第1089話 戦場から人が消える日
今年最後の投稿となります。皆さま、本年もこのお話を読んでいただき、本当にありがとうございました!
雪の世界、船の世界と立て続けに二つの世界を下したハル。だが、まだまだこれで終わりではない。
次は、と意気込みレーダーを確認したところ、ハルたちは異変に気付く。
「……接近していたほとんどの世界が、移動をやめているね?」
「本当だ。どうしちゃったんだろみんな。臨時の授業でもあんのかね? 補習?」
「おばか。逆でしょうに。授業がないからよ?」
「ほえ?」
「《今は年末だよーユキお姉さん。みーんな、家に帰るんだー。病棟でも、スタッフが減って『がらーん』てしちゃうんだから。その隙に男子どもは騒ぎだすもんだから、去年は大変だったなぁ。私は何もしてないけど》」
「あー、ねんまつ。大規模キャンペーンで人が増える時期としか思ってないからさ」
「このゲームはキャンペーンやってないからね」
いや、やっていたとしてもだ。肉体を伴ってログインしなければならない関係上、帰省が伴う外出をする生徒は、しばらくログインが出来なくなる。
いちいち、学園の中からログインしないといけないという制限があるゲームだ。通常のフルダイブゲームのように、出先であろうと関係なく遊ぶことは出来はしない。
既に実家への帰省は始まっているようで、レーダーに映った世界、周囲に点在する島のような影の数々はもぬけの殻なのだろう。
ハニカム地帯に接続し、そこの攻略に難儀していた可哀そうな世界も、今はバリアが張られて休戦状態を維持しているようだ。
「……まあ、そうなるか。考えてみれば当然だ。だからソウシ君も急いでいなかったんだね。仕方ないので、一時休戦だ」
「これを機にこっちから攻めないん?」
「本当にゲーマーねぇ。どうせどこもバリアが張られているわ? ユキもこれを機にゆっくりしなさいな?」
「ちぇー」
「《あははっ! ねえユキお姉さん、じゃあ私と別のゲームして遊びましょう? ……もちろん、ハルお兄さんが許してくれるならだけど》」
「ユキをダシにするとは、姑息な手段を覚えたねヨイヤミちゃん。まあ、少しくらいはいいけどさ」
「《わーーいっ!》」
まあ、ユキが監督してくれるなら大丈夫、だろうか? あのユキである、相乗効果で大変なことになったりしないだろうか?
不安だが、それでもせっかくの年末年始だ。少しくらい、はめを外させてやりたいと思う気持ちも大きいハルだった。
ただそのユキは誰よりもゲームに対しては真摯であるので、『誰も居ないんならそのうちに自国の拡張に勤めるべきなんだけどね』、とこぼしていたのはごもっともであった。
それは理解はしているが、今はヨイヤミを少し遊ばせてやろうという気持ちの強いハル。ユキもそれを分かってくれているので、それ以上は何も言わなかった。
「では、わたくしたちも遊び納めにいたしますか? 月乃お母さんのおうちに、帰省するのです!」
「それは構わないけれど、お母さまはこの時期忙しいから、もしかしたら会えないかも知れないわよ?」
「なんと! むむむ、立場のあるお方は、大変ですね!」
「ですねー? 私たちは、身軽でよかったですねーアイリちゃんー」
「はい!」
「あんたらそれでいいんかーいっ」
王女様と元神様である。とはいえ、ユキも別に『義務を果たせ』と言っている訳ではない。むしろ、そう自虐できるようになった今の状況を祝福しているはずだ。
「《月乃お母さんは結局どんなお仕事をしているの?》」
「それはねヨイヤミちゃん。たしか、保険屋さん。保険屋さんって年末忙しいのかね?」
「別に、保険業だけではないわ? 金融全般の中に、保険も含まれているというだけね。それにお母さまの場合は仕事が忙しいというよりは、各方面のお偉方との会合ね?」
「おお、接待するやつだ!」
「奥様ちゃんはされる側でしょうけどねー」
なので、ルナの家では新年に親戚が集まったりはしない。『せいせいする』とはルナの言である。もしかしたら月乃もわざとそうしているのだろうか?
