第1091話 乱数と疑似乱数と乱数調整と
ハルが無意識にサイコロの目を自分の有利に振ってしまうことを避ける為の案。いや、有利にならずとも、ハルなら振る瞬間になんとなく出る目が分かってしまいかねない。
そうすると、ある程度望み通りにゲームコントロールも出来てしまいかねない訳で。それではせっかくのお正月の遊びも興ざめだ。
それを解決するために、さてどうしようと皆が頭をひねる。
「ハル君縛ればいいんじゃないのかな?」
「大胆ねユキ? そういうのが好きなの? てっきりユキは縛られる方が好きなのかと」
「ちがうって! ルナちゃんじゃないんだから……」
「私もどちらかと言えば縛られる方かしらね?」
「聞いてないから……」
なお、縛ったところでサイコロの目を操る程度の干渉は十分に可能だ。単にハルが恥ずかしいだけである。
「はいはい! わたくしに、良い案があります! ハルさんの代わりに、わたくしが振るのです! 出来れば、お膝の上に乗って……、えへへへへ……」
「《わーお。アイリお姉ちゃん、お正月からだいたーん。イチャつく気まんまーん》」
「お、お姉ちゃん!? わたくしは、『アイリちゃん』だった気が……」
「《だってアイリさん、実は見た目より年上だったんでしょ?》」
「どこからその情報がっ!」
「《えっ、戸籍に……、あ、しまった……》」
「こ、これが、世に聞く個人情報の漏洩!」
いや、単にハッキングされただけである。改竄しておいてよかった。
しかし、カナリーのデータ改竄能力は、ヨイヤミのハッキング能力を上回る精度のようだ。アイリの戸籍情報に、ヨイヤミは疑問を持っていなかった。
まあ、このあたりはいずれヨイヤミにも話そうと思っているので、バレたらバレたで構わないのだが。
「あれあれー? アイリちゃんだけハルさんに抱っこされる気ですかー? ズルいんじゃないですかー?」
「カ、カナリー様! でしたら、じゅんばんこにするのです!」
「それよりもー、一位の人がハルさんに抱っこされてサイコロ振る係になれるのはー、どーでしょー?」
「すごい案ですー!」
「……それ、僕が一位になれない前提なの?」
「というか、あたしがその役やったら、その、あはは……」
「ユキは大きすぎてハルがゲーム盤面を見れなくなるわね?」
アイリを乗せるくらいならまだ微笑ましいが、ユキを膝に乗せるのは本当にもうカップルがいちゃついているようにしか見えない。
ユキはユキで、自分がハルを押しつぶしてしまわないかを心配しているようだ。その大きなお尻を不安そうにさすっている。
心配せずとも、ハルはそんなにヤワではないが、この案は少々遠慮したかった。ヨイヤミの前でもあることだし。
「残念だけど却下だね。別の案にしようか」
「では、ねこさんに頼みましょう!」
「ふにゃ~?」
「ねこさん、ハルさんのぶんも、振っていただけますか!」
「にゃうにゃう!」
欲望入り混じる愚かな人類の話には加わらず、前足でサイコロを『げしげし』としていたメタに白羽の矢が当たる。
猫のメタなら中立、と皆が納得しそうになったところで、ルナがふと気付いたようにいつものルナ目に目を細めてメタを見やった。
「メタちゃん? あなたは、“大丈夫”なのよね?」
「ふにゃ!? ふ、ふみゃーご……」
「あー、そういえばですねー。メタちゃんなら、可能なんじゃないでしょーかー?」
「みゃ、みゃうみゃう♪ なーご♪」
可愛く鳴いて言い訳するメタだが、事情を知る者の目が一斉に疑惑に満ちる。
メタもこう見えて中身は神様。元、超高性能AIが操作するロボット猫だ。その身体制御の精度は、サイコロの出目を操る程度なら容易いのかも知れない。
「まあまあ。メタちゃんはそんなことしないさ。ねえメタちゃん?」
「ふにゃうん!」
「《猫ちゃん、さっきから何慌ててるの? みんなに睨まれて怖かったかにゃー?》」
「ふんなー……」
事情を知らぬヨイヤミにすがれば安心、とばかりに、彼女にすり寄り事なきを得るメタだ。
ヨイヤミも覚えたてのまだたどたどしい身体操作で、メタのふかふかの毛並みを撫でて微笑んでいた。
まあ、メタもやろうと思えばもちろん出来るのだろうが、そんなイカサマをするような猫ではない。
