第1125話 水の無い世界を往く魚
「私のはこれね」
「私はこれー」
「はいはいはい。お二人さんとも特徴でてるねぇ。ルナさんはちょい意外だけど」
「なにかしら先輩? 悪い?」
「ノーノー! ノン悪い! だから睨まないでぇ~」
「睨んではいないのだけれど……」
普段からじとりと細めた目で不機嫌そうに見えるルナの目である。今はいっそうのジト目だが、これは実際に不機嫌な訳ではなく、恥ずかしがっているのが本当の所だ。
彼女の作り上げたユニットは、イルカのようにも見える可愛らしいファンシー生物で、系統としてはアイリのゾッくんと同じ。
自分自身のイメージとそぐわないのも自覚しているようで、そこを恥ずかしがっているのだろう。
「ユキちゃんはまたそれっぽいねー。六本腕のデザインも、ユキちゃんだっけ」
「そだよー、リコちんセンパイ。なにかな? 効率バカとか思ったかな?」
「思ってない思ってない。イヤ、ちょーっぴり思った」
「まあその通りなんだけどねー」
ユキの作り出した二体目のユニットは、二人とは打って変わってのいかついデザイン。
鋼鉄のボディに無骨な履帯、前方に飛び出す筒はどう見ても大砲。機能性最重視の、戦車であった。
「六本腕もそうだけど、こうしたユーザークリエイトのマップで対戦する際は、やっぱ悪路走破の性能が重要になってくるからね。妙な地形がいくらでも出てくるだろうから」
「ゲーマーらしい視点だね。メカメカしい見た目もたいへんグッド」
「先輩は、やっぱり兵器が好きなのかしら?」
「兵器というより機械かなぁ。その中で攻撃のためとなると、どーしても兵器になっちゃうってゆーかー」
リコの使う特殊ユニットはヘリコプター型。そこにはやはり、彼女の趣味が投影されているようだ。
そうした、趣味と合致する大切さについてもリコは続けて説明してくれる。
「作ってもらってからこれ言うのもメンゴって感じなんだけどね、出来るだけ自分の趣味と合わせた見た目で作った方がいいよ」
「大丈夫です! 作りました!」
「というのは、どうしてかしら?」
「そりはだねぇ諸君……」
「そりは?」
「次に説明する、自分の世界のオブジェクトをパーツとして取り込む工程で有利になるためさ!」
「……それって、私たちにとって、どうあがこうと不利にしかならないんじゃないかしら?」
「『自分の世界』は、みんなの世界なのです!」
ハルたちは周囲を見渡してみるも、そこには風にそよぐ平和な草原が広がるばかり。特徴のないその世界には、取り込むべきパーツがあるようには思えなかった。
「……なるほど。本来は、特色あるそれぞれの世界に生まれた使えそうなオブジェクトをパーツとして取り込むことで、ユニットは進化をしていく訳か」
「《世界はその人によって、色々と個性的だもんね。私だったら、遊園地だし。それで自動的に、ユニットも個性的になって個人ごとに特徴が出て楽しいってことだね。なかなか考えられてる感じー》」
「そうそう。そんな感じーだよヨイヤミ少女ー」
「《いえーい》」
「いえーい。……でも、ハルさんの世界にはこれといった特色がない。そのうえみんなユニットの方向性もバラバラ」
「これは、頭を抱えたくなる場面だね。本来なら」
そう、本来なら。ただし、ハルたちの場合にはそれは大した問題にはならない。なぜならば。
「アルベルト」
「《はっ!》」
「至急、ユニット用のパーツ工場を新設するんだ。ユキの分は……、既存の物を流用でよさそうかな……」
「《かしこまりました!》」
「ぶーぶー。私だけ扱いが悪いぞハル君ー」
「まーまー。ユキちゃんは近代兵器だしウチと同じようにマッチするって」
そうなのである。以前、リコのヘリコプターはハルたちの作り出した兵器を吸収し、自分の武装として融合させていた。
聞けば、あのヘリコプターも元々、自分の国である機械の世界から、パーツを取り込んで成長させたということだった。
「なるほどねぇ。じゃあ雪男は、雪を食べて大きくなったからあんな寒い能力になった訳だ!」
「いや、わからんけど! でも基本的に、大抵その世界の特色に近い物になるんじゃんね?」
そうしたランダムな成長を楽しみつつ、時にはメリットデメリットを調整して自分で方向をコントロールし、理想のユニットに育て上げていくわけだ。
「ということでユキちゃんは大丈夫そーだっけどー……」
「問題は私たちね?」
「ゾッくんと、機械は合わなさそうなのです……」
つるりと丸みを帯びた、かわいい魚のようなルナのユニット。ふわふわでもこもこの、アイリのゾッくん。
二人のユニットには、アルベルトの兵器はマッチしなさそうだ。専用のパーツが出来上がるまでは、少々時間がかかるだろう。
「特にこのイルカちゃん。これは、どう運用するか慎重にコンセプトを決めないとね。飛ばすにはさっき言ったようにキャパ食うしー、この形状じゃ歩けないよ?」
動作そのものはある程度ファンタジー原理であり、筋肉やらエンジンが搭載されている訳ではないが、あまりに物理法則に反した挙動はできない。
そこは大きく見た目に引っ張られ、ルナの魚は陸上ではぴちぴちと跳ねるくらいしか出来なさそうだ。
仕様上水辺が少ないこのゲーム、水辺特化のユニットには少々逆風である。
そんな仕様のことを、冷静なルナが忘れているはずもなかった。もちろん、彼女には既に考えがあるようだ。
「ええ、それは分かっているわ? だから、泳げばいいのよ、地面の中をね?」
◇
「おー、なるほどなー。ルナちー冴えてるぅ。リコちん先生、出来そう?」
