第1128話 工場地帯の世界樹
ハルたちの足元を這いまわるように、そしてこの場の工場を飲み込むように、突如現れた大木は勢いよく成長していく。
そのままどこまでも天高く伸び続けるかと思ったが、工場よりも一回り背が高くなったあたりで、その伸長は打ち止めとなった。
「……ふう! なんとか、最低限の形になりました! 今日はこのくらいで、勘弁してやるのです!」
「あはは。アイリちゃん小悪党だ。今日は工場を森に沈めるいたずらかな?」
「全部沈めるのは、許してあげました!」
「……実際にやったら、シャレになってないわね?」
「いたずらというよりテロですねー」
そんなアイリのいたずらの成果を確認すべく、一行は工場の外へと出てその様子を確認する。
幸い、入出経路を始めとした工場機能にはほとんど影響がないようで、既存の扉を通り今まで通りハルたちは外へと出ることが出来た。
「まあ、仮に出入口が塞がれても、自国内ならワープで移動できるから問題ないといえば問題ないんだけどね」
「それなのですが、全部すっぽりと覆ってしまうと、それはそれで本拠地として認識されないようでした」
「ふむ?」
「あー、それねー。多分、あれじゃん? 入り口無し! 侵入不可! 無敵の要塞! ってのを作らせないため」
「重要ですねー。それが可能ならば、誰だってそうしちゃいますー。建築の多様性の担保の為にも、必要な制限かもですねー」
「壁の破壊を介さずに、中心部まで到達可能なことが条件のひとつなのかしら?」
「あんま露骨にやりすぎるとダメだけど、隠し部屋の一つや二つなら問題ないみたいだよ? 隠すことが個性の国もあるだろうからねぇ」
「忍者屋敷なのです!」
「《ソフィーお姉さんの国だね! ……いや、あそこは隠すこととかしないよね。むしろさらけ出して、正々堂々と迎え撃つというか。絶対そうする》」
「武家屋敷なのです!」
さて、そんな色々とある制限を満たしてなんとか形になったハルたちの本拠地は、天を衝く巨大な大樹。
……というには、少々サイズ感不足というか、まだ現実的な全長だ。
前回見たミントの国での、巨大樹を柱代わりにした高層ビルの森や、『フレイヤちゃん』で人気の世界樹のような規格外ファンタジー植物を見慣れているゲーマーにとっては、少々迫力不足。
大きいのは間違いないのだが、これを見ても『ああ、大きな木だね』、程度にしか驚いてはくれないだろう。
「本当は、もっともっと大きな、それこそ世界樹を作りたかったのですが!」
「まあ、一回じゃ大変だわね。結構しんどいもんこれ。だが、だいじょびアイリちゃん! これから育てていけばいいのだ!」
「はい!」
「出来るのかしら? 改築……、というには、妙な感じだけれど……」
「出来るよ~。特殊ユニットも本拠地も、次々に手を加えて進化させられる。でも、さっきも言ったけどそのぶん創造力を取られちゃって国が広がらないけどね!」
「《バランスが難しいんだね》」
ただ、アイリは今はこの大樹を更に成長させることに決めているようだ。
今でも『大樹の家』といった素敵なファンタジー様式を感じるが、多くのゲームで多くの偉大な木々に触れてきたアイリが、その程度で満足はすまい。
「特に、元々の工場が大きいので、今は『工場から木が生えている』みたいになっちゃってるのです!」
「《これもいいんじゃないのー? 自然との融和って感じで、今っぽいってやつなんじゃないかな? あっ、むしろ工場の方をボロっちくして、森に浸食された廃墟みたいにしちゃう?》」
「融和ではいけませんよヨイヤミちゃん! 圧倒するのです! 大樹の家ではなく、世界樹の城にするのです!」
「《わーお》」
「結局城になるんかーい」
「アイリちゃんはお城が好きねぇ?」
そうして、アイリたちによる大規模な本拠地作成工事が始まった。本拠地をもっと巨大に、遠方から見ても一目で分かるようなシンボルマークにするのだろう。
この本拠地計画、ハルも悪くないとは思う。特に、この世界の景観ともマッチしている。
……工場と、ではない。もともとハルの世界は、草原や川、森などの自然しかないのどかな世界だ。
そんな世界の本拠地には、世界樹の城は似合っているように感じるハルだった。
とはいえ、やはり今回もハルに出来ることはなにもない。ここはのんびりと、彼女たちの作業を見守るのが良いだろうか。
*
「がんがん伸ばしましょう! もっともっと、限界まで高くするのです!」
「よっしゃいけいけー。目指せ空の果て、限界高度! このゲームの高度上限を確かめちゃる」
「あなたたちね? 一応、我々のホームとなるのだから、中の機能面にも気を配らないとだめよ?」
女の子三人がきゃいきゃいと作業する様を、創造に関われないハルとカナリー、国外の人間であるヨイヤミとリコで見守っている。
外からの見た目はただの木であるが、一応これは本拠地作成。内部はきちんと建物として、居住スペースをしっかりと構築しているようだ。
ガンガン高さを稼ごうとするアイリとユキを、内装までしっかり作り上げているルナが窘めていた。
「賑やかで楽しそうだねぇ」
「女三人寄れば、ですよー」
「でもこのゲーム、基本ソロ作業でもくもくだから羨まー」
