第1096話 集う花たちは冬になお咲き誇る
「そうしていると、まるで子供を寝かしつけている母親みたいだねマリー」
「まぁ、まぁまぁまぁ。そう言っていただけるのは、愛の神さま冥利に尽きるというものね」
「……ん。それは違う。私は寝かしつけられてないし、子供でもない」
「コスモスもおはよう」
少し離れた場所で静かにこの場の雰囲気を楽しんでいたのは、オレンジの明るい着物のマリーゴールドと、逆に落ち着いた青い着物のコスモス。
新年を、いや、新年も変わらず寝正月で過ごすコスモスを、マリーゴールドがあやすように愛でていた。
ただ、されるがままのコスモスも当然その精神は常に起きてはいる訳で、その内心がどうであったのかはハルには不明だ。
彼女らは、なかなか感情を表面に出すことはせず、ハルであっても読み取れない。
「新年、おめでとう。ハル。大変だった、でしょう? あの人たちの、相手は。ぼくにはとても、務まらない」
「モノちゃんもおめでとう。でも元気で賑やかなのは、いいことだよ」
そこにもう一人、静かに控えるのはだぶだぶな白黒の着物に“着られている”モノだ。
空と宙、二種の戦艦の艦長を務める多忙な彼女も、今日はゆっくりと正月休み。
袖の裾から出ない両手でしっかりとグラスの飲み物を持ち、静かにちびちびと口へと運んでいた。
「アイリスも、やかましかったー。同僚があんなんじゃ、私はおちおち寝てもいられません」
「同僚を名乗るなら、事後処理きちんとしないとまた殴り込みに来そうだよ?」
「ふあぁ~あ。なんだか、また眠くなってきちゃった。なのでお話は、この先よくきこえない~」
「ふてぶてしー幼女です。都合の良い耳してやがるです」
「おねーちゃんも、人のこと言えませんけどね」
「空木だって幼女です!」
「いえ。耳のことです」
寝たふりを決め込むコスモスに、やれやれと一同で首を振りつつ、正月だからとしたいようにさせる。
正直ハルとしても、コスモスが『手伝う』と言ったらそれはそれで警戒もしてしまう。
あの世界で一番怪しかったのはアイリスで、実際に後々まで、つまり現在進行形で問題となっているのはリコリスとガザニアだが、当時最も問題を起こしたのはコスモスだ。
そんな彼女が再びあの地に戻るなどと言い出せば、疑ってしまうのも仕方ないという所だろう。
「……そういえば、マリーやコスモスも、意見を聞いてみたいと思ってたんだよね」
「意見というと、今ハル様が抱えてらっしゃる案件のことかしら? 私で力になれることなら、任せてね?」
「んー。私たちに共通する話題となると、人の意識の話?」
「聞こえてるじゃねーですか!」
「おねーちゃん。今は静かにしていましょう」
「それも興味はあるけど、今日は少し違う。そっちはまた後で聞かせてね?」
「ん。いいよー。眠くないときにおねがいね」
……あるのだろうか? 眠くないとき。
人々の意識集合体、例の『幸運データベース』や『乱数の素』に関わる話をコスモスと語り合うのも楽しそうだが、今はそれよりも、アメジストのゲームの話だ。
「人の意識を異空間に隔離して目的を果たす系女子の君たちに聞きたいんだけど。アメジストの計画について思い当たるところとかない?」
「あら。あらあら? そうねぇ、そう言われても、正直さっぱり見当がつかないの。ねぇコスモス?」
「んっ。私たちが扱うのは意識のみ。人間の肉体ごと強制転送するような極悪人と一緒にされちゃたまらない。そういうことはミントにでも聞くべき」
「こういう時だけえらくハキハキ喋るね……」
まあ確かに、ミントといえばコスモス以上に人の意識を幽閉することを目的としているが、彼女のそれは少し趣がことなる。
意識を隔離することそのものが目的なので、その状態を使ってどうしよう、といった構想は特に持っていないのだった。
「でもそうねぇ。確かに今回のゲーム、私の『妖精郷』や、それを発展させたコスモスたちの『フラワリングドリーム』と類似点はあるわね。きっと、それを元に着想を得たのだと私も思うの」
「そだねぇ。あいつは、リコリスを通じて私たちのゲームで実験してた。そこで、なんか閃いたんじゃないー?」
「だよね。タイミング的に」
しかし、いったい何を? もし妖精郷から何かヒントを得たというならば、その後に生み出されるゲームは電脳世界で行われるヴァーチャルゲームの形となるはずだ。
しかし、実際にアメジストが出してきたのは現実の肉体を使ったゲームであり、一見関連性は無いように見えた。
「参加者の意識が、一つの『箱』に隔離されてるって意味ではリアルかヴァーチャルかの区別は特に意味がない、のかも。重要なのは、エーテルネットというごちゃごちゃのカオスから切り離されてることー」
「ふむ?」
「私はいっぱいのデータが欲しかったから別だけど。個体を対象にした実験がしたいなら、今の状況は理想的、なのかもー」
「私の最初の妖精郷が、むしろ近いと思うの」
「確かに」
マリーゴールドの妖精郷は、最初そこにログインした参加者の精神を深く結びつけ、一つに融合してしまおうという魂胆で作られた。
