第1104話 白き魔王の第二形態!
「おら、おら、おら、おらぁ!」
戦闘態勢に入ったユウキ少年は、その手から次々と電撃の弾を投げ放って来る。
その威力は凶悪で、一撃一撃が大地をえぐるほどの衝撃派となって、着弾地点を吹き飛ばす。パワードスーツを着た今のハルとて、当たれば無事で済まないだろう。
だが、投擲技術は素人そのもの。がむしゃらに投げ込まれるだけの投球など、ハルにとっては目をつぶっていても回避できる程度のものだ。
ハルはそれを的確に紙一重で回避し続け、時おり背後の整備班へと飛んでいく弾をこちらからの電磁バリアで撃ち落としていった。
そして、その攻撃の隙間に割り込むように、こちらからもビーム状に束ねた電撃を彼に向け飛ばしてみる。
「効かねえええ!!」
「ほう。君もバリアを張れるのか。それは、念動によるものだね」
「たりめえだろぉ! お前に出来て、オレに出来ないはずがねぇ!」
どちらかといえば、自分ではなく今も六本腕と戦っている生徒との比較したハルなのだが、まあいいだろう。
どうやらここでプレイヤーが持てる超能力は、『一人いち能力』といった制限はないらしい。
「超能力が出始めたということは、アメジストの目的がここで結実し始めたか」
「なにをブツクサいってやがる!」
「いや、なんでもないよ」
「ぜぇ、ぜぇ、くそっ、ちょこまかと……」
ハルに向けて休む間もなく、雷球を力の限り投げ込み続けたユウキ。遮二無二がんばり続けるその姿勢はあっぱれだが、気持ちに体が付いて行っていないようだ。
大きく息を切らしながら膝に手をつき、攻撃の手も止まってしまう。
ハルはその隙に、電池も兼ねているこのスーツの装甲板を人形兵に交換させてエネルギーを補充していった。
「ちっ。また回復しやがったか」
「君と同じさ。激しく動くと、息が上がってしまうんだ」
「……ナメやがって。でもな、オレは休めば回復するが、テメーはその部品が無いと回復できねーんだろぉ!?」
「おっと」
息を整え終わったユウキ少年は、顔いっぱいに表情を表現した壮絶な笑みを浮かべながら、必勝の策を決行する。
ハルの生命線たる後方の整備班。それらが抱える機材に狙いをつけて、思い切り電撃のボールを投げ込んだのだ。
「当然、防御しなきゃいけねぇよなぁ!」
「まあ、そうだね。割り込まないと、彼らが危ういし」
「そらそらぁ! そのまま続けて、食らいなぁ!」
「どこで覚えたんだい? こんな、人質に向けて発砲するような悪役じみた手を」
「悪役って言うんじゃねぇ! そ、そんなこと言っても止めてやんねぇぞ!」
「ふふっ。効率的に悪人を倒していくうちに、外道に堕ちたヒーローか。青年向けの主人公みたいだね」
「だーっ! うるせぇーっ!」
怒りと共に連投されるその雷撃に、スーツの電池残量がどんどん底をついていく。ついには電力がゼロになり、ハルはバリアが張れなくなった。
「装甲、パージ」
「勝った! 交換の隙なんか与えねぇ! これで、トドメだぁーっ!」
「やはり青いね。与えちゃってるよ、十分に隙を」
気合を込めて力をチャージし、特大のエネルギーボールを生成するユウキ。
しかしその一瞬の隙に、ハルは新たな装甲板を装着する。
……いや、正確にはまだ装着はしていない。人形たちに命じてこの場に投げ込ませた装甲は、スーツに接続されず周囲の空間に浮遊していた。
まるで子機のようにハルの周りを浮くそれらからは、ばちり、と電流が小さな稲妻となってハルの体に流れ込んでいた。
「な、なんだそれ。飛翔アーマー形態!?」
「いや、別にそんなカッコイイ何かじゃないんだけど。単に応急処置なだけで……」
「第二形態があるとか、つくづく厄介な奴め!」
「聞いてないし」
何か、こうした形態を操るヒーローか怪人でも居たのだろうか? 悪態をつきながらも、心なしか喜んでいるようにも見える。
とはいえ、せっかく名付けてもらったのなら、このままこの状態を活かすとしよう。少し思いついたこともある。
「人形たち、予備のアーマーを僕へ!」
「!!」
ハルの命令で、奥の整備班から追加の装甲が投げ込まれる。それはハルの身体に近づくと、吸いつくように軌道を変えて追加で周囲に浮遊し漂った。
ハル自身は装甲を脱ぎ一回り小さくなったが、全体のシルエットは浮遊するビットと絶えず発生する電流で、二回り以上巨大になった印象を見る者に与える。
まるでラスボスの第二形態。そんな『変身』を目の当たりにしたユウキ少年は、知らず喉を鳴らしながらその場を一歩後ずさっていた。
「ごくっ……」
「さて、これで僕のエネルギーは二倍。もう交換の手間もいらない。どうする少年?」
《ハル様。アーマーはしっかりと装着しなければ効率が悪うございますよ》
《……やかましいぞアルベルト。元から効率なんか最悪でしょこの装備。今いいとこなんだから》
《ははっ。ごっこ遊びに付き合って差し上げるとは、お優しいですねハル様》
《いやこれやらなきゃ交換できずに負けてたからね?》
