手ではないユキだが、空間ごと切り裂くソフィーも居ると流石にきつい。

 まだ“ユキは<分裂>にも慣れていない”のだし仕方ない。ソフィーの周囲、自陣のエーテルを直接爆破して援護した。


 ハルが何度もユキの分身を作っていると、彼女はそれをスキルとして覚醒させた。それが<分裂>。相変わらず天才的な才能だ。ハルも常時分身していたのに、こちらは影も形も見えない。

 そのままハルは、三人目、四人目のユキを横目に地面を削って行き、スタート地点の紫チームとの国境まで帰り着いた。


「ハルが一周して戻って来た!」

「何がしたいんだ……!」

「今度はこっちに突進、来るか!?」

「いや地下に潜って行った! 二周目行く気だ!」

「分かったぞ! “ほり”を作る気だ!」

「このまま地下深くまで行ってガケを作るって事?」

「MP持たないだろ?」

「現にまだ持ってるじゃん!」

「確かに……、何故だ!」

「ハルだから……」

「そうだな……」

「うわ掘りながら魔法撃ってきた!」


 ゴリゴリと前方の地面を砕き進みながら、<神眼>で彼らの唇を読む。

 彼らの読みの方向性は当たりだ。このまま地下まで螺旋らせんを描いて、国境に物理的に線を入れる。

 当然、消費MPは馬鹿にならない。対抗戦においては、外の魔力は使用禁止だ。この場にある魔力、この場で作り出した回復薬でMPを補充しなければいけない。

 こんな大規模工事をしていたら、当然ハルの<MP吸収>で黄色チームの魔力は目減りしていく。今もじわじわ国境が後退している。


「ユキさんは大丈夫でしょうか!」

「最初の大攻勢は防いだ、一番の難所は越えたよ」

「次に来るときはこの堀がありますしね!」

「うん、部隊がバラけるはずさ」


 ほんの数メートルの横幅だが、プレイヤーの能力には個人差がある。

 簡単に飛び越える者、戸惑って中々進めない者。その差が足の進みを分ける。分かれた部隊はユキの良いカモだ。


「<神眼>からのエーテルボムも撃ちまくったしね」

「なぜ自分が負けたのか理解できなかったでしょうね……」


 黄色チームの国内に安全地帯は無い。

 ハルが<神眼>、カナリーの視界から全てを見通し、ユキが苦戦してる者、突破した者を見つけピンポイントで爆破する。

 円周を描く途中で出会った者も、余裕があれば魔法で片付ける。

 一部はあえて素通しし、ルナやぽてとに任せる。彼女らも中々の使い手だ。ルナは非常に強力な魔法スキルを習得しており、ぽてとも見た目に反して凶悪なスキル持ちだ。


「<潜伏>でしたか、強力そうなスキルですね!」

「ぽてとちゃんもユニークスキル持ってたとはね。あれこそ『何で死んだか分からない』、だと思うよ」


 姿と気配を消すスキル、<潜伏>。ハルも欲しい、非常に欲しい。

 意気揚々と本拠地を目指すプレイヤーの背後から、首をすっぱり。即死である。

 レーダーから身は隠せないが、ぽてともハルと同様、相手の意識の間隙かんげきを突くのが上手かった。


 そうして、最初の全方位からの攻勢をなんとか凌げば、次は復活地点からのやり直しになる。

 足並みは崩れ、あえなくユキ達に各個撃破されるのだった。





「攻撃の手は止んできたみたいだね。一旦休憩しようかアイリ」

「はい! でもまだまだ行けます!」

「そりゃ止むでしょ。もう堀も十メートル以上になってるもん。飛び越せる人も一握りだ」

「ユキ、お疲れ。よく最初のラッシュを凌いでくれた」

「ハルくんもお疲れ! アイリちゃんもー。ハル君が脳の使いすぎで頭痛がするって感覚、分かった気がするよ……」


 <分裂>を駆使して一人で多正面作戦を決行していたユキがぐったりする。

 今はユキの言うように、プレイヤーによる攻撃はまばら、いやほぼ無くなった。最初で勝てなければ無理だと悟ったのだろう。


 それに、国境は今や巨大なガケが口を開いている。<飛行>を持つ者か、身体能力に優れる者しか黄色チームへは侵入出来なくなっていた。

 ハルとアイリは外周を地下の端まで掘り返すと、今度は内径を一段階狭めて同じように削り取って行った。今度は下から上に。

 そして地表を抜けたらまた下へ。端に到達したらまた上へ。


 そうして戻って来たのが今の地点。黄色チームの国土は、物理的にも魔法的にも、一回り小さくなっていた。


「この先はガケに守られて引きこもる気だ、って思ってるだろうね」

「それなら『侵食力』を上げれば勝ちだ、ともですね!」

「だがそうは行かない」

「ムチャクチャやるよなアンタは本当……」

「おや、役立たずのマツバ君じゃあないか」

「酷いな! ボクだって何人か倒したんだぞ!? それに殆んどこのゲーム、プレイはしてないんだ。仕方ないだろ」


 口ではそう言うハルだが、<神眼>で見ていた彼の戦いは中々のものだった。レベルが一回り上の相手をセンスで圧倒し、何人も撃破している。

 ユキの撃破数キルスコアに及ばないのは仕方ない事だ。


「そんで、ハルさん本当にやるの? それで勝ち目あるの?」

「うん、やるよ。そして勝つよ」


 四面楚歌しめんそかどころか六方面が敵だらけ。この状況から、前回のように圧倒してみせるとハルは語る。


「じゃあアイリ、地面を全て更地にしちゃおうか」

「はい!」

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