第1127話 誰が家と認めるのか?
本拠地となる巨大な建物、それを作り出す為に、ハルたちは草原から中心部へと移動していくが、たどり着くよりも随分と前に、一大工場地帯へと突き当たった。
その工場群は今もなお拡大を続けており、ちょうど一行は新たに建設途中の工場の脇を通り抜けて行く。
ここは燃料精製用の化学工場であり、他国から接収した資源をより高効率な燃料へと変換する為の施設を建築中だ。
自動で動き回る車両やクレーン、熟練の作業員のようにテキパキと動き回る人形兵の数々に、リコも思わず見入ってしまっているようだ。
「うっわぁー。見ごたえあるなー。ここで完成まで見ていたい気分……」
「まあ、構わないっちゃ構わないけどね」
「リコちん先生には本拠地について教えてもらわにゃ。ここに居られちゃ困るぜい」
「見ていて楽しいかしら?」
「めっちゃ楽しい!」
ハルも気持ちは分かる。何かが徐々に出来上がって行く様子は、ついじっと見入ってしまうものだ。
街を作るゲームで発展していく様だったり、コマンドに合わせ少しずつステータスが上っていく様。それこそ、工場を作るゲームだってある。
リコは専攻が機械技術なので、特にこうした光景には興味津々だろう。
「地下鉄に乗りましょうリコさん! びっくりしますよ!」
「アイリちゃんー。リコさんは地下鉄なんて乗り慣れてますからー、きっとびっくりなんてしませんよー?」
「はっ! そうでした!」
「いやー、あんま外出しないからねぇ。って地下鉄あんの!?」
現代人として、地下鉄そのものには特に物珍しさなど存在しないだろうリコ。しかし、そんな彼女にとってもゲーム内に地下鉄が存在することは異常事態だ。
もはや国の大規模インフラ工事と同等の事業をしれっとやってのけているハルたちに言葉も出ないようで、口をぽかんと開けて近くにある地下への階段へと大人しく付いて来た。
ハルたちが階段を下りて『ホーム』へと入ると、待ち時間ゼロで現代の列車となるカプセル状の筐体が到着する。
あっけにとられたままのリコを乗せ、地下鉄はそこそこ距離のある『ログイン駅』へと一瞬で到着した。
「つきました! リコさん、ここが、“ほーむぽいんと”です!」
「うっひゃー。もうどこからツッコんでいいやら……」
中央駅となるここは、国の何処へでも行けるようにと円形の部屋をチューブがぐるりと取り囲むように作られている。
そのチューブからは分岐のラインが何本も伸びて、国のそれぞれの方角へと路線を形成していた。
半透明のそのチューブを覗き込んでみれば、今この瞬間も地下鉄の車両の数々がせわしなく人員と物資をやり取りしていた。
「工場への資材搬入は、今は大抵こいつを使っているね。他国からの輸入品とか、国土のそこそこ広がった今、陸路では時間がかかりすぎるからね」
「あの働き者のデッサン人形さんが、戦場の残骸を何処に運んでるかと思ったら……」
リコの特殊ユニットの、特殊能力、『世界を描き換える力』により、ハルとリコは延々と勝者のない戦争を続けていた。
彼女の世界は機械の世界。そこで生まれる金属資源をフル活用するため、あえてハルたちの草原を機械に塗り替えてもらう。周囲の工場群は、ほぼそうしたリコの協力によって作られた資源で出来ている。
ゲーム慣れしたリコでさえ音を上げるその協力により、最近ではそれら資源は飽和状態。
よってその偽りの戦場は閉鎖して、めでたくこうして同盟に迎え入れたという流れだった。掛け値なしの功労者なのである。
そんな工場地帯の中心部、その直下の地下鉄駅から、ハルたちは二重螺旋となった階段を上へと昇る。
その間もずっと、リコの視線はせわしなく行き交うチューブ内の地下鉄に釘付けだった。なんだか微笑ましい。
「でも、中心部の本拠地までこんなに空洞通して大丈夫なの? ルナさんのユニットじゃないけど、地下を通って侵入されちゃうかもよ~?」
「ああ、そこは大丈夫というか、むしろ何もしないよりずっと安全だ。チューブの中は真空だし、自然とセンサー類も完備されてるからね」
「確かに!」
通りやすい空洞が空いているというよりは、実際は突破困難な壁が埋まっているに等しい。
そんな説明を交えながら、ハルは彼女を国の最重要区画へと導いて行った。
「さて、ここが僕らのログインポイント、中央コントロールルームだよ」
「うわやっば! ……でも、思ってたよりすっきりしてるね。ここはSFっぽいかもー? もっとごっちゃりしてるかと」
「まあ、言いたいことは分かる。その方がロマンあるよね」
「でしょでしょ!」
これでも十分にモニターや操作機器がひしめき合っていると思うのだが、リコの理想は、更なる混沌と沈んだ環境のようだった。
きっと、ところ狭しと操作パネルが詰め込まれ、足元には足の踏み場もないほどのチューブがのたうっている。
壁には全面のモニターが見る者を圧迫し、絶えず何かのデータを表示し切り替え続けている。そんな状況。
「出来なくはないけど、逆に非効率だし、ここの制御の多さでそれやると冗談抜きに足の踏み場がなくなっちゃう」
「《そーそー。ただでさえ、私の車椅子はここ移動するのに大変なんだからー。そんな環境になったら、常にハルお兄さんに抱っこしてもらわないとね?》」
「わたくし、知ってます! “ばりあふりー”、ですね!」
「ヨイヤミちゃん? そう言いつつ、ほとんど常に誰かに押してもらっているのはどうしてかしら? 狭くて車椅子が大変なら、歩行訓練の時間にしましょうか」