《不甲斐ないばかりです。しかし、流石にございますねハル様。そのような機能、付いてはいないというのに》
《まあ、もともとフルマニュアルだ。多少は応用をきかせないとね》
とはいえ、アルベルトの言う通り電力効率は先ほどより劣る。接触していないので当然だ。
電力の最大容量は二倍以上になったが、そのぶん充電のサイクルも乱れている。フルパワーで戦い続ければ、アーマーへの補給が間に合わなくなるだろう。
「どうした、かかって来ないのか?」
その不都合をおくびにも出さず、ハルは余裕たっぷりの態度でユウキを見下ろす。ハルの迫力に圧倒される彼は、まだ足がすくんで動けないようだ。
そんな心の折れた勇者を嘲笑うがごとく、白い魔王は挑発の言葉を投げる。
……決して、さっさと戦闘再開してくれないと放電でどんどんエネルギーが消耗していくから急かしている訳ではない。訳では、ないのだ。
「くっ、くそっ! うるせぇ! やってやろうじゃあねぇかぁ!!」
「その意気だ」
どうやらユウキも戦意を持ち直したようで、体の芯に力を込めなおす。震える足を隠し一歩踏み出すと、先ほど以上の電撃を全身にチャージしていった。
そして両手を前に突き出すと、溜めた電気を一点に集中。自らの身をビーム砲の砲身と成すかのように、その力を一気に解き放った。
「いっけええええええええええぇっ!」
その電流の渦が、周囲の地面や森の木々を焼き焦がしながらハルへと迫る。ハルも回避することなく、正面からそれを受けて立った。
そして、やがてその電力も底を尽きる。残り香のように爆ぜる紫電と、立ち込める爆煙。それが晴れた後に、立っていたのは果たして。
◇
「はっ、はははっ。やった、勝っ、た……」
勝利を確信し、その後がくりと地に膝を付いたのはユウキ。対する正面のハルはというと、宙に浮く装甲を全て吹き飛ばされ、スーツもその所々が破損している。
ルシファーを模した可動式のヘルムも崩壊し、今はハルの素顔が露出している。
このハルの状態を見て、ユウキは勝利したと思ったのだろう。スーツが無ければ、ハルはもう戦えないと。
「しかし君も、満身創痍じゃないか」
「ま、まんしん? あー、なんだっけ? い、いや、余裕ぶっこいて負けたのはお前だろ!」
「それは慢心ね。むしろよく知ってるね。なんにせよ君だって、もう戦えないんじゃないかな?」
「引き分けってか? ざけんな! オレは休めばまた戦える! だがお前は、スーツをぶっ壊された。もう戦えない!」
全身疲労で立ち上がれないとでもいうように、ユウキはぐったりと体の力が抜けている。
しかしその表情だけは、全力の一撃でハルを撃破した満足感に満ちていた。
……そんな中悪いが、その表情を絶望に叩き落とさせてもらおう。実際に負けても居ないのに、負けたことにされては少々癪だ。
知っての通り、ハルは非常に負けず嫌いなのである。
「僕がいつ、スーツが壊れた程度で戦えないって言ったかな? それに、このスーツも別にまだ壊れていない」
「なに、言ってやがる。だってそんなに、ボロボロで……」
ユウキ少年がその言葉を最後まで言い終わらないうちに、そのボロボロのスーツに変化が表れた。
周囲に吹き飛んでいた部品が寄り集まるように、青い電流を纏いながらハルへと引き寄せられていく。
それらは自然と元の位置に収まると、ボロボロにヒビの入っていた断面すらも徐々に埋まっていった。
「……こんなところかな。整備班、装甲板を」
そして、予備のアーマー兼電池を装着すると、最初に現れた時とまるで変わらぬ、新品同然の小ルシファーがその場に再誕したのであった。
「馬鹿な……、再生、能力……?」
「いいや。単なる修復機能だね」
《……そのような機能、搭載した覚えはないのですが》
《でっかい方のルシファーだって修復できるでしょ。あれと同じ。物質には変わらないんだから》
《お気づきでしたか》
《そりゃあね。エーテルを通しているんだもの。僕が気が付かない訳がない。これ、外で作ったんでしょアルベルト》
《仰る通りにございます》
《こんな危険物を……》
ユキのボディと同様、このパワードスーツもアルベルトが地球の部品を使って開発したものだ。
つまり、この危険物はそのまま現実でも使用可能なのである。どうしたものかとハルは内心頭を抱えた。
しかし、物体であるならハルの領分。吹き飛んだ破片も、ナノマシンによる修復が可能だ。幸い、その為のエネルギーも潤沢にある。
装甲を浮遊させていた手品のタネも、ハルの身体から周囲に散布したエーテルによるものだ。
だが、そんな種明かしを敵であるユウキにまでしてやる義理はない。ハルが無言で見下ろすと、彼は恐怖に歪む顔を、怒りで必死に塗り潰そうとあがいていた。
「どうする? まだやるかい?」
「と、とうぜん、だ。オレは、負けねぇ……」
そう彼は言うが、勝敗は既に決したも同然。さて、ここからは、この局地的勝利を彼の、彼らの国に対してどう活用するかを考える場面だろう。
まだユウキ以外にも、子供たちは奥に残っているのだから。




