第1126話 補給線を引く魚
「ではルナ様にはまず、この装備を試していただきたく」
「係留ロープ? それとも捕獲縄かしら? なんだか、私の魚が捕まったようにしか見えないのでなくて?」
「いえいえ、滅相もございません。このロープで人や船を曳く、導き手となると考えていただければ……」
「物は言いようねぇ……」
「確かにイルカは、人間を乗せたり引っ張ったりするイメージがあるよね。これがイルカかはともかく」
早速アルベルトが開発した装備を、ルナが自らの特殊ユニットへと取り付ける。
ルナの魚のイメージを崩さぬように、なるべく明るい色で作られたその装備を取り込むと、それは更にポップな見た目となって魚のしっぽに反映された。
装備はロープの巻き取り機のような単純な形状をしており、ルナが命じるとその中からひょろりと太めのロープが伸びてくる。
「アルベルト。これは?」
「はい。もちろん電線です。成功ですね」
「ちょっとあなたね。失敗する可能性のある物を私のユニットで試さないでちょうだいな」
「これは失礼いたしました。もちろん、ほぼ成功の確信を得ていましたとも」
「まあいいわ……、これに関しては、やってみないことには分からないものね?」
「それに、気に入らなかったら『ぺー』って吐き出せばおけよ、おけー。ただ、複雑化した後に解除すると連鎖的に思わぬ崩壊を引き起こすこともあるから、慎重にね?」
「わかったわリコさん?」
進化は不可逆ではないようで、その辺は融通がきくようだ。
ただし、やり直そうとすると必要以上に成長が無かったことになるペナルティもあるようで、基本的には一方通行と思っておいた方が良いとのこと。
思い描いた最高の一体を追い求めるよりも、ある程度で妥協し、足りない部分は二体目で補う方が効率的のようだ。
「ソロゲーなら好きに拘ればいーけど、一人でのめり込んでると仲間の足引っ張るからね。ウチも、やらかしかけたね」
「リコはこういうの凝るタイプだもんね。魔道具の時から」
「恥ずー。そういえばハルさんは、もう魔道具は売りに出さないの?」
「まあ、出してもいいんだけど、僕が動くと世界に影響が大きくてね……」
「なんつー大物発言。事実なのがまたたまげる」
ハルたちとは元々、魔道具生成の時から関わりのあるリコだ。あちらでも同様に軽めの雰囲気に似合わぬ思慮深さとその知識の量で話題になった彼女だ。
研究職の性質上か、そうした複雑な生産系は大の得意であり、魔道具の発展にも大きく寄与したのだった。
「で、それ頑丈なロープじゃなくて電線を出せるようにしたってことは……」
「はい、リコ様。このルナ様のユニット特性を活かし、地中の送電網を自在に構築することが出来るはずなのです」
「うっひゃぁ。『リコ様』だってさぁ! にっあわなーい、ウチ!」
そう、それが出来るのならば、実に有用だ。今までは歩兵が地上を運んでいた電源ケーブルを、工事不要で地下を通せるようになれば利便性が一気に上がる。
激化する戦場の破壊の暴風、それらの余波で、あっけなく断線し給電不足となるリスクも大きく減らせるのだ。
「僕らの使う兵器は、ほとんど電力が肝だからね。工事不要で、しかも秘密裏に送電網の維持ができるってのは大きい」
「そうね? 思っていたのとはちょっと違うけど、これもかなり貢献度の高いサポートだわ?」
「《ルナお姉さんはどーゆー考えでそのお魚ちゃんを作ったのー?》」
「それはねヨイヤミちゃん。敵の本陣までこっそり潜水していって。直接爆弾で吹き飛ばすとかね?」
「《わ~おっ》」
「うーん、物騒! でも、本陣特攻は気を付けた方が良いかもねぇ。落とされたら終わりだから、きっと皆防御を固めてる」
「そうなのね?」
「でも、前線に意識が集中している時に、手薄なところを『どかんっ!』と奇襲しちゃうのはありありだよー」
そういえば確か、リコもハルたちが本陣に侵入した際、何か策がありそうだった。
勝利を確信していた彼女にあのまま自由にやらせていたら危なかったかも知れない。緊急ログアウトして正解だったということだろう。
「そういえば僕らは、本陣の守りは特に注力していないね」
「まっ、攻め込ませないことも重要だかんね。ハルさんたちみたいな水際でしっかり食い止めるのもありあり」
「いえいえ、そんな事はございませんよハル様、リコ様! 我らが本陣は今、一大工場地帯の中心部! 全ての兵器と、全ての電力が集中するそこはまさに難攻不落! もはや誰一人、どんなユニットであろうと近づけますまい!」
「いや、システム的に特殊な守りはないだろって言ってんの……」
「あははー。改めて意味わからんよねハルさんの世界」
なんの変哲もない平原だったログインポイントは、今や全ての工場を制御するコントロールルームと化していた。
周辺には自然の面影などもうまるでなく、鋼鉄と電気の支配する科学の要塞と化していた。
これはこれで、特色のある一つの世界のようになっているのかも知れない。
前時代に蒸気文明のそのまま発展した姿を夢見るスチームパンクのように、エーテルに電気が取って代わられていなかったら、を実現した夢の世界、といったところだろうか?
