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エーテルの夢 ~夢が空を満たす二つの世界で~  作者: 天球とわ
第4章 マゼンタ編

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第109話 未開の地で謎の巨大生物を見るか

「巨獣とか出るかな?」

「ハルさんの世界には、巨獣が居るのですか?」

「居るところもあるね。こういう地域じゃなさそうだけど」

「まあ」


 アイリには分からないとの事。ハルとしては冒険と言えば巨獣といったイメージもあり、出てくれれば気分が盛り上がる。

 だが期待は出来そうにないだろう。犬はただの犬だったのだ、その他の生物も特筆するほど地球と違うという可能性は低い。一応、ヴァーミリオンの王宮で見た謎の毛皮の件もあり、実在は確定しているのだが、ここに出るとは限らない。


「あれは食用らしいしね。出会ったら狩りだね」

「今夜はハンバーグですね!」

「……そうだね。手加減してもミンチになっちゃうから」

「手間要らずですね!」


 逆に手間が掛かりそうだ。精肉はきちんと血抜きをしてから、部位ごとに行おう。

 いくら巨獣が相手でも、生物相手ではメイドさんの敵ではないだろう。パワードスーツを少し強く作りすぎた。

 魔力が無い土地なので、魔法を使ってくる動物、というのも居なさそうだ。警戒に値しない。


「気を抜くのは早いけど、少し警戒しすぎた感はあるね」

「ハルさんに準備期間を与えるとどうなるか。という、ユキさんの言っていた意味が分かった気がします!」

「その場合は、後半戦は作業になっちゃう」

鎧袖一触がいしゅういっしょくですね!」


 まさに言葉の通りである。手甲がかすっただけで挽き肉になる。

 何でも日本と同じにしてはいけないのだろうが、この先出るとしても猪や熊くらいなものだろうか。ロールプレイングゲームの序盤に出てくる少し強い敵、といった感じだ。

 こちらの装備は終盤に作れるようになる最強装備。通常攻撃を連打するだけの簡単な作業だ。そんな状況をハルは思い浮かべる。


「わたくしのお洋服も、同じくらい強いのですか?」

「強いよ。こっちは魔法を使ってるから、軽くて、強そうには感じられないかもしれないけど」

「確かに常にわたくしの体から魔法が使われていますね。わたくし、魔法を使っているという感覚はあまり無いのですが。不思議です」


 アイリのスーツはメイドさんの物の様に、電気刺激で動作する物理的な駆動ではない。物質としては少し丈夫な布、といった程度だ。

 ただ、その布は内部をびっしりとナノマシンに満たされ、アイリの体内のそれと密接に連動している。アイリが体を動かす意思に反応し、連動部分に自動で魔法が発動し、パワードスーツと同じ作用を発揮させる。

 発動させているのはアイリ本人だが、制御しているのはハルの方で、更に、その制御はほぼ服の側が自動で処理を肩代わりしているのだ。


「まあ?」

「服の方が、『今この場所にこの魔法が必要ですよ』、って教えてくれるんだよ」

「まあ。生きている服なのですか?」

「というより僕の意識を服に乗せて着てるって感じかな」

「まあ! ルナさんにはお聞かせ出来ない類の例えですね!」


 ハルが全力で戦うときに行う意識拡張、その小規模版を服に対して行っているようなものだった。

 ただ、アイリの返事は『まあ』が多く、理解してもらうには時間がかかりそうだ。理解はせずとも扱える、といったコンセプトで作った物なので問題は無い。





 ハル達は野犬が逃げ込んだ森の奥へと向かう。別に犬を追っている訳ではない。ただ、犬の群れが居たという事は他にも何かありそうな物だ。


「餌でしょうか」

「後は、隠れ家になる場所とかね。あとは水場」

「そういえば、遺産を探しに来たのでした!」

「うん。あるとしたら、人の住んでいた場所とかなんじゃないかな。……と思ったけど、昔の人も水の魔法を使えれば、その必要は無いんだよね」


 動物にしても人にしても、生活するには水が必要になる。そのため川などに沿って生活圏が配置されていく場合が多い。

 のだが、この世界には魔法があった。その法則は当てはまらないのかも知れない。

 水の魔法は神が伝えたらしいので、昔はその限りでは無かったやも知れぬが。


「ですが、あらゆる水を魔法に頼るのは難しいですよ? わたくしの家の傍にも、やはり川がありますし」

「確かに。そうだったね」


 水を生み出す魔法も疲労はするし、皆が使える訳ではない。保険はあった方がいいだろう。

 アイリの話によると、この世界での街の作り方も、水がすぐ確保できる場所、という原則は変わらないようだった。

 特にこの世界では日本的なお風呂の文化が広まっている。ゆえに水生成の魔法を使える者は、それだけで安定した収入が約束されたような物で、必死になってそれを覚えようとする者も多いのだとか。

 確かに、清潔な水を大量に確保出来る人材は重用ちょうようされるだろう。それはお風呂の問題が無くても同じだ。


 そんな話をしながら、ハル達の一行は森の中へと踏み入って行く。

 鬱蒼うっそうと、薄暗くなるような森ではなく、さわやかに陽光を散らす程度の森。少し涼しいヴァーミリオンの気候と相まって、探検というよりも散策に来た気分になってくる。

 野犬の群れのような敵意を持った動物も姿を見せる事は無く、代わりに聞こえるのは梢の間からの鳥のさえずり。


「お弁当でも持って来れば良かったね」

「わ、わたくし、顔に出ていたでしょうか!? ……いえ、ハルさんにはお見通しですものね!」


 どうやら隣を歩くアイリも同じ気持ちだったようだ。それとも彼女の気持ちが感応して来たのだろうか?

