第1099話 念動の進化系
少し短めです、ご了承ください。明日頑張ります!
ハルたちの目の前の土地が、見る間にその景色を変貌させて歪み、移り変わって行く。
乾き晴れ渡っていた空は暗雲が立ち込め、閑散としていた大地からは続々と不似合いな構造物が生えてくる。
色とりどりの尖ったガラスの巨大な棘、陶器のようなつるりとした見た目の建物の一部、髑髏のような不気味な意匠の掘り込まれた柱。
それらはきっと、他四人の世界の要素を反映させた結果生まれた物であろう。無理矢理に世界をつぎはぎした結果、と見るのが妥当である。
「なかなか愉快な切り札だ、と普通なら言うところなんだろうけど」
「そうね。マリーゴールドの話をきいた後だとね?」
「なんの話だっけルナちー。私、聞いてない」
「私も聞いていないわ? 分かりなさいユキ」
「きっと、ハルさんの心に、聞いたのです!」
そういうことだ。分身が神様たちと話していた内容が、融合した精神を通じてルナに伝わっていたらしい。
そして、今回ハルが危惧しているのも、まさにそのこと。この世界の溶け合う様子は、それを通じて彼らプレイヤーの生徒の魂もまた癒着してしまうのではないか? そんな懸念が頭をよぎるのだった。
「……マリーゴールドの目的と、アメジストのそれは違う。彼女の計画をアメジストが引き継いだとは思えないが」
「ですがー、ここのシステムはあいつの『妖精郷』を土台にしているらしいんですよねー? 図らずとも、そうなってしまう危険性は否定できないですねー?」
「そういうこと」
特につい先日そんな話をしたばかりなので、余計に気になってしまうハルだ。
思い過ごしなら良いのだが、万一の場合に備えて迅速に対処するに越したことはないだろう。
「ただの派閥の一員なだけだった男子五人が、事故で心が繋がってしまうとかどんな悲劇だ」
「わたくしたちのように、恋人ではないのです! 確かに悲劇です!」
「それはそれで、新たなドラマが生まれるんじゃない?」
「無責任な発言はおやめなさいユキ……、まあ、好きそうな人は居るでしょうけど……」
「思春期の妄想も筒抜けですねー」
考えるだけで恐ろしい。ハルたちのように、固い絆で結ばれた相手とは限らない。下手したらストレスで死んでしまいそうだ。これは、断固阻止してやらねばならない。
「まあ、そうは言っても、マップが合体したからといってそこまでの影響は無いだろうけどね」
「はい、ハル様。土地の構成要素は、ただの神力であると割れています。それが癒着したところで、何かフィードバックがあるとは考えにくく思います」
「とはいえ、絶対とは言えない。なのでどのみち対処しなくちゃならないんだよね」
「作戦は、いかがなさいますか?」
「仕方がない。アルベルト、また列車砲弾に六本腕を詰めて現地に飛ばす。速攻だ」
「はっ! お任せを!」
「せっかく兵隊を使って遊ぼうと思っていたのに」
「ははは。この先いくらでも機会はございますよ」
確かに、この地に迫る敵は彼らだけではない。だからこそ、最大戦力である六本腕は温存しておきたいとも思っていたのだが。
現に、今もレーダーが接近する世界の存在を告げている。当初の予定では、そちらに六本腕は当てようと思っていたハルだ。
しかしこうなっては、二正面作戦になる前に今の相手を潰す方針、集中攻撃による各個撃破に切り替えるしかないだろう。
「浸食し領土を奪い取ることで、強制的に癒着を解除する。行けアルベルト、列車砲、放て」
「はっ!」
「方角は五番線なのです! 開くドアに、ご注意ください!」
アイリがうきうきとパネルを操作すると、敵国方面に向けた地下鉄の『路線』が蓋を開けるように開いていく。
その中から勢いよく、砲弾じみたカプセル状の車体が飛び出すと、現地に六本腕を輸送していった。
これで、いつものように敵を蹂躙し切り刻んでいけば、溶けあった土地の面積を減らすことが出来る。
少々、誘い出された感は否めないが、放置をする訳にもいくまい。
見れば敵地には、あちらの特殊ユニットらしき存在が出現している。すぐさまユニット同士の、直接対決がスタートすることが予測されるのだった。
◇
「着弾します! 外装を、パージするのです!」
「はっ! 外装、パージします! ……むっ? ハル様、様子がおかしゅうございます。お気を付けを!」
「分かってる」
