第1102話 専用機と熟練整備班
「アルベルト、これは?」
「はっ! 我々の技術の粋を結集し制作した、新型のパワードスーツです」
「なかなか凝っている。で、これを僕に着ろと?」
「はい。あの大軍に対抗するためには、いかにハル様とて攻撃力の不足は否めないかと」
「まあ、刀による近接攻撃しかできないからね」
どうしても、処理能力よりも敵の復帰速度の方が勝ってしまう。いかにハルが超人的な速度と技術で剣を振り続けても、人間一人で倒せる速度には限界がある。
その処理速度を拡張するための、強化装甲がアルベルトより手渡された。
「今までの作品と比べると異色だね。体にフィットした、ボディースーツのような物が多かったイメージだけど」
今まで、ハルたちが使っていたのは、『ちょっと派手な衣服』としても使える普通の服のような形状だ。
服の下には全身タイツのような、ぴっちりと肌を覆う人工筋肉の繊維で織られたスーツがあり、それが基準となっている。
そのスーツが直下にある本当の筋肉の動きを読み取り連動して動くことで、何倍ものパワーを発揮できるのだ。
それと比較して、アルベルトが今回用意したのはもっとかさばる、いかつい見た目とゴツい手触り。
これはもう『服』として流用は決してできず、『鎧』と言った方が正しいだろう。
「趣味が変わったかいアルベルト? 君自身が着る、例の『仮面アルベルトマン』も、もっとスラリとしていただろう」
「趣味の問題ではございませんハル様。機能性の問題です。ライダースーツのようなタイプでは、どうしても出力に限界がございましょう」
「……そんなに出力、要る?」
「いります」
断言されてしまった。これ以上の押し問答は不毛になりそうなので、しぶしぶとスーツを着込むハル。
体にぴったり圧着しないとはいえ、その鎧の内部は窮屈で圧迫感がある。
それでいて動作は非常にスムーズなのは、まさにパワードスーツといった感じだ。
「……しかし、この見た目」
ハルはそんなスーツを着込んだ自身の姿を、外部からの目でもって俯瞰する。
「ルシファー?」
装着を終えたハルのその姿は、何だか見覚えのある、白くて強そうな外見をしているのだった。
「ええ。デザイン面は、ハル様のルシファーを踏襲した造りとなっています」
「かっこいいです! ハルさん!」
「ロボットみたいだね、ハル君。良い感じ良い感じ」
「《あはっ。男の子が好きそー》」
白い甲冑を着込んだような形となったハルの姿は、ハルたちが操る巨大ロボットのような兵器、『ルシファー』を思い起こさせる。
男の子としてときめく気持ちもあるが、なんとなく皆の前で恥ずかしさが勝るハルだった。
アルベルト自身の黒い仮面のスーツしかり、そうしたデザインが趣味なのだろうか? いや、アルベルト本人は言う通り機能を追求しただけなのかも知れない。
「まあ、見た目に関して議論している時間はない。早速行ってくるよ。性能は現地で試すとしよう」
「ご武運を。ハル様なら、使いこなせること間違いありません」
「ふふっ。行ってらっしゃいハル。駆け足でお行きなさいな?」
「その姿で普通に出て行くの、なんだかシュールですねー」
「言うなって……」
いかついロボットのような見た目のハルが、普段のハルのような人間的な動作で手を上げ挨拶する。
その姿が可笑しかったようで、ルナが愉快そうに笑みをこぼす。自分で外から見てもどうかと思うハルだが、まあルナが楽しそうで何よりだ。
そんな、出撃というよりも『出勤』といった体で、ハルは地下鉄に乗り現場を目指すのだった。
*
「《すでにお気づきかと思いますが、スーツの解説をいたしますハル様。そのスーツは、アイリ様方のほぼフルオートスーツと違い、マニュアル挙動となっています》」
「ああ。これは僕専用だね。体内のエーテルを伝播させることで、体の一部、新たな筋肉として動作させる。リアルタイムでこれは、僕しかできない」
「《はいはーい! 私も、私も忘れてもらっちゃ困るよハルお兄さん! きっと私だってできる、練習したもん! お兄さんだって才能あるって言ってくれたでしょ? 負けないんだから私!》」
「その意気だねヨイヤミちゃん。でもまだ早い。動かせるからといって、戦闘に耐えるとは限らないよ」
「《むうぅ~~っ》」
周辺の筋肉と同調し、半自動で動きの質を高めてくれる従来の物と比べ、これはハル自身が全てを自分で制御せねばならない。
ハルは真空のチューブの中を輸送されていく中、手早くその挙動の癖をチェックする。
そして通勤時間を煩わしく思う間もなく、列車は終点へと到着。早速スーツの実力を試す時がやってきた。
ありがたい。地下鉄に揺られるカッコいいロボット、という絵面はあまり引き延ばしたくはないハルだ。
「よし、出撃する。これより戦線に加わるよ」
「《出勤では? 通勤快速に揺られるハル君》」
「やかましい。あっちの戦場は任せたからねユキ」
「《あいさー。腕が鳴るね、久々の六本腕だ。大会二位の実力を見せちゃる!》」
ハルは自軍の特殊ユニットの操作をユキへと移譲し、駅に降りると既に視界に入ってきた戦場へと集中する。