 とりあえず頭をぽふぽふしておく。それを見つめるメイドさんの仮面も優しげに微笑んでいる。きっと仮面の下でも同じだろう。


 しばらく、そうして小鳥の声に耳を傾けならが進んで行くと、その中に水の音が混じるのを見つける。装備と、増殖した体内のエーテルにより鋭敏になったメイドさん達の聴覚もそれを拾ったようだ。

 川が見つかったのだ。近づいてみると、山から流れ出る小川のようであった。森の先はゆるやかに傾斜になっているようで、以前<飛行>して見えたような小高い山へと通じているのだろう。


 木漏れ日のカーテンにキラキラと輝く流れは澄んでおり、目を奪われる。

 ハル達は、それに沿って上流へ進んで行く事にした。





 そうしてハル達が進んで行くと、人の生活の形跡、その名残りに行き当たった。


「遺跡、という程ではないね? いや遺跡なんだろうけど。定義の上では」

「もうすっかり、風化してしまっています。残っているこれは、家の基礎部分なのでしょうか?」

「恐らくね。基礎っていうか、家がはまっていた窪み、としか言えないね。土台すら風化しちゃってる」

「不思議です。町の形は感じられるのに、家も、柱も、……道さえも残っていません」


 まるで建物だけが薄くなって消えてしまったようだ。

 町が、いや都市がここに存在した形跡は、ずっと先まで繋がっているようであった。森の木々に目を凝らしてみれば、その一部は非常に規則的に配列されているのが分かる。

 きっと街路樹のような、街中にあった木々が森の礎になったのだろう。

 だが、その道自体は、掘り返された跡がうっすらと、うかがえる程度に残るのみだった。


「僕らの、日本の街も、維持する人間が消えればこうなるのかな?」


 ハルはその完全に風化した都市の一角に陶器で出来たカップの欠片を見つけ、拾い上げながらひとりごちる。

 ようやく見つけた、人が確かに生活していたその証だった。


「ハルさんの世界の建物は、とっても頑丈そうでしたけど」

「頑丈だよ。メンテしてる内はね。でもね、風化に弱いんだ。壊して新しく作り変えやすいようにって、すぐ細かく出来るように作られてるから」

「……そうなのですね」

「うん」


 きっと今、内心ではその技術に感心しているのだろう。確かに凄い技術だ。一瞬で粒子状に破砕して、次の建材へと変えられる。

 しかし、その行き着く先に、ハルがこの遺跡と同じ風景を幻視しているのを察して、それを口に出す事はしなかった。

 そんないじらしい嫁をハルは抱き寄せて、頭をわしゃわしゃする。

 気を遣わせてしまった。別に感傷に浸る場面ではなかっただろうに。ハルは反省する。


「……結構広そうだね。よし、どこまで続いてるか探検しようか!」

「はい! 今はどれだけ走っても疲れませんし!」


 都市の中心へと続くだろう方角へ当たりをつけ、ハルとアイリは思い切り駆け出し、メイドさんがそれに続く。

 しめっぽい空気は、体を動かしていれば吹き飛ばせるだろう。


 まっすぐに並んだ木々のアーチを見つける度にそれをくぐり、途切れたらまた次のアーチを探す。そんな遊びをしているようだ。

 道路の白線だけをなぞって進む子供の遊びのように、街路樹の名残りだけをくぐって進む。

 次第に道は広く大きくなり、心臓部に近づいた事を教えてきた。


「この辺りが都心、って感じかな」

「わっとっと! 確かに、広いスペースが増えてきました!」


 声を掛けられて、高速移動中のアイリがつんのめる、スーツの自動制御がきちんと機能し、転ぶことなく体勢が立て直されたようだ。ずざざ、と滑りながら停止する。


「木々がまばらです。地面がしっかり踏み固められているのでしょうか?」

「大きな建物がこの上にあったのかもね。しかし、何も無いね本当に」

「川からは遠そうです。水道なども見られませんが、……あ、それも風化してしまったのですよね」

「地下かもね?」


 きっと街の中心、大型の施設があったであろう部分には、四角く切り取られた土地が空間をあけていた。

 よほどしっかりと整地したのか、はたまたよほど巨大な物が乗っていたのか、そこはまだ木々の種を受け付けず、多少の雑草の侵食を許すのみだった。

 日本の風景に慣れたハルには、巨大なビル群が立ち並ぶ様子が幻視されるが、実際はどんな建物がここにはあったのだろう。それを知る術は何処にも残っていない。


「……とりあえず、この辺りを仮拠点として調査しようか」

「狩りですか!?」