なにより、その操作の大本は異世界からの信号なのだ。緊急時以外はそんな細かな操作はしないはずだ。リソースの無駄である。
「じゃあどうするのハル君? 機械に振らせる? このすごろくには付いてないみたいだけど、あのルーレットのやつは」
「惜しいねユキ。機械じゃないけど、全自動の装置に頼ればいいだけさ。僕はボタンを押すだけ」
そこでハルが取り出したメニューには、単にサイコロが一個転がっているだけのシンプルなインターフェイスが映し出されていた。
ハルが指でつつくと、モニターの中でサイコロが転がり、六の目を表示させる。
「…………」
「…………」
「……いや、これは単なる偶然だから。六分の一だから、ね?」
もう一度つつくと、今度は四になる。なんとか女の子たちも納得してくれたようである。
「《それってサイコロ振るサイト? それだけ? それにしちゃ、なーんか異常にデータ量が多い気がするんだけど……》」
「流石だねヨイヤミちゃん。もちろん、これだけじゃないよ。ダイスの目の数もこんな風に変えられる。十面、二十面、四十八面。それを二個、四個、十六個」
「《あはははは、すごいすごーい。何につかうんだろーこんなに!》」
ガラガラと音を立てて増殖し、一斉に転がるダイスにヨイヤミも手を叩いて大はしゃぎだ。
そんな仕草まで出来るようになったことに、ハルもまた目を細める。
いや、ジト目ではない。温かい目で見守っている、ということだ。
「《……いやサイコロ増やしてもデータ量そんなに増えないよね!?》」
「気付いてしまったか……」
「あれかな? 超正確な乱数を保証するシステムじゃない?」
「《どーゆーこと、ユキお姉さん?》」
「ゲームしまくってると聞くこともあると思うけどね。ランダム性って、本当に完全に均一なランダムにするの難しいのだ」
「はっ! わたくし、知ってます! 電源パターン、なのです!」
「……むしろアイリちゃんは何故そんなものを知っているのだ」
それはアイリのやっているゲームが前時代の古いゲームばかりだからだ。
カナリーのゲームの中に『ミニゲーム』として搭載された権利の切れた古いゲームの数々。アイリはそれでよく遊んでいる。
ちなみにアイリの言った『電源パターン』とは、起動直後の乱数パターンは必ず同じ事を利用した状況再現テクニックだ。
余談だが、わざわざそれをプレイする為にあのゲームに、つまり異世界にログインする者も一定数居るとか。
フルダイブして何をやっているのか、と言いたいが、余談なのでここでは語らない。
「その時代の『疑似乱数』からは今はかなりの進歩があって、『完全乱数』と言って差し支えなくなったけど、それでもなお信憑性を疑う人も絶えない。そんな人たちの為に、僕が作った完全乱数保証機さ」
「作ったのハル君かーいっ」
「……需要、あるのかしら? そんなもの?」
「正確さ、中立さを求める人はいつの世も絶えなくてね。そこそこ儲かってもいる」
「有料なんかーいっ」
なんと有料なのである。しかも、そこそこお高い。だが有料であることが、逆に正確性を保証されている気分を出しているらしいのだ。
別に、高いから良いものだとは限らないというのに。
この辺、ルナや月乃、そして前回のゲームで知り合ったソロモン君ならば、そのお金に関わる心理の動きを詳細に説明できたりもするのだろう。
「そんなお小遣い稼ぎしてたんだ?」
「いや、別に稼ぎが目的じゃないんだ。これ、エーテルネットのリソースを割と使うからね。それの使用料が嵩むのさ」
「《そうそうそれそれ。それ気になってるよハルお兄さん。ランダムを決めるのに、そんなに労力がかかるの? 特にこの一番下のやつ》」
「凄いわね? なんだか色々な団体から、お墨付きを貰っているわ? ……『全国TRPG大連盟』?」
「ダイスを振るのが好きな人は色々居るんだろう。……正直、僕も戸惑ってる。このシステム、半分ギャグだったんだけど」
「ギャグでここまで出来る酔狂さんとか、そうおらぬ」
ちなみにメニューは何種類にも分かれていて、下に行くほど高額となっていく。
内容も粒子の振動観測や、量子スピン観測による物理挙動由来の物も含んだ本格的な物が多い。
