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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1105話 あふれる創造力と足りない想像力

「さて、どうしてくれようかね?」

「くっ、くそっ……!」


 もう完全に悪役そのもののセリフと態度で、ハルは一歩一歩ユウキに迫る。

 まあ別に、どうもしてくれるつもりはないのだが、優位者としての立ち位置を明確にする儀式のようなものだ。

 彼は侵略者であり、これはハルの国と彼らの国との戦争。敗者には、それなりの物を支払って貰わねばならない。


 そんな交渉をどう進めて行くかとハルが考えていると、ピンチに陥ったヒーローを助けるべく救いの手となる者が突如現れた。


「ユウちゃん! つかまって!」

「助かった! てかユウちゃん言うな!」


 なんの前触れもなく出現したもう一人の少年が、うずくまったユウキの腕を掴む。

 その一瞬の後には、彼ら二人の姿はこの場から完全にかき消えていた。また空間系の能力ということだろう。


「逃がしちゃったね。まあいいか、この場を退かせることは出来たようだし」

「《国境の浸食圧が弱まりました。どうやら、敵は自陣の奥へ撤退していったようです!》」

「そうだねアイリ。あの浸食力は恐らくだけど、彼らが全員で国境付近に待機することで、軍をあれだけ倒されていながら敵国を圧倒するだけの力を得ていたのだと思う」


 他国を浸食する力は、国境沿いに駐留ちゅうりゅうさせた兵士の数や、プレイヤーの存在によって決まる。

 彼らはそのことを最大限に活用し、どれだけ兵士がやられようと問題なしの浸食力を生み出していたのだろう。


 いや、それにしてもあの力は脅威であった。ハルとしては悔しい限りだが、きっとこのゲームのかなめ、世界を創造する力に関しては、彼らはハルを大幅に上回っているのだろう。


「《これから、どうなさいますか? 敵は撤退しました。ハルさんも、一度こっちへ戻りますか?》」

「んー……、どうしようかねえ……」


 アイリのいう通り、それも有りだとハルも思う。ユウキの、彼らのリーダー格の味わった敗北は大きい。

 そのことが彼らに与えた衝撃もまた大きく、そこから回復するまで再び攻めてくることはないだろう。

 きっと、『もう一回攻め込む!』『いやちょっと待ってよ!』といった子供らしい意見のぶつかり合いが出るはずだ。


 ならばその隙に、もう片方の戦線を片付けてしまっても良いかも知れないが。


「ユキ! そっちはどう!?」

「《おーハル君。それがこっちもね。なかなか私を倒せんもんで、あんま攻撃してこんくなっちゃった。多分、あれ退きたがってるね》」

「なるほど。楽勝だと思ってたところに厄介な敵が来たから、戦意喪失ってところか」

「《うん。ありゃきっとえてるね。とはいえ、攻めるのにもまだ少々きちーのは変わりゃん》」

「かわりゃんか」


 ここでハルが合流し、二人で一気に片づけてしまえば上手くいくかも知れないが、そうすると今度はこちらの戦場が文字通りお留守になる。

 ここは、二つの戦線の特性、そして二つのプレイヤー連合の性格を考慮して、最適な作戦を導き出さねばならないだろう。


「……よし、その場は自然に痛み分けを演出して、しかる後にユキたちも戦場を放棄。僕らと合流して」

「《あいあいー。ハル君と一緒に、そっち全力攻めだね》」

「そうなる」


 ユキの対戦相手は年長の生徒。強敵相手に、衝動的な深追いは避けると考えられる。

 彼らは一度戦闘が仕切りなおされれば、いったん慎重に作戦会議を挟むに違いないとハルは読んだ。

 よしんばすぐに攻めてきたとしても、彼らとの国境は攻め込むに厳しいハニカム地帯。当初の予定の通り、あの地形が時間稼ぎをしてくれるだろう。


 大してこちらは少年の集まりだ。青い衝動のままに、再び無茶な侵攻を開始する可能性だって十分にある。


 ならば、まずはこちら側に戦力を集中し、一方ずつ各個撃破といくとしよう。ハルは、そう決定するのであった。





「《ういー。お待たせーハル君。わり、時間かかっちった》」

「大丈夫だよユキ。敵もどうやら、休憩時間のようだからね」

「《あいつら、私と違ってまだ病院に囚われの身だからねー。お昼の時間には、渋々お部屋に帰らないといけないって寸法すんぽーなの。前も見たよー、ぶーたれた顔で、嫌そーに帰って来るとこを》」

「《そこは真面目なんだね。もっとヤンチャかと思った》」

「《ヤンチャだよ。馬鹿でやんなっちゃう。でもね、そんなあいつらでも罰は怖いのよ。お昼をすっぽかすと、罰として部屋に監禁されちゃうんだから! そしたらログインも出来ないしねー》」

