第1106話 大人げのない年季の違い
再びヘルメットとスーツに身を包んだ、正義のヒーローじみた大軍が押し寄せる。
大軍になると正義らしさが薄れるのは不思議なもので、それは何故だろうかなどと、ハルも余計な事を考えてしまう。
きっとそれは、たった一人でも強大な悪に立ち向かうという『勇気』が感じられないからだ。
「ならば、分身してばかりの僕にははなから無縁か」
「《なーに戦場でたそがれちゃってるかー。先行くよーハル君!》」
「ああ。『間引き』まかせた」
「《あいさー!》」
ユキの操る六本腕が、多脚戦車のように力強くその八本の足で駆けてゆく。
八本の腕は握った刀でヒーロー部隊を大根でも切るかのようにスパスパと両断していき、圧倒的な強者としての力を見せつけた。
悪い怪人の、力を見せつけるシーンである。こんな怪人にどうやって勝てばいいのか。
「で、ピンチに陥ったヒーローはそれでも諦めずに戦って勝利を収めるんだけど」
「《現実は、非常なのです! 膝をつくまで追い込まれたら、普通はそのまま負けてしまうのです!》」
「そうだねアイリ」
「《そうやって、一度心を折るというシーンは教育に悪いのではなくて? 子供たちが妙な趣味に目覚めてしまわないかしら?》」
「いや、性癖じゃなくて逆境から立ち上がる為だから。多分……」
自信がないハルだ。それを言い訳に、嗜虐趣味を満たしている者が居ないと誰が言い切れようか。
「いや、そうなると今の僕が子供をいじめて楽しんでるみたいじゃないか……」
「《手を抜くのはダメよハル? 子供とはいえ、刃向かって来たら立派な敵》」
「わかってるよ」
特に、この世界では年齢は戦力に比例しない。理屈は分からないが想像力さえあれば、それだけ戦力は増強される。
目の前の兵士の多さは、その彼らの力の大きさをよく表していた。
「《ハル君! 全員の対処は無理だ! そっちに流すよ!》」
「わかった! 任せてユキ!」
ばったばったと、獅子奮迅の活躍で敵を両断し続けるユキも、この兵士の多さにはさすがに対応しきれない。
敵は先ほどの雪辱を晴らさんと再びハルに襲い掛かるが、しかし、それでは先ほどの二の舞にしかならない。
また一掃してやろうとハルがその手に電力をほとばしらせチャージし始めると、敵の軍団に異変が起きた。
「むっ?」
「《うおっ、ターゲット、急に消失!》」
珍しく、ユキの剣が空を切り攻撃をミスする。しかし、それはユキが手を誤った訳でも敵の技量が上った訳でもない。
目の前に絶えることなく押し寄せていたはずの兵士が、一瞬にしてこの場から消えたのだ。
「《テレポかっ!》」
「ああ。全方向に注意してユキ。また現れるよ」
「《おうさっ!》」
敵は逃げたのではない。消えたのは、再び現れ奇襲するため。ユキは八本の刀を花びらのように周囲に広げて警戒をする。
そのハルの警告の通り、一瞬で消えた敵はまた一瞬で姿を現した。
「《上だぁっ! ってなんで上ぇ!?》」
「奇襲にはピッタリだけどね」
右か左かと警戒している相手でも、直上には対応できない。ただし、ハルやユキはその限りではない。
当然、全方位と言ったら直上直下も含まれる。そこに動揺はなく、驚いたのは敵の悪手に対して。
「《空中で回避が出来るか! いや出来ない! 君たち、無事に地面に着けると思うなよ?》」
まるで落ちて来る果物を落とさず収穫するゲームのように、ユキは剣を振り上げると空中で兵士を切り刻んでいく。
なかなかの連鎖数だ。得点表示があったら、がんがんメーターが回って行く姿が拝めただろう。
ハルもそんな上方から来る敵に向け、虫取りの微弱電流でも放射するかのように電撃を発し撃ち落としていった。
「《お。また消えた。もう慣れて来たね》」
