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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
3部1章 アメジスト編

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第1097話 空を切り取る影

 のんびりと遊んで過ごせたお正月も終わり、ハルたちは再び戦場へと身を投じる。

 いや、戦場といってもゲーム世界。そこはある意味、遊び場と言っても過言ではないのだが。


「《まーたこの中かー。ハルお兄さんお仕事熱心すぎー。私せっかくお外に出たのになぁ。こっちばっかりじゃん》」

「大変ならお留守番してても大丈夫だよヨイヤミちゃん。奥様の言うことをちゃんと聞くならね」

「《……大変、じゃないけど別に。ただ、こっちだと繋げないんだもーん。それだけで月乃お母さんに迷惑かけるほど、わがままじゃないもん》」

「そっか。偉い偉い。真面目でいい子だ」

「《べ、べっつにぃ。実はこっちも、ちょっと楽しくなってきたのも事実だし……》」

「ならよかったよ」


 そんなハルたちに付き合わされるヨイヤミは、せっかく念願の施設の外へと出たというのに、また実質内部へと逆戻りだ。

 すまないとハルも思っているが、まだ彼女を一人で置いて行くには不安が大きい。

 それに、彼女も口で言うほど、『外』への渇望かつぼうを今は感じていないようだった。


 恐らくはハルたちと共にいて共に遊んでいることで、今まで常に感じてきた息が詰まるほどの退屈が解消されているのだろう。

 正月も宣言したほどネット漬けではなく、多くの時間を起きてハルたちと共に過ごしていた。


 きっと、本当にヨイヤミが求めていたのは、ネット世界ではなく異質な存在である自分を理解してくれる者の存在なのではないだろうか。


「《ねえ、お兄さん……?》」

「うん? どうかした?」

「《その、さ。ハルお兄さんは私に聞きたいことがあったんでしょ。だから、私を外に釣れ出してくれた》」

「そうだね」

「《なら、どうしてそのお話をあれから一切してこないの? お兄さんは約束を果たしたんだから、それを迫る権利があるはずでしょ? なのに……、私がずっと遊んでばかりでもお兄さんは責めようとしない……》」

