第1120話 裏公友会の資料作成
雷都征十郎が、超能力に関わるデータを機械装置にて採取していた。
彼がここまで機械に傾倒する理由がそれだったのか。それとも、趣味が高じてそのデータを得るに至ったのか。その因果は不明だ。
だが、現在こうして彼が病的に機械によるセキュリティを強化して身を固めている理由は、間違いなくそれが原因なのだろう。
「超能力者に家に忍び込まれる妄想でもしていたかな?」
「《間違ってないっすね》」
「《しかし対応が不十分だ。この程度のセキュリティで、ハルを止められはしない》」
「《いやさすがに、そこまでの想定はしないでしょ。事実、日本の能力者相手にならいい線行ってたんじゃないの?》」
確かに、マゼンタの言うようにハルを相手にさえしなければ、このセキュリティで万全であったかも知れない。
あの圧倒的な隠密力を誇るヨイヤミを相手にしたとしても、機械式センサーの目は誤魔化せない。
……もっとも、今後はどうなるかは分からないが。ハルの元で知識を得て、エーテルネット経由で機械にも干渉できるようになるかも知れない。
本当に、恐ろしい少女を起こしてしまったものである。
「それはともかく、データに関してはそれで全部だと思う? ここにあったもので、何か見えてくるかな?」
「《微妙なところだ。十分とも言えるし、そうでないとも言える》」
「というと? セレステ?」
「《恐らくだが、彼の採取した『生データ』は全て揃っている。そう私は感じた》」
「《しかし逆に言えば、それを纏めた研究資料のようなものが不足しているっすね。ハル様の見つけた紙のメモ書き。それらから察するに、雷都様は集めたデータを総合して、何らかの資料を作成していたはずです。そのまとめがそこには無いっす》」
「《うむっ。持ち出して、何処かに移した。もしくは、肌身離さず持ち歩いている。そう見ていいだろうね》」
「《慎重だなぁ……》」
本当に、病的な警戒具合だ。何をそんなに恐れているのだろうか?
まあ、実際こうして侵入する輩が存在するので、その警戒の必要性も証明されてしまったとも言えるのだが。
いや、逆にここまで警戒してさえいなければ、ハルに目を付けられることもなかったのだろうか?
「例えば、前時代でいうノートパソコン。そうした物を、どこか別の場所に保管している。もしくは持ち歩いている?」
「《んー? それは、危なくなーいー?》」
「もちろん危ないねコスモス。エーテルネットに曝していれば、そこから内部に侵入されてデータを覗き見されかねないし」
「《だからきっと、それもこの部屋のようにアンチエーテルで覆って防御しているはずだよ。まったく、ご苦労なことだね》」
「《常に気が休まらないでしょうねえ。そりゃ、こうした趣味部屋も欲しくなるってもんっすよねえ》」
「そうと分かればサーチしてみようか」
アンチエーテルの箱に封じられた推定ノートパソコン。それを、エーテルネット経由で探し当てることは一見不可能に見える。しかし、ハルならば不可能ではない。
空間にぽっかりと空いた空白地帯。本来あり得ないその空白を、見つけ出すことがハルならば可能だ。
「空間の中で、染みのようにサーチできなくなっている場所。それを見つけ出す」
真っ黒に塗りつぶした広大なキャンバスに、一か所だけ消しゴムをかけたような違和感。その位置に、アンチエーテルの小箱は存在するはずだ。
ハルはまるで世界と、空気その物と同化するかの如く、この広大な屋敷の隅の隅まで全域サーチを決行する。
「……うーん、さすがに頭が痛くなる。戦闘をお休みさせてもらっていてよかった」
「《見つかったかいハル?》」
「いや、見つからないね。おっ、あったかな? って、これは空箱か。しかし、予想通りに存在は証明されたね。悪魔の証明をせずに済んだ」
「《実はそんな箱なんか無かった、ってのが一番面倒っすからねー》」
ハルのようやく発見した箱は、封が開いており中身には何も収まっていない。
しかし、その大きめの古書程度のサイズの箱は、内壁に付着した成分からやはり機械類を入れて持ち運ぶ為の物であると見て間違いない。
ハルたちの予想の通りに、ノートパソコンじみた装置が存在している可能性は高そうだ。
存在が裏付けられたのなら、あとはそれを探し出すだけである。有ることが確定しているならば気が楽だ。決して徒労には終わらない。
存在するかどうかも分からない伝説の隠しアイテムを求めて、無為な検証を続ける日々よりずっとマシという訳だ。
「アンチエーテルのサーチをかけていたら、ついでに面白い部屋を見つけた。どうやら趣味部屋よりも、巨大な隠し部屋がこの家にはあるらしい」
「《ふむ? 案外、その中にあるのかも知れないね?》」
その部屋の在り処は、来客用の広間の壁の奥。こちらはどうやら、雷都氏の息抜きの為だけではなく、客人をもてなす為の秘密の地下室、といった用途の部屋であるようだった。