「《おー厳し》」


 監禁というと言葉が悪いが、『外出禁止令』のようなものだろうか。

 子供相手にやりすぎなのか、それとも、それだけ職員は彼らに手を焼いているのか。部外者のハルには分からない。

 しかし、この戦争の最中さなかに大人しく帰るということからは、彼らがそれだけ『罰』を恐れているという事実を浮き彫りにさせる。


「僕らの方も準備が必要だったから、ありがたいといえば、ありがたい」

「《今度はこっちから攻め込むんだもんね! ハル君それ大丈夫? 足手まといになんなよー?》」


 ユキが六本腕の体を介し、わざわざ腕を四つも使って指さす『それ』は、ハルのスーツの為の充電設備だ。

 シルフィードの世界の端にある『駅』から伸びた電源ケーブルを延長しながら、巨大な機材を押して整備班は進む。

 この部隊と装置が無ければ、今ハルが装着しているパワードスーツはすぐにエネルギー切れとなってしまうだろう。


 更には、妖精の森の木々の隙間から空に見えるは、兵員輸送の巨大飛行船。

 完全にこの一方面に戦力を集中した、総力戦の構えである。


「上級生組が再起動する前に、子供たちを攻略するよ。今度は敵陣だ、さっきよりも、能力が上がっている可能性がある。注意するんだ」

「《あいさーりょーかい。そういえば、さっきはこっちに出て来てたんだよねー》」

「だね。少なくとも、『自陣内限定』といった縛りで使える強力なスキルじゃなかったってことだ」


 その上であの威力である。そうしたスキルが必ずあるとは限らないが、存在した場合先ほどと比較にならない強力な物になるのは確実。心してかからねばならない。


 ハルと、ユキの操る六本腕は、意を決し子供たちの国との国境を越えて行った。


「……なるほど。子供らしいといえば、子供らしいのかな?」

「《ディテール不足。まさに子供のおもちゃね》」

「手厳しいねヨイヤミちゃん」

「《ヤミ子の遊園地はめっちゃ細かい作りだったよね》」

「《へへー。私は、あんなガキンチョとは頭のデキが違うんだもーん》」


 足を踏み入れた彼らの国は、今は多数の世界が溶けあっているが、それでもどこか似通った統一感を感じる部分がある。

 それが、細部の表現の簡略化だ。『子供の落書きのように』、とまでは言わないが、情報が簡素に表現されたオブジェクトが多く見受けられる。


 基本となるのは現代的な日本の街並みのようだが、どこか『のっぺり』とした雰囲気が否めない。

 その街に突然飛び出てきているファンタジー様式の城壁も、ソウシの国の建物や、ルナの生み出す装飾の美しい石壁などと比べると、いささか見劣りがする。


 木々もなんとなく、凹凸おうとつの少なく色数も足りない、なんとなくプラスチックで作られているような質感の物が道から唐突に飛び出していた。


 そうした世界の各所に染みを作るかのように、グリッド線の引かれた黒い平面が顔を見せている。

 これは、ゲームをいちから作る際に基準となったりする簡易なオブジェクトだろうか?


「想像力の不足、いや、これは単に経験の不足か。想像力では、むしろ僕は負けているらしいし……」

「《腐るなハル君。腐るでない》」

「《勉強不足なんだよ。遊んでばっかで、サボってばっかいるからあいつら》」

「なるほどね。とはいえ、遊びだってある種の勉強だ。彼らはきっと、遊ぶことに関する勉強も出来ない環境にいるんだから、そこは考慮してあげないとね」

「《ちなみに遊びの勉強を極めた成果の結晶が私です!》」

「《ユキお姉さんはあいつらと比べ物にならない天才で、努力家なんだから! 次元が違うもーん!》」


 ハルたちを褒めたいのか、彼らのことを否定したいのか。どうにもヨイヤミは意固地になっているようだ。


 とはいえ実際に、彼らが経験を積む機会は、通常の人間のそれより大きく制限されているのは間違いない。

 決して広くはない病棟が彼らにとっての唯一の世界で、場所に縛られない広大なネットの知識にも触れられない。

 そんな現実を、この細部表現ディティールの薄いおもちゃの世界は訴えているような錯覚を覚えるハルだった。


 とはいえ、そんな子供たちは今は敵。細部はともかく、彼らの世界は非常に広大なようだ。

 ハルの想像とはまるで関係なく、実は彼らは単に細部を切り捨ててひたすら世界の面積を拡大していただけの可能性もある。質より量、ということだ。


「質より量か。実際有効だ、彼らは兵士も大量だったしね」

「《あはっ。まるで倒され役の怪人だったねー》」

「《言ってやるなヤミ子。まあ確かに、いっぱい居るとヒーローっぽさは途端に消えちゃうけどねー》」


 大好きな物を作ったはずが、結果としてその大好きな物の自己証明アイデンティティーを消し去ってしまう。なかなかに悲劇だ。

 まあそれも、子供の行う二次創作にありがちな現象として生暖かく見てやれなくもないのだが。


「っと、来たみたいだね。そんなヒーロー部隊が」


 きっと、基準となったこのおもちゃの街の主、ユウキの兵隊だろう。この街を侵略する悪人から守らんと、再びヒーローが出撃した。

 皮肉を言いはしたがその数は単純に脅威。彼らはまた道路を埋め尽くすように展開し、ハルたちを阻む。


「《だが今回は、私がいるぜ? 私が倒した兵士はしばらく復活しない。さて、どーするどーする。あっ、ハル君は敵の本体をお願いね》」

「ああ。そっちは任せた」


 ユキも気付いていたように、そのヒーロー部隊に紛れて、先ほどユウキを助けた少年もこちらをうかがって機を見ているようだ。

 瞬間移動じみた挙動を駆使する彼を、決して自由にさせる訳にはいかないだろう。

※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 各個撃破するとして、問題は撃破した後に大人しくなるかどうかですかー。これまでは配下に加えてましたが、子供組は反骨心も強そうですし、お前の拳では死なんとか言い出しそうな気配もしますしー。気に…
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