まあ、そんなこんなで学生の身分であるハルたちは、どこで何をしていようと咎められることはない。
去年のように、皆で初詣にでも行くのも良かろう。
今年はヨイヤミも居る。出来れば、彼女にも楽しめる新年にしたいものである。
「さて、じゃあもう少し見回って、僕らもログアウトすることにしようか」
「そーですねー。おなかすきましたしー」
ハルたちがそうして、最後に問題がないか自分の世界を見回っていると、その途中で見知った顔に出会う。
リコである。今はハルの一応の味方として、色々と国益になる行動を続けてくれている。色々と。例えば自作自演の戦争を繰り返し金属資源を増やしてくれたり。
彼女は帰省をするような気配はなく、どうやら休みの間もこの世界に留まる雰囲気である。
「おっ、ハルさんじゃーん。ちっすー。大変そうだねぇこんな年の瀬まで。なんか目の敵にされて攻められまくってるみたいじゃーん」
「いや、大変だから残ってた訳じゃないんだけどね。ゲーマーに年末関係ないだけ」
「あはっ、終わってるー。ウチもひとのこと言えないけどね」
「リコは残るんだ?」
「おー。研究生は研究室が家みたいなもんだし。と、いう建前で? つまらない世間のしがらみから逃れてダラダラ過ごすのであーる」
「学園内での飲酒はほどほどにね」
「酔ってないってば!」
帰省する者しない者、どちらにせよ皆、さまざまな事情を抱えていそうだ。お金持ちにも、色々とあるようであった。
そんなリコに別れを告げ、ハルたちが今度こそログアウトしようとすると、去り際に彼女から興味深い情報がもたらされた。
どうやら、このゲームで今動いている派閥の動きは、このハルを狙う連合軍のものだけではないらしい。
「きーつけてねハルさん。あいつら一枚岩じゃないし、協調しつつもそれぞれが目的を持ってる」
「互いに出し抜こうとしてるってこと?」
「ゲームの勝敗だけじゃなくってね。この変な世界で、誰が利権を獲得するか、親連中はそればっか考えてるはずだよ? そろそろ、なりふり構わず汚い手でも使って来るかもねぇ」
「ご忠告どうも。盤外にも気を配らないといけないってことか。もしかしてリコも?」
「へっへっへー。どーでしょ? まあウチは、親の言うこと聞かない子だから、そのあたりは安心してよ」
「ただしゲームではその限りではないと?」
「居ないうちにやりたい放題しちゃうぞ~?」
どうやら徐々に、このゲームの事が、ただの子供の遊び場としてだけでなく大人の世界にも広まりつつあるらしい。
それは少々、ハルにとってつまらない話だが、それもまた仕方のないことかも知れない。
その動きが本格化してきた時に、打つ手なしとならないように、ハルも内外から、このゲームに対して有利に振る舞えるよう、手を尽くしていかねばならないらしかった。
*
「《ねえハルお兄さん! 繋ぎたい繋ぎたい! 外出たんだから繋ぎたい! ちょっとだけ、ちょっとだけ、ね?》」
「いやそう言いながら繋いでるでしょヨイヤミちゃん……」
「《もっと繋ぎたい! こんなんじゃ満足できない!》」
「だーめ。これ以上は危険だよ。家に帰ったらポッドがあるから、もう少し安定させられる。それまで我慢ね」
「《ぬーん……》」
「まるで娘のわがままをあしらうお父さんねハル?」
「誰がお父さんか。普段はルナの方が世話焼きお母さんじみてるくせに……」
繋ぎたい盛りのヨイヤミをなだめながら、ハルたちはすっかり刺すような寒さになった冬の夜の中を帰宅する。
……いや、冷静に考えるとどんな盛りだろうか? 繋ぎたい盛り。まあ、遊び盛りとほぼ同義だ。
彼女にとっては、ネット世界の全てが遊び場。そこから隔離されることは、牢獄の中に入れられていたに等しかっただろう。
そこから解き放たれた今、反動で隙あらば全力でアクセスしようとするので、ハルもそのデータ量の抑制に一苦労である。
「ヤミ子今日はなにすん?」
「《うんとね、久しぶりにおしゃべりスペースに顔を出そうかなっ。なかなか行けてないから、みんな私の帰りを待っているはず! あっ、あとは、レア物の発掘もしたいところだね。誰にも届かなかった不遇のデータを、意味消失する前に私が救い出さなくちゃ! それと、それと……》」
「こーら。何でもかんでもやろうとしないの。目的は優先順位をつけて絞ること」
「でもハル君は、なんでもかんでもやっちゃうよね?」
「説得力が、ないのです!」
「女の子の相手も何人もしちゃいますよー?」
「今日も忙しくなりそうね、ハル?」
「《流石は神だね! よーし、私も早くハルお兄さんに並ぶネット力を手に入れて神になるぞー》」
「ならんでよろしい……」
……なんだろうか。教育しているつもりで、もしかしたら最も教育に悪い存在はハルなのだろうか?
だが、そんなヨイヤミに悪影響を与えるとしても、この並列処理を、時には分身をも使った並列作業を止める訳にはいかないハルだった。
特に今は、世界を越えて様々な場所で、様々な思惑が動き出している。その対処のための準備を、怠る訳にはいかない。
ヨイヤミも確実に、その流れに巻き込むことになるだろう。少々教育に悪くても、彼女にもその時の為に鍛えておいてもらわねばならない。
「ふにゃ~?」
「どうしましたねこさん! あっ! 雪ですね、雪が降ってきました!」
「私は降らんが? 降ってきたら大変じゃね? 地面陥没しそ」
「あなたは無事なことは前提なのね……」
「ははは、ご安心くださいユキ様。そのボディ、かなりの軽量ですよ。地面にそこまで被害は出ないでしょう」
「馬鹿なこと言ってないでー、急いで帰りますよー? ヨイヤミちゃんが冷えちゃいますよー。帰ったらおこたでアイスですよー」
「うちにはおこたは無いぞカナりん」
「《じゃあただのアイスだね!》
「ですよー?」
とはいえ今は、久々にあのゲームも休戦だ。ハルたちもひと時の休息を、家族で平和で暢気な新年を楽しむとしよう。
そうして足早に、ハルたちは夜の街を駆け抜けて、自分たちの家に帰って行くのであった。
次話からは何話か、お正月の特別編のようなものを挟みます。新年にのんびりとお楽しみいただければ! では、よいお年を!