戦線はじわじわと後退。敵軍がこの駅まで迫れば、補給線を維持できなくなり一駅後ろまでの撤退を余儀なくされるだろう。
ハルは意識の中でスーツのスイッチを入れると、それにより異常に強化された脚力でその戦場に飛び込む。
戦場は満員電車以上にすし詰めとなった敵の戦闘員を、こちらも密集陣形のように一列に並んだ人形兵が押しとどめている。
その群衆の中に、颯爽と空から白い機体が降臨し一帯を薙ぎ払う。
まるで仲間の窮地に降り立つ主役機の登場だが、少々惜しいのはそのサイズ感か。見た目はロボットだが、サイズ的には周囲の兵士とそう大差ない。
「やあ、ヒーロー諸君。怪人の登場、といったところかな? いや、むしろ群れるその姿は、君らこそが悪の組織の戦闘員か」
「《ノリノリじゃんハル君。ベルベル、スーツは黒い方が良かったのでは?》」
「《いえいえ。ハル様なら黒を着ようと、その時はダークヒーローとして着こなしてしまいますとも》」
「……向こうの戦場に集中してようね君たち」
格好つけても茶化されてしまう。ここは黙って戦闘に集中すべきか。
ハルは気を取り直し、驚愕に一瞬腰の引けた戦闘員たちに容赦のない追い打ちを敢行する。
鋭い爪のようになった指先からは、青白い雷光のほとばしりと共にレーザーカッターのようなエネルギー力場が形成される。
それは敵戦闘員を容易く両断し、それにとどまらず後ろの者も同時に輪切りに、更に後ろもと、この場に密集した敵兵を纏めて葬り去った。
ハルが適当に腕を振るうだけで足の踏み場も無かったこの妖精の森に、少しずつ元の広場が取り戻されていく。
いや、その広場の地面には、土の代わりにバラバラに斬殺された敵兵の死体が折り重なっているので、これを『元の』とは言えないかも知れないが。
「良い攻撃力だ。しかしアルベルト、動力は全て電気かこれは?」
「《はいハル様。ですが充電の心配は不要です。存分に、お力を振るっていただければと》」
「……本当に大丈夫かねえ」
まあ、機能停止したら脱げばいいだけのこと。ハルはアルベルトの言葉を信じ、一切の加減なくその電光の刃を振るい敵を間引いていった。
シャルトが見たら目をしかめそうな速度で機体内の電力残量は減って行き、既にもう電池ゲージの底が見えている。
それでもハルはお構いなく、電気駆動の人工筋肉をフル稼働させ地を蹴り、更に足の噴射工からジェット噴射を散らしながら接敵し、着地と共に雷光の爪で付近を更地にすると、奥に残った兵士を電磁砲による遠隔攻撃で吹き飛ばした。
「電池切れだ。なんとかしろアルベルト」
「《はっ! 今すぐに!》」
ハルは背中に空いた穴から、バチバチとほとばしる青いスパークと共に機体内の熱気を放出する。
そのオーバーヒートの冷却はまるで天使の翼のように羽ばたいて空気を震わせ、なかなか見事な演出となって見る者を威圧した。
仁王立ちするハルの周囲にはおびただしい数の敵兵の骸。
もう電池切れで動けないはずのその身であるが、奇妙な迫力と威圧感をもって今もなお戦場の空気を支配していた。
そんなハルの元に、臆することなく駆け寄る数人の姿がある。勇気ある敵兵、ではない。
味方の人形兵が迅速に、最高効率をもって、ハルの機体を整備する為の機材を持って駆けつけたのだ。
彼らは熟練のレース整備士のように、ハルのパワードスーツを迅速に調整する。すると数秒もかからずに、スーツは元の電力を取り戻すのだった。
「これは、つまり電池の交換か?」
「《はい、ハル様。その鎧のような装甲は、それ自体が充電機能を備えています。外装を交換整備することで、すぐさまフルパワーを取り戻せるのです》」
「守備隊が一瞬で整備隊に早変わりか。器用なことで……」
後ろを確認してみれば、ファランクスを組んでいた人形部隊がいつのまにか、ハルの為に機材を準備する整備チームに早変わりしていた。
なにやらゴテゴテした機材がいくつも並べられ、後方にある駅から極太の送電チューブが伸びてきている。
彼らが傍に居れば、ハルはこの無駄に電力を食い荒らすパワードスーツを常に最高出力で運用できるということだろう。
「……まあいいさ。このくらいの過剰装備でもなければ、今回の相手には対抗できない。なにせ、相手はまだまだやる気みたいだから、ねっ!」
ハルはチャージしたばかりの電力を、再び容赦なく解き放つ。
大量の仲間を一掃されたばかりだというのに、敵は一切気にすることなく尚も元気に兵を補充し突撃してくる。
それをまた、全身からの雷撃放射で一気に葬るハル。電力も一気に再び空だ。
だがまだまだ、敵は止まる気配を見せてくれない。いったい、どれだけの大軍を用意したというのか。
「……それに、これだけ圧倒しても国境がさほど動かないのも気になる。どんなカラクリだ?」
「《たしかに、これだけ倒されれば、一気に相手の国を我が物に出来ているはずなのです!》」
兵士へのダメージは国土へのダメージとして反映される。それが、撃破数に比べて最小限だ。
ハルはそんなまだ見ぬ敵の能力を警戒しつつ、電力の無駄遣いと敵ユニットの虐殺を続行していった。