その為には特定の個人を狙い撃ちにするための、隔離空間であることが望ましかったのだ。
「でもアメジストの計画が、私と同じとは考えにくいの。あの子の場合対象はもっと狭く、単一個人であると考えられるわ?」
「だから、それぞれに一つずつ、『個室』を与えた」
「そうなの。そうなのよきっと。その個室、自分だけのマップは、目に見える形でのユニークスキルの醸造所に違いないの!」
「……マリー。結論を、急ぎすぎ、だよ?」
「そうねモノちゃん。熱くなってしまったの!」
「でも、確かに、ね? アメジストといったら、スキルシステム。今回の計画も、それに関連しているに、違いない、よ」
そして、マリーの妖精郷というのは言わばエーテルネットと異世界を繋ぐ架け橋となる『メニュー空間』。
日本人の意識は皆一度メニューを経由して、改めて個々のキャラクターボディに割り振られている。
そして、アメジストが雛形を開発した『スキルシステム』のデータベースも、そのメニュー空間に存在した。
多少無理やりだが、そう関連付けることも出来なくない。
果たして、真実はいったいどんなシステムが起動しているのだろうか。手がかりを得たようで、ハルの中でいっそう謎は深まるのだった。
◇
「……まあ、推測に推測を重ねていても仕方ないか」
「んっ。たくさん喋って、疲れちゃったぁ。ふあぁ~」
「こう見えて喋りたがりですものねー?」
「そんなことはない」
それにこんなハレの日にこれ以上重い話を続けるのもどうかと思う。これでは、ジェードたち正月から仕事モードの人々の事を言えないだろう。
ハルは協力に感謝すると、この辺で話を切り上げることとした。
「そうだ! おうちのお花畑にね? コスモスをたくさん植えることにしたの! きっと、綺麗なお花を咲かせてくれるわ!」
「……んー。花は、アブラムシが付くから嫌い」
「君ね……、仮にも自分の名前の元だというのに……」
「大丈夫! 一匹一匹、丁寧にぶっ殺すの!」
「駆除って言おうマリー?」
ハルたちの屋敷に隣接して建てられたマリーゴールドの家の庭には、四季折々の花を咲かせる見事な花畑が整備されている。
アイリもお気に入りのそこに、新しく加わった仲間であるコスモスと同じ名の花をたくさん植えようという素敵な話だった。
同じ、花の名を持つ神の仲間であるからか、マリーゴールドはずいぶんとコスモスの世話を焼いているようだ。
「お花に囲まれて、のんびりとうたた寝するのも素敵だと思わないコスモス?」
「ん、悪くないかもー。それじゃ、お昼寝用お花畑の設置、任せたぁ」
「任されたの!」
「それでいいんだ……」
「マリーは、お花畑を広げられる口実があれば、なんでもいい、んだね」
「そんなことないわ! 可愛いコスモスちゃんのためなんだから!」
「……そういえば二人は、元々協力関係だったの?」
良い機会なので、ハルはそのあたりの事情にも踏み込んでみることにした。
彼女らは元々、マリーがこの地に国を作るまでは同一のグループだったのだろうか。
「んっ。悪いことは何でも一緒にやった、地元でも札付きの不良グループだったの」
「ええ! ええ、ええ。とっても悪かったんだから!」
「……ごめん。どこまで本気にしていいやら。君らの冗談はややこしい」
「あまり、真面目に取り合わない方が良い、よ。ハルにとって、二人とも『不良』なのは確か、でしょ?」
「別に、『悪だ』なんて言うつもりはないけどね」
ただちょっと、自分の目的に熱心過ぎて、周りが見えなくなっている程度だ。
なるほど、それは確かに、不良である。こんな優雅でお淑やかな見た目でいながら、実はグレていたというのか。
「実際は、そんなに関係は深くはなかったわ。もちろん、同じ神の仲間としてみんな仲良しよ!」
「利害が一致すれば協力するし、食い合えば敵対する。そんだけ」
「ぼくらは派閥のような関係は薄く、どこまでいっても個人主義、なんだ。でも今は、こうしてハルの下で集えていることが、喜ばしい、よ?」
「そう言われると少しくすぐったいね……」
見ればモノ以外にも、この場の誰もがその言葉に同意してくれている。
ある者は頷きながら。ある者は誇らしげに。ある者は照れくさそうに少し顔をそらしながら。
そんな、三者三様の反応でも、めざす方向は同じ。改めて、良い仲間を得たとハルは思う。
「じゃあ、そんなぼくらの大事なハルを悩ますアメジストを、ここらで吹き飛ばそう、か」
「……モノちゃん?」
「大丈夫、任せて、ね? みんなの想いをひとつにした、ぼくらの大戦艦『天之星』の、出番、だよ。衛星軌道から全球サーチして、主砲をぶちこむ、んだ」
「モノちゃん。戻って来るんだ。そっち側に行かないで?」
「んー。コスモスの力が一つになってないー。私も、戦艦を改造するー」
「よし。より一層、ぼくらの船を強くしよう、ね」
そんな、豹変したモノを止める者はこの場に一人も居ない。目的意識が共有できていて、実に結構なことだ。
ハルは物騒な彼らをなだめつつ、なんだかんだで楽しい新年会を続けていくのであった。
※誤字修正を行いました。誤字報告、ありがとうございました。




