第1093話 数値化の出来ない幸運
ハルたちのすごろく遊びは、平和に、かつ波乱含みで、楽しく続いていった。
皆は冒険者としてお金を稼ぎ、実績を積み、ついには上級ランクであるAランク冒険者へと登りつめていた。
「さて、これでギルドポイントは溜まったから、あとは昇級試験マスに止まればSランクエリア入りできるね」
「ハル君運良すぎー。私なんかまだA級入ったばっかだよー」
「ユキは逆にサイコロの目が振るわなかったものね?」
「うん。ハルくんに、運吸われた。どこから吸ったんだー」
「ユキのどこから吸いたいかしら? ハル?」
「やはりユキさんほどとなると、吸いたくなるのでしょうか!」
「いやどこからも吸わんから……」
まあユキの場合は、他のプレイヤーとマスに同居するたびに喧嘩を吹っ掛けるという狂犬プレイをしていたのも理由の一部ではある。
もちろん、それでも運が良ければ他者の集めた資源を吸収して、一人勝ち状態を作り出せるのだが、ユキの場合は賽の目に恵まれなかった。
逆にハルはというと、売られた喧嘩には全て勝って来ている。ゲーム進行全体としてはそうそう抜きんでた幸運という訳ではないものの、そうした対人要素の兼ね合いで徐々に差が開いてゆく。
「やはりハル君は、対人最強ってことか……」
「いや、サイコロ振ってるだけだから」
「運ゲーでも勝てなきゃ、どうやって勝てと?」
「逆にハルさんと協力したクエストは、絶対に成功するのです! わたくし、このゲームの攻略法を見つけてしまいました!」
「だめですよーアイリちゃんー。それは同時にハルさんも強化してしまいますからー。今はハルさん抜きで共闘しないと、追いつけませんよー」
「ですが、世界は平和になるのです……!」
「残念だけど、冒険者は世界平和なんかよりも、その後の世界での自分の名声の方が大事なんだよねぇ」
「なんと自分勝手なユキさんなのでしょう!」
「《おしおきしちゃえー。あっ、一マス外したか……》」
「狙わないで!」
だがまあ、ユキのいう通りだ。このゲームの目的は皆で協力して魔王を倒すことにあらず。
魔王を倒した段階で、誰が一番貢献したかで勝敗が決まる。
なんと醜い人の業だろう。魔王も所詮狩りの獲物か。人は世界を覆う闇を前にしても、互いに相争うことを止められなかったのである。
「《でもこのゲーム、ゲームオーバーあるんだけどね》」
「そうなの? ヨイヤミちゃん?」
「《うんそうだよルナお姉さん。Sランクマップで人間同士が争ってると、魔王が強化されてくんだ。それで行くとこまで行くと強制全滅》」
「世知辛いゲームね……」
「まあ、延々と蹴落とし合ってグダるのを防ぐ目的だと思うけどね。でも私は狂犬をやめないよ。それー、カナちゃんに攻撃ー」
「なんてことしてくれるんですかー。せっかく貯めていたお金がー」
「装備に変えないで現金を保持しているのは良くないよ、カナちゃん」
「これには目的があったんですー。そういうユキさんだって無駄に溜め込んでるじゃないですかー。どうせハルさんに取られるのにー」
「と、取られないもん!」
普段よりおっとりしている今のユキだが、『かならず攻撃しなくてはならない』という縛りの今、普段よりむしろ好戦的だ。
ハルはそんなユキを置いて、一足先に最後のエリアへと向かおうとしている。
魔王の居るSランクエリアと接する三マスの中に止まったハルは、昇級試験に挑みサイコロを振る。
このゲームはすごろくなのにプレイヤーステータスの成長要素があり、その基礎値とサイコロの目をかけ合わせて結果が決まる。
要するにどんなに嵌ってもそのうちクリアできるのだが。
「おっと。一発突破だ」
「まーたーですかー? なにか使ってるでしょー、チートー」
