第1107話 希望を絶望に塗り変える脅威
ハルと対峙していた少年が、がくりと膝をつく。攻撃を止められたショックというよりは、力を使い果たしたといった雰囲気だった。
最初の少年ユウキもそうだが、この能力行使にはかなりの体力消費が必要になるのかも知れない。
「……となると、完全にゲームスキルという訳ではなく、彼らの肉体に何らかの影響を及ぼしている? それとも単なるプラシーボ効果か」
「《なんにしてもチャンスじゃん?》」
「そうだね。今は、この戦いを終わらせることを優先しようか」
ハルが砕けた目の前の瓦礫を乗り越え、少年に近づこうとすると、所々建物が引っこ抜かれた街の奥から先ほど戦ったユウキが駆けこんでくる。
ついさっきとは真逆で、今度はユウキが彼をかばう番だった。ハルたちとの間に割り込むと、力を使い果たした少年を気遣うユウキ。
戦闘中のハルに背を向けてまで、必死だ。仲間想いの心は本物のようである。
「大丈夫か!」
「……ごめん、ユウちゃん。ユウちゃんの兵隊、いっぱい倒されちゃった」
「そんな事いい! すぐに復活する! それより、立てるか?」
「《ねーハル君。あの戦場をナメたガキども今のうちに不意打ちせん?》」
「そうだねえ。悠長すぎるとは僕も思うけど、主人公たちの会話シーンに、敵の幹部だって割り込まないものだし」
「《それ以前に、子供相手にあまり余裕のない対応はどうかと思うわよ……?》」
「《愚か者! 甘えたことを言うなルナちー。ここは戦場だ!》」
「《戦場の前にゲームよ、ユキ》」
「《やっちゃえやっちゃえお姉さんー。ガキどもに現実の厳しさを教えちゃえー》」
そんな、戦場をナメた陽気さで、きゃいきゃい、とハルたちが騒いでいる間に、子供たち二人は態勢を立て直したようだ。
ユウキの方も、先ほどの戦闘の疲労からはもう回復している様子がうかがえる。
これは、流石の子供らしい回復力といったところか。だが、着実に肉体に疲労は蓄積されているのは間違いない。
「……なあ、悪いけど、さっきのやつ、もう一回できるか?」
「う、うん。出来るけど。でも効かないよ、あの人には! なんでだか分からないけど、直接ぶつけられずに止まっちゃったんだ!」
「それでいい。むしろそれがいいんだ。この道にガレキをばら撒けば……」
「わ、分かったよユウちゃん」
「ユウちゃんって言うな!」
子供たちはなにやら、ハルに対抗する為の作戦を練っているようだ。
ハルは悪の怪人であるので、そんな隙だらけの小さなヒーローの会話をお約束通りじっと待つこととした。
会話シーンと変身シーンでは、どんなに隙だらけでも攻撃してはいけないものである。
「作戦会議は終わったかな? では、そろそろ再開といこうか」
「《あっ、なんかそれっぽいぞハル君》」
ハルが余裕たっぷりに声をかけると、少年二人もハルに向き直りやる気の構えだ。ファイティングポーズを取った。
これから何をしてくるか、正直簡単に予想はつくのだが、あえて付き合うことにするハル。
そうすればいずれ、彼らの体力も本当の限界を迎えるだろう。
「行くぞ!」
「うん! ユウちゃん、行って!」
ユウキが駆けだすと、その助走の途中にて彼の姿がふっとかき消える。後ろの少年がユウキをテレポートさせたのだ。
下手をすれば、敵どころかユウキ本人にとっても不意打ちになりかねない走行途中の転移。それに見事に対応してみせたのは、流石のセンスとコンビネーションと言えた。
「食らいやがれぇ!」
「その程度の攻撃、通らないと知っているはずだけど?」
勢いのまま肉薄してきた彼は今度は拳に炎を纏って殴りかかって来る。やはり電撃以外にも能力の幅はあったらしく、むしろこちらが本命か。
ハルは問題なく防ぎ、逆に彼に電流を放射するが、ユウキはそれをまったく臆さずがむしゃらにハルを打つ。
このゲーム、プレイヤーへのダメージは代わりに国土が受ける。その被害を覚悟すれば、疑似的に無敵となって敵を攻撃し続けることが可能だった。
「おら、おら、おら、おらぁ! だが攻撃すれば、お前のエネルギーは減っていく!」
「それは確かに」
「そろそろだよな! ……今だっ!」
「うん! 離れてユウちゃん!」
ユウキが飛びのくと、ハルの周囲に再び強引に引き抜かれた建物などが飛んでくる。
今度はハル自身を狙ったものではない。むしろ、ハルの位置は直接は避けて、その周囲を塞ぐように次々と瓦礫が降り積もって行く。
生き埋めにするというつもり、ではない。それにしては、彼らに繋がる前方の道だけは空いていた。
これは後方との連携を遮断し、ハルとユウキの一対一を実現する戦闘空間を作り上げるのが目的だろう。
「《ハル君無事ー? まあ当然だよねー》」
「ちっ、あいつは登って来れるのか。でも」
「うん。整備の人達は、こっちに来れない!」
「そしてお前はそろそろ、エネルギー切れだよなぁ!」
「ふむ。確かに」
彼らの言う通り、燃費の最悪に悪いこの小ルシファーの電力は既に底を突こうとしている。
ユウキの突撃を捌いた際の防御、並びに念のため建物群の転移投擲を防ぐため張った浮遊装甲。それらの消費で電池は消耗し、今やこのスーツはただの重いコスプレ衣装に変わろうとしているのだった。
*
「よし、お前は休んでろ。後は、オレがトドメを刺す」
「出来るかな? 果たして?」
「出来るさ! もうお前の鎧を交換してくれる兵隊はいない! ガレキを乗り越えて来ても、その間に狙い撃ちにしてやる!」
