第1100話 休みに休みなく襲来する
この前1000話到達と思っていたら、もう100話も経っていました。ここから、(できれば)三部の展開も加速していく予定です。今後もお楽しみいただければ幸いです。
敵ユニットの腕を落としたその勢いで、ハルはそのまま止めを刺そうとする。
だが、さすがにそう易々と終わらせてはくれないようで、首筋への一撃は念動力で防がれてしまった。
ハルは深追いを避け、六本腕の身を周囲に生まれた障害物の裏へと滑り込ませる。
世界の融合により荒野には様々な遮蔽となる物体が出現しており、視認による目標捕捉と思われる敵の<念動>から助けてくれた。
少し趣味の悪い、濃い紫の色をした陶器のような家の裏から、ハルはそっと身を乗り出し敵の様子を見る。
「……腕が再生している。ユキ、こいつら特殊ユニットって再生能力とかあるの?」
「なくはない。けど、あんなスピードで六本腕は再生しないよ。能力じゃないかな?」
「しかし、あの方の能力は、念動ではないのですか?」
「うーん。レベルが上がれば、別に一人一能力じゃないのかも。そこは弱小国家のうちらには分からん」
「ですがー、仮に能力が複数積めたとしても、さすがに強力すぎ、ですねー?」
「そだね」
「砲弾と化した列車の衝突を防ぐほどの念能力。それに即座に負傷を回復する再生。これを可能にしているのは、この妙な世界と見て良いのかしら?」
「だろうね。この世界限定で力を発揮できるから、わざわざこうしてきたと思うのが自然だ」
特殊ユニットは、自らの世界内に力の行使を限定することで、強力な能力を付与できるらしい。
ならば更に追加条件として、五つの世界の力を束ねた時にのみ発動できる、という条件を重ねれば、どれだけに力を行使可能なのだろうか。
「《それじゃつまり、あのみすぼらしい巨人は敵の男の子五人が動かしてるってこと? 男の子の好きな合体ロボットっぽいねー》」
「どうかなヨイヤミちゃん。その可能性はあるけど、そう決めつけるのは楽観視が過ぎるかもよ?」
「《えー、ちがうのー?》」
もちろん、『協力技』として世界どころかユニットも融合し、強力にすると考えるのはおかしなことではない。
しかし今ハルが相対している巨人には、そうした混じりけをあまり感じていなかった。
あれは何となく元の荒野の世界観にマッチした作りに思えるし、操作の癖からも一から十まで一人が操っている、とハルの観察眼は告げている。
「となるとここから厄介なのは……」
「残り四人の持つユニットが押し寄せてくることだよねー。って、ほらもう来た!」
「せっかちなことだな!」
もう少し巨人を攻略する時間を与えてくれてもいいものではないか。そんな願いはあっさりと却下される。
ハルの隠れていた陶器の家は、何処からか放たれた攻撃により、轟、と燃え上がり一瞬で遮蔽物としての役目を終えた。
その奥から姿を見せた六本腕にすかさず、全身を捻じ曲げようと力場の視線が飛んでくる。
「パイロキネシスってやつか。これまた威力が異常だが」
「アメジストもやる気出してきましたかねー。お得意の超能力スキル、大盤振る舞いですねー」
「でも、あっちには<発火>とかなかったよねカナリーちゃん」
「あんにゃろめー、出し惜しみしたんですかねー。こーんなに威力も出やしませんしー。ぶ~~」
「……となると、ハル? 私たちの使っていたような」
「うん。<飛行>もあるようだ」
サイコキネシスの力場に捕まることから必死に逃げる六本腕の進行方向に、別角度からの奇襲が突き刺さる。
それは四方のどちらでもなく、空からの襲来。燃えるような鬣をたたえた犬のような黒いクリーチャーが、弾丸のように空を駆け攻撃してきた。
「これで三匹目。それとも既に四匹目か?」
念動、発火、飛行。更には再生もまた誰かの能力という可能性もある。もしくは、姿の見えない発火役に、ハルの隠れている建物の位置を教えた透視能力の持ち主の存在も考えられる。
