第111話 いずれ到達する地
「……アイリちゃんの着てるパワードスーツって、誰でも使えるの?」
「いいや、二つの世界のエーテルが使えて、初めて機能するものだから無理だね」
「更に言えば、ハルさんと接続されていないと使えません!」
「アイリちゃん専用かぁ」
「ユキさんも、ハルさんと繋がれば使えますよ?」
「繋がる……」
何を想像したのか顔を赤らめるユキ。最近はルナの悪い影響が、あちこちに出てきているようだ。
魔法の自動発動とは言うものの、実際に魔法を使っているのはアイリ自身で、まずその技量がある者でないと発動しないという制限もある。
加えて、発動の処理をしているのはハルなため、極論を言ってしまえばハルが戦っているのと変わらない。脳の領域をそのために割いているのだった。
スーツさえあれば無限に最強の軍団が作成可能、とはならなかった。
「安心したというか、残念だったというか、そんな感じだねー」
「ユキさんも、使ってみたいですか?」
「ま、ねー。私が苦戦した、……いや苦戦はしてない! 倒すのに手こずった相手を、一撃で粉砕しちゃうんだもん。悔しくもなるさ!」
それはそうだろう。しかも自分の得意分野の格闘においてだ。
格闘が得意そうには見えない、実際に得意ではないアイリが比較対象だという事も、要因として大きいかも知れない。
ユキの中では、自分のポジションがそこだった。そこを脅かされる事に脅威を感じるのは、仕方ない事だとハルは思う。
「ユキに足りないのは魔法だけだよ。スピードも格闘センスも断然ユキが上なんだし、自信持たなきゃ」
「分かってるってー。例えば今のアイリちゃんと戦ったとして、格闘なら負ける気は無いよ!」
「はい! わたくしでは、パンチを当てる事も出来ないでしょう……」
「それに魔法ネイティブのアイリちゃんと、自動化狂いのハル君がタッグ組んでるんだから、仕方ないのは分かってるんだけどねー……」
「狂い言うな」
アイリの魔法の強さはこの世界でもトップクラス、いや、神を除けば断トツでトップだ。
そのアイリの魔法を、ハルが半自動処理で高速発動させている。見た目ほど簡単な事でも、誰でも出来る事でもない。
ユキも、頭ではそれは分かっているだろう。
──でも時期が悪かったか。ユキは今、自分の力が伸び悩んでいる事に焦りを感じている。そこにアイリが強化した姿を見せてしまったら、焦りは加速するだろうな。僕のミスだ。
ハルの配慮が足りなかった。アイリの強化を優先しすぎてしまったと言えよう。
アイリもアイリで、魔力の無い地ではハルの役に立てない事を歯がゆく思っていた。ユキを優先したとしても、同様の葛藤が起きていた。
「……今は悩んでいても、突然に力が覚醒する事は無いわ? まずはこの地の安全を確保してしまいましょう?」
「……うん! そうだね、ごめんねハル君! みんなも!」
「じゃあユキには湿っぽくした罰だ。今からユキの分身を作るから、今日はそれを制御しつつ戦うこと」
「ハル君スパルタすぎない!?」
「ユキさん、ファイトです!」
ちらり、とルナを横目に目配せして、彼女に感謝を伝える。ルナも、すっ、と目を伏せて一歩下がり、ハルの視界から消える事でそれに答えた。気にするなということだ。
今は二つの体の制御に頭を悩ませてしまえば、この場は忘れる事が出来るだろう。
ユキの悩みは簡単に消える事は無い。だがハルにも寄り添って考えてやる事は出来る。
少しずつ、解きほぐしてやりたいと、ハルは心から思うのだった。
◇
「ついでに、メイドさん部隊の連携も見ようか。……敵は現時点で五体反応しているよ」
「承知致しました、旦那様」
魔力圏を一気に広げ、この都市の跡地を飲み込んでいく。後腐れの無いように、全て掃除してしまおう。
防衛マシンは都市の各地に等間隔に設置されていたようで、魔力を広げると次々に反応する。
「げ! 今度はメイドさん全投入!? ハル君がまた私の活躍奪う気だー! まだ分身の操作も慣れてないのにー……」
「泣き言を言うなユキ。首の皮一枚の戦いの中でこそ、見えて来る物があるというもの。知らんけど」
「鬼教官! ギリギリの戦いしないもんねキミは!」
実戦に勝る訓練は無い、とよく聞くが、ハルは実戦の前に十分な訓練を積み、その成果を披露するタイプ。