「《分からないよー、カナリーお姉さん。私もさっきから調べてやろうと思ってるんだけど、このダイスロールシステムまるで意味が分からないの……》」
「それは仕方ありませんー。むしろ、意味が分かっちゃいけないものですねー。あまり深淵に接続しないよーに。意識を持ってかれますよー?」
「《わわ。おどかさないでよー》」
「本当なんですよー? しかし、運の強い人を相手にするってのは厄介ですねー。理不尽ですねー。精神的にくるものがありますねー」
「《カナリーがそれ言うっすか!?》」
どの口が言う発言に、つい次元の向こうからツッコミを入れてしまうエメだった。
しかし、ハル自身も少々気になる。恐らくはただの偏り、運の上振れという奴なのだろうけれど、少々ハルに都合の良い目が出すぎている。
完全にランダムにしようとした結果がこれでは、少々モヤモヤした気持ちが残るというものだ。
……いや、だからといって、別にハルも負けたい訳ではないのだが。複雑なところだった。
「……ねえカナリー。このシステムを使って、こういった都合の良い結果になることって考えられる?」
「考えられますよー。システム上の公平さなんて、かつての私の前では無意味でしたしー。ハルさんもそうなんじゃないですかー?」
「そんな自覚はない……」
「じゃあー。世界の方が望んでいるのかも知れませんねー? このシステム、人類の意識活動の総体を乱数として利用しているんでしょー?」
「それが僕を勝たせようとしてるって? なんの為に……」
「さあー? でも意識の総体ってことはつまりー、たまに言う『エーテル様』って奴じゃないですかー。そいつが人格を持ったとかー」
「あらあら。ハルはまた神様をたらしこんだのね?」
「プレイボーイだね、ハル君」
「もてもて、なのです! もちろんわたくしも、大好きなのです!」
「《なんのお話してるの? 難しい話なの? それともイチャついてるの?》」
どうなのだろう。正直なところハルも、何の話をしているのか実感がない。それだけ内容のふわっとした、突拍子もない話だ。
ただ、ハルはそんなエーテルネットに対して特別な立場。人類の意識の総体、それを管理する者だ。
その事が完璧なはずの乱数に歪みを生じさせる変数となっていないか、少々検証が必要かも知れないと感じるハルなのだった。
◇
「これでみんなSランクマップに入ったね。ユキはご愁傷様」
「なんの。まだまだこれから、これから。このエリアで大逆転して、私が完全勝利しちゃる」
「《無理だよユキお姉さんー。今回もお姉さんは、こてんぱのぼっこぼこにされちゃうの》」
「うぅ、ハル君、あの小娘がいじめるよぅ。わからせてやって?」
「こらこら。でも、ユキは一番お金持ってるじゃないか。それでSランク装備を整えれば、一気に強化が完了するよ」
「ユキさん、流石です! それを見越して、お金を貯めていたのですね!」
逆にハルはというと、不意の資金減少リスクを考慮して定期的に現金は手放していた。
段階的に着実に強くなれはしたが、結果から見れば、『幸運にも』敗北してお金を失うことはなかったので選択ミスだったとも言える。
「最後のエリアには逆転要素の派手な目が盛りだくさんですしねー。もしかしたら、いけるかもですねー」
「そうそう。きっと、いける。このエリアには、カジノもあるし」
「お目が高いですねーユキさんー。私もさっきから、そのマス狙ってるんですがー」
「堅実に使いなさいな……、装備はどうしたの、装備は……」
「《そもそも、なーんで魔王の近くにカジノがあるの? 意味わかんない……》」
「それは、お約束としか言えないのです!」
古来より冒険者、勇者、英雄、そういった者達は世界の危機が迫るとカジノに入りびたるらしい。そういうものなのだ。