敵の領地に向けて、巨大な砲弾のように突入するカプセル状の列車。またまともな運用を離れてしまったが、今はそれよりも気にすべきことがある。
内部に潜む怪物を解き放つため、空中で装甲を弾き飛ばすように分離しようとした車体だが、それが上手く機能していない。
装甲はパージを受け付けず、車体の周囲から離れない。不具合か、と確認するアルベルトだが、どうやら剥離工程は全て正常に機能したらしかった。
このままでは、内部のユニットごと地面に激突する。それでも六本腕ならば死ぬことはないだろうが、しかし、その未来もまた訪れなかった。
「……どうなっているの? 車体が、空中で停止している?」
「うん。きっと敵の能力だね。これは、サイコキネシスか」
ユキが冷静に分析するとおり、何やら念力のような力で車体は空中に押さえつけられている。
衝突し土地ごと敵を吹き飛ばさんとしていたその威力は見る間に減衰し、今はほぼ宙に浮くように静止してしまった。
「あのユニットの力でしょうかー。ずいぶんと強い力を持っているんですねー」
「だね。厄介だ。それとも、この混ざった世界の力だろうかね?」
カナリーの見つめるモニターには、敵の特殊ユニットの姿が映し出されている。
それは巨人のような人型で、細長い、というより痩せ細った手足に、鎖のついた拘束が付けられている。首には頑丈な首輪も見えた。
長い髪はぼさぼさで、捕らえられた奴隷、といったイメージなのだろうか。
その巨人が空中のカプセルに手をやると、すぐにメキメキと装甲がひしゃげはじめた。
「うお! ベルベル! あの装甲板は無敵だったんじゃないのー!」
「はい、ユキ様。表面への衝撃に対し、あの素材は無敵の防御力を発揮します。しかし、逆側であったり内側となると、粒子の配列の問題で意外と脆いのです」
「にゃーる。奴のサイコキネシスは、全方位からの圧力があるってことか」
「冷静に分析している場合? 中の六本腕、潰れてしまうわよ?」
その通り。このままでは車体ごと潰されてしまう。ハルは内部のユニットを操作し自力で、この密室の窮地から脱出を図る。
備え付けてあった爆薬を八本の腕で器用に起動すると、その爆風で外壁を吹き飛ばし列車内部から飛び出るように離脱した。
その装甲のあった場所から飛び出る際、念動力の影響と思われる力場がユニットに干渉する感覚があった。
内部までその力は到達していなかったことから、恐らくは見える範囲を指定し発動する力だろう。
ハルはその力が自身に向かぬうちに、敵が車体を圧縮するのに夢中になっているうちに、軽やかに着地しその反動を勢いとして一気に巨人に接近する。
その八本の足から生み出される異常な敏捷性に、敵は反応できず、八本の腕が握った刀は正確にその首と手足を両断する、はずだった。
「……止められたか。念動による防御障壁だね」
「念力にしてはずいぶんと強いですねー。流石はアメジストの用意したスキルといったところでしょうかー」
「そうだね」
だが感心している場合ではない。その念動力は刀を止めるだけでは飽き足らず、その止めた刀そのものにも干渉を始めた。
ぐにゃり、とスプーン曲げでもするかのように、刀はいとも簡単に捻じ曲がる。
その様子を見て、巨人は顔をニヤリと歪めて、醜悪に笑ったように見えた。
「中の人、勝利を確信でもしたかな? まあ確かに、六本腕は物理攻撃しか出来ないけどさ」
「のんびり言ってる場合かハル君。このままじゃ腕も捕まえられるよ」
「安心してほしい。もう捕まってる」
「安心している場合かハル君」
刀から這い上がるように、念力は腕まで絡め取る。その力は万力の威力をもって、腕の一本をねじりあげ、このままねじ切るつもりのようだ。
「なるほど。これが人間だったら、たしかにまずいね。でも、安心している場合だったねハル君。六本腕は、人間じゃあない」
「そうだね。この感覚、少々気持ち悪いけど」
ハルはその怪物の腕を、念力のねじる方向にあえて逆らわず、ぐるりと一回転してみせる。
この怪物の関節は、ソウシの時もそうであったように怪物じみた可動範囲を誇っているのであった。
その生理的嫌悪感すら生じる挙動の異様さに、巨人の発する念力が揺らぐ。
ハルはその隙を見逃すことはなく、一瞬で力場から抜け出すと、逆に相手の巨人の腕を斬り飛ばしてしまうのだった。