「《そうそう。だから私も、こっち来ちゃって自分の国が進まないもーん》」
「まあ、ヨイヤミちゃんは無理言って付いてきてもらってるから、自由にしてていいけどね」
「《まあ、足手まといは嫌だから、私も後で色々作るけどー》」
「……でも、改めて見ると、アレってどうなってるのハルさん?」
リコが皆まで語らぬまま、視線だけでその『アレ』を、楽しそうに建築を進める女の子三人を指す。
先ほど彼女が語ったように、このゲームは基本、個人で進めるゲームだ。そんな中で、三人で協力して建築に当たっている、というのはどうにも違和感が拭えないだろう。
「……まあ、あれは、バグだね」
「そんな一言で……」
「僕らは特殊なんだ。核となるのは僕なんだけど、その僕は創造性ゼロの無能だし。まあそれを差し引いても、君たちにはチート野郎と思われても仕方がないかな」
「いやー、別にそれは。詳細なルール明かされてる訳でもないしねー。そもそも、このゲーム自体が現実に湧いたバグみたいなもんだし……、考えないようにはしてたけど……」
「現実のバグですかー。なるほどですねー?」
確かに、ゲームという体をとっていて分かりやすく、また皆で楽しんでいるからなんとか見ぬふりをされてきているが、このゲームの存在はどう見ても怪奇現象。
ハルたちという例外を目の当たりにして、そもそものルールがまずおかしかったのだと実感したらしいリコだ。
「意識に連続性があって、中と外から互いに互いを確認できないのがまた、誤魔化しに拍車をかけていると思う。ネットゲームと、同じことなんだって」
「確かにそれは、意図して設計されている気がするね」
「ウチらの中でも真面目に出たよ、その意見。実際は異空間なんかじゃなくて、リアルの体は寝てるだけ、その体を隠してあるだけなんだってねー」
「……まあ、その方が現実的ではある」
まだ見ぬ他の生徒にも、そう思い込むことで納得しているプレイヤーもきっと居ることだろう。
異空間に飛ばされてゲームしています、なんて真面目な顔して言うよりは、そちらの方がいくぶんか現実味のある推測だ。
「でも、その説明じゃ無理があるとはみんな心のどっかでは思ってんのよね。そんな中で、大人が動きを見せてきた。これが決め手かな」
「生徒の認識も、そこで変わった?」
「おっきくね。『ああ、これやっぱヤバいゲームなんだ』って。その不安感から、秘密の遊びで留めておけない雰囲気も出てる」
「ふーむ? リアルでも、状況が動くかもですねー?」
「かも知んない。まだ“外”には情報行ってないみたいだけど、時間の問題かもね。そーゆー気配を感じたから、ウチらはハルさんに全面協力することにしたのもある!」
「《平気だと思うけどねー。外部に漏れても、それこそ子供のくだらない与太話としか思われないよ? そーゆー下地がちゃんとあるし、なにより月乃お母さんが最後はどうにか情報操作してくれる!》」
「こらこら。最後は人任せにしないのー」
だが事実だろう。それだけ、外から見たこの学園内の事情というのは不透明だ。ヨイヤミの言った通り、噂は噂として処理される。
しかし一方で、この謎の世界が現実を浸食するのではないかというリコの不安もまたある意味では事実だ。
その中心に居るのは当のハルであり、ハルがその浸食を決めた張本人だ。徐々に、異世界の力を地球になじませることを良しと決めた。
……ならば、その第一歩として、アメジストはむしろ熱心なハルの協力者なのではないか? リコの話を聞いて、そんな考えが浮かんでしまったハルだった。
その気の迷いを振り切るべく、首ごと大きく左右に振ってハルは話題を切り替える。
「……その問題を解決する為にも、今はゲーム内の混沌とした状況をなんとかしないとね」
「確かにそーじゃんねー。ウチらがやられちゃったら、当事者から外れちゃう! それは避けんとねぇ」
「じゃあ、先生再開だ。本拠地に設定できる能力なんかも、しっかり聞いておかなくちゃ」
「おけー」
リコの解説によれば、本拠地に設定できる能力は一般的なシミュレーションゲームのそれと似通っている部分が多いようだ。
兵士の増産だったり、兵士への強化効果の付与。国土の浸食を抑える守りの力であったり、逆に浸食力の強化効果もある。
もちろんログインポイント周辺を直接守る力もあるが、国全体へと作用させる効果を選ぶプレイヤーが多いとのことであった。
「例のソウシの厄介な力も、十中八九これの力じゃんかねぇ? 効果終了と共に侵略不能になるデメリットの代わりに、効果中は無敵の力を発動できる」
「なるほどね」
どうやら、かなり柔軟に色々な力が設定できるようだ。となれば、それを利用しないハルたちではない。
既に話を聞いていたアイリたちも、なにかを思いついたように興奮気味に大樹の幹を弄りつつ、効果設定が出来るか試していた。
「ならば! わたくしたちが設定する能力は他にありません! 木の中に水の代わりに電気を走らせて、葉っぱから落雷を落とす、そんな世界樹なのです!」
※誤字修正を行いました。「子悪党」→「小悪党」。子供の悪党っぽくて、そのままでもいいかなと思いましたが、普通に誤字なのでやはり修正しました! 誤字報告、ありがとうございました。