なお、正確になればなるほど人気かというとそうでもないのがミソだ。
一番上には強い要望で、懐かしの『擬似乱数』が据え置かれており、お世辞にも精度が良いとは言えない『宇宙放射線の飛来量』由来の乱数も神秘的だとかで人気だった。
そして今回使用するのが、エーテルネットにおける『人々の意識活動全て』を総合した巨大すぎるデータを由来とした乱数。
ちょうどカナリーの『幸運データベース』の話をしていて、このシステムも似ているなと思い出したハルである。
なお、扱うデータの大きさゆえヨイヤミが驚くほどシステムは重く、ユキが呆れるほど使用料は高い。
そんな正確で公平で高額なサイコロを使い、ハルも晴れて正月遊びの仲間入りを果たすのだった。
◇
「では、さっそく遊んでいきましょう! 誰がいちばんに進みますか?」
「《とーぜん、さっきの一位である私だよね! 今度も、ぶっちぎりで最初から引き離しちゃうんだからっ!》」
「まちまち、ヨイヤミちゃん。人数増えたんだから、最初から決めなきゃ、だめ」
「《そ、そうよね、ユキお姉さん。よーし、サイコロ振って決めましょっか!》」
「ですねー。三つあるから、三つ振りましょー。三、四、三。ふつーですねー?」
そうして各自が順番に、サイコロを振っては隣の人に手渡していく。女の子たちそれぞれが出た目を口々に言い合いながら席替えをする流れを、ハルは実に楽しそうに見守っていく。
「はい、ねこさん、どうぞ! 上手に三つ振れますか!」
「にゃっ! にゃっ! にゃにゃっ!」
メタが元気に三連キックでアイリの置いたサイコロをはじくと、それでハル以外の席順が決定したようだ。
現状アイリが、五の目三つでトップに位置している。まあ、ここは振る順番を決めるだけなので、そこまで力む必要はないだろう。
ハルも適当に、モニターに触れ三連ダイスを回転させていった。
「六、五、五。僕が一番みたいだね」
「…………」
「…………」
「……なにかな? いや、言いたいことは分かる」
「ハル君。いかさま」
「……してないから。言ったでしょ。このシステムはほぼ完全ランダムで、目押しみたいな技術の入り込む余地がないんだよ」
「《……むー。でも、そのサイト、お兄さんが作ったんでしょ? 開発者専用コマンドとか、あったりして~》」
「そんな物は仕込んでない、と、信じて貰うしかないかなあ、こればかりは」
「まあ、ハル君はプライド的にそんな事しないよね。いや、勝つためならする……?」
「しないしない……」
幸運にも、いや不運にも良い目ばかりが出るので、制作者による操作を疑われてしまったハルである。
ちなみに、このシステムはハルですら自由に操ることは不可能だと断言できる。なにせ対象が全人類だ。彼らの活動が織りなす膨大なデータの数々、ハルとて全ては把握しきれない。
今までも数々の名だたるイカサマ師たちがシステムの穴を見つけようとして、逆にその正確性を保証するはめになったのである。あの協賛に刻まれた名は彼らの墓標。
まあ彼女たちも、本気でハルがそんなことをすると疑っている訳ではないようで、ハルが一番目の席につくことを許してくれた。
「では、ゲームを始めましょう! まずはプレイヤーのスタイルを決めるのです! 攻撃、守備、バランスです!」
「このすごろく戦うの? 先行不利じゃないもしかして?」
「そんなことはありません! 先に準備を整えて、後続を薙ぎ倒せるのです!」
「……そ、そうなんだ」
物騒なゲームである。どうやら、上がりの早さや持ち点を競うだけではなく、相手の邪魔をすることも出来るゲームのようである。
その場合やはり、先行プレイヤーたちの状況を見てから対策を立てられる後の方が有利に思えるが、まあここは深く考えず楽しむことにしたハルだった。
「じゃあ僕はバランスタイプってことで。じゃあ、回すよー」
「どきどき!」
ハルがモニターに触れると、一個に戻ったサイコロが回転する。その出目はといえば。
「…………」
「…………」
「ろ、六だね。六マス進むね?」
誓って、断じて、自らの組み上げたシステムに、開発者コマンドなど仕込んでいないと保証をするハルなのだった。




