第1109話 魔法の世界の合気道
ハルの全身を包み込んだ、もはや魔法のような熱エネルギー。それは前回同様に、ハルのパワードスーツ、そのアーマーを崩壊させていく。
今度こそ復元不能になるまで粉々にしてやるという決意か、ユウキによる炎の放射は先ほどの倍の時間ハルを飲み込んで離さなかった。
「く、た、ばれえええええぇっ!」
体力の最後の最後までをふり絞るかのように、ユウキは能力の行使を続け、そしてついに力尽きたかのように膝から崩れる。
そしてその視線の先、まだ目だけは力強く睨みつける先のハルは、完全にアーマーを砕かれてボロボロの状態となっていた。
細かな破片にまで砕かれたアーマーは電気を帯びた火花を発しながら宙を舞っているが、ここまで粉々になればもはや修復も不可能だろう。
「や、やった……!」
「ナイスじゃねぇかユウ! よっしゃ、あとはオレが! 最後もらっちゃうよーんっ!」
満身創痍にしか見えぬハルにトドメを刺そうと、音波能力の少年が力を放つ。
振動の波はそれこそ音速で到達し、かろうじて残ったハルのスーツの残骸を中身のハルごと完全に吹き飛ばす。そんな未来を、この場の誰もが幻視した。
ただし、ハルとユキ以外は。
「あっ、あれっ? しぶといな……、これじゃ足りなかったか……! ふんっ! ふんっ!」
だが、彼がいくら攻撃を放とうとも、ハルの姿勢が揺らぐことはない。
周囲に浮かぶ、かろうじて残った破片も、不思議と音波ビームの勢いに飛ばされることはなかった。
「へ、変だよ。周りの建物は、バラバラになってるのに……」
「はぁ、はぁっ……、い、威力は、もっと上らないのか……?」
「ぐぎぎぎぎぎ……! これでも目いっぱい上げてるんだけど、なぁっ……!」
歯を食いしばって彼は音の放出を継続するが、やはり息切れを起こしてしまう。
そうして完全に攻撃が止むと、ハルは改めてボロボロになったパワードスーツにその手をかけた。
修復する為ではない。もはや不要となったそれを、完全に脱ぎ去るためである。
「ふむ。だけど予想以上にやるね。アルベルトの自信作を、完全に粉砕するほどのパワーを出すとは」
「《お恥ずかしい限りです。次こそはもっと、頑丈で高出力な装備を、》」
「作らんでよろしい。これ以上の危険物なんて……」
ゲーム内の工場なら好き放題に生産をすればいいが、日本でこのような兵器作成など続けられても困る。
今後は他にも秘密の装備など作っていないか、しっかり監視する必要があると認識を改めるハルだった。
「さて、そんなことよりも今は君たちか」
スーツから出て、本体を完全に露出させたハルは改めて子供たちと対峙する。
無防備に両手を左右に軽く開く姿は隙だらけだが、周囲に浮遊したままのスーツの残骸と、未だ飛び散る雷電が逆にその余裕を不気味に彩っていた。
「ユウ。あっ、あいつ。あの女を連れてった……」
「だからそう言ったろ。聞いてなかったのか?」
「ど、どんな奴だろうと、たおせりゃ一緒だし?」
「こうして倒せない相手も居る。今後は事前調査はしっかりするんだね」
「た、倒せないワケあるかっ! 中身を攻撃すりゃ、オレの勝利!」
完全にその身をさらしたハルに攻撃を当てれば、そのダメージは国土に反映され彼らの土地となる。
そのルールはいかにハルとて変えられないが、しかしハルに攻撃が届くことはない。
再び音波攻撃が飛んでくるが、その空気の歪みはハルに直撃する一歩手前で薄くなり、その肌に触れる前に完全に振動をゼロにしていた。
まるで、浮遊するスーツの破片がまだ何の問題もなく生きているかのようだ。
「壊れてねーのかよお~。てか、エネルギー切れはどーしたんだぁ!?」
「壊れてるし、エネルギーも切れてるよ。でも、エネルギーなら補充してくれてるよね。君たちがさ?」
「は、はぁっ!?」
「ま、まさか、吸収能力、なの……!?」
「少し違うが、概ね正解だ」
再生や吸収といった、彼らに理解しやすいイメージにて少年たちはハルの力を推し量るが、実際はそのようにパッケージ化されたスキルなどではない。
全てハルによる手動操作であり、中身は完全にエーテル技術の賜物だ。
この超能力により放たれるエネルギーは完全な物理現象と化しているようで、ゲーム的な攻撃、つまり神力による干渉から逸脱している。
それはどちらであっても、本来プレイヤー側からは気付かず大差ないはずだが、ハルだけは違う。
物理的な影響力があるならば、今ハルが周囲の空間に張り巡らせているエーテルにより直接干渉が可能なのだ。
「合気道と似たようなものさ。君たちの力の一部を利用して方向を捻じ曲げ、そのまま残りの力へぶつけて相殺している」
「……??」
「……んー、食らう瞬間に攻撃力の半分を反射して、そのまま残りにぶつけてるって感じかな」
「反射能力だって!?」
ゲーム的なイメージなら通じやすいようだ。話が早くて助かると考えるべきか。それとも、これでいいのかと心配すべきか。
「なら、オレの音は相性最悪ってことか!?」
「……ぼくのテレポートも、何故だか途中で止められちゃうんだ。これも、反射なのかな?」
「ならば直接攻撃だ! おい! バケモノの相手はいい! 直接こっちを叩いてやれ!」
「《ざーんねん。こっちはこっちでもう戦闘不能じゃー》」
ユキの余裕しゃくしゃくの声が上から聞こえたかと思うと、ユキと戦っていた少年が上から墜落するような勢いで降って来る。