「その役目は、ぼくがやるよ!」
「休んでろっての!」
少年たちは美しい友情を見せつけ、勝利を確信している。それをハルたちは温かい目で見守っていた。
確かに、予備バッテリーたるアーマー交換が出来なければ、電力補充は厳しくなる。しかし、その程度で負けを認めるハルではなく、隣のユキもそれは重々承知だ。
「《見なよハル君、あの子供たちの希望に満ちた無垢な目を》」
「ああ。これからあの目が絶望に染まると思うと心が痛むね」
「《絶望に染めたくてうずうずしている、の間違いじゃなくって?》」
「《あなたたちね……、趣味が悪いわ……?》」
「《未熟者に現実という物を、見せてやるのです!》」
「《で、アルベルトー? 実際なんとかなるんですかー?》」
「《当然ですカナリー。こんなこともあろうかと、準備は万全》」
……いや、こんなことが無いように設計して欲しいものだが。アルベルトが楽しそうなので口にはしないハルだった。
そんなアルベルトの操作する飛行船が、後方支援の為の位置を離れてこの前線へと急速に接近してくる。
それは、ハルの頭上で航行を停止すると、その腹にあるハッチを開放しはじめた。
「な、なんだ!?」
「ご、ごめんユウちゃん。あれ届くほどの力が、残ってない……」
転移砲撃し飛行船を撃ち落とそうとするも、少年はこの瓦礫の山を築き上げたことで力を消耗しきってしまった。
そんな安全地帯に悠々と漂う飛行船が何をするかと言えば。当然、ハルへの電力供給だ。
「《エクリプス、マイクロ波照射システム起動。ハル様、アーマーを給電モードに》」
「範囲は可能な限り絞れよアルベルト」
「《はっ! もちろん、最高効率を達成してご覧に入れます》」
「そうじゃなくって、子供たちに当てるなってこと……」
一応、ゲーム側のバリアで肉体にはダメージは無いはずだが、どこまでを『攻撃』としてゲームが想定しているかは分からない。
建物をすり抜けるはずの転移がハルのシールドに阻まれ停止してしまったように、『バグ』扱いで被弾してしまったら大事である。
「《照射!》」
ハルがそんな事を考え、子供たちが不測の事態に硬直している間にも、アルベルトは実に楽しそうに、そして迅速に給電を進めていった。
飛行船の腹から降り注ぐマイクロウェーブは、ハルのアーマーに触れると急速充電を開始する。
正直それだけではあまりにも効率が悪いので、ハルも体の周囲に展開したエーテルを含んだ大気そのものを給電機構として活用し補助にあたる。
電磁波が空気を震わせる事それ自体をエネルギーとして無駄なく活用し、ハルは空気全体で恐ろしいまでの効率で発電を行っていった。
「《お手を煩わせてしまい、誠に申し訳ございません》」
「いいけどね。しかしアルベルト、これ、わざわざ発電する工程、居る?」
「《もちろんですとも!》」
「《あはは。たーしかに、そのまま兵器転用した方が効率よさそ》」
「《本当に電気が大好きなのですね、アルベルトは!》」
のんびりとしたハルたちとは対照的に、少年たちの表情は絶望に染まっていた。
必死の策にてハルの補給線を断ったはずが、またしても謎の力により回復されてしまう。その絶望はいかほどのものか、彼らの顔が如実に物語っている。
周囲の空間そのものにバチバチと稲妻を散らせて復活するハルの姿は、迫力だけなら先ほどよりも更にパワーアップしたように見えてしまった。
……実際は、少々無茶すぎる給電方法であるため、まだ七割がたしか充電できていなかったりするのだが。
完全に見掛け倒しであった。やはり充電は有線に限る。だがその見かけこそが、心を折るには役だったようだ。
「さて、見ての通り僕はまだ戦えるよ。それで、君たちの方はどうかな?」
「あっ、当たり前だ! こっちだって、まだやれる……!」
ユウキは強がるが、隣の少年はもう完全に戦意を喪失してしまっている。無理もない、体力的にももう限界だろう。まさに精魂、尽き果てたといった様子。
「……で、でもユウちゃん。あの飛行船がある限り、何回も回復されちゃってキリがないよ」
「弱気になるな! 飛行船のエネルギーだって無限じゃないはずだ。もし無限なら、さいしょからやってるはず!」
賢い。実に論理的で良い判断力だ。その通りであり、飛行船からのエネルギー供給には限りがある。
本来飛行する為に使うはずのガスを用いてハルにエネルギー供給をしているため、これを続ければ墜落の恐れすらある。
だがそれを知らない彼らには、いつまで続くのか分からぬ恐怖が澱のように不安を蓄積させ疲労を加速する。
……改めて、子供相手に行う戦い方ではないかも知れない。トラウマになったらハルの責任である。
「だったら! 先にこのデカブツを落としちゃえばいいんだろ!」
そんな絶望的状況を打破するべく、この場に新たな声と力が轟き渡った。
後方から放たれた、これまた空気その物を震わせるような波動の流れが、ノコノコと前線に出てきた飛行船に直撃する。
それは黒い塗装を粉砕するように引きはがし、内部の銀色の無敵板にさえヒビを入れて傷つけた。
「仲間を呼んだか。諦めの悪い奴らめ」
「《もう完全に悪役じゃんハル君。ノリ良すぎでしょ》」
仲間のピンチに集結するヒーローたち。さて、そうして集まった彼らさえまとめて倒してしまえば、晴れてこの戦いも終結を迎えることが出来そうであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