「《普通は慣れないでしょうに、こんな急激で大規模すぎる変化……》」
「《ゲームの、年季が違うのです!》」
「《こんなゲームがあったらクソゲーですけどねー》」
軍そのものが一瞬で消え、別方向から一瞬で現れ奇襲してくる。確かに戦略ゲームでやられたらクソゲーだ。
だが今は雑魚を殲滅する爽快アクションゲーム。その雑魚がどの方向から来ようとも、大したハルたちの脅威にはならないのだった。
*
「《ハル君! 今度は後ろだ。整備の機械を狙われてるよ!》」
「そいつは困る。まあ、後ろはそのまま整備兵に任せればいいだけなんだけど」
敵は転移を繰り返しながら、あらゆる方向からハルたちを襲う。今は完全に背後から、ハルのパワードスーツの生命線たる補給装置を狙って軍を飛ばしてきた所だった。
だが、整備員と化した人形兵たちもその力を失った訳ではない。銀色に輝く鎧も健在で、最初の密集陣形の再現のようにがっしりと陣を組んで敵のゆく手を阻んだ。
一応、文字通りの生命『線』である電源ケーブルだけは傷つけさせないように、その一帯だけはハルが直々に雷を束ねたようなビーム砲撃で薙ぎ払った。
「《しかしー、これでさっきの謎が解けましたねー。絶え間ない大軍の補給をどうやってこなしていたのか気になってましたが、こうして転移させて中央から送っていたんですねー》」
「《あっ、なるほどー。そういうことなんだねカナリーお姉さん》」
「《ですよー?》」
そう、きっと彼らは、先ほどもこのようにして物量作戦の為の兵を維持していたのだ。
兵士は倒されると、本来中央からのやり直しになる。復活地点から歩いて、もう一度戦地へ向かわねばならないのだ。
それがタイムロスになり、戦場においては致命的な隙となる。国土が広がれば広がる程、そのロスは増えるはずなのだ。
しかし、この軍そのものを転移させるほどの超能力の前ではそのデメリットは帳消しに出来る。
復活した兵士たちを、順次転移させ国境まで強引に送ってやればいいのだから。
「そしてその兵士の大量損失によるダメージは、自分たちが全員で国境沿いに詰めておくことで軽減する」
「《なかなかの、コンボなのです! これは、あのお船の国も強引に突破出来てしまうかも知れないのです!》」
「かもね。ガトリング砲に倒されるより多く、兵士をなだれ込ませればいいんだから」
単体攻撃に特化した国にとって、この戦法は天敵。いずれ処理が間に合わなくなり、いずれ国土は力押しに沈む。
子供と侮れない、いや子供らしい柔軟な発想力だ。互いの長所を、良く活かしていると言えた。
「しかしあれだね。これを見ると死霊術死の戦い方を思い出す」
「《ネクロ? ああ、よわよわガイコツを無限に流し込むあれか》」
「うん。いかに最弱の雑魚でも、無限の物量をもってすれば最強の部隊になる」
「《今はその物量も、徐々に減ってるけど、ねっ!》」
ユキに切り捨てられた敵兵は、その場に力なく崩れ落ち、その残骸は色を失っていく。
鮮やかなカラーリングのスーツはくすんだ灰色に変わり、その力を消失させていく様を表しているようだ。
これは、特殊ユニットとして組み上げられた六本腕の特殊能力。切り殺した兵士は、その復活を禁じられるのだ。
その力により無限の軍隊は不死性を奪われ、有限のものとして徐々に運用人数を減らして行く。
「《ネクロも無限を担保出来なくなった時点で!》」
「ああ、ただの雑魚だ」
ハルたちは別のゲームの戦略上の欠点を思い出したところだったが、その会話を聞きとがめた者が居た。
その者には、自分たちの軍隊が『雑魚』と誹りを受けたと聞こえてしまったかも知れない。
……まあ、ハルもその可能性を考慮しつつ、あえて聞こえるように口にしたのでまた計算通りではあるのだが。