何故か、彼らは必ずそこで大勝ちし、何故か、そこには彼らに必要な重要装備があることから、カジノは彼らが非合法に得た資金を合法化洗浄するための施設ではないかとささやかれている。
その事実を知る者は居ない。きっと、英雄の黒い部分を知った者は消されたのだ。
……まあ一言で言えば、『ゲーム的な都合』である。魔法の言葉ばんざい。
「よーし、カジノ止まった。当然、フルベット」
「お止めなさいなユキ。ギャンブルもいいけれど、必要な分は残しておくのよ? 防衛ラインを設定できてこその勝負と知りなさい」
「止めるなルナお母さんちゃん。そんな現実的な理屈では、一番はとれぬ。カオスの奴も言ってた。『運ってのは寝てれば降って来るものじゃない、挑戦して初めて掴む権利を得られるものだ』と」
「……ケイオスさんに謝った方がいいのでなくて? きっとそれは、運を言い訳に努力をしないのはいけない、という意味よ?」
「だいじょぶ、カオスだし。たいてい何言ってもいいことになってる」
なお、ユキとケイオスは非常に仲がいいことをここに補足しておく。戦友だからこそ、好き放題言えるということだ。
「よーし……、ダイスロールだ……」
「どきどき、ですね!」
「《うー、なんかこっちまで緊張してきたー。こういうの何か体にわるそー》」
「ヨイヤミちゃんは真似しちゃだめよ? ハル? この子の血圧とか大丈夫かしら。異変がありそうならユキに色々して強制的に止めさせるわ?」
「大丈夫だよルナお母さん。色々と落ち着こう」
そうして皆が固唾を飲んでユキのサイコロを振る所を見守る中、ついにその結果が明らかとなる。
ユキのベットしたレートは、三つの賽その全ての目が四以上でなければその時点で全額没収という分の悪いもの。一つたりとも、三以下を出すことは許されない。
そんなギャンブルの結果は、なんと、全ての目が六。
もちろん、払い戻しのレートも最高設定だ。ユキは一夜にして、所持金額だけで最高位へと登りつめたのだ。
「すごいですー! 圧倒的、大金持ちなのです!」
「ええ、本当に、凄いわね? 良かったわねユキ? ケイオスさんも喜んでいるでしょう」
「い、いや、あいつはきっとこゆとき舌打ちする。そ、それにしてもびっくりしたねー……」
そんな当人はといえば、あまりの出来事に自分でも驚いているようだ。ゲームキャラにログイン中のユキならば、ハイテンションに叫んでいただろうが、今はその辺おとなしい。
「し、しかしだ! これで、ハル君最強伝説も終幕じゃないかな? 最後の最後で、運は私に移ったみたい。どーだ、ハル君。あ、あとはみんなで魔王やっつけちゃっていいよ。私は、のんびり見てるから」
「あ、うん。勝ち誇るのはねユキ。無事に次のターンを迎えられてからにした方が良いよ?」
「ほえ?」
「無事にそのカジノから、出られると思わない方が良いのです!」
「そうね? 今までさんざん、人のことを襲ってきてくれた危険人物ですものね?」
「元はといえば、私のお金ですー」
「《ありゃありゃー。みんなの貯金箱だねユキお姉さん? 装備もこの中で一番貧弱だし、覚悟した方が良いね?》」
「ま、まって? 話し合おう、そうだ、共闘しよう、同じマスに止まっても……」
「知ってると思うけどねユキ? 僕は友好には友好で、敵対には敵対で報いるタイプさ」
そんな、全員の敵愾心を一身に受けるプレイをしていたユキの末路は一つだ。その資金を狙って全員が、ユキの居るマスを目指す。
そして早くも次順でたどり着いてしまったハルに、あっさりその大金の半分を奪われて首位を奪還されてしまった。
「……うぅ。結局さっきの幸運も、私のじゃなくてハル君の運の一部だったってことかー」
そんなユキの断末魔の一部が、なんだか妙に胸に引っかかる気分な今日のハルであった。




