第1088話 海戦の矜持
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天文台の屋根のような丸いレーダードームの外装が切り裂かれ、内部のレーダー装置が丸裸になる。
ハルはそれも容赦なく八本の剣で粉みじんに分解すると、未だ六本腕の姿を追って悪あがきをしていた自動砲台はついに、頭脳を失い停止した。
だが、まだこのユニットが完全に機能を失った訳ではないようだ。手動で再起動でもされては困る。ハルは下部の銃座本体も、バラバラに切断する。
そうして高機能の自動砲台がただの鉄くずの破片に様変わりすると、ようやくそれは特殊ユニットとしての機能を停止したようだった。
「さて、脅威は排除した。あとは、また降伏勧告を迫るか、と言いたいところなんだけど……」
「……何処に居るのかしらね?」
この自動砲台に守られたポイント周囲が中央部に近いのだとは思うが、それを証明する物はどこにもない。
周囲を見渡しても、同じような船、船、船。何隻も何隻もの船舶が結合し、広大な領土を形作っている。
この中から、『どれが本拠地でしょう?』と言われても、正直ハルには見分けがつかなかった。
「《剣でCIWSを倒しただとぉ!? バケモンかテメェ! ……バケモンだったな!》」
「《お褒めにあずかり光栄の何とか。僕を知っているみたいだけど、生憎僕は君を知らない。顔を見せてくれると嬉しいね》」
「《ハンッ! 誰が見せるかバーカッ! 確かにちょっくらビビったが、まだオレの負けじゃねー。どれが司令船か、貴様には分かるまい!》」
「《うん。ぶっちゃけどれも同じに見える……》」
「《これだから素人は!》」
「ハル君、戦艦に詳しいんじゃないのん?」
「好きな方だけど、詳しいかといえば別に。特に、彼がどんな船に思い入れのあるオタクなのかとか、知る由もなく……」
「そうね? 色々と拘りがあるのでしょうけど。男性の趣味は分からないわ?」
「おっとルナちー。ダメだぜそういうのは。戦艦が好きな女の子だってきっと居る」
「そうね、ごめんなさいね? では男の子趣味のユキは、どれが本拠地か分かる?」
「ぜんっぜんわからん!」
さすがに帆船はみかけられず、ほぼ蒸気機関以降の大型化した船が占めているようだが、それでも時代は様々だ。
まさに『鉄の塊!』といった無骨な船から、近未来的な流線形をした最近の船まで、その種類は多岐に渡る。
それなら新しい物だろう、といかないのが個人の趣味の難しい所だ。古い方がロマンがあっていい、という好みも普通にある。
「《仕方ない。端から切り刻むか……》」
「《おい馬鹿やめろバカ! まだ剣でやろうとするな海賊かよテメー!》」
「《海賊に海賊と言われてしまった……》」
まあ確かに、抜き身のサーベルを携えて相手の船に乗り込み制圧する、そんな海賊に見えなくもない。
ハルとしても、このまま六本腕で制圧を行うのも少々面倒だ。一隻一隻、手当たり次第に襲撃して回るのも間抜けに見える。
まあ、敵から見れば少しずつ自分の船に近づいて来るのがホラーでしかないだろうけど。
「止めろって言ったってことは、案外近くなんかな?」
「そうね? このまま探されると、すぐに行き当ってしまうから慌てて止めさせた、とも思えるわ?」
「……いや、恐らくはそこそこ遠くに隠れているはずだ。語気に反して、慎重な男だね」
「あらそうなの?」
「じゃあ、必死に止めさせた理由って?」
「たぶん、自分のコレクションを分解して回られたくなかったんだと思う。壊さないでくれってニュアンスを感じた」
「戦争するなら壊れるでしょうに……、変な人ね……?」
まあ、そこが複雑な男心というやつなのだろう。
戦えば壊れるのは当然だが、出来れば壊されたくない。いや、むしろ戦って壊れることに美学を感じてはいるが、その壊され方にも注文がある。
船は大砲の撃ち合いによって壊れるべきで、決して刀で切り刻まれて分解されるのが“正しい壊れ方”ではないのだ。そんな主張を持っている気がする。
「……まあ正直知らないけどね、そんなこと。ただ、この手の手合いは希望通りにしてやらないと後がうるさい」
「あら? 今後も付き合っていくつもりなのかしら? 彼の妹さんに興味でも出た?」
「いや違うよ。ここも属国にするって話」
「ハル君、意外と帝国主義者だった。やっぱ魔王なだけある」
「魔王ではない……」
ただ、今後更に数を増してくる侵略者に対抗するには、配下を増やし国力を増強したい思いのあるハルである。
その為には、好みの方法で屈服させ、気持ちよく負けてもらうことが望ましい。あとくされが無い、という事だ。
「《だったらそのお役目、私にお任せだよハルお兄さん!》」
「うわ、チートな子が来ちゃった」
隠れ潜んだ敵の情報を探知する、そのことにおいて、これ以上ないほどの適任。
敵の体に直接ハッキングをかけて、容赦なく情報を抜き出すことのできるヨイヤミがこの場に現れてしまったのだった。
◇
「《チートな子ってなによう! 私、お兄さんよりは普通だもん! それにユキお姉さんの方が運動できるし、ルナお姉さんの方が頭が良いし、それにそれにアイリちゃんの方が、》」
「ヨイヤミさん、どうどう! ですよ!」
「《はっ! しまった! こんなんじゃお淑やかレディーへの道は遠いよね。どう、どう》」
車椅子を押してきてくれたアイリと二人で、手を突き出して『どうどう』のポーズを取っているのが微笑ましい。
