第110話 都市防衛兵器
地下から現れたその兵器は、およそファンタジー世界にはそぐわない見た目をしていた。
四本の足ががっちりと地面を噛み、四足獣や昆虫のように低く重心を安定させている。そうかと思えば上半身は人型を模した造型で、頭部にはセンサーの光がきょろきょろと輝いていた。
左腕には先ほど砲撃した銃、いや大砲がしっかりと今もハルに狙いを定めており、右腕には鉄球めいた丸い腕が取り付けられている。
あれは近距離用だろうか。時おり周囲の空気が、ばちり、とスパークを起こしている。武器には違いないだろう。
「世界観にそぐわない見た目だな! ハル君、バラしていいの?」
「いいよ。どうせ停止させるにはコア引き抜かないと駄目そうだし」
「らじゃー!」
「これを含めて世界観なのではなくって?」
「そうだねルナ。超古代文明だ」
「ラスボスか、主人公が力を借りるか、どっちでしょうね?」
ファンタジー世界の冒険をしていたら、超古代文明がSFだった、というのは古来からゲームでは非常に良くある展開だ。そこまで含めて、そのゲームの世界観。
ただ、このゲームの場合は少し違うだろうか。ゲームとして神が作り上げた範囲内には、これら遺産の出番は無い。
日本の趣を感じさせるファンタジー世界として一から作り上げ、遺産は綺麗に世界から掃除されていた。この都市の跡地も、神が削除をかけたのだろうか?
「消し忘れかな、こいつは」
「ハル、完全に削除ではないわ。王子の聖剣を忘れていて?」
「確かにそうだった。いちおう、世界観の一部か」
ハルがルナと世界観について話し合っている間に、ユキが加速して一瞬で間合いを詰めていた。
最近習得したばかりの<飛行>も既に使いこなし、三メートルほどの位置にある頭部へと強襲をかける。
「りゃああぁぁ! 硬ったああぁ!」
「ユキさん! 大丈夫ですか!?」
「ありがとアイリちゃん、平気。ううぅ、腕砕けるかと思った」
ユキのステータスを見ると、HPにダメージが入っている。反動によるものだ。ユキの拳が頭部に当たる直前、防壁によって防御されていた。
「ユキ、そいつ魔法で防御してるよ。当たる直前にね」
「器用な奴め! ハル君の防壁……、はダメージが無いから違うし、あれか、王子のシールドかな」
「近いね。でもいきなり最高出力だから、範囲内に入った攻撃を自動検知してるだけだ」
「省エネ性の低いロボめ!」
「本当だよ……」
何せ、このマシンが使っている魔力はハルの物なのだ。ハルがこの一帯に撒いたエーテルを吸収して利用している。
きちんと支配権も設定しているのにお構いなしだ。遺産はどうやらルールが違うらしい。
そういえば、王子との試合の時も、聖剣はカナリーの神域の魔力をお構いなしに使用していた。
「というか魔力の提供者を真っ先に攻撃するとか、何考えてるんだか」
「ハルさんが魔力を最も発しているから、脅威としているのでしょうか?」
「恐らくそうね。ハル、あれのAIはきっとごく単純よ。虫の走性と変わらないわ」
「現代日本の基準で考えない方が良いって事か」
「ええ」
兵器なのだから、最高性能のAIを積んでいてしかるべきと、つい自分の常識で考えてしまった。
脅威に反応して撃退する。それだけの機能なのだろう。では脅威とは何か? 恐らく“市民以外の魔力を持つ存在”だ。
セーフリストに登録されていない者は、問答無用で敵なのだろう。
「ハル君、コアの位置は!?」
「心臓部」
「了っ! 解!」
<神眼>で既に判明しているコアの位置をユキに教える。と言うよりも、そこ以外はスカスカなので一目で分かるレベルだった。
聖剣のシールドのセキュリティ軽視もそうだが、遺産の時代には魔力視による解析をされる事など考慮に入っていなかったのだろう。対策をするという発想が見られない。
ユキはその心臓部をめがけ、細い足を駆け上がるとその上を足場にして、胴体に<魔拳>のラッシュをかけた。
マシンはユキを振り落とそうと体を揺らし、辺りを駆け回るが、その体の上でも問題なくがっちりと食いつくバランス感覚は圧巻であった。
