第1090話 幸運の定義と新年の遊戯
明けまして、おめでとうございます。
無事に迎えられた、再びの新年。今年はヨイヤミと、異世界側ではエメやコスモスたちも交えてと、更に賑やかになった。
去年の年始はカナリーが肉体をもって間もないころ。皆でのんびりと過ごしたが、当時は当のエメが異世界側をお騒がせしており、ハルたちはすぐにその対処の為にあちらへ戻って行ったように思う。
その後、エメの問題はどうにか解決したが、続いてすぐに六人の神様が主催する『フラワリングドリーム』が開催。昨年の半分はその対処にあたっていた。
そして今は、当時からずっとその背後に居たアメジスト。その動向をハルたちは追っている。
忙しいといえば忙しいのだが、その発現はこの日本において起こっていること。どうしても日本の社会の動向に左右され、ハルたちもこうして休日を満喫することが出来るという訳だ。
「アメジストの奴も今ごろ悔しがってるんでしょうねー。知らないですけどー。『誰もゲームにログインしてきてくれないー』ってー。いい気味ですー」
「もしかしたら逆かも知れないわよ? 『お正月なのにプレイヤーが居るから運営が休めない』って」
「どちらにせよいい気味ですー」
「……私の会社も大変なのだけど、カナリー?」
「がんばりましょー」
元はカナリーの手掛けていた『ゲーム』、異世界への接続ルートであるそれを吸収合併する形で引き受けたルナの会社だ。
今も多くの者が楽しんでくれており、当然お正月だからと休んでばかりはいられない。
とはいえ、社長であるルナの判断が必要になる部分はそうそうなく、彼女も今はハルたちと共に自宅でのんびりと過ごしていた。
「寝正月ですよー。ごろごろしますよー?」
「ほら、カナリー? はしたないわよ? スカートがめくれて可愛いお尻が見えているわ?」
「今はパンツはいてるからいいんですー」
「当然のことでしょうに……」
ソファーで無駄にごろごろと体をよじるカナリーの、スカートもよじれて下着が見える。
そんな彼女の身だしなみを丁寧に整えてあげる世話焼きのルナだ。こういう所が、『お母さん』と言われる所以である。
「あなたもユキたちとすごろくでもしたら? 楽しそうよ?」
「私ー、ゲームってどうも苦手でー」
「嘘おっしゃいな……、ゲーム運営だったでしょうに……」
「カジノも経営していたね」
「本当ですよー。私が参加すると、ゲームが成立しくなるので苦手でしたー」
「ああ、そういえば、そうだったわね……?」
彼女は元は『幸運の神』、要するに、ランダム要素の強いゲームをやらせたら右に出る者はいない。
参加さえすれば百戦百勝。だが、それは目的が勝利することならば良いのだが、こと『ゲームを楽しむ』ことにはまるで向かない能力だった。
勝って当然。それは勝負ではなくただの作業。興奮もスリルもありはしない。
「……そう聞くと、それって本当に『幸運』なことなのか疑問になってくるわね?」
「そうなんですよー? 私はなーんて、『不幸』なんでしょうかー。みなさんと一緒にパーティーゲームを楽しめないんですからー」
「じゃあ、僕と今日のおやつを賭けてなにか勝負する? いい刺激になりそうじゃないか」
「幸運でよかったですー。私はなーんて、恵まれた人なのでしょうかー」
「やれやれ……」
「まあー、そんなもんですよー。人間、自分の幸運さには鈍感なものですー」
「それは確かにね」
はたから見て最高に幸運そうな人物が、自分は幸せだと思っているとは限らない。
先ほどの例で言うと、もしカナリーがギャンブルのスリルこそを追い求める人間だったら、人生にまったく幸福など感じないだろう。
「そういえば、カナリーの魔法というのはどういった理屈だったのかしら? 魔法といっても、不思議な力で何でも出来るおとぎ話の魔法ではないのでしょう?」
「ですよー? 全ての魔法には理屈がありますー。物理法則は無視してますが、きっちり法則に従って動いてますねー」
「ではあなたは、『幸運』を正確に定義していた?」
「してませんー」
「……??」
「分かりにくいですよねー。正直私も分からないですー。というのも、幸不幸を定義するのは私ではなく、『世間』であり『社会』なんですねー」
「……なるほど。先ほどの話と同じことね?」
「ですよー?」
つまりは、カナリーはそうした集合意識により定義された『幸運データベース』とでもいう物にアクセスし、現実をその幸運とされる状況へ捻じ曲げていた。
それはもしかしたら、あるいはカナリーたち以上に『神』と呼べる存在なのかも知れない。
人々が無意識に『こうあれ』と願い生み出した、都合のよさの集合体。
エーテルネットは実際にそうした意識を集約し、定義し、形のない巨大な存在を産み落とすに至ったのだ。
エーテル様エーテル様、どうかお願いします。私に幸運をお与えください。そんな、個々の願いをひたすら汲み上げ溜め込む神であるかのように。
「《あれ? 今なんかわたしを呼んだっすか? ご用っすか?》」
「……お前のことじゃないよエメ。おせちでも食べてなさい」
「《おせちは美味しいっすけど、寂しいっす! わたしだけこっちにお留守番なんて! いやコスモスとかも居ますけどね。コスモスはそれこそ本気で寝正月決め込むつもりですし、セレステもさっきのカナリー並みにだらしないですし》」