覚えたての身体操作で、わざわざヨイヤミもアイリと合わせたポーズを取っている。
「《こっほん。それで、私が視界を頂いちゃえば、すぐにあんな奴の隠れてる場所なんか分かっちゃうよ?》」
「確かにね。敵の視界が分かればそれだけで、内部構造からどの船に居るかが一発で特定できる」
「《えっ、そこまでは分からないかも……》」
「分かるようにならなきゃね。ならせっかくだ、探査についての授業といこうか」
「《げげ、お勉強はじまっちゃった……》」
藪蛇になったか、と嫌な顔をするヨイヤミ。いや、本人の表情は何一つ動いていないのだが、心はそんな顔をしているに違いない。
確かにヨイヤミの力で敵の体に侵入してしまえば一発なのだが、ハルには少し、それをさせたくない理由があった。
簡単すぎてつまらないから、ではない。彼女にとって、それが危険な行為となる可能性が浮かび上がってきたからだ。
「では、少しゲームをしようかヨイヤミ。君には今から、敵の位置を見事、探し当ててもらう」
「《はいはーい。よゆーよゆー》」
「ただし、敵の体に直接侵入してはならない」
「《えー! なんでーっ! その方が楽じゃないお兄さん! 一発じゃない!》」
「縛りプレイって奴だねヤミ子。そっちのが達成感あるぞ」
「《むぅー……》」
ハルがこんな小テストを出すのは、何でも楽をしてばかりでは成長しないから、ではない。
まずは以前にも語った、自己と他者の境界が曖昧になってしまうことへの危険性。そこの訓練をもっとさせるまでは、力の使用を控えさせたいとハルは思っている。
そして、この空間その物の危険性もある。まだまだ謎が多いが、立て続けに他プレイヤーの世界を見て、感じてきたことがある。
それは、何となく『自分の世界内でのみ通用する能力』が多いように思うのだ。
それが何を意味するのかはまだ分からない。しかし、分からないうちは不用意に、ヨイヤミにはそうした『他者の世界』へと精神を飛ばすことは避けさせたかった。
「……とはいえ、禁止ばかりじゃ君も楽しくないだろう。なので一部許可も出す。限定解放ではあるが、一部ネットに繋いでよろしい」
「《えっ!? 本当に!!?》」
「一気にめっちゃ嬉しそうじゃんヤミ子」
「良かったですね、ヨイヤミさん!」
「《よーし、なにして遊ぼっかなぁー!》」
「こらこら。あくまで調査のためだからね……?」
まるで親からゲームを許可された小学生だ。いや、状況的にはまさにそのものなのだが、残念ながら“ゲームはここ”である。
ネットはあくまで、ゲーム攻略における調査のため。彼女が遊びに行きそうな場所へのアクセスは、残念ながらハルが先回りして封じておいた。ブーイングが飛んできそうだ。
「《むううううん……、まあいっか、ここで遊ぶのもちょっと楽しいし!》」
大好きな遊び場を封じられた事よりも、そもそもネットに繋げることを許可されたことを喜ぶヨイヤミ。
電脳世界に高すぎる適性を持つ彼女だ、自分の世界に戻れることが、何よりのご褒美であるようだ。
「《じゃあ、ちゃっちゃと終わらせちゃうぞー。いや待てよ? あえて手こずっているフリをすれば、そのままずっとネットしていられる?》」
「……全力でおやりなさいヨイヤミ君。早く終わったら、遊ばせてあげるから」
「《まじ!? うおお、燃えてきたー! 一瞬で特定してやるぞー雑魚どもめー!》」
お口の悪さも注意したいところだが、まあそこは後で良いだろう。あまり口うるさくなりすぎても何だ。ルナに任せておくとするハルだ。
今は、やる気になった彼女の気勢をそがないように、大人しく見守る。
そんなハルたちの思いをよそに、彼女は実に楽しそうに、反面その体は一気に生気を失ったかのようにうなだれていく。
わずらわしい肉体の制御など全て手放し、力はネットの海を駆けることに全開にする。
この彼女の様子をはたから見れば、なにかしらの病気に、障害に違いないと思ってしまうのも無理のないことかも知れなかった。
「《名前なんだっけ? ああ、分かった。でもどうでもいいや名前は。船だったよね。どんな船? 趣味、好み、経歴。造船会社の跡取り。若くして新型の設計に関して優れた手腕を発揮する。じゃあ自作の船がその本拠地? いや違う。才能はあれど情熱が感じられない。こりゃ自分の作った船たいして好きじゃないね》」
敵のプレイヤーに関する情報を、次々と探し当てて閲覧していくヨイヤミ。その中には、明らかに企業秘密であろう彼の親の会社が持つ設計資料に関するデータも入っていた。
そのセキュリティをいとも容易く、いやセキュリティなどはなから存在しないように、ヨイヤミは次々と、息をするようにハッキングしていった。
「《趣味は、趣味趣味、ああこの辺かな。艦船系のシミュレーターにご執心。使用頻度の最も高いのは、長門型戦艦ってやつかな? これが好きそう》」
「アルベルト」
「はっ! 位置、特定しました! すぐにでも砲撃が可能です!」
「……いやそこまでしろとは言ってないけど。……というか砲撃できるなら、なぜ僕に行かせた」
「なにぶん、大電力を消費する関係上、一発しか撃てないもので」
そうして、彼の望み通り、かどうかは分からないが、アルベルトの秘密裏に開発していた大型の電磁加速砲にて、彼の隠れ潜んでいたお気に入りの戦艦は、一撃の下に海の藻屑と沈むのだった。
まあ、この世界に海はないのだが。これで、満足してくれただろうか?




