第1117話 地下鉄に潜む幽霊?
目的の人物の邸宅は、ハルたちの住む街からそこそこ離れた位置に存在した。
それにあたり、侵入の際もそうだが、目的地に行くまでの道中も、隠密行動を心がけなければならない。
ハルの本体は今、学園の内部に居る。もっと言えば、記録上は家から出ていないことになっている。
「下手に人目に映るのは避けなくっちゃね」
「《どうするんだい? いつものように、視界をハッキングして意識の外に逃れるのかな?》」
「んー。異世界ならそれでいいんだけど、ここ日本で大規模にやるのはね。ヨイヤミちゃんのように意識侵入も上手くないし」
「《君が『上手くない』なら誰も敵わないだろうハル。相当なもののようだね彼女は》」
「相当だよ。実際。それに、外には光学の監視システムもある」
もちろんハルなら、それらシステムに侵入して映像を改竄する事は容易い。ここは、ヨイヤミよりも勝っていると自負しているハルだ。
しかし、移動するたびにどの位置から撮られているか分かりにくい入り組んだ街中の監視システムをいちいちハッキングするのは骨だし、処理能力も食われる。
「何より、それらが上手くいったとしても本題の侵入に際して不安点がある。なので、もっと根本的な解決策を用意しなくては。マゼンタ君!」
「《はーいよー。お仕事って訳ね。といっても、もう出来てるんだけどね。面倒だからハルさんが取りに来てよね》」
「《そうサボり魔アピールせずとも、ハルに取りに来てもらう以外にどうしようもないじゃあないか。君では日本への転送は不可能なのだから。勤勉なマゼンタ》」
「《うっさいなぁ。まあ? 確かにボクは勤勉かもね? ご主人様の家で食っちゃ寝しているセレステに比べれば?》」
「《はっはっは。乙女に向かって『食っちゃ寝』などと言うものではないよ》」
「《でもいっつもゴロゴロしてるっすけどね》」
「《ごろごろ~。コスモスといっしょ~》」
「《……いいだろう。ならなまった体をほぐす運動といこうではないか怠け者諸君。外に出たまえよ。マゼンタもだ》」
「《ボクはれっきとした仕事中なんですけど!?》」
「……君たち。会話するたびに争わないの」
神様は相変わらずだ。まあ、セレステの運動は楽しそうだから放置しておくとしよう。
ハルは『んあ~~』と情けない悲鳴で外に引っ張られていくコスモスを心の中で見送り、自身もまた月乃の家を<転移>で去る。
飛んだ先は第二の自宅がある天空城。その中にそびえる銀の城だ。そこに、目的の『新装備』が存在した。
マゼンタの待つ城の一室を目指し、ハルは城内の廊下をゆく。窓からは、先ほど見送ったセレステたちが実際に目視でき、庭で運動に励むようだ。
だらけたお姉さんのジャージ姿が、運動部の美人主将のジャージ姿に早変わりだ。
「まあそれはいいとして。マゼンタ君。入るよ?」
「どーぞー」
本当に仕事中なので難を逃れたマゼンタの研究室。その中には、かつて『幽体研究所』で見たような近未来的なカプセルが所狭しと並んでいる。
その中の一つに、ハルにそっくりな、というよりハルその物のキャラクターが目を閉じて安置されていた。
そしてその傍にはもう一人、マゼンタ以外の神様の姿も存在する。
「やあウィスト。君も手伝ってくれたんだ」
「……フン、まあな。というよりも今回は、オレの領分によるところが大きい。スキルに、魔法効果に関連することだからな」
「確かに。では、さっそく出来を聞こうじゃないか」
「ああ。よかろう。では体を起動してみるがいい」
目つきの悪い、しかめっ面の青年。紫がかった白髪の神オーキッド、またの名をウィストだ。
彼もまた今回ハルの為の新装備、というより新しい肉体その物の開発に協力してくれたらしい。
魔法開発に余念のない彼は、プレイヤーの操るスキルに関しても優れた知見を有している神様だ。
「アメジストの専売といえど、オレたちは奴よりずっと長くこのシステムを実際に運用しているのも事実。当然、既にその力の一部は解析し我が物としている」
「プレイヤーごとのランダム発生に任せるしかなかった『ユニークスキル』。その一部を、自由に使えるようになってるんだよねぇ」
「それは凄い。流石だね二人とも」
「フン……、当然だな……」
「だーよねぇ。さーすがボクら!」
そんな研究の成果を組み込んだ集大成が、今まさにハルが起動した新たなボディだ。
見た目は何ら変化がないように見えるが。いや、実際にハルの肉体をベースにした一切の差異の存在しない見た目だが、中身はバージョンアップされている。
通常のプレイヤーキャラクターのそれをベースとして、全ての性能が何段階も強化されていた。
ハルはカプセルから出た裸の自分に服を『装備』しながら、この場に歩いてきた方の自分と交互に、互いに互いを観察する。
「驚いた。まるで別物だね。中身の式の構成が、ほぼ丸ごと入れ替わってる」
「旧型の時点で、既に最高効率でぎっちり隙間なく組んでたからねぇ」
「性能を向上させるには、より効率化した新たな式と総入れ替えするしかなかったという訳だ」
「なるほどね」
互いに<神眼>で体を構成する魔法の式を読み取ると、その内容はほぼ別物。
人間で言えば、見た目は同じでも遺伝子的には全くの別人になっている、といったところだろうか。