「そっちにも用事が無いこともない。すぐ戻るよ。ただ、今はヨイヤミちゃんのことがあるからね」
「《確かに。あの子はそっちじゃないとダメっすね。しかし、あの子も難儀っすよねー。強すぎる力を持った弊害って意味じゃ、さっきのカナリーの例並みに難儀っす。幸不幸ランキングで言うとどんくらいっすかハル様?》」
「……もう集計してないよ、あんなもの。でも、ぱっと見のイメージほど下位じゃないはずさ。平均よりも上だろうきっと」
その悪趣味すぎるランキングが何なのかといえば、実はかつてのハルの仕事になるかも知れないものだった。
これは、カナリーのアクセスしていた『人類の総意』とでもいうべき想念とは別。人為的な基準に基づき集計された、世の不幸な人はどれだけ不幸かを数値化したデータベースだ。
実に、悪趣味。ただ、これは別に誰かの趣味ではなく、そうしたランキング下位の人を救済するという名目のれっきとした国策なのだった。
しかし実際は、そのランキング順位と、対象者の感じている幸福度には乖離が大きすぎるということで廃案となったのである。
やはり先ほどの例と同じだ。世界一幸運な者が、世界一幸福とは限らない。
「どうもいけない。新年になると何でだか、神様のことを考えてしまう」
「《私たちのことっすか? ことっすか? にしししし、照れますね。私たちのこと大好きっすねハル様》」
「まあ、否定はしないけど」
「急に暇になったから、余計なこと考えちゃうんですよーきっとー。ハルさんもすごろくに加わってはー?」
「あなたも行きましょうねカナリー? 新年だからって、ちょっとだらしなさ過ぎるわ?」
「えー。神はサイコロを振らないって言うじゃないですかー」
「今は人でしょう? あなた?」
「ルナさんが論破しますー」
去年もそういえば、神社で神という概念について考えた気がする。正月というのは得てして、そんな気分にさせるものなのかも知れない。
ハルはそんなとりとめのない思考を振り切って、楽しそうな声の上るユキたちの居る部屋へと向かうのだった。
*
「《あっ! ハルお兄さん! 見てみて! 勝ったよ勝った! 私、ちょー幸運! ぶっちぎり一位!》」
「よかったねヨイヤミちゃん。しかしまた、なぜにすごろく?」
「それにはねハル君……、色々と深い事情があるんだ……」
「……こっちはまた、えらく負けてるねユキ」
「この試合は、荒れに荒れたのです!」
このエーテルネット全盛の時代において、実体のあるボードゲームなど嗜んでいるユキたち。
別におかしな事という程ではないが、今はボードゲームさえわざわざ電脳空間でやるような時代。特にユキとヨイヤミがこうして、現実で遊んでいるのは妙な光景だ。
「いや、最初はね? 私もヨイヤミちゃん誘って、ネットで色々しようと思ったんだ」
「《でもぜんぜん勝てないの! ユキお姉さんゲーム強すぎ! で、それに勝とうと思うと、私がゲームシステムにハッキングかけて乗っ取って、私に都合の良いゲームに書き換えちゃうしかなくて》」
「こらこら……」
それで、二人にとってある意味平等なこの現物を伴ったゲームに落ち着いたということらしい。
まあ、ヨイヤミがそれで構わないのなら問題ないだろう。リハビリとしても、実に健全でいいことだ。
「じゃあ次は、僕らもやって構わないかな?」
「はい! ぜひ一緒にやりましょう!」
「《ふっふーん。私の豪運の前に、お兄さんたちもひれ伏すのだー》」
「おー、いい度胸ですねー。私に運で勝負を挑もうとはー。返り討ちにしてやりますよー?」
「《しょーぶだー!》」
「にゃうにゃう!」
「……メタちゃんもやってるの?」
「なうん♪」
見れば、その可愛らしい前足で、げしげし、と弄ぶようにサイコロを転がしている猫のメタだ。
ボールで遊ぶ猫のような姿は実にそれらしいのだが、すごろくのルールを理解する猫というのは、どうなのだろうか?
まあ、本人が楽しいならそれでまったく問題ないので、特に口を挟む気はないハルだが。
そうしてハルたちもユキたちに混じって、新年らしい遊びに興じることにした。
ここに居る者達が得意とするネットの一切介在しないこのゲーム。なかなか、いつもと違った楽しみがまたありそうだ。
「……でも、ちょっとまって? ハル君、試しにそのサイコロ振ってみてくれるかな?」
「ん? いいけど」
しかし、肉体に戻った大人しいユキが、ここで何かに気付いたようにおずおずとハルへサイコロを手渡す。
普段ならしない手を握るような接触に、なんだかはにかんで照れているが、別にそれが目的ではないらしい。いったい何であろうか。
「適当に振ればいいの? 三つ一気に?」
「おけ。あっ、そうそう、六の目が三つでると超つよいよ?」
「むっ」
直前に不意にそう聞かされたハルの手からこぼれ落ちたサイコロの目は、その全てが六。その結果を見て、一同は揃って半眼になり、ハルを何か言いたげに見つめていた。
……皆のジト目が怖い。この目をするのは、ルナだけにしておいて欲しいものだ。
「ハル君。出禁」
「いやその、つい無意識に……」
完璧すぎる肉体操作にて、出目のコントロールも容易なハルだ。紛れもない、イカサマである。
ハルが皆とパーティーゲームを楽しむには、何かもう一工夫が必要なようだった。
今年もよろしく、お願いします。




