第1101話 戦力差は十対一
ハルたちが自国の侵略者に対処している隙に、別方向からも重ねて侵攻が発生。
国境が接触したのは同盟国のシルフィードの世界だが、これはハルの世界を狙ってきたと考えて間違いないだろう。
接触と同時に国境からは一気に敵兵士がなだれ込み、駐留していたシルフィード軍の妖精部隊が応戦している。
妖精兵たちは光る魔法の弾を飛ばす優秀な遠距離ユニットだが、その威力はさほど強力という訳ではない。
敵の大部隊を押し留めるには至らず、徐々にその数を減らしていっている。
「まずいね。シルフィーは今実家に居てお休みだ。『防波堤として使っていい』とは言われているけど、言葉の通りに見捨てる訳にはいくまい」
「地下鉄で救援に行くのです! こんな時の為に、妖精国に地下鉄を整備したのですから!」
「そうだね。アルベルト、“乗客”を満員にして終点まで運んでやって」
「はっ!」
ハルの人形兵たちが、駆け込み乗車で地下鉄に乗り込むと、快速急行にて戦地へ向かう。
砲弾として転用可能な程の速度で、真空のチューブ内を飛んでいくカプセルはすぐに戦場付近の駅へと停車。中の兵士が続々と吐き出される。
妖精たちを庇うように、第一陣の騎士装備の人形が割って入り、第二陣の銃装備の人形が後方から援護射撃する。
森の深い木々に囲まれたシルフィードの国はそれ自体が天然の要害と成しており、敵の大軍をひとまずはせき止めることに成功した。
敵の兵士は珍しく武器を使わぬ徒手空拳。フルフェイスのヘルメットのような物を被った強化スーツの集団が、そのスーツのプロテクターを武装代わりに格闘術で殴りかかって来る。
「あれは、パワードスーツですか? アルベルトの使っていた物に似ていますが」
「さて? 恐らくは単にデザインのみの問題で、あれが彼らの体その物であるとは思いますが……」
「んー。『戦隊』じゃないあれ? 敵将は男の子なんでしょ? まあ、仮面アルベルトマンみたいなヒーローのイメージなんだよきっと」
「私は別にヒーローではございませんが」
「《幼稚な男子だからねー。そうなんじゃない?》」
「ヨイヤミちゃん、敵が施設の少年ってのは確実なの? ああ、脳への潜入は今は避けるんだよ」
「《分かってまーす。でも、生体ハッキングなんてしなくても、何となく分かっちゃうんだ。多分、間違いないよ。近づくだけで、気配? みたいの感じるの私。それを目印に、侵入対象を決めるんだけど》」
「なるほど」
ゲームで言うならばマップに映る光点が見えているようなものか。
その状態そのものが危険なのではないか、とも思うハルだが、どうやらヨイヤミの意思でそれはオンオフを決められないらしい。
とりあえず、視界を奪うことは避けるようにと彼女には釘を刺しておくハルだ。
「《はーい。でも活躍できなくてつまんないなー。私が体を乗っ取っちゃえば、敵の作戦なんて筒抜け、いやいや、それどころか意識不明にして直接勝利だって出来ちゃうのにな!》」
「それは、別の意味でダメよヨイヤミちゃん?」
「カードゲームで勝てないときは、目の前の対戦相手を殴り倒せば勝利、とか言ってるようなもんだぜヤミ子。それはいかん」
「《でも、危ないんでしょあいつら? 人助けならよくない?》」
「たまーに本質を突いてきますねー、この子はー」
確かに、世界がどろどろに溶けあったような彼らの状態は何か嫌な予感のするハルだ。
この状況では、ゲーム的な公平性など投げ捨てて、全力で事態の収拾に動くべきなのかも知れない。
ただ、そんな中でもまだ、ギリギリまでルールに則ってプレイしたいという心と、何よりヨイヤミ本人にはそんな危険な場所へ手出しをして欲しくないと思う二つの気持ちがその判断を取ることを止めていた。
これは、彼らを見捨てヨイヤミを守ることを選んだに等しい。それを知ったら、彼らはハルを恨むだろうか?