「んー、わからん! でもやってみればいいと思う。案外、意外なことが出来たりするのがこのゲームだしぃ」
「うわー。この先生適当だー」
「仕方ないでしょー? ちょっとプレイ開始が早いだけなんだしさー」
確かに、それは仕方ない。ただ、そんな先行プレイヤーのリコから見ても『絶対に無理』ではないようなので、論ずるより易しとばかりにルナたちは能力を設定していく。
しばらく『むむむ!』とうなっていたかと思うと、唐突にアイリがぱっと顔を輝かせて声を上げた。
「出来ました! これで、わたくしのゾッくんは空を飛べるのです!」
「……私も出来たわね。ただ、そのキャパシティ? をほぼ使い切ってしまったみたいね?」
「おー! 出来たんだ! マジかー。出来るんだー……」
「……なによ? 貴女が出来るって言ったのでしょう?」
「めんごめんご。ウチらでは、そんなことやろうとする人いなくってさー」
ルナの操る可愛らしい魚が、とぷん、とその場で地面に沈み込む。
不思議な物で、モグラ的に地中を掘り進んでいる訳ではない。地面の硬さとは関係なしに、ルナのユニットは自在に周囲を泳ぎ回って見せた。
「ふふっ。見てハル? サメごっこが出来るわ? ……いえ、背びれが見えていては隠密性に欠けるわね? やっぱり切り取ろうかしら?」
「ファンシー少女と効率ゲーマーを一瞬で行き来するの止めてルナさん!」
「おお、石やら何やらの障害物があっても、特に問題なく潜行出来るんだね。これは凄い」
「すごいですー! 敵にバレずに、本拠地まで一直線ですね!」
「リコさん? これは、敵地でも使えるのかしら?」
「使えるよー。別に自陣限定のデメリット設定してないっしょ? デフォでは、敵地にも入れるからさ」
「なるほど? ここからそれの追加をすることも?」
「もち。でも、そのスキルなら敵国へ送れるようにした方が良さげかなぁ。自国限定だと、活かす方向がウチには見えない」
確かに、リコの言うように、この力は戦時にこそ最も輝くことだろう。
もちろん、ここまで特殊な行動が可能なだけで、自国の発展にも十分に活用可能だが、このゲームではその有利は活かしにくい。
元々が自由自在に土地を作れる、弄れるゲームなのだ。地中に潜って作業せずとも、地中にもそこそこ自由に干渉できる。
「わたくしのゾッくんも、飛べるようになったのです! ゆけゆけゾッくん! 滅びのビームで、逆らう敵に終焉を齎すのです!」
「え……、その子そんな可愛いお顔して、そんな物騒なの……?」
「まあ、ハルの使い魔ですもの?」
「ハル君のめんたま移植されたクリーチャーだからねぇ。魔眼よ魔眼。ビームくらいよゆーよ」
「こっわぁ……」
実際撃てる。元々ゾッくんは、目玉をそのまま飛ばすことの見た目の不気味さをカモフラージュする為のファンシーな見た目なのだ。
その本質は、ハルの分身であることを忘れてはならない。ハルの出来ることなら、大抵のことは出来る。
まあこのゲームにおいては勿論システムに従った能力しか持たないので、そこまでの力は発揮できないはずではあるが。
「わたくしの方は、“すきるすろっと”がまだありますね! どんなゾッくんにするか、悩んでしまいます!」
「おっけー。なるべく飛行の優位を生かしていこー。んでんで、ヤミちゃんはどーかな?」
「《私はまだ見た目が決まらないよー! うーん、どんなのがいいんだろ。マップ作るみたいに、自動で決めてくれればいーのに……》」
「確かそういう事も出来たはずだけど。あとでウチの仲間に聞いてみるねー」
「ああ、お願い。しかし、そういえばリコの派閥の人は、こうした情報話していいって事になったの?」
「問題なし! いま合流のためこっち向かってるけど、敵じゃないから攻撃しないでね。この辺ギチギチだから、島の移動が大変みたいで」
「了解」
どうやらリコの派閥は、ハルたちに協力してくれることに決まったようだ。彼女から話を聞いて、組するメリットが大きいと判断したか。
もちろんハルとしても、仲間が増えるのは歓迎だ。リコの表情を読むに、罠であることは考えられない。
仮にリコすら騙していて罠だったとしても、どうせ今は複数の勢力がこの場を目指して集結しているのだ。接触が早いか遅いかの違いだろう。
「名前はどうしようかしら? 『六本腕』に『ゾッくん』……」
「六本腕は別に名前じゃなくて通称だけどねー」
「ここは『魚類ちゃん一号』なのです!」
「アイリスのユニットじゃないの……」
「なんだかいつかの対抗戦を思い出すね。お魚さんのやつ。ウチはあんまし、活躍できなかったけどー」
「まあ、名前はゆっくり決めるといいさ。さて、僕の方も、その魚に相応しい戦術でも考えておかないとね。あとは、ゾッくん用の装備の開発も」
「私は?」
「ユキは僕が口出しするまでもなく自分で最後まで調整できるでしょ」
「むぅ。こんな時は自分のゲームスキルが憎い。幼児退行しようか……」
「《だめ! 私とキャラ被りだからだめ! 幼児は私! ハルお兄さん、だから私手伝ってー!》」
「モテモテですなぁ」
そんな風に賑やかに、ユニット開発は続いていった。すぐに、これらは実戦投入され、激化していく戦場にて活躍することだろう。
内も外も、なかなかに状況が煮詰まってきたこの学園と、ゲームなのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。「版下」→「反した」。今回は特に一目見ただけでは何を言っているか分からなくなる誤字でしたね。ご迷惑おかけしました。




