第1129話 いざ全面戦争の時
ハルたちが本拠地の創造に着手してからしばらくの後、ついに敵軍の大規模な攻勢が始まった。
もはやハルたちの国土を隙間なく覆いつくすが如く、生徒たちの連合は完全にこちらを包囲していた。
「同士討ちを誘発できないかなあ」
「まーたおっかないコト企んでるよー。キツイんじゃんそれは? ここまで息を合わせて攻めてきたってことは、きっと裏で話ついてんよ」
「談合ってことか! 許せんやつらめ!」
「いや、今の時代談合は織り込み済みっしょユキちゃん。それに、このゲームはもともとそーゆーもんじゃん?」
「そうね? どこにも明記はされていないけれど、ゲーム外で情報をやり取りすることを前提としてデザインされているわ?」
ハルたちの世界を包囲する多数の世界の数々。その中には、当然派閥の違う者達も多く含まれる。
そんな者達が隣り合えば、ハルを攻めるよりもまず、隣の国が気になって侵攻どころではないだろう。
だが、事前に協定が結ばれているならば話は別。リコは、恐らく派閥のトップ同士が学園内で集まり、この一大侵略戦争を計画したのだと睨んでいた。
「リコの所にも、そういった話が来たの?」
「いやぁ、それがねぇ、来なかったよーん。ほら、ウチら普通の生徒さんとは所属が違うしぃ」
「それに、ずっとわたくしたちと戦争状態を維持していたのも理由に挙げられるかもしれませんね。どう考えても、両国が常に戦線を維持しているというのは、不自然ですもの」
「ですよねー。って、いや! それはウチの責任じゃないからね! ハルさんがやれって!」
「などと、供述しているのです!」
「まあ、事実上の同盟関係だと判断されても不思議はない」
「いやぁ、ありゃ隷属以上のなにかっしょー」
事実、リコもハルたち同様に敵視されているのが、マップを見ればよく分かる。
リコの世界、機械の国はハルたちの世界と隣接するようにしてくっつき、完全に地続きになっているのだが、そんなリコの国も、きっちりと全方角を固められていた。
これは、シルフィードの国やソフィーの国も同じ。恐らく例外なのは、年末に属国化した雪の国や船の国。そこだけは包囲が甘かった。
「無理矢理従わされた同士、って判定なんだろう。同盟国は攻撃する、属国は攻撃しない、って取り決めかな?」
「それなら、リコさんを仲間にするのは早まったかも知れないわね? 戦争、続けていればよかったかしら?」
「いや、どうせ二国まとめて処理されるっしょ。分かってて言っとるな、ルナちー?」
「鉄掘り労働はもー勘弁~」
まあ、当初の予定の通り、属国は直接接触を避ける緩衝地帯としては機能してくれている。それで十分だ。
疲弊した子供たちの国はそのダメージを回復するため、一時この場を離脱している。
その位置、シルフィードの国の外れには、また新たな敵国が接続し今も国境を確定しようとしている。
「……彼らとの交渉の際に、残って防波堤となってもらうことも提案すべきだったか」
「《どーせ聞かないよハルお兄さん。あいつら、てんでガキなんだから複雑なこと言っても分からないって。そんなこと言えば、『それなら別の報酬をよこせ』ってゴネるに決まってる。あっ、報酬って言葉も知らないか》」
「相変わらず彼らには辛辣だねえ」
「《ハルお兄さんに、子供がみんなあんなのだと思われたら困るもん!》」
……いやむしろ、世の子供たちからすれば、子供が皆ヨイヤミのように優秀だと思われても困る、といった気分になるだろうが。
彼らが施設内の平均を押し下げているのではない。ヨイヤミが一人で上げすぎているのだ。
「……まだどこも動きはないが、国境を埋めきったらきっとすぐに攻めて来るね」
「まーるいパン生地が、焼けて『ぎゅっ!』ってなるのですね!」
「いいイメージだねアイリ。食べごろだ」
「はい! でも、本当はそうならないように気を付けないとなりません。えへへへ……」
オーブンの中でパン生地がふくらみ、互いの隙間を埋めてしまうイメージだ。
それと似たように、円形の国土の一点が接続した後、それが国境に沿って隙間を埋めるように張り付いて行く。
そんな形で、今やハルの世界を中心にして周囲は一塊の大陸となっていた。
これが完全に埋まり切れば、それがきっと開戦の合図となろう。
「アイリ。世界樹の方は間に合いそう?」
「……それが、難しそうです。幹に電気を流すことは成功しましたが、肝心の発電と放電が上手くいきません。根本的に“きゃぱ”不足、だと思います」
「まあ、それは仕方ない。今の機能でも十分に便利さ」
「いえ! 戦闘が本格化する前には、必ず完成させてみせます!」
「よし、じゃあ、アイリはここの創造を頼んだよ」
「はい!」
今や、アイリもゾッくんというユニットを得て、一端の戦力。それを参戦させられないのは痛いが、晴れて世界樹が完成すれば戦況は大きく有利に傾くだろう。
創造に集中するアイリから離れ、ハルも戦闘準備に、マップを見て各地への兵員の配置へと入っていく。