「《すみませんルナお姉さん! 抱っこはお姉さんに譲りまーす!》」
「……そうじゃないでしょうに」
さて、そんな国中の流通と、情報コントロールを司る心臓部がここだ。
集積するならここだろうと、ログイン地点に詰め込んだのは正解だったとハルも思っているが、リコが少し難しい顔をしている。
その心中は予測できる。きっと、その現状の重要性と本拠地建設の食い合わせが悪いのだろう。
「うーん。まいったなー。この場所が凄すぎて、正直今から本拠地建てるには向かないかも……」
「この工場をそのまま本拠地にはできないの?」
「無理ー、かも? やったことないけど、想像で創造したそれっぽい建物じゃないと、設定できない気がするよー」
要するに、特殊ユニットを作る時のようにイメージを練って生み出した建築物でなければ、本拠地用のシステムは能力として建物に通せないということだろう。
この工場は、人間からの認識は立派に建物だが、システム上の認識はガラクタを積み上げただけの箱に等しい。
「……となると、工場に影響を与えないように、新たに被せるように施設を新設する必要がある、かあ」
「ハル様。工場のことならお気になさらずに。解体し、再編成が可能にございます。なに、すぐに丸ごと別所に移転してご覧にいれますよ」
「わお、見たい見たい。見たいなー、その工事! アルベルトさん、見学させてもらっていーい?」
「いや……、アルベルトの腕を疑う訳じゃないが、その時間はないと思う……」
ただでさえ、敵襲に備えての突貫工事。本拠地を建てるだけでも急ぎ足なのだ。
特に、アルベルトにはこれ以上、仕事を割り振るのは非効率。国境沿いの警備強化に注力させたい。
「一時とはいえ、中央管制が麻痺している時に攻められたくない。ならば、デザインを工夫する必要がある訳で……」
しかし、見ての通り本拠地はこうして駅のホームになっている。地上から地下から、既に土地を占有済み。
果たして、その状況でシステムの要件を満たす建築は出来るのだろうか?
◇
「わたくしに、良い考えがあります!」
「どうしたのアイリちゃん? いいお城の案が浮かんだかしら?」
「ふおっ!? べ、別に、わたくしも何時だってお城ばかり作る訳ではないのです!」
「なになに? 聞かせてよ!」
「はい! ですがその前にリコさん、本拠地の作り方を教えていただけますか?」
「あいよー」
どうやら先に語ったように、特殊ユニット生成とやり方はさほど変わらないようだ。
練ったイメージが、完成と共にこの場に登場する。その際に、既存の建物を芯として強化改築することも出来るらしい。
だが当然、その本拠地の種となる建物には一定の基準が存在した。
「むむむっ! やはりこの工場は、建築基準法を満たしていないようです!」
「なんと……、知らぬ間に、法令に背いてしまっていましたか……」
「反省せんとなーベルベルー」
「この国の王はハルで、法もハルではないのかしら……?」
「まあ、世界のルール効果には逆らえないよ」
例えばこの工場が、ルナがトンネルを装飾する際のように建築イメージによって建てられた物ならよかったのだろうが、世界にとってこれは『鉄を積んだだけ』と言われてしまっているようなもの。
新たに基準に沿った建物を作ろうにも、まずこの工場が邪魔になる。
「……なるほど! このログインしてくる地面が、基準となる訳ですね! 地下はどうでもいいようです!」
「ならば! 必要な犠牲と割り切り上階は爆破を!」
「早まるなアルベルト……」
色々と本拠地システムを操作するアイリの目には、希望の炎が燃えている。
先ほどの宣言通り、アイリには考えがある。そしてその考えは、今のこの解体不可避の制約の中でも、問題なく実行可能な道が見えたのだろう。
「いけますね! この工場が建物扱いではないのとは逆に、本拠地の形状も別に普通の建物と思えなくてもいいのです!」
「あー、確かにですねー? お船の国ではー、確か本拠地は長門さんっていう軍艦でしたよねー」
「あはは、ギリギリ建物なのかそうじゃないのかわからぬラインだ。私としてはまあ、部屋とか付いてるから建物でもいいと思うけど」
「まあ、重要なのはユキや僕らじゃなくて、ゲームがどう判定するかだからね。アイリはどうする気?」
「現状でも共存できるイメージを膨らませて、それが建物と認められるまでこねくり回すのです!」
「《力技だねーアイリお姉ちゃん。でも、システム騙す時なんてそんなんで良いんだよねー。私も、実際に過去にとあるシステムにハッキングしたときにさー? 雑魚認証突破するのに無限のパターンを単一のデータとして強引に流し込んでー、》」
「すとっぷ。その武勇伝は、あとで聞かせてねヨイヤミちゃん?」
仲間にはなったが、あまりリコの前でハルたちの異常な身の上を開示したくはない。
発声の都合上無駄ではあるが、ハルはヨイヤミの口をその手でふさぐ。
そして、その話にリコが食いつく前に、アイリの『建築』がタイミングよく完成した。
「できました! これが、この世界にマッチした、巨大樹のおうちなのです!」
彼女の宣言と共に、ハルたちの足元に木の根が這いまわり、工場を覆いつくすように上方へも幹が空高く伸び枝葉を広げて行ったのであった。
※誤字修正を行いました。「―」→「ー」。……どこから紛れ込んだのでしょう? 誤字報告、ありがとうございました。よくお気づきになりましたね!