対してユキに聞くと、ギリギリの鍔迫り合いの中での閃きも多いそうだ。上手くその場をセッティングしてやれれば良いのだが。
アイリも、がんばるポーズで、ぐっと拳に気合を入れるが、今回は彼女は守られるお姫様役だ。抱き寄せてその身を封じる。
主人を守りながらのメイドさんの連携。パワードスーツで強化された場合のそれも見ておきたい。お屋敷で待機しているメンバーも、全員を<転移>で呼び出す。
「じゃあ私二人が!」「一体受け持つ!」
「はい、ユキ様。残りはお任せ下さい」
最初に魔力の波が到達した、最も近い位置の物がハル達の下へ到達する。それに向かいユキと、その分身の二人が突っ込んで行く。
メイドさん達は今はアイリを中心に陣を組むように、周囲の物音に耳をそばだてる。
「一人で完封したんだから!」「二人居ればジャンクも同じ!」
ユキは先ほどと同じように、相手の攻撃範囲で空振りを誘発しながらの攻勢を繰り返す。今回は最初から至近距離。銃の間合いを経由しない。
一人が右腕の電磁ロッド、スパークする鉄球の攻撃をかいくぐり、その隙にもう一人が打撃を加える。
反撃を意識しなくて良くなった為か、先ほどのアイリの破壊力に触発されたのか、ユキの一撃は重くなっている。
攻撃に魔力を使い薄くなったシールドを易々と粉砕し、胴体の装甲に一撃で大きくヒビを入れる。
たまらず敵が飛び退こうとしてもそれを読み、素早く上空へ<飛行>で先回りして蹴り落とす。
そして急な落下に対応して、四足による安定を重視する敵AIが取る行動は、姿勢制御になる。攻撃は来ない。
「空コンの練習台にしかならないな!」「このポンコツ! 練習モード!」
「プラスチックと掛けたのかしら? 上手ねユキ」
「ルナ、多分違うと思うよ?」
あんなに頑丈なプラスチックがあっては堪らない。見た目だけは似ているが。
いや、プラスチックも硬化処理を行った物はかなり硬いのだったか。子供用のおもちゃでも、踏みつけると痛そうだ。
ハルがそんな事を考えているうちに、ユキのおもちゃは手も足も出ずにバラバラに分解されていった。
「残りが四方から来ます。私共は三人一組で」
「敵は魔法による砲撃を行います。決してアイリ様達へ通さぬように」
「了解」
メイドさん達は、少ない認識の共有だけで自然に陣の形を組み替えてゆく。それぞれ、マシンが来る方向を聞き分け三人ずつチームを作る。
アイリやルナを背に守り、敵の弾丸を警戒しつつ前進する。
射程に到達したマシンからは即座に銃撃が放たれるが、パワードスーツの防御力によりそれを完全に制していた。
ユキが回避型の盾だとすれば、メイドさんは防御型だ。
回避型、というのは盾役の種類のひとつ。相手の敵愾心を一手に引き受け、その攻撃を回避して無効化することで、敵の火力を無価値な物とする。
対してメイドさんは防御。敵の意識を引き付ける所までは同じでも、高いHPと防御力で耐え切る盾のタイプだ。
絶対に、主人へ攻撃を加える事は許さない。例え流れ弾であっても。
「ユキ、おかわりが来るよ。東西から二体。メイドさんに負担与えないようにね」
「うげぇ! 離れた位置はきついってばハル君!」
「ユキ? 女の子が『うげえ』は良くないわ?」
「あ、はい。すいませんです、ルナちゃんさん」
ルナも言葉遣いを注意するなら、自分も発言内容に気をつけて欲しい。おしとやかに言えば、内容は何でも良い訳ではないのだ。
えっちな発言は今でも割とドギマギさせられるハルである。
「視界がこんじゃくするんだよなぁ……」
「混濁?」
「それそれ!」
「左右のモニターを並べて同時に見るイメージだよ」
「無茶言うな! 意識が二つある人は自分の感覚でスパルタするんだから!」
「またスパルタか……、ユキを三百人に増やしてもいいかもね?」
「ユキさんが沢山……、とっても強そうです!」
「自分でやれーー!!」
叫んで、それぞれ逆方向へユキは跳んで行く。
精密な間合いのコントロールを、別々に二箇所はまだキツイようだ。ところどころで、体の動きがぎこちないのが感じられる。
戯れで言ったが、三百人の分身というのも凄い絵面になる。ずらりと並ぶユキ達が、それぞれ拳を鳴らす。こわい。
ハルも流石に三百人のコントロールは厳しそうだ。不可能ではないかも知れないが、効率が落ちる。十人くらいに留めた方が強いだろう。