その世界はシステムの守りなど一切必要とせず、ただ圧倒的な物理的戦力にて完全防衛を約束する。
ただ、敵にもルナの魚のような物理特性に囚われない特殊ユニットが居るかも知れない。
ここは、兵器の威力に慢心することなく、きちんとシステム面での守りも構築しておくべきかも知れなかった。
*
「おおーっ! ヤバいでしょこれ、ヤバいヤバすぎ! どーなってんの!? マジ夢の国。これ手動とか嘘じゃんね? 草原はカモフラージュでこれが本来のハルさんの世界なんでしょ? 頼むそー言って!」
「残念ながら現実よリコさん? 受け入れなさい?」
「ひえぇ。ハルさんってエーテル技術の寵児じゃん? なのに機械技術にまで詳しいなんて、ほんと同じ人間?」
「《ハルお兄さんは神だよ!》」
「ヨイヤミちゃん、褒めてくれるのは嬉しいけど、ややこしくなるから今は大人しくしてようね?」
「《はーいっ》」
「まあこれは、僕じゃなくてほぼアルベルトの仕事だから。何か聞きたければこいつに聞いてね」
「じゃあ設計図ください! 全部の!」
「アルベルト、何も答えないように」
「はっ!」
「聞けってハルさんが言ったのにぃ!!」
機械好きの血が騒ぎ過ぎたか、本拠地に案内したリコのテンションが少々おかしなことになった。
学園内に留まる言い訳として研究に携わっていると思われるリコだが、研究熱心な部分もまた彼女の本心の一部。
機械技術の粋を集めたアルベルトの秘密工場に、興奮を隠しきれないようだった。
「……んっうん! どーも失敬。ウチは冷静です」
「そう? じゃあ、拠点防衛の説明もお願いできるかなリコ」
「はいはーい。おまかせっ。こんな夢の秘密基地、壊させるわけにはいかんし? しっかりばっちり教えちゃうー」
そうしてリコによって、本拠地の防衛設備についての解説が始まった。
どうやら本拠地、最初のログインポイントの周囲には、特殊な能力を持った専用の建物を創造できるらしい。
そのことについては、ハルも何となく察してはいた。
リコの国でまず見た機械城。それに始まり、どの国でも中央部には城に代表される巨大な建物があることが多かった。
「趣味でやってるのかと思ったよ。ほら、対抗戦でもお城建てるのお決まりだったしさ?」
「ユキさんたちはよく建ててたよねぇ。もち、趣味の人も居る。でもシステム的に、大きい方が都合が良いの」
「《私の世界にも大きなホテルが出来たよー。あれは自動だったけど?》」
「いいねいいねー。ならそれはそのまま使えるぞヤミちゃん!」
偶然か、それともヨイヤミの親和性の高さか。まあ、ヨイヤミの国の建造物はどれもこれも大きい。
それに、中央に大きなホームを建築するというのは実際ありがちなことだ。意図せずそうなる人も多いとか。
「イメージとしては、どデカな特殊ユニットって感じ。ただしその場からは動けない」
「つまり自由にデザインしてー、思い思いの特殊能力を付与された本拠地ってことですかー。また面倒そうですねー」
「すっごいお城を建てるのです! はっ! いやいや、みなさまの意見も聞かなくては!」
「私はなんでもいいよー。アイリちゃんにお任せー」
「なかなか面白そうね? でも、ただでさえ国土の拡張も遅れているわ? これにかかりきりになってしまって大丈夫?」
「そう! それは気を付けた方がいい! 切実に!」
「……びっくりしたわ? リコさん、なにか思い当たることがあって?」
「いや、ウチね、ユニットと本拠地の改造に夢中になりすぎてて……、だからウチの国狭かったでしょ?」
「まあ、その後の人達に比べれば強さの割には、って程度だね。当時の僕らからしたら十分に広かったよ」
どうやらリコは、ここでも研究者気質に火がついて、想像力の全てをユニット作成につぎ込んでしまっていたらしい。
先ほど言っていた、『仲間に迷惑をかけた』というのは本人のことであったか。
しかし、ハルたちも気を付けなければならないのは本当に同じことである。
いつ再び生徒たちの連合が大挙して押し寄せてくるか分からない現状、のんびりと本拠地の生成にかまけていていいのだろうか?
それよりも今は、実際に戦場となる国土の外延部をがっちりと固めることを重視する方が、戦局を有利に進められるのではなかろうか。
活用できる時間は少ない。ここは、慎重に戦略を決定せねばならなかった。ハルの責任は重大である。
「……よし、せっかくだ。やはり本拠地を作るとしよう」
「はい! 頑張るのです!」
「アルベルト。その分、お前は戦争に備えて、国境に可能な限りの物資の配備を。戦端が開いたら、すぐにルナのユニットで工作が開始できるようにね」
「はっ! お任せください!」
ハルの取った作戦は、本拠地に新たな可能性を求めることであった。
成功すれば、一の労力が十にも二十にもなる可能性がある。堅実に進めるのもいいが、それに賭けよう。
そうして、迫る戦争に備え、本陣の突貫工事に取り掛かるハルたちだった。