「うぉ! バチって言った! だが甘い!」
たまらず、右のモーニングスター状の腕部から電撃のような魔法を、ユキや、その周囲に向けて放つが、<飛行>でその間を泳ぐように避けられ、再び足の上に着地される。
「防御がお留守だよ! っらああぁぁ!」
再びのユキの拳にシールドの展開が間に合わず、胴体への直撃を許してしまう。
だがシールド抜きでも装甲は頑丈なようで、べこりと歪みを作っただけで破砕には至らなかった。
「ダメージが入るならもう勝ったのも同じ事! って、わとと」
コア周囲のダメージに、たまらずマシンは後退する。脚部の中に内臓された、ジェット噴射のような推進器を放出して距離を取った。
ユキもその勢いには流石に姿勢を維持出来ず、一旦ハルの所まで戻ってきた。
「吸える魔力には限界があるみたいだね」
「攻撃と防御は同時にこなせないみたいだね! ……欠陥品では?」
「言ってやるな。当時は攻撃だけで十分だったかも知れない」
「防御軽視の世界だったのかなぁー」
軽視、ではないはずだ。現にユキも防壁を抜けていない。だが攻撃重視、ではあったのだろう。
砲撃を受け止める人間や、足の上に乗って胴体を狙って来る人間を想定できていなかっただけなのだ。仕方が無い。
「パターン入ったかな?」
「だろうね。思考は雑魚……、いや中ボス程度かな?」
「不利になったら離脱する程度の状況判断は出来るしねー」
話している間にも飛んでくる砲撃を、メイドさんが防御する。その彼女の手を取って確認すると、塗装になっている結晶型の層にダメージは入って少し剥がれ落ちていた。
内部の筋繊維型にはダメージは無さそうだ。優秀な防御力を発揮している。そのメイドさんのスーツに結晶型のチップを補充してメンテナンスをする。
「ありがとうございます。旦那様」
「ハル? そのメイド服、全て結晶タイプではなかったのね?」
「うん。体積が取れそうだったから、筋肉の上に結晶で塗り固めた。装飾もそっちの方がし易いからね」
「メイドさんにも戦ってもらうん?」
「とりあえずアレは、ユキがやっていいよ」
「よっしゃ!」
聞くと、楽しそうに突っ込んで行く。既に攻略法が割れた相手だ、苦戦する事はもはや無いだろう。
「さあ、かかっておいで! そして無駄にエネルギーを消耗するのだ!」
「この魔力、うちのだから無駄にされるの嫌なんだけどなー」
「お黙りハル君!」
ユキの取った戦法は一撃離脱。応用力の甘いAIをパターンにハメる気だ。
中距離の範囲をフラフラとしていると、左腕の砲撃が飛んでくる。無論、そんな射線の見え見えな砲弾などユキには当たらない。
弾をかすめるようにして接近すると、今度はユキの体が砲弾と化したかのようにマシンの胴体へと飛び込んで行く。そのまま空中で体を捻り、砲撃のごとき飛び蹴りをお見舞いする。
魔力のチャージが間に合わない防壁はたやすく粉砕され、胴体へのダメージを許してしまう。
「ここで戻らず! 更にもう一撃!」
言いつつも、すぐには攻撃に入らない。至近距離の足元で機をうかがう。
するとマシンは足元のユキに向かって右腕の鉄球から放電攻撃を加える。それもすれすれで回避しつつ、ユキはまた胴体へと飛び込んでの回し蹴りを放つ。
その蹴りを反動にして、更に空中を蹴るように中距離へと離脱。
砲撃を誘うための、最初の距離へと戻った形だ。
「完全にパターン入った」
「これをもう何セットかやれば終わるよ。低予算ゲーでも今はこれより賢いぞ、キミ?」
完全にゲーム感覚だ。中途半端なAIでは彼女の敵にはならない。
敵が攻撃行動に入る間合い、防御に移る場合の状況、それらのパターンを読みきり、敵に無駄な攻撃だけをさせ続け隙を作る。
今ユキの脳内では、敵のAIが逆算されて再現されているのだろう。
宣言通り、彼女は全く同じ動きを数セット繰り返す。敵も含め、ユキの動きもほとんど同じ動きを再現しているので、繰り返しリプレイ映像を再生している気分になる。
