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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1116話 斜陽の者の焦り

「つまり、彼らはいま全体的に事業が上手くいっておらず、凋落ちょうらくぎみだと」

「そうなのよ。とはいえ、これまで築き上げた資産や利権構造があるから、今すぐにどうこう、といった事はないけれどね?」

「でしょうね」

「でも、このままだと確実に右肩下がりになることが避けられないのは、中の人間ならば誰もが肌で感じているはずだわ」

「なるほど……」


 彼ら、すなわち医療業界の関係者達の現在は、順風満帆じゅんぷうまんぱんとはいかないのが現実らしい。

 長らくエリートの代名詞として社会的地位を得ており、現代においてもそれは変わらない業界であるが、その構造にも徐々に陰りが見えている。

 その背後にあるのがエーテルネット、そしてエーテル技術であった。


 ナノマシンであるエーテルを使った技術は医療の現場に与える影響もまた、例外なく大きいものだった。それは彼らの利益を、更に大きく押し上げることとなる。


 しかし、その絶頂期は永遠には続かない。エーテル技術の発展が頭打ちになったからではない。むしろ、発展が進みすぎたためだ。


「エーテル技術が一般化しすぎたんですね。今や、菌もウィルスも物理攻撃で破壊できて、傷も再生を待たずに手動で修復できる」

「それはハルくんだけね……? ともかく、そこまでいかなくとも医者のお世話になることは減ったわ? 簡単な病気なら、薬効をダウンロードするだけで事足りるもの」

「ですね」


 そして、そうした技術の一般化の流れは止めようがない。仮に彼らがその資金と権力を駆使して自らの既得権益きとくけんえきを守ろうとしても、エーテルネットの仕様上それは防ぎようがなかった。

 エーテルネットの基幹システムは、接続者全員の総意により自動で形作られる。それは法で制御できるたぐいの物ではなく、いくら金を積んでも動かない。


 その前にはどんな立場の者であろうと等しく平等な個人。地位のある者ほど、それをうとましく思っていることだろう。


「……もしや、アメジストによって行われているハッキングは、そうした連中と手を組んだから? いや、それでもまだ違和感は残るか」

「例の、モニター非表示化の新仕様だったかしら?」

「ええ。秘密主義の人達なら、是が非でも欲しがると思いまして。逆に、神様連中には不要なシステムですしね」

「確かに、そうした人間の要請によって動いていると考えれば辻褄つじつまは合うわね! 私も、こっそりお願いを聞いてもらっていたし」


 月乃はくだんの『ブラックカード』を取り出すと、指先でなまめかしくもてあそぶ。

 前回彼女はそれと<透視>をの連携コンボを用いて、ハルたちにすら気付かれずにゼニスブルーとコンタクトを取っていた。


 同様の手法を用いれば、エーテルネットに痕跡を残さずにアメジストが誰かと連絡を取ることは可能。

 とはいえ、いまいち動機の部分で疑問が残る。まだ、あくまでそういう可能性もあるという程度に考えておこうとハルは思う。


「……奥様は、どうお考えなのですか? 病院も経営していらっしゃいますが」

「ん~。別にこれといって危機感はないわ! ぶっちゃけ、美月ちゃんが持ってきたからやってるだけで、病院アレはハルくんのオマケだしね?」

「また堂々と不謹慎なこと言いますね……」

「事実だもの! そこを誤魔化したって意味ないわ! 私のメインは、金融と情報だからねぇー。医療が沈んだところで、ノーダメージです」

「ですか」

「ただ、ハルくんとお医者さんごっこが出来なくなるのは、ちょーっと残念かなぁ」

「ですか。……じゃなくて、したことなんかないでしょう、お医者さんごっこなんて!」

「じゃあ今からしてみましょうか! 聴診器ちょうしんきを出して、ハルくん!」

「聴診器はもうとっくに衰退してますよ……」


 襟を開いて、その大きな胸を見せつけようとする月乃をハルは強引に掴んで止めさせる。

 確かに、簡単に体の内部を見て取れるようになった現代では、そうした体に触れての診察などは既に過去の物になっているのだろう。

 ……むしろ、月乃はどこで得てきた知識だろうか? 案外犯人はルナなのかも知れない。


 そんな少し過剰なスキンシップを繰り返しながらも、ハルは月乃からその後も色々と助言を受けるのであった。





「さてと! 名残惜しいけど、そろそろ私はいかなくっちゃ!」

「お忙しい中、ありがとうございました。奥様」

「なんのなんの! ハルくんの為なら、お母さんいつでも頑張っちゃう! まして今日は、私にとっても有益なお話だったしね?」

「この情報で今度はどこを脅すんです?」

「大丈夫! 脅さないわ! ……気付いたらどうしようもなくなってるだけよ?」


 それは、果たしてどちらが幸せなのだろうか? 月乃にターゲットにされたであろう相手に、ハルは心の中で合掌がっしょうするのであった。


 乱れた衣服を整え、部屋を出ようとしていた月乃。そんな見た目には恐ろしさの欠片も感じない月乃が、ふと思い出したようにハルへと助言の付け足しをする。

 それは最近ハルたちの仲間として加わった、ヨイヤミに関わる忠告だった。


「そうそう。さっきの話にも関わることだけれどね? ヨイヤミちゃん関係にも注意しておくのよハルくん? あの子を連れ出したことで、病院はまた一つ持ち札を失ったことになるわ?」