「ユウちゃんの兵隊は、ザコじゃない!」
「おっと」
急に眼前に現れ、手のひらを突き出すようにして攻撃してくる少年の力をハルは電磁バリアで防御する。
この少年がきっと、軍その物を転移しハルたちを翻弄した張本人であると思われた。
「あやまれっ! ユウちゃんにあやまれ!」
「そうか、すまないね。確かに、彼のヒーローは雑魚じゃあないとも」
「そ、そうだっ!」
「では、それを使いこなせなかった君がザコかな?」
「《うわぁ……》」
傍らの六本腕を操るユキも、思わず絶句するハルの一撃。その言葉は、二人目の少年の胸に深く突き刺さってしまったようだ。
「ぼ、ぼくはっ!」
「考えてもみなよ。強くて数も多い、ユウキ自慢のヒーローを、君の下手な使い方でこんなに数を減らしちゃった」
「そんな……、ぼくが……」
「《わざわざ分かりやすい言葉で説明してあげるハル君、鬼畜っしょ》」
「《やっぱりハルも、そういう趣味なの? ユキも?》」
……いや別に、ヒーローの心を折ることに暗い喜びを覚える特殊な趣味はない。
ユキと二人で見ている特撮の類も、決してそうした目線で楽しんでいる訳ではないのだ。誓ってそのはずなのだ。
ハルとユキは、顔を見合わせてどちらからともなく、ふるふる、と首を左右に振るのだった。
「確かに空間系の力は強力だ。対応は難しい。だけどね、それは術者にも言えること。人間に本来備わっていない機能なんだ。乱用は、脳が混乱して判断を誤らせるよ」
「うるさーいっ!!」
「アドバイスしてあげたのに」
これ以上聞く耳は持たぬとばかりに、少年は一声叫ぶと姿を消す。
そして、一瞬後には再び現れると、背後からハルの頭部に向けて再び攻撃を仕掛けてきた。
「ふむ? 空間を急激に拡縮することで強力な衝撃波を発生させる攻撃か。物理的な防御手段では、割と防御不能な良い攻撃だ」
「うるさいうるさいうるさい! しねしねしね!」
「殺意だけで敵を殺せれば、苦労はしないよ」
「《私たぶん出来るよー》」
「……絶対にやらないように」
ちなみにハルも出来る。決してやらないが。セキュリティを完全無視し他人の体に侵入できるハルやヨイヤミは、暗殺者としても最高峰の人材だった。
月乃が、そうした用途の為にハルやヨイヤミを欲したのではないことを祈るばかりだ。
だが子供っぽい癇癪を引き起こした彼には、そこまでの力はない。
執拗にハルの死角を突こうとするが、そもそもハルに死角はない。肉体的な瞳以外にも、常に自身を周囲ごと俯瞰し客観視しているハルなのだから。
「……じゃあ、これならどうだーっ!!」
「ほう。これはこれは」
転移強襲による攻撃がことごとく防がれた少年は、更なる大技に打って出た。前方の街にある、建物や木々が地面から引き抜かれ持ち上がる。
念動力の力も併せ持っているのか。その引き抜いたオブジェクトを、彼はハルに向け超高速で投げつけてきた。
いや、高速と言うのも生ぬるい。その速度はまさに一瞬。転移したに等しい神速。
「でも当たらないんだよね、これが」
「なっ、何で!? 途中で止まっちゃってる!」
「事前にシールドビットを配置させてもらった」
干渉を失った建物が崩れ落ちた先を見れば、ハルのスーツから剥離された装甲板が浮遊している。
それに阻まれるように、巨大な弾丸は勢いを失ってしまったのだ。
「僕のテレポートは、障害物もすり抜けるはずなのに……」
「さてね? バグなんじゃない?」
適当を言ったように見えて、あながち間違っていないのが厄介なハルの言。ハルのスーツは、外から持ち込んだ純粋な物質。
この世界のルールで作られた神力の物質とは、まるで異なる挙動を引き起こす。
そんな風に、ハルの少々意地悪な戦いは一方的に進行していった。