「責めたりしないさ。そんな、企業同士の契約じゃあるまいし」


 もちろん、ハルはヨイヤミの持つ情報を目当てに接触し、その情報と彼女の力を目当てに外へと連れ出した。

 しかし、だからといってすぐに対価を支払えと言うほど切羽詰まってはいない。話さないからと支援を止めるような無責任でもない。


 そのあたりを、信頼してもらえるまではまだ少し待ってもいいだろう。

 きっと彼女も、手持ちのカードを全て切ったらその後また見捨てられるのではないかと、漠然ばくぜんとした不安を抱えているのだから。


「君が話してもいいって気持ちになったら、その時は話してくれればいいよ。話さなくても、叱ったり見捨てたりしないさ」

「《うん……、本当に良い人、だね……》」

「いや? 君の存在を手元に置いている時点で、僕には相当のメリットがある。それを最初から計算している悪い人さ、僕は」

「《あはっ、締まらないんだからー》」


 事実、あまりハルを良い人だと思われても困る。もちろん偽悪的に振る舞うつもりはないが、今ハルが語ったことは全て真実だ。

 それに、ハルはヨイヤミを救う選択をした一方で、その他の患者は一切救わない選択を躊躇なく行った。『良い人』は、そんなことをしないだろう。


「ほら、今はそんなことよりも、きたるべき戦いに備えよう。実家から帰って来た生徒が、続々と参戦してくるよ」

「《うん!》」


 学園に仕掛けた監視カメラが、閑散かんさんとしていた正月が終わり徐々に校内からログインする生徒が増える様子を通知してきた。

 それを見てハルたちも、家でヨイヤミと遊ぶのを切り上げてこうして戦地へと戻ってきた訳だ。


「んー、なかなか厳しい状況だねぇハル君。ソフィーちゃんもシルふぃんも、まだこっちには戻って来てない。あの子らの領地も守らねば」

「正月だ、仕方ないさ。『ゲームにログインしなきゃなんで帰ります』、なんてこと言うのは、僕らみたいな廃人だけでいい」

「シルふぃん割と素養はあるけどね。きっと今もゲーム自体はやってるよ?」

「違いない」


 なにせシルフィードはギルドマスター。長としての責任を全うするために、正月から欠かさずギルドに顔を出してはいるはずだ。


「どうやら、派閥まるごと新年から招集がかかったようね? 見知った顔が、いくつかあったわ?」

「その子ら、同一派閥かいルナ?」

「ええ。きっと。家同士の繋がりはそこそこ強いはずよ? 部活気分なのかしら? なんだか楽しそうな顔だこと?」


 監視映像が捉えた顔は、どうやらルナの知った顔のようだ。どこかの会合などで、見かけた事でもあるのだろう。

 休日の秘密作戦に浮足立つ彼らの笑顔は、『ツルんでいる』男子生徒といったところか。

 もちろんそこには普通の友情とは別に、打算や保身が見え隠れするのだが、そこはハルがとやかく言う部分ではないので特に言及はしない。


 何にせよ確定したのは、これから休日を使ってじっくりと、彼らの派閥が連携を取って攻めて来るのだろうということだった。





 敵地が続々とハルの世界に接続される。敵は例のハニカム地帯、隙間だらけの網目の道へと相次いで接触。国境線を制定した。

その後は、臆することなく兵士を投入。ハニカム迷路の攻略を開始した。


「敵、どんどん撃破されていくのです! それでも、攻撃の手を緩める気配はありません! どんどん突撃しているのです!」

「まいったね、どうも。腹をくくってきたか。力押しで来られると、どうにも弱い」

「わたくしたちの領地も、敵の撃破でどんどん広がって行きますが……」

「うん。別にそれは敵にとってどうって事はない。ハニカム地帯は厄介だけど、あそこに兵は居ないんだもんね」


 兵士が倒されると、そのダメージは国土に反映される。現に今どんどん敵国はハルの世界に浸食され、その面積を減少させている。

 しかし、だからなんだというのか? 浸食されたなら、取り返せばいい。なにせ、その為の兵士は無限に復活し湧いて出るのだから。


 これがもし、土地がダメージを肩代わりせず、直接兵数が減少するなら、こんな強引な手は打てない。

 しかし、あの場は自動防衛任せだ。こちらの兵士による浸食圧が存在しないので、そのうち勝手に戻って来る。


「もともと、時間稼ぎが目的のエリアですからね。どうしますか、ハルさん? 時間稼ぎは、出来そうなのですが……」

「今は、特に稼ぐ理由とか存在しないからなあ」

「お船の世界が動いていればー、後ろに回らせて奇襲とか出来そうなんですがー」

「今は新年の船上パーティーの真っ最中だってさ」

「良いご身分ですねー。一回負けたくらいでもうやる気なしですかー」

「ここでハル君が苦戦すれば、属国化から抜け出せるかも知れないしね。わざとサボるでしょーよ」


 ハルの属国となった、雪の国と船の国。そこの国主たる生徒は、まだ戻ってきておらず戦力としては期待できない。

 まあ、元より防波堤ぼうはていとして期待をしているだけである。多くを求めることはない。


「つまりじっくり時間をかけて攻略すれば、いずれ全ての防壁とトラップを解除して本土に攻め込める。僕らはそれまで、指をくわえて見ているだけだ」

「それじゃあ、つまらないよねー」

「だね、ユキ。実に退屈だ」


 あくまでハニカム地帯は、多方面攻撃への対処の為のエリアだ。防衛を全てそこへ任せ、震えて閉じこもる為の防壁ではない。

 敵がそちらからしか来ていないのであれば、律儀に本土到達まで待ってやる義理はなかった。


「打って出るよ。アルベルト、開発は順調か?」

「はっ! 船の世界から接収した資源には、火薬や燃料など有用なものが多くございました。いけますよハル様」

「ふにゃっふ!」

「メタちゃんも、ありがとう。……これで、毎回列車のカプセルに兵士を詰め込んで射出することもなくなるか」

「いえ。あれはあれで、実に即効性のある現地輸送なので、今後も是非活用していただければと」

「活用したくないなあ……」


 どうやらアルベルトは地下鉄ロケットを止める気はさらさらないようだった。実際、便利なのは確かなのでハルもこれ以上なんとも言えない。


「さて、では出撃の準備をいたしましょう。狙いはどちらにいたしましょうかハル様。端から順に、各個撃破ですか?」

「いや、中央に突撃しよう。敵は示し合わせて攻めて来ている。ならば全員を、一度に釘付けにしたい」

「承知しました。では、大兵力が必要ですね」

「頼むよ」


 ハルの作戦を聞くと全てを理解したとばかりに、アルベルトが作戦準備へと入る。


 敵は複数の国が横並びになるようにして、息を合わせて同時に攻めてきた。

 しかし、現地のハニカム地帯は防衛専門。こちらから兵士を送り込んで迎撃するには向いていない。

 細い一本道は守るにはいいが、攻めるには少々使いづらいのだ。そこに兵を送るには、一工夫いる。


「兵員の“乗船”、完了いたしました。すぐにでも出撃できます」

「早いな」

「ハル様の人形兵が優秀なのです。まるで特殊部隊のごとき迅速さ。流石にございます」

「それが僕の内面だと考えると、喜んでいいのかなあ」


 なんだか『お前は徹底的に効率重視な人間味の無い奴だ』とでも言われている気分だ。

 まあ、今は気にしていても仕方ない。実際、その効率はこうした戦時には役に立っているのだから。


「よし、では出撃だアルベルト。ハッチ開け」

「はっ! 大型航空輸送艇『エクリプス』、発艦!」


 号令と共にこの地に巨大な振動音が響き渡る。モニターに表示されたカメラからの映像を見ると、工場地帯の一角、駐車場のようにまったいらな空間が映し出されていた。

 だがそこは、駐車場ではない。建設予定の、空きスペースでもない。その整備された地面は、唸るような音を上げながら左右に大きく開口していく。


 その下、地下空間から現れたのは、巨大な船。船の国のような国土としての装飾ではない。実際に、アルベルトとメタが建造した船だった。


「わお。航空戦艦だねハル君! 飛空艇ひくうていだ!」

「そうだね。まあ、戦艦というよりは、兵士運搬用の輸送艦なんだけど」

「飛空艇、と大仰おおぎょうに語るのもはばからられますね。見てくれは大きいですが、単にガスで浮かぶ飛行船ですので」


 船の国から得られた多量の燃料資源。それを活用しない手はないと、アルベルトが作り上げた新たな兵器がこれだ。


 飛行船は空へとスムーズに浮かび上がると、その真っ黒な機体ボディにて空を切り取る。

 まるで日食になったかのように太陽を遮るその黒は、例の耐熱処理された特殊素材だ。

 当然、その下には例の耐衝撃素材、無敵板むてっぱんで補強済み。対空ミサイルで狙われてもビクともしないとのアルベルトの言だ。


 そんな強襲艇が、敵国連合の中心を目指し突入を開始した。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ハルを良い人か悪い人かで判断するなら効率の味方でしょうし、能力的に可能だからと何でもこなしていったら、人がいる意味とは、とかまた変な問題が発生しそうですし、気まぐれに関心が向いたものを拾い…
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