「仮の拠点ね。お屋敷で見てるユキもこっち来たがってるし」

「ここを侵食するのですね!」


 そう聞くと、なんだかハルも植物のようだ。だが正確には侵食ではない。ここには侵食するための魔力が存在しないので、ハルの体を通して放出して空間に満たす事になる。

 書き換えの必要が無いので、侵食よりもずっと早い。


 そうして周囲に、半径百メートルほどに魔力を展開し、屋敷で待機しているユキとルナを<転移>させて来る。


「ハル君おっそーい! 見てるだけはつまんなかったぞ」

「そうね? 夫婦のいちゃいちゃを見せ付ける放送はどうかと思うわ?」

「と言ってもね。道中にずっと魔力を撒いて道を作る訳にもいかないし」

「え、駄目なん?」

「駄目でしょ」


 まず勿体無い。魔力はハルの体から無限に沸いて来る訳ではない。神域の魔力を持ってきているだけなのだ。

 こちらへ無駄に配置すれば、その分神域の魔力は削られる。何の利益も無いこの僻地に、無駄に魔力を配置する事は出来なかった。


「飛び地は管理が面倒だしね。それに、道として繋げると誰かに辿られる危険もある」

「それは、ヴァーミリオン国の兵士という事かしら?」

「そうだね。ルナの言う様に彼らが道を見つけるだろうし、それにこっち側にも何か居ないとは限らないし」

「魔物が居るかも知れませんものね!」

「でも野生動物しか居なさそうだったじゃん?」


 ユキがしみじみとそう語る。最も拍子抜けしたのは彼女だったようだ。ハルにもその気持ちは分かる。未開の地、という響きのロマンの割には、このゲーム外の土地には何も無い。

 本当に、何も無い。全削除でもかけたかの様に、きれいさっぱり無くなっている。『幻の巨大生物を見た!』、とまでは言わないが、もう少し何か欲しくなる所だ。


「でもこの跡地は収穫よ? 全体を測量すれば、それだけで見えて来る物も多いわ」

「ルナは得意なんだ、そういうの」

「本当はハル、あなたの得意分野よ、こういう仕事は。その頭脳は飾りかしら?」


 ルナに任せきりにする意図を読まれ、じとりと睨まれる。大変な割に得るものは少なそうなので、気乗りがしなかったのだ。

 しかし本来、考古学は九割九分がそうした地味な作業だ。劇的な遺跡の発掘などは極々一部だけの話にすぎない。ルナがやるというならば、ハルもデータ処理は手伝おう。


「調査するには魔力の範囲が狭いよね。広げるからもうちょっと待って」

「わざわざ広げなくても、ハル君が測量して、ルナちーがお屋敷で監督すればよくない?」

「ユキ、めんどくさそうにしないのー」


 地味な作業の幕開けを予感して、ユキが逃げようとする。森と地面の窪みしかないのだ。気持ちは良く分かるが一人だけ逃がしはしない。

 ハルがユキを捕獲しながら魔力圏を広げていると、メイドさんが近寄って来てハルに報告を告げてきた。


「旦那様、振動音がします。地下からです」

「え、敵かな! ハル君、敵かな!」

「どうどう。とりあえず警戒。ユキはルナのガードに回って」

「あいさー!」


 そうして魔力を放出していると急に、前方、まだ到達していない進行方向の先の地面が振動を始めた。

 窪みの下の地面が開いたようで、積もった土が、ぐしゃりと音を立てて地下へ落ちて行っている。

 その中から、つるりとした遺産独特の滑らかさを感じさせる、巨大なシルエットが姿を現して来ている。エレベーター的な機構があるのか、せり上がって来ているようだ。


「来た! ハル君、古代兵器だ、ロボットだ! やっぱこういうのが無いとね!」

「……僕の魔力に反応したね、このタイミングは確実に。まいったな、うかつに陣地も確保出来ない」

「大丈夫! 私が倒すから、どんどんウカツして行こう!」

「ユキは楽しそうね? ……あまり周囲を荒らさないでね?」

「保障は出来ない!」


 まだ敵と決まった訳ではないが、造型を見るに、明らかに戦闘用だ。メイドさん達がハルとアイリを守るように陣形を組む。

 そのハルに向けて、銃口のような腕から魔力の弾丸が発射され、メイドさんが腕を交差しそれを防御する。

 スーツの性能は万全のようだ。遺産にも通用する防御力。念のため防壁の準備をしていたハルだが、メイド服には焦げ目一つ付いていない。


「敵だ。ユキ」

「言われずともっ!」


 そうして百年ぶりの魔力を浴び、蘇った古代兵器との戦闘が開始された。

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