上空を見れば、八本の刀を思い切り振り切ったポーズの六本腕の姿があり、そちらは完全に無傷のまま柔らかく地面に降り立った。
肉体強化の力を持つ少年も、ユキに一対一の対決を挑んではさすがに手も足も出なかったようである。
「こ、これが第三形態……?」
「いや違うけど……、ただの本体だけど……」
「《あはははっ! 確かに、ラスボスってデカい装甲が砕けて中からちっちゃいのが出て来てからが本番だよねー》」
「ユキも何言ってんの」
ルシファーを模した装甲を完全に砕いた後に現れたハルの肉体。ハルとしては単に最初に戻っただけであるが、子供たちから見れば魔王が最終形態を現したに等しい衝撃だったようだ。
……今後、現実で顔を合わせられるのだろうか、こんなことで。
そんな衝撃と、肉体を襲う全身疲労。その二重苦によって彼らの戦意は完全に折れようとしていた。
しかし、そんな中でもまだ完全に諦めた訳ではないらしく、最後の最後まで彼らはハルへと食い下がろうとしているようだ。
その諦めの悪さ、いや意志の強さだけはあっぱれである。
「一つだけ、ぼくに考えがあるんだ」
「……どーした? オレの音も、お前のテレポートも効かねーんだろー?」
「うん。でもユウちゃんの雷や炎だけは効いた。ぼくらもそれを使えば」
「しゃーねーなー。苦手なんだけどなぁ、オレはアレさー」
まだ力を残している二人が、並んでユウキをかばうようにハルの前に立ちふさがる。彼らの手の中にはユウキがしたように、炎や電気の力が収束していった。
装甲を粉々に砕いた実績のあるこれらの攻撃ならば、ハルに届く可能性があると希望を見出したようだ。
……残念ながら、そんなことは一切ない。
ハルが装甲を砕いたのはむしろこの状態の方が都合が良いからで、炎や雷が有効だったからではないのだ。
ゲーム的な『弱点属性』などはない、これは物理現象の発露であるという認識が不足している。
「……いくぜっ! 合わせろ、せーの!」
「うんっ!」
そんなことを知らずに純粋に希望を信じる小さな子供たち。その必死さに報い、その希望を成就させてやりたくもなるハルだが、ハルに『負けてやる』なんて選択はあり得ない。
混ざりあう炎と電気の渦を受け止めると、現実の非情さと共にそれをそっくりそのまま反射して彼らに撃ち込むハルであった。
◇
吹き飛んだ小ルシファーの装甲は、まだ電池としての機能を十分に保っている。
飛んでくる電気は破片に干渉し向きを変え、ハルの周囲を激しく周回し始めた。
炎はその力を利用した発電に熱量を奪い取られ、発生した電気も同様に絡めとられて周回に加わり足並みを揃える。
そうして砲丸投げのように渦を巻き加速を続けたその力は、子供たちの超能力を押し返し、押しつぶすかのような奔流と化して一気に彼ら自身へと反射していった。
「うわあああっっっ!!」「つっ……ううっ……!」
ゲームシステムによる守りにより物理的衝撃は無いが、そのあまりに激しすぎる勢いと、強烈なダメージ判定により、合体攻撃をしてきた二人の少年は思わず尻もちをつくように背後へと倒れ込んだ。
「ほ、本当に反射能力だ……」
「か、勝てない……、こんなの絶対勝てないよぉ……」
尽きぬ不屈の闘志を生み出していた彼らの心もついに折れ、その姿勢から立ち上がる気力も最早ない。
体力切れのユウキ、ユキに完敗した少年も含め、この場にはもうハルたちに対抗できる戦力が居ない。
そうなれば、無力な子供たちに取れる選択はもう一つきりだった。
「に、逃げろ! みんな、逃げるんだ!」
リーダーの賢明な撤退判断。ユウキの一声により、彼らは皆一斉に体力を振り絞って陣地の奥へと逃走する。
恐らくは、このままログアウトし現実に戻るつもりだろう。それが分かっているので、ハルもユキも無理に彼らを追わなかった。
「《勝ったねハル君ー》」
「だね。少々、大人気なかったけど」
「《いやいや、あのまま希望持たせておく方が意地が悪いでしょ。早期決着こそ優しさよ。んで、これからどーすん?》」
そう、問題はそこである。このゲーム、プレイヤー同士の決闘に勝ったら勝利のゲームではない。あくまで、互いに削り合う体力は国土。
今は圧倒的優勢とはいえ、まだまだゲーム的な優劣、『勢力値』の上では子供たちの圧勝のままだ。
「《国主不在となり、兵もしばらく復活してきません。このまま、じっくり浸食していけばいずれ、わたくしたちの勝利です》」
「《それとも、反転してもう一方を先に叩く? あの様子だと、こちらを空にしてもしばらくは安泰だと思うわ?》」
「《ですねー。肉体的にも、精神的にも疲労は色濃いですー。今日はもう戻ってこないと見て間違いないんじゃないでしょーかー》」
その意見はきっと正しい。彼らは今日は戻ってこない。色々と限界だ。ならばここは、まだ残っている上級生組を全力で相手し打ち倒すのが常道だろう。
アイリの言うように、こちら方面の勝利を確定させるのも良い。一方面が落ちれば、もう一方も一気に士気が下がるのは自明の理。
しかし、ハルはそのどちらも選択することはしなかった。
「……すまないけど、ここでログアウトしようと思う。今すぐに、僕もまた病棟に向かって、彼らと直接接触すべきだと思うんだ」
この戦いで、新たに判明した事実は多い。今はゲームの優劣を決めることよりも、それを探ることが最優先だとハルは感じているのであった。