学習能力があれば、自機が詰みに嵌っている事が分かるのだろうが、敵は律儀に毎回同じ動きを繰り返すだけであった。
「せめて装甲が破損してコアが露出したら発狂しなさい! これで、終わりっ!」
最後にコア部分の集積した魔法ブロックの組み合わせに、彼女の蹴りが叩き込まれる。
バラバラと正方形のブロックが飛び散り、マシンは動きを止めた。どうやら、このマシンのコアは使徒やモンスターのそれと違って丸い一体型ではなく、複数の制御ブロックが互いに同期しながら形成している物のようだ。
一部は今も生きているが、マシンはもう動く事はなかった。
ちなみにユキの言う発狂とは、敵の体力が少なくなったりとピンチになると行動パターンを激化させる対応の事である。回路が狂う訳ではない。
負けないように、がむしゃらに攻撃を飛ばす様が発狂している様子を思わせるので、そう呼ばれる。
「お疲れ様ユキ。見た目に反して弱かったね」
「でも見た目通り硬かったぞ、おサボりのハル君。私一人にやらせちゃってさー。……楽しかったけどね!」
「楽しそうだったからね。僕がやると、魔力の供給を停止させるだけで勝てちゃうし」
「無傷で鹵獲しなくても良かったのかしら?」
「要らないよ、こんな無差別破壊兵器」
ルナの言う事も最もなのだが、どうもハルとしては気に入らない。仕様そのものに美学を感じられなかった。
好みの問題の他にも、無傷で持ち帰ったとして、家で突然暴れ出されでもしたら嫌だ。
「貴重な資料でしょうに。……まあ、気持ちは分かるわ。私も欲しいわけじゃないし」
「わたくしも要りません! ハルさんに銃口を向けた兵器など!」
「いつ銃口なんて言葉を……、まあそれより、メイドさん達、守ってくれてありがとうね」
「とんでもございません、旦那様。当然の事をしたまでです」
突然、戦場の矢面に立たせてしまったというのに、メイドさんは何時もと変わらない。震えも興奮も無く、本心から当然の事だと思っているのが伝わってくる。
ナノマシンから伝わってくるバイタルも正常。どんな鍛え方をしているのやら。
逆に、自分もスーツの性能を最大まで発揮して戦ってみたかった、という昂ぶりがあるくらいだ。勇ましい事だった。
「次があったら、メイドさんに活躍してもらおうか」
「はいはい! ハルさん、はい!」
「どうしたのかなアイリ君?」
「わたくし! わたくしも戦えますか!?」
「ああうん。ここにはもう魔力が満ちてるから……、って、もしかしてスーツで肉弾戦したいの?」
「はい! ユキさんみたいに!」
ぴょんぴょんとジャンプして主張する。かわいい、と、普段なら言う所だが、そのジャンプが一メートルほどに届く高さだ。
当然ながら、アイリのスーツも戦闘に耐えうる。というよりも強度はメイドさんのスーツ以上だ。まずさっきのマシンの出力では力場の防御も抜けないだろう。
「安全にレクリエーション出来るだろうから、まあ、またアレが出たらアイリに遊んでもらってもいいか」
「やりました!」
「防衛兵器もハル君の装備にかかれば玩具扱いかー。私が言うのもなんだけど、アレ結構強かったよ? 現行のプレイヤーだと、六人パーティでもまず勝てないんじゃない?」
「そうなんだ?」
「うん。防御が抜けないと思う。エネルギーの取り回しに気づいても、装甲版がそもそも硬いからね。ソフィーちゃんくらいだよ抜けるの」
<次元斬>のソフィー嬢。その異名の通り、空間を切り裂くユニークスキルを使いこなす。
どれほど装甲が厚かろうと彼女の前では無力だろう。それが無くとも、ハルの作った単分子ブレードと化した刀を所持している。その切れ味も折り紙つきだ。
ハルはメイドさん達にも、スーツを過信せず空間魔法には注意するように言い含める。
メイドさんたちは神妙に頷くが、この世界にそんな使い手が居るかは不明だしソフィーは味方だ。注意が生かされる場面があるかは分からなかった。
◇
「じゃあ魔力の範囲広げるよ。また出るかも知れないから注意してね」
「了解よ、ハル。……出てくるかしら?」