「アルベルトなら、三百人でも余裕なんだよな。くっそう……」
「あなたもあなたで、なに勝手に劣等感を刺激されているのよ……」
「ハルさんにとっては、アルベルトがライバルなのですね!」
これではユキの事を言えやしない。ハルも、自身の上位互換の存在への嫉妬があるのだった。
仮に制限無しのアルベルトと戦っても、確実に勝てるという自信をつけねばならない。
「……メイド達も、危なげなく戦っていますね」
「そうだね。ユキの戦法を上手になぞっている。一度見ただけで、凄いね」
「はい! 自慢のメイドです!」
ユキが新手を抑えている中、メイドさん達も受け持ちの四体を三人チームで確実に仕留めていった。
ユキの手本に習い、一人が攻撃を受け止めると、残りの二人がその隙を突く。
攻撃力もユキほどではないが、スーツの生み出す筋力は装甲版へも確実にダメージを蓄積させてゆく。
「非常に丁寧な作業ね? 流れるようだわ」
「このチームワークは分身を見てるようだ。感応力でもあるのかな」
一つのチームがコアの破壊までを済ませると、すぐに分散して他チームのカバーに入る。その判断は一瞬だ。
さながら一つの生き物や、群体を見ているかのような流れ作業だった。
最後の二機がコアを粉砕されるのは、ほとんど同時であった。
「力量の強弱は互いに補い合えば良いって事だね。僕らもああなりたいものだねユキ?」
「ハル君さー、そういう事はさー」「ちょっとは私を補ってから言おうよ?」
「ユキさんもお疲れ様です!」
「アイリちゃんだけだー、労ってくれるのは」「ぎゅーってしちゃう! 両方から!」
ユキの方もその間に二体の処理が片付いたようで、精神的な疲労の色をにじませながら戻ってくる。
まるでルナのようなジト目をダブルで向けられて、ハルも苦笑するしかない。
アイリに抱きついて、きゃーきゃーと騒がしく癒されてもらおう。
◇
「これで全部片付いた?」
「ちょっと待ってねユキ。まあ、多分終わりだと思うけど」
「事後処理よろしくー」
「まあ、戦闘してないんだ。この先はきちんと働くよ」
全ての防衛マシンを破壊し終わり、もうハルの魔力に反応する物は無いようだ。都市の外延部より先まで魔力を放出し、<神眼>で視線を通し確認していく。
たまに空洞が見つかるが、そこは格納庫ではなく内部は自然の空洞のようだった。
「何でコレだけは残ってたんだろうねぇ」
「二通り考えられるよ。まず一つは兵器として頑丈に作ってあったから」
「頑丈、つまり風化にも強いということね?」
「うん。家とかは、そこまで耐久性を重視して作られてなかった」
とはいえここまで他が綺麗さっぱりと消えてしまっては検証する材料が足りない。仮説の域を出ないだろう。
「もう一つは神様がわざとコレだけ残した、かなハル君?」
「その通りだね」
「緊急イベントとして打ってつけだもんね。ゲーマーならそう邪推するよ。急襲してきた謎の古代兵器を倒せー! ってね」
「でも、ここはゲーム外でしょう? 魔力に反応するとは言っても、その魔力が無いわ?」
「ヴァーミリオンの方々が、見つけて国内へ運んで来るという事でしょうか?」
首をひねるルナとアイリ。アイリの言う事も、無くはないだろう。ただその場合、ヴァーミリオンの人間を古代のルーツへ回帰するよう焚きつけたのが、神様本人だという事になるが。
神自身が、『自らを信仰するな』と言っているに等しい。何がしたいのだ、という疑問は出てくる。
「それよりもっと単純に、時限式だってコトだよ! プレイヤーが増えると、勝手に出てくるの!」
「僕らプレイヤーは魔力を生み出してる。この国境も、広がって行くのかも知れないからね」
「なるほど……」
「対抗戦の報酬として、カナリー様の神域も広がりましたしね……」
ゲーム内、として定義されている空間が、先々までも同じ広さとは限らない。アップデートの名目で、ここまで到達する事も考えられた。
「対抗戦と言えばハル君、またアレ開催するみたいだよ」
「んー、こっちが少し興味深くなってきたんだけど……」
そういえば、しばらくゲームの内容や他のプレイヤーと関わっていないハルである。それどころかゲームの仕様外の事をしてばかりだ。
そちらの動きも、少し確認しておいた方がいいのかも知れなかった。