「じゃあ、ウチもそろそろ帰るー。国主不在のまま攻められたらシャレじゃ済まないもんねー」
「支援送ろうかリコ?」
「へーきだよぉ。こー見えてウチ、そこそこ強いよ? ……相手が絶望的に悪かっただけで。あの子の支援でも、してあげてー」
「いや、『あの子』こそ支援は、要らないと思うけどね……」
「まっ、何にせよ今日は休日、正月ボケもすっかり引いてるだろうし、長丁場になりそうじゃん? ちょっくら休んどこー」
そういってリコはログアウトしていき、ハルたちの仲間もそれぞれの最終調整に入る。
その後は加速度的に包囲網は完成していき、ついにハルの世界は外部へと続く経路の、その一切を遮断されてしまうのだった。
*
「《おっ! 来た来た! ハルさん来たよ! 待ってましたー!》」
「ソフィーちゃん、楽しそうだね」
「《うん! だって初めての戦争だもーん。今までは、ひたすら戦場を作るだけで待ちくたびれちゃった。これが、下積みの大変さなんだね!》」
「戦闘準備系アイドル……」
なんの下積みをしているのだろうか? まあ、それはいいとして、まずはソフィーの世界、武家屋敷の世界へと敵軍がなだれ込む。
ハルの世界本国ではなく、ヨイヤミの遊園地のように援軍の駐留もない。シルフィードの世界のように巨大な国土でもないとあって、与しやすいと踏んだのだろう。
世界全体が一つの家のようになっているソフィーの国、その都合上そこには平地がほとんどない。
無限に続くかのように錯覚する廊下の先に、いくつもの部屋が接続されている。
その都合上、大軍で一気に攻め込むには不向きであるが、言い換えればソフィーも大軍で守りにくい。
では彼女は兵をどのように配置しているかといえば、なんと一切のひねりなしの均等配置。
「《あれだよね。ダンジョン経営ゲーム? 私の世界ってそれっぽいし!》」
「だからって、兵士の配置までそれっぽくしなくてもいいと思うけどね。ソフィーちゃんらしい」
「《一つの部屋には配置できるユニット制限があるんだよ!》」
そんなものはない。ただの、ソフィー個人の縛りである。
まあしかし、狭い廊下と小さな部屋が乱立する造りでは、大部隊を配置して守るという手法が取りにくいのは事実。
彼女の兵は、各部屋を守るエリアボスや、通路を徘徊する偵察兵のように屋敷の奥への侵攻を阻むように目を光らせていた。
「そして、数々の障害を突破して最奥にたどり着いた侵入者が見るのはお宝ではなくて」
「《そう! 私だ! 私も、特殊ユニットと本拠地作っちゃったもんね!》」
むしろそれまでは全てが前座。この世界最大の脅威である、国主本人。そこまでの道中は、彼女への挑戦権を得る前座ということか。
「《おっ! さっそくきた! 狭い通路にわらわらとなだれ込んで来ておるわ!》」
「どのくらい来てる?」
「《んーとね。三方向からかな? たくさん!》」
ハルもまた彼女の家に仕掛けさせてもらった監視カメラで通路の状況を確認してみると、確かに三つの勢力がソフィーの家に押し入ってきていた。
彼らは通路をぎゅうぎゅうに埋め尽くすようにして奥へと突き進み、立ちふさがる兵を蹂躙していく。
完全に多勢に無勢。ソフィーの兵士は基本一人、水道管に流れ込む水のような敵兵たちを、せき止める栓にはなれなかった。
「《うーん。弱いなーうちの家人。修行不足だね。もっと食らいついていかないと》」
「いや、十分にスペック高いよソフィーちゃんの兵士。今まで戦った、どの国の兵よりも」
「《そっか! じゃあまあ、こんなもんか!》」
侵入度合いだけみればいいように蹂躙されているだけのソフィーの兵も、撃破数に目を向けてみれば話は変わる。
ソフィーの国の兵士は侍。武家屋敷にぴったりの、その身と刀一本で敵に相対する戦士たちだ。
そんな彼らは少人数で、あるいはたった一人で、濁流のように廊下を流れてくる敵軍をその命尽きるまで切り伏せていた。
「《一人につき五六っぴきかぁ。せっかく一対一を押し付けられるフィールドなんだから、もっと器用に立ち回らないと!》」
「オートの兵にあまり贅沢を言わないのー」
「《でもでもー! ハルさんの人形さんはもっと嫌らしい動きするよ!》」
「器用と言いなさい。うちは装備の面も大きいしね」
ソフィーは不満のようだが、侍たちは十分に強い。大軍を分散させる入り組んだ国の造りもいい味を出している。
本来なら、三方向から力任せに圧殺出来るはずの連合は、いまいち攻め切れないどころか、兵士の撃破数の差にて逆に国土を押し返される逆浸食を受けていた。
「《むー……うずうずするぅ……》」
だが、前線は確実に奥へ奥へと進んでいる。決め手に欠ける以上、最後には必ず本丸へと到達するだろう。
そんな戦場を見守るソフィーは、早くも待ちきれなくなったようで、その到達をまたずして立ち上がる。
国主自らの出陣の時間は、思ったよりも早く訪れた。