「<透視>、というよりもここでは遠見の力だね。千里眼、ってやつだ」
「厄介なパーティね? ボス敵の登場かと思ったら、こちらが討伐されるボスだったかしら?」
「主人公パーティは、回復役から潰すのです!」
「誰が回復持ちか分からんのがまた厄介だねー。そもそも再生は超能力なん?」
「なんにせよー、敵は五人ですー。五体ぶっとばせば勝利ですよー。がんばですよーハルさんー」
「そう簡単に言ってくれるけどねっ!」
このコンビネーションを崩すのは中々に難しい。防戦一方、いや回避で手一杯なハルだ。
八本の足をその異常な器用さで的確に操り、<念動>の力場を避け<発火>の爆炎の手前で急旋回し<飛行>による突進を身をよじって回避する。
ハルがここまで追い込まれている事などそうそうないが、それもこの攻撃が見えないという厄介さによるところが大きい。
射程が視界全てで、予兆もなしに一瞬で攻撃判定が発動する念力を避けられている時点で褒めてもらいたいところだ。
「……よし。だいぶ慣れてきた。これなら行けるか?」
「《なんで慣れられるの? ヤバいでしょお兄さん。それとも何か見えてるの?》」
「そうだぞヤミ子。ハル君はヤバい。攻撃は見えなくても、敵の攻撃パターンの癖が見えているのだ」
「《それって予知ってこと?》」
「予測か勘とか計算ってことだよ。……<予知>能力者とか、この先出てこないだろうね?」
「少なくともー、超能力スキルに<予知>は無かったですけどねー」
ただ『超能力』といえば、鉄板のものが予知だ。今から実に不安なハルである。
未来予知じみた読みと、読心じみた洞察力を持つハルだが、予測はあくまで予測。精度100%の予知などされては手も足も出ないだろう。
そして、予知と同じくらい、強力な超能力として人気の力が、まだ出ていないことも気がかりだ。
「……テレポートも来ないだろうね?」
「どうでしょーねー。<転移>は魔法の領分ですからー、超能力スキルには無かったですけどー。ソウシさんの例もありますからねー」
「空間使い、でしたものね!」
「まあ、そうぽんぽん空間能力者が出てきても、って危なっ!?」
テレポートで死角に飛び込まれることまで含めての、全方位を警戒し神経を尖らせていたことが幸いした。
ハルの死角から、高速で飛来する弾丸を刀の一本で防御する。刃こぼれはあったが、幸いまだ武器としては使えそうだ。
その射線の先へと六本腕が振り向き睨むと、一瞬だけ射手の姿が映るがすぐにブレるようにかき消える。
かと思うと、すぐにまた別の方角から狙撃が狙いを定め飛んできた。
「言っている傍から、テレポートする狙撃手?」
「《白っぽいかたまりだったけど、一瞬過ぎて見えなかったー。お兄さんお兄さん、さっきの視界共有できる?》」
「さらっと高度な要求をする幼女ですねー。将来が有望ですー」
「《ふふーん。習ったことは、生かさないと!》」
ヨイヤミの言う通りに、先ほど捉えた一瞬の姿をハルは記憶の中から掬い起こす。
多少の画像処理を加えて鮮明にし、写真としてモニターに映し出したそれはどうやら人の姿のようだ。
とはいえ輪郭はあやふやで、顔もつるりと表情がない。人形兵とも違い、手足の関節もハッキリしていないようだった。
まるで、粘土をこねて人型にしただけのような。それが液体金属のようにドロリと体を震わせたかと思うと、一瞬で立っていた足場の上から姿を消した。
「《やっぱりテレポート!?》」
「いや、空間能力っぽいけど、転移ではなさそうかな。直前の体の動きから見て、高速で別方向へ引っ張られているように感じる」
「空間操作で、強力な引力を発生させて高速移動する、って感じですかねー。それとも空間を縮めての短距離ワープですかねー?」
「にゃるほど。あの狙撃も、その勢いを使っての撃ち出しってことか」