そんな新型のボディにて、ハルは改めて目的地へ向かう。今までの分身を消去し、一歩一歩挙動を確かめるように外に出た。
「おーおーお~お~~」
その途中に見える広い庭では、セレステたちがボール遊びに興じている。
コスモスが運動神経の悪そうな挙動で、とてとて、とボールを追いまわし必死にキャッチしている。
「あっ。コケた」
……ハル同様に、最高の肉体を使い人知を超えた最高のプログラムが動かしているはずなのに、逆にその自然すぎる運動不足ぎみの動作には感心する。
ハルはふわふわしたコスモスのスカートが、転んだ拍子にめくれ上がりかぼちゃぱんつがまる見えになってしまった姿を見つつ、妙な感動を覚えるのだった。
*
「《その機能のベースとなっているのは、ぽてとって子のユニークだね。完全再現には至らなかったけど、十分な潜伏機能でしょ!》」
「《透明化、消音。あらゆるセンサーに補足されん。だが、ハルならば分かっているとは思うが……》」
「ああ、存在自体が消えた訳じゃない。激しい動きには注意するとしよう」
猫耳の隠密少女『ぽてと』。彼女のユニークスキルは、その姿と気配を完璧に隠してしまうことが出来る。
その能力のコピーが、このボディを使えば使用可能。完全にゲームの仕様など無視した、運営専用キャラといったところか。
一応、今も一プレイヤーとしてプレイ中のハルだ。異世界においては、うっかり使わないようにきちんと切り分けておかなくてはならない。
無敵の潜伏能力であるこのスキルの弱点は、空気の流れ等は誤魔化せないこと。
ハルもぽてとと相対した時は、彼女の移動に伴う風の流れを読むことでその存在を探知していた。
「《他にも、ボクらが二年がかりで集めたスキルデータがその体にはぎっしり詰まってるよ。既に、スキルに関してはアメジストよりもボクらこそがエキスパートだと思い知らしてやろうよ!》」
「《奴の力によって、奴自身に一泡吹かせてやるといい、ハル》」
「君たち……、それは敵の新能力にやられるフラグじゃないかな……」
だがしかし、すごい力なのは確かだ。ユニークスキルの中には、時おり神様たちですら意図しないスキルが生まれることがある。
まあ、そのせいで稀に、ゲーム進行のバランスや他のプレイヤーが危機に陥って対策に動かねばならない事態にもなるのだが。
「んっ? ということは、<次元斬撃>や<次元跳躍>なんかも使える?」
「《当然だよね? ボクらを甘く見ないでよ。っと、言いたいんだけどねぇ》」
「《空間干渉についてはまだ調整中のところがある。忌々しいことだがな。壁抜けをしたいなら<転移>を使え》」
「なるほど。まあ、<転移>があれば困ることなんてないだろうから、問題ないけど」
そんなユニークスキルの中においてもソフィーの<次元斬撃>など空間系は少々特殊なようだった。
ならば、先日ソウシの使った空間スキルも同様に特殊な才能なのだろうか? それとも、あれは単なるゲーム的な補助を受けたスキルなのか。
子供たちの体から、実際の超能力と思われる反応が検出されて以降、どうにも気になってしまうハルであった。
「《それより注意してよハルさん。地下鉄に乗るみたいだけど、電車は、まずいよ……?》」
「《ああ。ヨイヤミとやらの力を使った時に理解していたようだが、通行人は見えない者の体を避けてはくれんぞ》」
「《そんな状態で満員電車に乗りでもしたら……》」
「いやこのご時世、満員電車とかそうそう無いから。相変わらず認識が古いよねマゼンタ君は……」
確かに、透明になっただけで実体はあるハルが、ぎゅうぎゅう詰めの車体にでも乗り込めば大変なことになる。
こちらを無意識に避けてくれることはない通行人の波を、ハルは縫って歩かねばならない。そして逃げ場のない車内なら、どうなるかなど語るまでもない。
「……まあ、確かに嫌だ。透明になって天井にへばりつく自分の姿を想像するのは。混雑状況は油断なくチェックするとしようか」
「《そんなことよりだねハル。もっと愉快な想像をしようじゃないか! 透明人間になって列車に乗り込んですることなど一つしかない。そう、痴漢だ!》」
「なに言ってんのさセレステは……」
「《そうだぞー。恥を知れセレステー》」
「《フン……、破廉恥極まりないな……》」
「《真面目かい男子たち? 嘆かわしいね!》」
「《嘆かわしいのはお前の頭だよ! 知ってんだぞ! 口ではそんなこと言いつつ、ハルさんに体触られそうになると猫みたいに跳び上がって逃げる乙女のくせに!》」
「《そそそそんな事はないのだが!? いいとも。ハル、きたまえよ。君に触られてもどうということもないということを、この場で証明してやろうじゃあないかっ!》」
「《おー。セレ、がんばー》」
「いやそんな事でいちいち呼び戻そうとするな……、張り合うな……」
当然、ここからわざわざ戻ったりしない。乗客に痴漢もしない。
ハルは最適に運行状況を計算され常に快適な地下鉄車内に乗り込むと、騒がしい脳内を無視して目的の街へと向かう。
最近は空を飛んだり砲弾になったり物騒な地下鉄だが、もちろん現実の地下鉄でそんなことは起こらない。
快適な地下の旅はすぐに終わり、ハルは誰にも気付かれずに目的の駅に着いたのだった。
なお、痴漢犯罪は決して行わないと豪語するハルではあるが、この状態では自動的に無賃乗車の犯罪者となるのが確定しているのであった。