「……またどうでもいいことを考えているでしょうあなたは。そんな事、いちいち気に留めていてはキリがないわ?」
「また心を読まないでルナ……」
「《およ? どうしたのお兄さんたち?》」
「ハルがヨイヤミちゃんのことをちゃんと守ってくれるように、って背中を押していたのよ?」
「《わぁ。やっぱりお姉さんたちは優しいなぁ》」
「あなたがどんなに大人しくしていても、この社会に出て活動するだけでどこかで恨みは買うわ? ソウシの例からもそれは分かったでしょう?」
「確かにね」
そう、動くと決めたからには気にしてばかりもいられない。誰かを見捨てること、誰かの不利益になること、それを避けていては一切の身動きが取れない。
ハルは己の中のフィルターを一段階強化すると、改めて目の前の現実と向き合った。
「……それで、ルナは心当たりはある? 今回の件も、そのソウシ君の手引きかな?」
「どうかしら? 彼は食品会社の御曹司。もちろん各方面に顔は利くでしょうけど、病棟の子たちとの組み合わせはイメージが湧かないわ?」
「確かにね」
「それよりも、最初に来た五人の方、あちらから推測した方が納得は出来る。彼らは医療関係者の派閥よ? もちろん本人たちはまだ医者の卵ですらないただの学生だけど」
「その背後に居る存在がー、患者の子たちと接触出来る立場にあるってことですねー?」
「ええ」
確かに、それなら納得がしやすい。医療関係の派閥に属する学生と、病棟の子供たち。それらに同時に指示を与え、ハルの打倒を目指す。
そんな事を目論んだ派閥の有力者が、裏で糸を引いているのだろう。
「お医者さんかー。確かに、派閥のイメージあるよね。なんでだろ?」
「他業種からの独立が激しい世界だから、そうなる傾向は強いんじゃない? もっとも、現代は医療もエーテル技術への依存が強いから、前時代ほどの閉鎖性はないんだけど」
「体質を引き継いだ所も多いのでしょうね」
学校組織もまた、そうした特殊な閉鎖性を持つ部分は大きい。その中だけの、閉じた世界を形成しがちだ。
まあ、とはいえ現代において、ハルたちの学園ほど『閉じて』いる世界などそうそうないが。
そんな派閥を煮詰めたような世界で張り巡らされた陰謀の一つが、目の前に形を持って現れたようだ。
とはいえ今はそんな糸を引く黒幕の計画よりも、目の前に迫る物理的な脅威へと対処せねばならないハルたちであった。
*
「数が多い。異常だ。子供たちの国、どれだけ兵士を保有しているんだか」
「倒しても倒しても出てきますねー。ゾンビゲームの敵みたいですー」
「カナリーちゃん、例えが悪い……」
とはいえ、まさにそんなイメージなのは否めない。国境からは、モンスターの『湧きポイント』であるかのように次々と敵兵が湧き出してくる。
彼らは死を、領土へのダメージをも恐れぬかのように、決して躊躇することなくハルの人形兵へと押しかけて来た。
物理攻撃に対し圧倒的な防御力を誇る鎧装備の人形兵だが、完璧に無敵という訳ではない。
バリケードに詰めかける群衆のように一塊となったその圧力の前では刀を振り回すのも難しく、逆にがむしゃらに振り回される手足は着実に人形の関節へとダメージを蓄積させていく。
「想定よりこっちの被害が大きい。アルベルト、鎧の在庫は?」
「はっ。まだ装備は十分に備蓄してございます。ですが、このまま無限に詰めてこられると先に装備が尽きるのは避けられないでしょう」
「倒しても倒しても、なかなか浸食が進みませんしねー。どーなっているんでしょーかー」
そう、本来はこれだけの大虐殺の如く連続撃破を続ければ、一気に敵領地はハルの世界から浸食を受けて国境を後退させるはずなのだ。
しかし、現実は思うほどの成果を得られていない。もちろんハル優勢ではあるが、浸食は遅々として進まない。
ハル側の被害もゼロではなく、このペースで攻め続けられれば無敵の鎧が先に尽きてしまう。
そうなれば、素の人形兵ではあの大軍にはどうあがいても太刀打ちが出来ないだろう。
「やられたね。六本腕が出せれば、また状況は違ったんだろうけど」
「あっちも大変そうだねハル君。平気そ? 操作かわろっか?」
「平気だよ。僕自身が出撃している訳じゃないしね」
「んじゃ、出撃する時は交代ねー。それか、私が自ら出る!」
「頼んだ。……と言っても、あの大軍相手に僕やユキが一人二人出たところでどうなるのか、という話ではある」
「《そいえば、あっちの戦場もハルお兄さんがユニット操作してたんだよねぇ。片手間でアレを捌き続けてるとか、お脳の作りどーなってんの? 腕が八本に足が八本とか、普通ならそれだけで脳みそ焼き切れない?》」
「それは、ハルさんですので!」
周りの女の子たちはもう慣れた物であるハルの並列操作に、免疫のないヨイヤミがあっけに取られている。
そのもう片方の特殊ユニット対決にこちらの『六本腕』を取られているせいもあって、大軍への対処へと向かえない。
もし六本腕が出向ければ、あれの能力である復活不能の力で、徐々にあの大量の兵士も目減りしていったのだろうけれど。
「まったく、いいタイミングだ。全て計算ずくなら、なかなかの策士」
「というよりも、単純にこちらの戦力不足ね? 六本腕をあちらに差し向けなかったら今度は、あちらへ送った兵士が全滅していたわ?」
「悔しいがまあ、否定はできないかな」
まさに多勢に無勢。一つの世界を合計で十に迫ろうという世界で押しつぶされればこうもなる。むしろ食い止めていることを褒めて欲しい。
だが、食い止めたからといって満足できる状況ではないし、食い止めるだけではハルの目的も不十分。褒められて満足している場合ではない。
危険な兆候かも知れない世界の融合を停止させるには、彼らを圧倒し勝利せねばならないのだから。
「仕方ない。やっぱり僕自身も出るか。焼け石に水とはいえ、僕が加われば浸食速度を大幅に加速できるだろう」
「《ええっ! 危ないよーお兄さんー。あんな中に入ったら、潰されちゃうよぉ……》」
「だいじょびだいじょび、ハル君だから。お兄ちゃんの大活躍を、その目に焼き付けるのだヤミ子よ。ファンになっちゃうぞ?」
「《いやむしろこれ以上のもの見せられたら、脳が理解を拒んで引いちゃうかも》」
ちらり、とヨイヤミは六本腕の戦闘が継続するモニターを横目で見る。その中では今も、推定五体の敵ユニットを相手に曲芸回避の限りを尽くしている真っ最中だった。
明らかに人間技ではない異常な戦いではあるが、そこまでしても突破口はまだ見えていない。敵のスペックが高すぎるのだ。
「ではハル様。ご出陣ならば、この装備を」
「ふみゃうっ! なうなう♪」
「……また何か作ったの? 嫌な予感しかしないんだけど。まあ、有り難いけどさ」
アルベルトとメタが、自信満々に取り出すのはどうやら人形兵ではなくハル用に調整された装備の数々。
今度は何を発明したのか、と不安になりつつも、その装備を着込んで自らも敵地へと赴くハルだった。