「《にゃ、にゃるほど、私も、理解したもんね!》」
「よく分かっていないわね? ヨイヤミちゃん?」
ただ、分かったところで、どうしたものか。個々の能力はどれも強大で、しかもそれが五人集まっている。
なんとか対処出来ているといっても、避けるのが精いっぱいで反撃の目途も立っていない。
さて、この状況をこれからどう対処し、どう攻略したものだろうか。
◇
「ハル様、悪い知らせが続き申し訳ございません。ですが、少々お耳に入れたいことが」
「……うん。分かってるよアルベルト、もったいぶるな。別方向からまた世界が接続したね?」
「はっ。同盟国であるシルフィード様の世界。そこに、新たに戦端が開かれました。非常に大規模な世界です」
ハルたちを狙う勢力は今戦っている五人だけではない。彼らとは別の勢力が、また別方向から新たに国境線を制定した。
この忙しい時に、と文句の一つも言いたくなるが、この忙しい時だからこそ攻めてきたのだろう。
敵はハルが戦力を一方に集中したこのタイミングで、狙い済まして攻めてきたに違いなかった。
「誘い出されたか。いや、僕らが勝手に攻め込んだだけなんだけどね」
「とはいえ、同調しているのは確かよね? 同じ派閥の同盟で、連絡を取り合っているのでしょうね? まあ、それが分かったところで、ですけど」
「《それがですねールナ様。どうも、そんな感じじゃなさそうなんすよ。彼らと派閥を同じくするメンバーで、今ログインしているのはあの五人の他には学内のカメラに映ってないっす。なのでこの国は、別の方の領地と推定されます》」
「偶然ということ?」
「《ん~~、どうでしょう? 別グループでも、『協調して仕掛けようぜ!』って持ちかけた可能性は無いでもないっすけど。でも、彼らの交友関係から見てそんな感じでもなさそうなんですよね》」
まだまだ休みの期間内ということで、学内に戻りログインしている者の総数は少ない。
ハルの仕掛けた監視カメラには、その現在ログインしているであろう者が映りリストアップされている。
そのリストはエメへと送られ、ルナが提供した派閥の関係値や、エメ自身が独自に調べた調査結果から友好敵対の相性表のようなデータを作り上げていた。
「んじゃ、あいつらの仲間じゃないんだね。そんなら急いで攻めて来る事はないかもー、なんて、期待はできないか……」
「ですねユキさん! あれを見てください! 早速兵士がなだれ込んで来ています!」
「おーおー、気の早いこって。となると、状況を知られてると思った方が良い訳だ」
「だね。二正面作戦だ。戦争らしくなってきた、と意気込みたいところだけど……」
「敵の国、あちらもまた融合していない? しかも今度は最初から」
「だね……」
シルフィードに国に置かせてもらっている監視装置から流れて来る映像は、既にこちらも多種多様な世界の混じった混沌な様相が感じられる。
もちろん、元々こうした特殊な国を想像する愉快な精神状態の持ち主だ、という可能性も捨てきれないが、楽観はすべきではないだろう。
……というかそれもそれで、考えたくないところである。ちょっと病んでいそうだ。
「となると、また派閥で複数同時にログインして、って相手かな? エメ、リストに、」
「《待ってお兄さん。忘れていることがなーい? このゲーム遊んでるのは、学園のお兄さんお姉さんだけじゃないよ》」
「……確かに、そういえばそうだったね」
「《私と同じ、病棟に居た男子たち。いま接触してきた国は、きっとあいつらの土地。注意してね、ハルお兄さん》」
妙に確信し言い切るヨイヤミ。だが、それは決して当てずっぽうではないだろう。
このゲームの中においても、他人の精神に侵入するという力を使える彼女の特異性が、恐らくはかつての同胞の何かを、感じ取ったに違いなかった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