*
「……なるほど。なかなか広い。内装も豪華だ。それに、この中で何日か生活出来るようにもなってるみたいだね」
「《愛人とか囲っとく部屋っすか?》」
「さてね? まあその辺は好きにすればいいと思うけど。とりあえず直近の目的は、愛人との甘い一夜ではなさそうだよ?」
ハルは高そうな、実際驚くほど高価であろう椅子の数々をすり抜けながら、地下ホールの奥の壁を目指す。
椅子はどれも揃ってそちらの方を向いており、逆に壁際には一つだけ逆向きのテーブルと椅子が存在した。
これは、誰か一人が大勢の客に向かって、何かの話をする為の講演会スタイル。そのように感じられる。
「そしてこれが、『プレゼン資料』ってことだろうかね」
そしてそのテーブルの上には、ハルたちの探していた小型の機械装置が、何枚かの紙資料と共に安置されていた。
ハルはすかさずその装置に魔力を通してコピーすると、神様たちの元に<物質化>する。
「《中を開いてみよう。少々待ちたまえハル》」
「《おお、ずいぶん小型っすね! 単行本サイズっすよ。一応、PCなんかの技術発展も続いてたんですね。でも、需要とかあるんすか? もしや特注品っすか? くーっ、金に物をいわせてのオーダーメイドとか、金持ちっぽいっすねえ》」
「ほら、以前、インターネットの調査とかしたろう? 一部ではまだ、これらも現役さ。特に、医療関係では有事に、エーテルネットのダウンに備えて、機械装置で最低限のあれこれは出来るようになっているんだ」
「《例のゲーム機もその一つという訳だ》」
「ゲーム機ではないんだけどね……」
ハルたちがゲーム機としてしか使っていない医療用ポッドも、一部が機械部品で構成されておりインターネット接続も併用されている。
そのように、医療の現場ではまだまだ機械が現役であることも、雷都氏のカモフラージュに一役買っていたのだろうか?
「それで、何か分かったかい?」
「《はいっす! この中にはやはり、より詳細なデータが入ってるっすよハル様! どうやら数日後、この場所でお金持ちのお友達を集めてパーティーを開くらしいっす! そこで、集めた裏のデータの発表会もするようですね!》」
「なるほど。裏社交界って訳だ。表に出せないヤバい話を、このアンチエーテルの密室で交換すると」
「《しかし今回の議題は、超能力というよりは例のゲームについてのようだねハル。君のことも、資料にずいぶんと記されているよ》」
「おや。恥ずかしいね」
「《恥ずかしがってる場合ー? ハルさん、ずいぶんと調べられてるよ? 僕らのゲームのことから、最近の動向まで》」
「《それによれば、君も超能力者ではないかと目されているようだ。まあ、当たらずしも遠からず、といったところかな?》」
「全然違うよセレステ。僕は、超能力とはこの世で最も遠い人種かも知れない」
「《はははっ。腐るなよハル。彼らにとっては、そこは大差ないのさ》」
神様たちが解析した資料を見ると、要注意人物として調査を重ねられたハルについてのデータも発見された。
異常なゲームの上手さ、といった点ではなく、現行の技術を大きく超えた製品を生み出すことの異常性が、ことさらにピックアップされている。
この辺は、大人特有の視点といったところだろう。ただ、そこで『超能力』とか堂々と出てきてしまうのが、大人っぽさを台無しにしているのだが。
「ふーん。よく調べられている。そして、調べたことを僕に悟らせていない。まだまだ、僕の知らない世界がこんなにあったんだね」
「《感心している場合っすか!》」
「《余裕そうだねハル》」
別に、余裕を見せている訳ではない。素直に感心し、また己を省みているハルだった。
エーテルネットにおける神のごとき万能性。また、魔力や神界ネットを通じて得た、もはや別次元の万能性。
それらを併せ持つハルは、もはやこの世に知らぬ物などないような錯覚をしていたのかも知れない。
しかし、現実はこの通り。そんな完全無欠に思える管理社会の中においても、人間はこうして逞しく道を見つける。
そこに、なんだか言いようのない感動さえ覚えるハルなのだった。
しかし、今は感動している場合ではない。この逞しさは、決して放置していい類のものではなさそうだった。
「……それで、僕のことはともかく、この会合の主目的はどこにあるんだい?」
「《君の予想の通りだと思うよハル? 今回発見した新たな技術の強奪、および独占。またその流出を防ぐカルテルの作成。例の空間の活用、いや悪用法の模索。いやいや、呆れたものだね。確かに、彼らにとっては、エーテルネットの届かぬ秘密空間など、喉から手が出るほど欲しいだろうさ》」
「《……施設の子たちとか使って、色々と企んでいるようっすよ》」
それは、もう無邪気なゲーマーの攻略にかける思惑などとはかけ離れている。ハルが久々に触れる、厭らしい大人の企みの数々だった。