「多分居るんじゃないかなあ。あれは局地戦用だ、装備的に。この街一帯をカバーするには数が必要そうだよ?」
「なるほど、確かにそうよね? あれが街の端まで行って戦っている間に、逆側を突かれたら移動が間に合わないものね?」
「バーニアの噴射しても超スピードってほどじゃ無かったもんねぇ」
再びメイドさんが円陣を組む。今回はルナもその中へと入り守ってもらう。
ルナも強力な魔法を使えたり、なんだかんだでゲームのレベル上げもしているようだが、いかんせん最前線に立つタイプではない。今回は彼女の出番はお預けだろう。
無論、大規模魔法で吹き飛ばしても良いのだが、遺跡の地形を変える事を彼女自身が望まない。
そうして魔力圏を広げていると、はたしてすぐにそれはやって来た。また遠くで地響きがするのをメイドさんの聴覚がキャッチする。
「飛んで……、ジャンプだね、来るみたいだ。本当にサーチアンドデストロイだねえ」
「そんなに敵だらけだったのかしら? 当時の世界は」
「さてね。……アイリ、来るよ?」
「はい! お任せください!」
噴射装置を継続的に吹かせて、短距離ジャンプを繰り返して接近してくるようだ。
遅いとは言ったが結構なスピードだ。あくまでユキやハルにとっては遅いというだけである。
「生身の人間からしてみれば脅威かな?」
「ハル君も今は生身の人間じゃん」
「そうだった。じゃあ、雑魚で」
「魔王を基準に人類を語るのはお止めなさいな……」
ハル達の会話を聞いていた訳ではないようだが、雑魚では無いと主張するように足を垂直に起立させ、その身を大きく威嚇して見せる。そういうプログラムだろう。
相手が逃げ出さないと見るや、身を低く安定させて砲撃の構え。
「初弾は私共が防御します。アイリ様、ご武運を」
「ご苦労様です。……行ってきます!」
放たれた魔力弾をメイドさんが受け止め、主の露払いを勤める。そうして開けられた彼女のための花道から、アイリもまた高速で飛び出して行った。
一瞬で接敵し、そのままパンチを放つ。彼女の上背では胴体部には届かず、足の付け根を狙う形だ。
「たあ!」
掛け声と共に、空気が炸裂する音が響き渡った。
「……ハル君、何アレ。胴体まで粉砕したんだけど」
「説明は後でね。……アイリ! 敵はまだ生きてるよ!」
「はい! 油断はしません! …………たあ!」
鉄球の放電に警戒しつつアイリは近づき、倒れ伏したマシンのコア部に狙いを定めて粉砕する。
文字通りの、粉砕だ。マシンはコアを地面ごと粒子状に砕かれて、一切の成果を挙げることなくその活動を停止させた。
「やりました!」
「すごいねアイリ。よくやったね!」
「はい!」
高速で飛び込んでくるアイリを受け止めて撫で回す。気持ちよさそうに目を細めていた。
「……で、ハル君なにあれ」
「空間振動の魔法だね。アイリのパンチと、『たあ』に反応して、拳の周囲を粉微塵に粉砕するよう設定してある。これで外で山賊が襲って来ても安心」
「過保護かっ! 粉みじんになっちゃうじゃん、山賊!」
「大丈夫。返り血も蒸発するから汚れは着かない」
「問題点……、何と戦う想定なの、実際。古代兵器も粉々なんだけど?」
「まあ、何が出ても良いようにね」
腕の中のアイリを撫でながらユキと話す。実のところハルの想定は、神とも戦えるように、であった。
変な話だが、『在野の神』、なんて存在も居ないとは限らない。
もしそんな物が出たとしたら、いかにスーツの強化攻撃が高威力だからといって通用するとは思えない。
なので、ハルは現代日本の技術を魔法で再現した機構をアイリのスーツには搭載してある。
アイリ自身が、魔法で高出力の発震子となって、体内のナノマシンが周囲の環境を計算し、ハルがそれに合わせ魔法の出力を調整する。
アイリと服と、ハルまで合わせて、一つの装置となっているのだった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございます。(2022/6/13)