「確かに、そうですね」

「これでハルくんは、食品業界だけでなく医療業界にまで喧嘩けんかを売ったことになるわね? 次は建築業界とかかしら?」

「大きい物は苦手なので、それはどうでしょうね」

「あらら。小さい方が好み?」

「……小さい方も、好みですね」


 最後までいたずらっぽい仕草で自身の一部を強調する月乃を見送って、ハルはため息をつきつつ一人奥の間に残る。

 この場には居ないことになっているハルだ。月乃と共には出られない。


 なかなか興味深い話が聞けた気がする。動機の面で、彼らの企みの補強が出来たと言えよう。

 斜陽化しゃようかしていく自らの領分テリトリーに危機感を覚え、それを打開しようと暗躍している、といったところか。


 もし子供たちに約束したようなエーテルの無い世界が実現できたなら、それは濡れ手にあわの大儲けが出来る世界だろうし、そこまで行かずとも、制限がかけられるだけで旨味うまみは大きい。

 手段はともかく、動機としては十分だ。実に分かりやすい。


「僕への敵意も、奥様の言った感じで納得はいくか」


 子供たちにハルを悪人のように刷り込んで敵対心をきつけた事に関しても、納得のいく話だった。

 ヨイヤミに続いて彼らまで連れ出されてしまったら、病棟はその存在意義を一気に失う。ゆえに、彼らにはハルを『外に連れ出してくれるヒーロー』と思ったままでいられては困ったのだ。


「だからといって幼女を好き放題にしている誘拐犯扱いは腹に据えかねるが……」

「《ハル様は幼女に誘拐“されて”好き放題した人ですもんね!》」

「昔のルナのことか……」

「《はいっす。しかし病院関係者ってことは、そのことなんかもご存じだったりするんでしょうか?》」

「さてね? 一応、ネットで調べられる範囲では、僕や研究所についてのデータは存在しなかったね。ただ……」

「《お義母はは上の話によれば、そうした情報は病的にネットに触れないように処理しているそうじゃないか。ならば、断言は出来ないのではないかな?》」

「セレステの言う通りだね」


 かつて、エーテルネットを開発し、ハルや神様の前身たるAIを管理していた研究所は、徐々に解体され病院へと姿を変えた。

 しかし、そこの職員までもが自然にかき消えるように消滅した訳ではない。


 事情を知る物はに下り、揃ってその口をつぐんだ。

 しかし、彼らが死ぬまで知りえた情報を誰にも漏らさずに、『墓まで持って行った』とは限らない。

 伝聞で伝わった情報を、有力者が秘密裏に今日こんにちにまで伝えてきている可能性も無いとは言えなかった。


「……奥様ですら知らないという時点で可能性は低そうだけどね」

「《ハルは彼女の評価がまだまだ高すぎるね。慕うのは自由だが、信仰しすぎはよろしくない》」

「《そっすねー。あの方も全知全能ではなく、お一人の人間っすから。情報戦に長けているといっても、この世のあらゆる秘密を知ってる訳じゃないっすよ》」

「まあ、そうだよね」


 月乃への恩義から、彼女を神格視しすぎるきらいのあるハルだった。ルナにも、たまにそこを注意される。


「《やはり、ここはハル自身の目で確認しなければならないのではないかな? その、雷都ライト何某なにがしに直接接触してしまえばいい》」

「そうだね。僕も、そうしようかと思っていた」

「《月乃様にお願いして、会談の席でもセッティングしてもらうっすか?》」

「いや。これ以上奥様の手をわずらわせるのもね。それに、奥様経由で話がきたら、きっと彼も警戒するだろう。ここはこっそり行く」


 会うとしても偶然を装い、なおかつエーテルネットがオフラインの空間で接触するのが都合がいいだろう。

 月乃の言っていたように、ネットの監視が無い場所であれば、彼らは気が大きくなって口も滑りやすくなるというもの。

 となれば、やはり学園で待ち構えるのが最も自然か。ハルが学生であるのも不自然さを消すのに一役買っている。


「ひとまず接触の前の準備として、会話たたかいの為の話題ぶきでも揃えるか。ネットで探れぬのならば、物理的にお邪魔しないとね」

「《……なんかもー、どっちが悪人やら、って感じっすねえ》」

「今さらだねエメ。そんなことを言ったらそもそも、ハッキングで個人情報を探るのが悪だし夜な夜な学園に不法侵入しているのも悪さ」

「《超法規的措置と言いたまえよエメ。ハル様がすることは、管理者の名の下に許されるのさ!》」

「……そこまで傲慢にならないように気を付けておこう」


 おふざけで言っているであろうセレステだが、自身の性質として、そうした覗き見気質に躊躇がないことは、時おり忘れそうになるハルなのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自称エーテル被害者の会会員みたいなものですかー。ハル被害者の会の下位組織ですかねー。恩恵だけ受けたいけど、自身にとって都合の悪い部分は機能を落としたいわけですしー。そうして各方面が都合の悪…
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